湘南オンラインフレネ日誌

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5/2ジャズフェスティバル茅ヶ崎にBI登場/18日あすなろ会定例会れぽーと/米粒煎餅復活を

2010-04-30 07:39:31 | 引きこもり
父の体調の悪化は、どうやらまた血栓が跳んだと見ていいようだ。今回の2泊3日のショートステイは、着替えの鬼ごっこだったらしい。頻尿状態でかつ失禁が固定し、着替えるとすぐにまた着衣を濡らしてしまう。紙パンツから男性器を出した状態に父がずり下げてしまうためで、これはポータブルトイレに立ったとき、紙パンツを脱ぐ前傾姿勢が取れないため、事前に脱いでいるようなのだが、これで失禁となると、紙パンツが意味を成さない。ベッドが洪水となり、着衣が濡れる。この繰り返し。足元がいよいよおぼつかない状態になって、間に合わずにベッド回りを濡らしてしまう。以前ならポータブルトイレの手前に水溜りが出来たが、今はベッドの出入り口、つまりベッドから立てずに放尿している。ホームでもてこずったらしく、交換記録(日誌)は担当者の悲鳴すら聞こえてきそうだ。

帰宅した父は、いびきをかいて昏々と眠り続け、食事のときだけ、私に起こされてしぶしぶ身を起こす状態。消灯時間に寝ている父に入れ歯をはずさせる場面で、困ったことが発覚した。父は私をホーム職員と間違えていた。

私:「この容器に入れ歯をはずして入れて下さい。」
父:「そんなもの、そこらに落ちているだろう、うるさい。」
私:「口に入っているのが見えるよ。」
父:「(男のくせに)半端者が家政婦の真似しやがって、あっちにいけ。」
私:「ホームの職員さんに、そんなことを言っていたのか!」
父:「タクシーを呼べ、帰る!」
私:「(トーンを落として)ここは家だよ、親父の家。」
父:「勝手にはずせ!」

布団にかけた私の手を払いのけ、ベッドがきしみはじめる。情けなくなった。ホーム職員の方に、こんな差別的な発言をしていたとは。父のバーバリズムは私が幼い頃から胃の腑が痛くなるほどに嫌な思いをしている。

このとき息を荒立てると相手は激高する。呼吸は見えない対話の判断材料となっている。とくに病人・認知症者・酩酊者は異様に過敏なほどに、相手の呼吸を読む…というより動物的感覚が前面にでるのだろうか。ホーム職員さんは話題をはずす。私は間を空けて、薬を飲もうとか、TVつけようかと、別の関わりに転じる。世間話は私も苦手だからだ。

今回は「下痢止めの薬を飲もう」という働きかけをし、入れ歯はずしにつなぐことに成功した。しかし気が重かった。ホームの方にお詫びする必要がある。

このショートステイの初日、新規に申し込んだ特養からテスト入所1泊2日を実施するにあたり、日が迫っているので、すぐに書類を出すべしとのことで、特養に行ってきた。どこのホームでもそうなのだが、指示に従うかという質問が必ず出る。「ご機嫌次第です」と答えている。しかし父も何を言ってもいいということにはならない。関係がうまく行っていれば、悪態は出ないといわれる。しかし今回の発言は、ただの悪態ではない。価値観というか人間観に寄っている。平常時にも差別言動はでるのだ。父を正すことが出来ないものかと思う。

父の体調の悪化から、歩けなくなれば、床が不安定な一階にベッドを移せないから、改築工事がいる。床の布団生活では、父の這う活動がよりやりやすくなり、厨房の冷蔵庫・風呂場の火の危険が重なる。隙間転倒や便器破壊、庭に出るなど目が離せなくなる。活性が落ちても家中が排泄臭に悩まされるだろう。おむつ拒否はよほど体力が落ちない限り続くだろうからだ。母や私は四六時中父から離れられなくなる。限界である。だから入所に持って行きたい。

しかし、この調子では例え入所が決まっても、いつ追い出されるかわからない。だから訪ねたホームのケアマネさんに、「いわゆる頑固爺ぃというか、クソ爺ぃです」と答えた。笑っていたが本当なのだ。

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ショートステイ2泊3日は、送り出し10時半、帰宅14時半だから前後一日は、中途半端に拘束されて使い物にならない。実質は中1日なのである。この中日、水曜日は貴重な一日となる。この日、私は海老名巡回を昼に済ませ横浜・寿町に出た。寿生活館のTさんに5月18日の市生活支援課との懇談会の盛り上げのために、Tさんが誰か関係者を必ず連れてきてほしいと口説きにいったのだった。Tさんとは、なかなか時間を取って話せなかったから、父の時間の制約がはずれたことが嬉しかった。

とにかく忙しい人だ。このときも電話相談が入っていた。話中も割り込みが1回、携帯電話2回という具合だった。しかし目利きのきく人だ。言葉の端々に問いかけが織り込まれていた。同時に構想世界の広さを測る問いの多いことに、少々気が重くなった。

帰りに「さなぎ達」さんに寄り、Taさんにご挨拶。様子を聞いてきた。ビッグイシュー販売からN君が身を引いたことで、お邪魔する場面が減っていたのだ。Sさんには会えなかったが、簡単な情報交換だったが時が埋められた気がした。

この足でそのまま、茅ヶ崎に戻り、市役所に飛び込み、終業時間間際の生活支援課に立ち寄った。事務連絡と懇談会調整のみ。

この日、18時半からは湘南あすなろ会の定例会に出た。

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昨日の定例会は、主に2つの内容だった。

ひとつは、5月2日に開催されるジャズフェスティバル会場のビッグイシュー販売が可能になった件で、事務的な準備の話。

もうひとつが、5月18日の茅ヶ崎市の生活支援課との懇談会の中間報告と事務的な準備の話だ。

1)新号追加と残部処理を東京事務所と調整すること
2)現在あるバックナンバーを活用すること
3)開場30分前に冊子を持って現場集合
4)販売員の活動紹介中の留守番
5)利益は当事者折半。おつりは各自で準備。Oさんが補助。
6)Oさん作、会紹介チラシ増刷。

というようなことが決まった。

販売員さんの入場料は、14円/冊の卸純益と不足分は、従来のカンパや貯金から補填しよう。(確認し忘れていた。)支援者は各自で入場券を購入すること。

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後者の懇談会関係では、市社協や(寒川町担当になってしまうが)保健福祉事務所生活福祉課・保健予防課に懇談会参加を呼びかけることになった。就労支援関係は、今回は資料提供のみ。

資料作りをメーリングリストを使って練り、次回定例会には原案が上っている状態に持って行きたい。

こんなところで時間切れ。今朝は販売員E君が東京事務所に、会場販売用の新号を受け取りに行っている。

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IPSリカバリーのキャラバン隊の当事者さんとの当事者懇談を5月に仕掛けている。これも昨日(木)に呼びかけ資料を作っていた。今日は私の胸部検診の結果を聞くために**病院にいく。その前に社協と保健福祉事務所に行く。病院から家に戻り母と交代して留守番中、文書作成。夜は橋本巡回。帰宅後、夜間傾聴中に18日の資料作りの予定。


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以前、私は引きこもり青年たちと軽度障碍の青年とのカフェ作りを市との協働で作ろうとしたことがある。このときのカフェが和風で、販売品の開発に「せんべい」を構想していた。ニクロム線を使った長火鉢も作った。構想がつぶれて「せんべい」もつぶれたが、これには菓子の専門学校にちょこっと通ったこともあって、残り火があった。

この「せんべい」は誤解を生んでいた。網の上で箸でからからと返して醤油をしみこませていく、いわゆる醤油せんべいが連想され、巧緻運動の苦手な障がい者には無理と話も遮断されて苦い思いをしていた。私のせんべいは、せんべい汁に使ったり、お好み焼き風に使う、家庭では残ったご飯をつぶしてつくるせんべいとおかきだった。前者は鉄板バサミや網バサミを使って焼けるだけでなく、様々な工夫が加えられる。後者は分量と温度の関係を伝えれば網で揚げるだけだったからだ。前者は家庭では残飯整理に昔焼いた米粒せんべいである。悔しいのは米粒せんべいの方。

なんとこれが「コープかながわ」の冊子「M'io」(2010.4.19 Vol.829)の表紙にもろに出てしまった。やられたと思いつつ、冊子を眺めていた。これに日本茶の組み合わせは、結構いい。自画自賛だが、一度現物作って当時の関係者に食わせたいと思った。馬鹿な話ではあるが、やる価値はあるのだ。どなたか真似してみませんか。多少ネタもあることだし。(例:たまごご飯の煎餅等)


夜間傾聴:□□君(仮名)
     中延君(仮名・久しぶり)


(校正1回目済み)
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