人商人

2013-07-22 00:00:19 | 書評
上から読んでも人商人、下から読んでも人商人。

では何と読むかというと、ひとあきびと、と読むそうだ。ではどういう人間かというと、古来、日本で人身売買の仲介をしていた人たちのことである。別名は、人買い、とか人売り、と呼ばれていた。

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岩波新書の「人身売買」(牧英正著)は、日本史の中の陽のあたらない影の部分を詳細にとらえた書である。影の部分と言えば問題というのが相場だが、この人身売買は、もっと根源的な人格問題である。

日本史では、ほとんど奴隷問題を取り扱うことはないが、古来、という公認された奴隷制度はあったのだが、本書では、もっとアングラの世界で、子を売ったり、妻を売ったり、あるいは戦争で勝った者が、大量に市民を連行したり、あるいは誘拐によったり、また、倭寇が朝鮮半島や中国大陸からさらってきた人間を九州で売りさばいたこと、ポルトガル人が日本人を買い取って世界中に売りさばいたことや、朝鮮から連れ帰った捕虜を、そのままポルトガル人に売っていたことなどが、平然と羅列されていく。

なんとなく、秀吉がポルトガル人を追っ払ったこと(これが徳川の鎖国に繋がっていくのだが)の遠因に、日本人を売り払うポルトガルへの反撃があるというような自説を、うっすらとにじませている。

そして、近世以降になると、売買の多くが女性の遊郭への人売りになっていくのだが、古代から近世に至る流れの中では、禁止法というのは、大きく奈良時代の朝廷法によるもので、その後、鎌倉幕府によって厳罰化される。人商人を、捕まえた場合、顔に焼印を押すというもの。人の字でも押したのだろうか。なんとなく、トレードマークみたいになって、商売に便利な感じもする。

そして、江戸時代(元和二年の高札)になって、さらに超厳罰方式になり、人売りについては死刑。人買いについては有期の懲役に加え罰金となり、罰金が払えない場合、死刑ということになる。

江戸の時代の罰金刑というのも当時の法律からいうと例外的だし、金を払えなければ死刑というのも例外的な法律だ。

人を売る方が人を買うよりも重罪ということは、少し前の売春と同じだ(今は買う方が捕まるのだが)。

それで何となく、気分が重くなり、割り切れない感じの一冊であったのだが、特に中世において人の売買が多かったのが九州だそうで、慢性的な労働力不足によって、九州内での売買があったり、半島や大陸から連れて来たり、また国外へ売ったりしたりする行為も多かったそうだ。(島津家も幕末以降は羽振りがいいが、大分県人を捕まえて熊本に売ったりしていたと書かれている)

生き残った人たちが、今の九州人ということなのだろう。人吉って地名もあるし。