午後の曳航(三島由紀夫著)

2021-12-26 00:00:22 | 書評
1963年の作品。実は高校生時代に三島由紀夫の大部分の作品(「豊饒の海」と「戯曲」類は読んでいなかった)をほぼ古い順に読んでいた。今、考えると内省的な作品から美的感覚を高めていって、さらに技巧的に円熟してきて、そのあと思想的に偏っていき、常人の考え(つまり現実主義)から逸脱していった。

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その技巧的円熟の時代の終わりの頃の作品で、それまでの内省的、小説美的要素が必要十分に発揮されていると感じていた。つまり、私の中では三島の完結作。

人間の弱さが、少年にも、大人の男女にもあり、どうしても人間は純粋性を失っていくとか通俗的なストーリーの中に普遍的な真実がかぶせられる。

多くの三島作品は二項対立的に、「近代と現代」とか「都会と田舎」とか「海外と国内」とか「美か醜か」といった日本文学の伝統的テーマを書いているように思うのだが、本作は何かフィナーレの大悲劇に向かってすべての事柄が進んでいく。

数十年前に読んだ本はほとんど内容を失念していることが多く、本作もあまり記憶になかったが(当時千葉に住んでいて、現在は舞台となる横浜に住んでいることもある)、進行が進むにつれ「そういえば、最後は何らかの大悲劇だった」と思いいたることになる。

なお、本作のタイトルは「午後の曳航」。晴れた午後、横浜市内高台から港を見下ろすと、大型船が港外までタグ・ボートで曳航されている。それを見ながら主人公の少年と友人たちは元船員と紅茶を飲みながら語り合うわけだ。「午後の紅茶」という有名なドリンクがあるが、これからは健康のためにも、ゆっくりと味わいながら飲むことになるだろう。