野菜の不作は日照不足だからかな

2011-06-15 00:00:23 | 市民A
先日、キウリを1本収穫しただけなのだが、キウリは適当に、ひん曲がりながら成長している。ちょっと吊るしてみた。ただ、プランター植えなので、いずれ栄養不足になるだろう。



トマトは、ボチボチと今5つの実をつけている。まだ緑である。倒れないように気を付けている。自然主義。

そして、ゴーヤが、さっぱりだ。最初に植えた緑ゴーヤは、伸びることなく、そのまま立ち枯れ。白ゴーヤを買ってきて、少し伸び出したところで成長が止まる。地面をつるが這いはじめたため、ちょっと矯正してみるも、あきらかに一週間前の写真からは、大きく後退。



枯れた緑ゴーヤの後釜を買いにいったのだが、1本だけ売れ残っていた葉が二枚しかついていない苗を買ってきた。こちらは元気がいい。前にも書いたけど、朝、温室から運んできて園芸店の店先に並べるため、夕方になってもまだ元気がある苗が将来性がある。もっとも全部売り切れたらノーチャンス。

思えば、5月は後半になって、かなり天気が悪かった。ソーラーパネルの発電量も4月の方が5月より多い。通常だと5月の発電量は一年で最も多い月らしいのにだ。

そこで、思うのが、「不作」である。元々東北三県の収穫は期待できない上、天候不順。夏の天気次第では、秋から食料不足が起きるのではないだろうか。

実は、日本の歴史を振り返ると、この天変が政治に与える影響は、幾度となく起こっている。たとえば貞観時代は地震や噴火が繰り返し発生。その結果、菅原道真が追放され、藤原家の時代となる。さらに1108年の浅間山の大噴火で東日本全体が火山灰に覆われ、金持ちが荒廃した地面を安値で買い集めたことから荘園制度が始まる。

また、1498年に遠州灘で発生したM8.2~M8.4の地震は太平洋岸が津波に洗われ、浜名湖が海とつながる。京都室町の幕府による東国への影響が薄れ、戦国時代が始まる。江戸末期には、繰り返し飢饉が発生し、一部で、米問屋が焼き打ちされ、世情が不安になっていく。

となると、「ゴーヤが不作だ!」と些少なことを考えているような場合ではないのかもしれない。総理辞任はこれからはじまる巨大厄介群の第一歩なのかもしれない。