磔(吉村明著)

2011-12-01 00:00:47 | 書評
短編集である。昭和44年の著者初めての時代小説『磔』から、昭和54年の『洋船建造』まで5作を収録。

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『磔』は、秀吉によるキリシタン狩りの見せしめになった、六名のポルトガル人宣教師と20人の日本人が京都から長崎まで連行され、多くのキリシタンの見守る中で磔になる事件を題材にしている。初めて書いた時代小説だが、時代を戦国末期に設定している。重いテーマの上に、資料も少ない題材を扱っているが、この難解な小説を書くことで、著者のその後の筆が鍛えられたのかもしれない。ただ、なぜ、烈火のごとくキリスト教が広まったのか、その理由を知りたい。

『三色旗』は、出島に赴任したオランダ商館員の苦悩を描く。オランダが世界を支配した時間は決して長くはなかったが、何の偶然か、日本が唯一選んだ開国先がオランダだった。その国旗である三色旗を掲げて長崎に突然入港した船舶が実はイギリス船フェートン号で、オランダ人2名が連れ去られてしまう。彼ら二人を救出するための日蘭共同作戦を描く。

『コロリ』。幕末から明治初頭に千葉県の鴨川で活躍し、非科学的漁民に虐殺された医師の話。いつの時代も漁民は単細胞だ。そして、この作品では歴史の第一線に登場したのではなく、第二線、第三線に登場した人たちを描くことによって、「人より時代の方を描く」という著者の作風が強く感じられる。

『動く牙』。幕末の水戸の天狗党の反乱を描く。武装したまま戦闘を行い、京都に向かう天狗党をもはや軟弱化した途中の各藩は阻止することができない。ついに天下の大藩である加賀藩が登場することになるのだが、完全に包囲するに至り、ついに降伏。しかし彼らの大半には、過酷な運命が待っていた。

『洋船建造』は、幕末の日本にできごと。ロシア代表のプチャーチンの軍艦が安政の大地震により壊滅。日本人の親切に感謝しつつも、理解することなく、やっとの思いでロシアに帰るまでの事件を題材としている。江川、川路と有能な幕府側官吏を登場させている。当時の記録では、安政の大地震で大被害をこうむったのは、下田と大阪だそうだ。家は壊れ、海水に洗われる。