今回は茨城県日立市十王町友部(じゅうおうちょうともべ)にある十王川水系の十王ダムに向かいます。アクセスは常磐自動車道の日立北インターチェンジを降りて、北へ2キロほど行った県道60号沿いにあります。
県道を進んで行くと…これですね。
ダム横には、なんとカリヨンがあります。これは複数の鐘を組み合わせて演奏するもので、ここでは時報のように鳴るようです。訪れた時には聞けませんでしたが。そういえば、カリヨンはどこぞの音大にもあったような…。
また、高さ50mまで上がるダムの噴水も定期的に見られるそうな。
その奥にあるのが十王ダムの管理所。
ダム横近くには「十王ダムのしくみ」や、
概要と諸元が記された案内板があります。
諸元の中で住所が「多賀郡十王町(じゅうおうまち)」となっていますが、2004年11月1日に日立市に編入されたため現在の住所は「日立市十王町(じゅうおうちょう)」になります。
ところで、十王ダムの名称はもちろんこの地名に由来するものですが、そもそもはここを流れる十王川(じゅうおうかわ)を堰き止めて造られたダムなのでそう呼ばれるのでしょう。ついでにこの十王川の由来も調べてみました。昔、この川は友部川と呼ばれていたそうですが、1842年に作成された検地絵図によるとそこに十王を祀った十王堂が描かれていたため、以来十王川と呼ばれるようになったそうです。(参考)
【十王について】
なお、十王とは仏教もしくは道教において、亡くなった者が地獄で裁きを受ける際の裁判官に相当し、初七日から三回忌までに10回の審理が行われるそうですが、それぞれの回で別の王が審議するのだとか。その内訳は次の通り。
初七日:秦広王(しんこうおう)
二七日:初江王(しょこうおう)
三七日:宋帝王(そうていおう)
四七日:五官王(ごかんおう)
五七日:閻魔王(えんまおう)
六七日:変成王(へんじょうおう)
七七日:泰山王(たいざんおう)
百か日:平等王(びょうどうおう)
一周忌:都市王(としおう)
三回忌:五道転輪王(ごどうてんりんおう)
これについては、平安時代中期に活躍した天台宗の僧侶、恵心僧都(源信)が著した『往生要集』(985年)の中で詳細に記されています。
では、いよいよダム上を歩いてみることにしましょう。ダム横には「十王ダム」「十王湖」と刻まれた石碑があります。これによれば、ダムの竣工は1994年3月。
ダム上、中央付近から見た真下の様子です。
下流側の遠景はこんな感じ。
一方、貯水湖である十王湖の様子。
ダム上、中央にある建物の壁面には十王町の花「桜」(これは多賀郡十王町時代の町花。日立市の市花でもある)が満開。
でも、桜も色々あるよ…ってんで、欄干には各種の桜が描かれたプレートが嵌め込まれています。
ソメイヨシノ
シダレザクラ
ヤエザクラ
カンヒザクラ
ミヤマザクラ
その建物の反対側には違うデザイン。鳥のようですが…。
穴埋め問題かっ! 多賀郡十王町時代の町鳥ならば「鵜」ですが、日立市の市鳥は「ウミウ」なんですよね。
対岸(右岸)側の斜面には「十王ダム」と切り揃えられた植木。
しかし、上の写真部分は本当の対岸ではなく曲がっていて、ここが本当の意味での対岸となります。
対岸、十王湖側から見たダムの様子。
十王ダム周辺の案内図です。これでダムの位置関係がわかると思います。
十王ダムはカリヨンやら噴水やらのエンターテインメントがありつつ、歴史的な興味もそそられる施設だと思いました。十王川についての資料館などが併設されていればもっと良いのにね。
県道を進んで行くと…これですね。
ダム横には、なんとカリヨンがあります。これは複数の鐘を組み合わせて演奏するもので、ここでは時報のように鳴るようです。訪れた時には聞けませんでしたが。そういえば、カリヨンはどこぞの音大にもあったような…。
また、高さ50mまで上がるダムの噴水も定期的に見られるそうな。
その奥にあるのが十王ダムの管理所。
ダム横近くには「十王ダムのしくみ」や、
概要と諸元が記された案内板があります。
諸元の中で住所が「多賀郡十王町(じゅうおうまち)」となっていますが、2004年11月1日に日立市に編入されたため現在の住所は「日立市十王町(じゅうおうちょう)」になります。
ところで、十王ダムの名称はもちろんこの地名に由来するものですが、そもそもはここを流れる十王川(じゅうおうかわ)を堰き止めて造られたダムなのでそう呼ばれるのでしょう。ついでにこの十王川の由来も調べてみました。昔、この川は友部川と呼ばれていたそうですが、1842年に作成された検地絵図によるとそこに十王を祀った十王堂が描かれていたため、以来十王川と呼ばれるようになったそうです。(参考)
【十王について】
なお、十王とは仏教もしくは道教において、亡くなった者が地獄で裁きを受ける際の裁判官に相当し、初七日から三回忌までに10回の審理が行われるそうですが、それぞれの回で別の王が審議するのだとか。その内訳は次の通り。
初七日:秦広王(しんこうおう)
二七日:初江王(しょこうおう)
三七日:宋帝王(そうていおう)
四七日:五官王(ごかんおう)
五七日:閻魔王(えんまおう)
六七日:変成王(へんじょうおう)
七七日:泰山王(たいざんおう)
百か日:平等王(びょうどうおう)
一周忌:都市王(としおう)
三回忌:五道転輪王(ごどうてんりんおう)
これについては、平安時代中期に活躍した天台宗の僧侶、恵心僧都(源信)が著した『往生要集』(985年)の中で詳細に記されています。
では、いよいよダム上を歩いてみることにしましょう。ダム横には「十王ダム」「十王湖」と刻まれた石碑があります。これによれば、ダムの竣工は1994年3月。
ダム上、中央付近から見た真下の様子です。
下流側の遠景はこんな感じ。
一方、貯水湖である十王湖の様子。
ダム上、中央にある建物の壁面には十王町の花「桜」(これは多賀郡十王町時代の町花。日立市の市花でもある)が満開。
でも、桜も色々あるよ…ってんで、欄干には各種の桜が描かれたプレートが嵌め込まれています。
ソメイヨシノ
シダレザクラ
ヤエザクラ
カンヒザクラ
ミヤマザクラ
その建物の反対側には違うデザイン。鳥のようですが…。
穴埋め問題かっ! 多賀郡十王町時代の町鳥ならば「鵜」ですが、日立市の市鳥は「ウミウ」なんですよね。
対岸(右岸)側の斜面には「十王ダム」と切り揃えられた植木。
しかし、上の写真部分は本当の対岸ではなく曲がっていて、ここが本当の意味での対岸となります。
対岸、十王湖側から見たダムの様子。
十王ダム周辺の案内図です。これでダムの位置関係がわかると思います。
十王ダムはカリヨンやら噴水やらのエンターテインメントがありつつ、歴史的な興味もそそられる施設だと思いました。十王川についての資料館などが併設されていればもっと良いのにね。
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