昨日は一念発起して部屋の改革を行なう。もはやどうにもこうにもならなくなってきたので、やらざるを得なかったというのが正しい。今回の目標は足の踏み場を作ること。そのため、床から積み上げてある書籍とCDをトコトン排除する方針で作業を開始。
それにしてもまあよくこれだけの資料があるものだと感心する。譬えてみれば、まるで資料が細胞分裂でも起こしているんじゃないかと思うほど。いや、感心している場合ではない。足の踏み場がないということはワシの生活に支障が出るということ。何とかしなければ…。
やる時はやるタイプの人間なので、朝から脇目も振らずひたすら作業を続けた。その結果、たいがいの資料は「平積みの状態」から解放され、少しだけだがスペースを確保することができた。とはいっても、体育座りする程度の広さなのだが…。
いやいや、それでもこの広さは大きな進歩である。何せそれまでは右足と左足の場所が厳密に守られないと部屋の中を移動できなかったのだ! もし異なる足を出せば、その先に行けない。そう、まるで厳格対位法のような部屋だったのである。(なんのこっちゃ)
それはともかく、不要となった資料とともに珍しい資料が出てきたのでご紹介しよう。アップした写真はヤマダコーサク先生が1933年に上梓した『和声学・作曲法』(文藝春秋社刊)である(画像をクリックすると拡大します)。1933年といえば昭和8年! すごいねえ、戦前に出版され、戦火を無事くぐり抜けてきたのだねえ…。えらいぞ。おぉ、ヨシヨシ。
「音楽講座」と銘打たれているように、これは一般向けに書かれたものである。そのため記述の表現は極めて平易であり、読みやすい。だからといって内容に手抜きがあるわけじゃないところがコーサク先生の素晴らしいところだ。作曲する上で必要なことはちゃんと書かれてある。
そんなこんなで作業をしていたら夕方になった。気づけばもうヘトヘト。晩に聴きに行こうと思っていた演奏会があったが、体力の限界でキャンセル。でもまあ、取りあえずはお幸せである。
それにしてもまあよくこれだけの資料があるものだと感心する。譬えてみれば、まるで資料が細胞分裂でも起こしているんじゃないかと思うほど。いや、感心している場合ではない。足の踏み場がないということはワシの生活に支障が出るということ。何とかしなければ…。
やる時はやるタイプの人間なので、朝から脇目も振らずひたすら作業を続けた。その結果、たいがいの資料は「平積みの状態」から解放され、少しだけだがスペースを確保することができた。とはいっても、体育座りする程度の広さなのだが…。
いやいや、それでもこの広さは大きな進歩である。何せそれまでは右足と左足の場所が厳密に守られないと部屋の中を移動できなかったのだ! もし異なる足を出せば、その先に行けない。そう、まるで厳格対位法のような部屋だったのである。(なんのこっちゃ)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/0b/18ac3a99063f272b3aa523ac3856589a.jpg)
「音楽講座」と銘打たれているように、これは一般向けに書かれたものである。そのため記述の表現は極めて平易であり、読みやすい。だからといって内容に手抜きがあるわけじゃないところがコーサク先生の素晴らしいところだ。作曲する上で必要なことはちゃんと書かれてある。
そんなこんなで作業をしていたら夕方になった。気づけばもうヘトヘト。晩に聴きに行こうと思っていた演奏会があったが、体力の限界でキャンセル。でもまあ、取りあえずはお幸せである。