即興詩人(アンデルセン)

2016-09-06 00:00:14 | 書評
以前、東京の森鷗外記念館に行った際、「即興詩人(アンデルセン著)」の擬古文訳について、大変な名著で「無人島に持っていくならこの一冊」と紹介されていた。しかし、問題は現代語ではなく擬古文であるということで、これが読める人は国民の数パーセントしかいないだろうと感じていた。そして、津和野を同郷とする画家安野光雅氏が、名著を紹介しようと、果敢にもそれを現代語に翻訳したのが、この一冊で、全67章、600ページである。67章なので、無人島で毎日1章ずつ読むと2か月と6日で読み切ってしまう。

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ただ、デンマーク語でアンデルセンが書いたものが、まずドイツ語に翻訳され、鷗外が日本語に翻訳し、安野氏が現代語に翻訳した。たぶん少しずつは変質しているのかなと思わないではないが、「即興詩人」というのは、いわゆるシンガーソングライターで、劇場で「お題」をちょうだいして、その場で作詞をして、ギターを弾いて朗読する。

かなり技術が必要だが、主人公のアントニオにはそれができる。貧しい家に生まれ、両親がいなくなった彼は、成人になるまでに奇想天外な運命にもてあそばれるのだが、それはイタリア各地の観光ガイドブックのようでもあり、次々に現れては消えていく美少女たちとの恋愛物語でもある。イタリアといっても南北に各都市が散らばるのだが、どこに旅をしても、いかにも偶然というように旧友や別れた少女が再登場するという不自然さはあるが、小説ってそんなものだ。

アンデルセンは、まだ童話を書く前に本著を書いてベストセラーにしたそうだ。鷗外は舞姫を発表した後、本作の翻訳に長い時間をかけた。

鷗外と漱石と並び称されていても漱石の方が格上と思われているのは、この擬古文のため読んでもらえないということもあるのだろう。まとめて全部翻訳してほしいな。