ピストンエンジンは永遠か!な?

バイクを中心に話題を紹介します

スクーターレース

2010年03月23日 | オイルリーク

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これはイタリアはイモラサーキットでの1960年代のショット。

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これは現代。随分と賑やかそうだ。

日本では1980年代に一大ブームになったスクーターレースだが、その後スズキが4ストエンジンのレーサーレプリカである”ギャグ”を発売し、その後はヤマハYSR50/80、ホンダNSR50/80が続き、ミニバイクレースが確立されてからは次第に縮小したと思う。

1960年代のイタリアでは、ベスパに対して後発だったランブレッタが高性能をアピールするために力を入れたのではないかと思われるが、ランブレッタを作っていたイノチェンティはミニをノックダウン生産したその後はどうなったのだろうか。

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これはチョット前に紹介した画像だが、ここまでやるモチベーションは何処からくるのか?そして商品化できる理由は?と疑問を抱いていたが、1960年代から連綿と続く土壌があったからこそなのかもしれない。

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続・モノ作り

2010年03月23日 | 明日のバイクを考える

これは当時プロモーションビデオで見て、クランクの鍛造工程では結構感動した覚えがある。

大量生産のシステムはフォードが最初で、それが大衆化をもたらしたが、日本のシステムは高精度を保つことにより超高性能の量産を可能にした。

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Britten

「普通、メーカーだと、エンジン、フレーム、サスペンション、その他細かなトコまで別々の人が設計するわけです。それを組み合わせたとき、うまく合うはずがないって思いませんか?
各設計者は、自分のパートをいちばん大切に考えます。で、結局少しずつ妥協する。これじゃいいものは出来ません。
V1000は全部私が設計し製作したから、短期間で、しかもあまりお金をかけずに出来たと言えます」(画像と記事の抜粋はttp://suzuqi.net/nob/archives/000509.htmlより転載)

当時の雑誌の記事では、確か、鋳物まで自分で素材を熔かしひしゃくで型に注いだと、徹底して自分で作ったらしいが、そこまでやろうとした人、やった人、できる人は20年前とはいえ、現代では聞いたことがない。

我々は、量産メーカーのお陰で高性能なバイクやクルマに乗ることができ、成熟した設計のエンジンはあまり犠牲を払うことなく、更に高性能化して楽しむこともできる。

ちょっと前の”ガイアの夜明け”(テレビ東京)でホンダCR-Zの特集をやっていて、セールスプロモーションの担当者が大学生とディスカッションをしているなかで、”それがナンなのよ”という部分に興味を引かれた。

つまり、自動車メーカーとしては技術的に難しかった部分を達成できたので、それを強調したかったのだが、、”それがナンなのよ”の人にとっては”それはメーカーとして当たり前でしょ。私には興味がないわ”というらしい。

ハイブリッドなどの技術はあまりにも高度化しすぎて、まあ、一般の人にも理解はできないので、そうそう興味がもてる対象ではない。

それは普通のユーザーが望むところかもしれない、クルマの”茶の間化”や”家電化”に拍車を掛けるのかもしれないが、バイクに乗っているユーザーが”エンジンがつかない”というのはサスガにいただけない。”エンジンがつかない”というのは”エンジンが点かない”ということでスイッチを入れたが掛からないということなのだ。

ブリッテンと一般ユーザーを対比させるのは、ムチャ振りもいいところだけれど、物作り大国とずっと言われ続けている日本では、作り手と使い手の距離が離れすぎてはいないだろうか。クルマ離れ、バイク離れの理由の一つがそこにあるような気がする。

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