先週、天皇家に誕生した新宮の「お印」が高野槙(コウヤマキ)に決まったとマスコミで報道されました。
みなさんもそうでしょうが、「お印」というしきたりがあったことも、それが樹木や草花で決められていたことも、全く知りませんでした。
(悠仁宮のお印、コウヤマキ。)
樹木マニアとしては世間の注目が木に集まることは嬉しいのですが、「?」と思うこともありました。ネット上には早くも、誕生祝いにかこつけて「コウヤマキ」の苗木を販売する商魂逞しい業者が出没しています。
また、天皇陛下のお印が「榮(えい)」で、「これはキリの別名」という情報がありましたが、私は初耳です。別のメディアは「榮は草花が生い茂る様子」と書いています。どちらが本当なんでしょう。
あるメディアは、「ビオラを演奏する皇太子さまのお印は梓(あずさ)で、演奏仲間と結成した楽団には梓管弦楽団と命名」と記していました。以前にもご紹介しましたが、梓は日本では「ミズメ」、中国では「キササゲ」を意味します。この記述では、ビオラと梓に因果関係があるようですが、意味不明です。
(日本での梓はミズメ。幹も葉もサクラによく似ています。)
(中国での梓はキササゲ。帰省した際にミニ樹木園で撮影。)
私の推測ですが、古来「梓弓(あずさゆみ)」と言われたように、ミズメは弓に使われたので、ビオラを弾く弓に因んでお印に選ばれたのではないでしょうか。
しかし、ある新聞には宮内庁の資料から作成したというそれぞれの植物のイラストが掲載されていて、皇太子の梓はキササゲになっていました。なぜ、ビオラを演奏する皇太子のお印がキササゲなのか、よく分かりません。
宮内庁発表のニュースリリースをそのまま掲載したのか、いくつかのメディアは全く同じ記事でした。樹木マニアとしては、もっと正確で分かりやすい情報を流してほしいと思いました。
なお、悠仁(ひさひと)宮のお印のコウヤマキについては、誕生とは逆の話題ですが以前にご紹介しました。また、コウヤマキはお風呂の材料としてヒノキ以上に重宝されていて、有名な老舗旅館のお風呂はコウヤマキ製だそうです。
みなさんもそうでしょうが、「お印」というしきたりがあったことも、それが樹木や草花で決められていたことも、全く知りませんでした。
(悠仁宮のお印、コウヤマキ。)
樹木マニアとしては世間の注目が木に集まることは嬉しいのですが、「?」と思うこともありました。ネット上には早くも、誕生祝いにかこつけて「コウヤマキ」の苗木を販売する商魂逞しい業者が出没しています。
また、天皇陛下のお印が「榮(えい)」で、「これはキリの別名」という情報がありましたが、私は初耳です。別のメディアは「榮は草花が生い茂る様子」と書いています。どちらが本当なんでしょう。
あるメディアは、「ビオラを演奏する皇太子さまのお印は梓(あずさ)で、演奏仲間と結成した楽団には梓管弦楽団と命名」と記していました。以前にもご紹介しましたが、梓は日本では「ミズメ」、中国では「キササゲ」を意味します。この記述では、ビオラと梓に因果関係があるようですが、意味不明です。
(日本での梓はミズメ。幹も葉もサクラによく似ています。)
(中国での梓はキササゲ。帰省した際にミニ樹木園で撮影。)
私の推測ですが、古来「梓弓(あずさゆみ)」と言われたように、ミズメは弓に使われたので、ビオラを弾く弓に因んでお印に選ばれたのではないでしょうか。
しかし、ある新聞には宮内庁の資料から作成したというそれぞれの植物のイラストが掲載されていて、皇太子の梓はキササゲになっていました。なぜ、ビオラを演奏する皇太子のお印がキササゲなのか、よく分かりません。
宮内庁発表のニュースリリースをそのまま掲載したのか、いくつかのメディアは全く同じ記事でした。樹木マニアとしては、もっと正確で分かりやすい情報を流してほしいと思いました。
なお、悠仁(ひさひと)宮のお印のコウヤマキについては、誕生とは逆の話題ですが以前にご紹介しました。また、コウヤマキはお風呂の材料としてヒノキ以上に重宝されていて、有名な老舗旅館のお風呂はコウヤマキ製だそうです。
サワシバもカバノキ科ですが、幹が全然違います。ミズメはサクラのように横の皮目、サワシバは縦の皮目です。
カバとサクラは材もよく似ているらしいです。
guitarbirdさんのコメントで、北海道と本州の植生の違いを実感します。
先ず、ミズメって、カバノキ科ですか?
葉っぱがサワシバそっくりですが、やはり
「北海道樹木図鑑」には載っていません。
この図鑑は、園芸種やメタセコイアなど
人為的に植えられたものも載っているのですが。
コウヤマキは、道庁赤レンガ前に数本植えてあるのを見ました。
多分そこくらいしか道内ではないと思います。
それが、scopsさんのブログのテーマの「スローライフ」なんでしょういが・・・。
いつか老舗の旅館に泊まって、懐かしいコウヤマキのお風呂を楽しんでください。
コウヤマキ風呂も長い間楽しませてもらいましたが、もうこんな贅沢はできません。(涙)
私が小学校4年の時に引っ越した実家も、お風呂は木製でした。それまでの家が、いわゆる五右衛門風呂だったので、ものすごく贅沢に思えました。
そう言えば、金属(おそらく銅)の焚口がありましたし、時々お湯が漏るので、父親が白いコーティング材で修理していました。
ウチの場合は、多分ヒノキかサワラだったので駄洒落にはなりませんが。
ウチの爺さんがこだわってまして。しかも近所には1軒もなかっただろう、直焚きでした。
底に銅版を張って、下から薪で沸かしてました。マキでマキの風呂を沸かしていたという駄洒落のようなお話でした。
高野山あたりには立派な樹が残っているらしいですが・・・。