2012/06/08 記
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昨日、日本認知症コミュニケーション協議会主催のシンポ「東日本大震災における 介護問題と地域の役割~高齢者の生活環境と認知症ケア」を聴きに行ってきた。
陸前高田に作ろうとしている「生活見守り支援」の「連れ出し活動」は、内容的には認知症の高齢者は大きなウェイトを占めるが、介護認定を受けている方々は行政も放置はしていないだろう。
特養などの施設のデイサービスのマイクロバスが、4月に広田町を訪問したとき、高寿園・成仁会の車が何台も行き来していたので、施設が被災から完全復活していなくとも、優先順位高く対応していると予測されるのだ。ただ宿泊が職員家族の被災等から人手不足で出来ないかもしれない。寝起きが可能な方はデイで預かり、夜は家庭に帰すという対応をしているかも知れなかった。
広田町の農漁協女性部のある方のお話を伺ったとき、在宅介護の方、寝たきり・徘徊の方もいらっしゃるとのこと。それ以上は個人情報に触れそうなので話していただけなかったけれど、私たちの企画に関連してくる方たちだった。
このときのインタビューは、時間に制限があったために、障碍者関連の具体的なお話を伺えなかったのだが、認知症は発症していないが、在宅介護されている方は多いと伺った。大概は主婦に任されており、例え車があっても、女性一人の手で車の昇降を行なうのは無理で、結局親御さんが眠ったときを見計らって、街の中の商店に大急ぎで買い物をして戻るという生活になっているとのこと。相互扶助の結びつきの強い島社会のような社会でも、実際の介護負担は介護サービスが十分な地域とはとても思えなかった。
だから、被災下のケアと生活再建という話は、重要性がマスコミで語られつつも、専門職のカンファなどの場以外では、そこを取り出した論議はなかなか登場してこなかった。その意味で、実態把握のための調査の糸口をつかめないかと、このシンポに関心があった。全国シンポなので、個別の具体事例がどの程度登場するかは怪しいと思ったが、ともあれ聞いて見ることにした。私たちの企画は、生活見守り支援を素人が担うために、活動のパッケージ、枠組みを再構成しなくてはならなかった。そこに合致する事例は一層検索条件が難しかった。
●1)基調講演
1)「東日本大震災における認知症ケアと地域の役割」長谷川和夫氏
・これは介護職のテキスト講義をうけているようだった。東日本大震災の現状のみに係わらず一般論で語られてしまうので、いただけなかった。アクチュアルな認識が裏打ちされているようには感じられなかった。
2)「認知症に対する国の取り組み」~震災と今日の認知症対策~堀部賢太郎氏
・肩書きの厚労省老健局高齢者支援課認知症・虐待防止対策推進室認知症対策専門官という立場から、震災発生時からの省内の具体的な議論の経過をダイジェスト版のように語るものだった。ここについては議論すべきいくつかの論点があるが、被災地の介護の現状を打開するための議論としては、結びつきの中間項が必要なので、改めて取り上げたい。
シンポ「東日本大震災から一年、災害現場からの報告と提言」
1)「自然災害と介護災害~介護災害からの脱出」小山剛氏
・(社福)長岡福祉協会/高齢者総合ケアセンターこぶし園総合施設長、認定NPO法人災害福祉広域支援ネットワーク・サンダーバード代表理事という、いわゆる災害対策のプロだ。話も行政の対応や、現場の状況について、その本音の部分をばっさりと切り口を見せていくという意味で面白かった。
今回の提言には「社会資本のネットワーキング」という大きな提案があった。これは、大事な内容を含んでいるので、別個記事を書くことにする。
話の中で出てきたグループホーム型の仮設住宅は、構造と設置基準が厄介で、認可されるのには、改正の手間隙に長い月日が必要となることで、そのままの形では緊急時にとても対応できないので、利用者の居室をひとつの仮設と考え、商店街ではないか、ひとつのアーケードでまとまり、公園のような集合スペースがあるのだと解釈し、グループホームの仮設住宅が実現したという下りは失笑してしまった。確かに行政交渉では、法解釈の隙間と連携によって、合法にも違法にもなる場面が有り、実情に合わせて解釈を引き寄せてくる場面が実際にある。
「サンダーバード」というキャンピングカーも派手だった。被災直下の現場に実務者を派遣するとき、現場までの移動と食事・宿泊施設が無いので、自前で寝る場所を持ち込もうという活動だった。蚕棚式のベッドが組み込まれた車の派遣活動だった。マークをみていると自衛隊の活動のようだった。ちょっと危険な香りもするが講演の切れ味もいいので、茅ヶ崎講演の候補にいれてもいい方だ。
ただ男の論理だと思うのだ。認知症の個々のお年寄りの顔が浮かばず、現場環境をどう整えるかという話だった。
入所者さんたちの緊急避難誘導が緊迫した状況下で実践訓練をしてきたところと、デスクワークで学習したところでは、臨機応変さというところで、結果的には大きな差として表れる話や、トリアージではないが誰を助けるかという時に、可能性の割り切りが必要となることなど、施設職員には役にする話が提供されたように思う。しかし在宅介護者にとっては、津波災害の際、連れて逃げるか、割り切って自分だけで逃げられるか、「津波てんでんこ」の「てんでんこ」のケーススタディを語った方がいいように思った。被災は倫理の境界を走ることになるからだ。「わーく」で取材かける予定。講演は助成金が取れないと無理。
「東日本大震災から学ぶ対応と復興に向けて」~安心できる暮らしを地域とともに~ 蓬田隆子氏
GH「よもぎ埜・なつぎ埜」の震災時の経過と取り組みが話の中心。被災後の生活物資や薬品確保などの被災したらどういう事態になるのかという場面説明が中心
。しかしこうした施設内対応の話は、外部支援者との連携は難しい。ただ避難は職員の手だけでは絶対に無理で、地域住民の方との非常時の避難応援を決めておかないと身動きがつかないという話は、在宅介護家庭の避難についても、家族だけでなく、地域の協力を作っておく必要があると語る。それはそうなのだ。しかし広田町のような相互扶助の結びつきの強いところではなく、都市型の被災のように、地域の結びつきが弱いところでは、行政指導のような契機がないと超えていけない。防災リーダーや消防団のような活動に、主婦が入って欲しいと思う。女性の眼がないと、弱者個々人に眼が行かないからだ。ここは検討課題だ。
「応急仮設住宅に暮らす人々への訪問看護」上野まり氏
仮設住宅期の巡回は、職種がよくわかるように赤いTシャツ・ジャンパー姿は、活動の状態が入居者の方の眼からもわかるため好評であること。ただ、病院・個人医院などの絶対数が足らないので、子どもの場合と同様に、遠方まで出かけないといけない。遠くという事は、救急車で搬送される時間も長く、秒分争う場合以外は、救急車利用に躊躇することも多い。高齢者や乳幼児などの夜間搬送は、満床とか診療時間外対応なしというような医療情報が足らないために、堂々巡りさえ起きてくる。ここには緊急出動のボラhティアがいていい。
未だ立ち直っていない地域医療の現場の動きと連携しながら、生活見守り支援は組んでいく必要がある。
会場は200人程度。施設関係者・医療関係者のみで、一般参加者は少なかったようだ。練らなくてはならない。三井君たち学生でもできる支援の形をだ。需要はある。それを再確認した。
夜間傾聴:南橋本君(仮名)
(校正1回目済み)
(参考)●シンポ:「東日本大震災における介護問題と地域の役割」
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昨日、日本認知症コミュニケーション協議会主催のシンポ「東日本大震災における 介護問題と地域の役割~高齢者の生活環境と認知症ケア」を聴きに行ってきた。
陸前高田に作ろうとしている「生活見守り支援」の「連れ出し活動」は、内容的には認知症の高齢者は大きなウェイトを占めるが、介護認定を受けている方々は行政も放置はしていないだろう。
特養などの施設のデイサービスのマイクロバスが、4月に広田町を訪問したとき、高寿園・成仁会の車が何台も行き来していたので、施設が被災から完全復活していなくとも、優先順位高く対応していると予測されるのだ。ただ宿泊が職員家族の被災等から人手不足で出来ないかもしれない。寝起きが可能な方はデイで預かり、夜は家庭に帰すという対応をしているかも知れなかった。
広田町の農漁協女性部のある方のお話を伺ったとき、在宅介護の方、寝たきり・徘徊の方もいらっしゃるとのこと。それ以上は個人情報に触れそうなので話していただけなかったけれど、私たちの企画に関連してくる方たちだった。
このときのインタビューは、時間に制限があったために、障碍者関連の具体的なお話を伺えなかったのだが、認知症は発症していないが、在宅介護されている方は多いと伺った。大概は主婦に任されており、例え車があっても、女性一人の手で車の昇降を行なうのは無理で、結局親御さんが眠ったときを見計らって、街の中の商店に大急ぎで買い物をして戻るという生活になっているとのこと。相互扶助の結びつきの強い島社会のような社会でも、実際の介護負担は介護サービスが十分な地域とはとても思えなかった。
だから、被災下のケアと生活再建という話は、重要性がマスコミで語られつつも、専門職のカンファなどの場以外では、そこを取り出した論議はなかなか登場してこなかった。その意味で、実態把握のための調査の糸口をつかめないかと、このシンポに関心があった。全国シンポなので、個別の具体事例がどの程度登場するかは怪しいと思ったが、ともあれ聞いて見ることにした。私たちの企画は、生活見守り支援を素人が担うために、活動のパッケージ、枠組みを再構成しなくてはならなかった。そこに合致する事例は一層検索条件が難しかった。
●1)基調講演
1)「東日本大震災における認知症ケアと地域の役割」長谷川和夫氏
・これは介護職のテキスト講義をうけているようだった。東日本大震災の現状のみに係わらず一般論で語られてしまうので、いただけなかった。アクチュアルな認識が裏打ちされているようには感じられなかった。
2)「認知症に対する国の取り組み」~震災と今日の認知症対策~堀部賢太郎氏
・肩書きの厚労省老健局高齢者支援課認知症・虐待防止対策推進室認知症対策専門官という立場から、震災発生時からの省内の具体的な議論の経過をダイジェスト版のように語るものだった。ここについては議論すべきいくつかの論点があるが、被災地の介護の現状を打開するための議論としては、結びつきの中間項が必要なので、改めて取り上げたい。
シンポ「東日本大震災から一年、災害現場からの報告と提言」
1)「自然災害と介護災害~介護災害からの脱出」小山剛氏
・(社福)長岡福祉協会/高齢者総合ケアセンターこぶし園総合施設長、認定NPO法人災害福祉広域支援ネットワーク・サンダーバード代表理事という、いわゆる災害対策のプロだ。話も行政の対応や、現場の状況について、その本音の部分をばっさりと切り口を見せていくという意味で面白かった。
今回の提言には「社会資本のネットワーキング」という大きな提案があった。これは、大事な内容を含んでいるので、別個記事を書くことにする。
話の中で出てきたグループホーム型の仮設住宅は、構造と設置基準が厄介で、認可されるのには、改正の手間隙に長い月日が必要となることで、そのままの形では緊急時にとても対応できないので、利用者の居室をひとつの仮設と考え、商店街ではないか、ひとつのアーケードでまとまり、公園のような集合スペースがあるのだと解釈し、グループホームの仮設住宅が実現したという下りは失笑してしまった。確かに行政交渉では、法解釈の隙間と連携によって、合法にも違法にもなる場面が有り、実情に合わせて解釈を引き寄せてくる場面が実際にある。
「サンダーバード」というキャンピングカーも派手だった。被災直下の現場に実務者を派遣するとき、現場までの移動と食事・宿泊施設が無いので、自前で寝る場所を持ち込もうという活動だった。蚕棚式のベッドが組み込まれた車の派遣活動だった。マークをみていると自衛隊の活動のようだった。ちょっと危険な香りもするが講演の切れ味もいいので、茅ヶ崎講演の候補にいれてもいい方だ。
ただ男の論理だと思うのだ。認知症の個々のお年寄りの顔が浮かばず、現場環境をどう整えるかという話だった。
入所者さんたちの緊急避難誘導が緊迫した状況下で実践訓練をしてきたところと、デスクワークで学習したところでは、臨機応変さというところで、結果的には大きな差として表れる話や、トリアージではないが誰を助けるかという時に、可能性の割り切りが必要となることなど、施設職員には役にする話が提供されたように思う。しかし在宅介護者にとっては、津波災害の際、連れて逃げるか、割り切って自分だけで逃げられるか、「津波てんでんこ」の「てんでんこ」のケーススタディを語った方がいいように思った。被災は倫理の境界を走ることになるからだ。「わーく」で取材かける予定。講演は助成金が取れないと無理。
「東日本大震災から学ぶ対応と復興に向けて」~安心できる暮らしを地域とともに~ 蓬田隆子氏
GH「よもぎ埜・なつぎ埜」の震災時の経過と取り組みが話の中心。被災後の生活物資や薬品確保などの被災したらどういう事態になるのかという場面説明が中心
。しかしこうした施設内対応の話は、外部支援者との連携は難しい。ただ避難は職員の手だけでは絶対に無理で、地域住民の方との非常時の避難応援を決めておかないと身動きがつかないという話は、在宅介護家庭の避難についても、家族だけでなく、地域の協力を作っておく必要があると語る。それはそうなのだ。しかし広田町のような相互扶助の結びつきの強いところではなく、都市型の被災のように、地域の結びつきが弱いところでは、行政指導のような契機がないと超えていけない。防災リーダーや消防団のような活動に、主婦が入って欲しいと思う。女性の眼がないと、弱者個々人に眼が行かないからだ。ここは検討課題だ。
「応急仮設住宅に暮らす人々への訪問看護」上野まり氏
仮設住宅期の巡回は、職種がよくわかるように赤いTシャツ・ジャンパー姿は、活動の状態が入居者の方の眼からもわかるため好評であること。ただ、病院・個人医院などの絶対数が足らないので、子どもの場合と同様に、遠方まで出かけないといけない。遠くという事は、救急車で搬送される時間も長く、秒分争う場合以外は、救急車利用に躊躇することも多い。高齢者や乳幼児などの夜間搬送は、満床とか診療時間外対応なしというような医療情報が足らないために、堂々巡りさえ起きてくる。ここには緊急出動のボラhティアがいていい。
未だ立ち直っていない地域医療の現場の動きと連携しながら、生活見守り支援は組んでいく必要がある。
会場は200人程度。施設関係者・医療関係者のみで、一般参加者は少なかったようだ。練らなくてはならない。三井君たち学生でもできる支援の形をだ。需要はある。それを再確認した。
夜間傾聴:南橋本君(仮名)
(校正1回目済み)
(参考)●シンポ:「東日本大震災における介護問題と地域の役割」