書評「銀むつクライシス」

2009-04-30 07:53:59 | 書評
1年ほど前に話題になっていた本。



今や高級魚の「銀むつ」をめぐる国際謀略小説かと思っていたら、ノンフィクションだったのだが、現実の世界は「小説より奇怪」ということもあり、それなりに考えさせるところが多い。

あらすじを書くのが面倒なので紀伊国屋書店による要旨によると、


2003年8月、南極大陸にほど近いインド洋南西部のハード島近海で、オーストラリアの巡視船がマゼランアイナメ密漁船を発見した。逃げる密漁船と、それを追う巡視船。

南氷洋を越え、南アフリカ沖大西洋まで約4000海里20日間、この一大追跡劇はいったいどこへ向かうのか。

日本の食卓でも銀むつやメロの名前で知られるマゼランアイナメは、数十年前まではだれにも見向きもされず、南の海でひっそりと暮らしていた。それが、学術的に不正確でも魅力的な名前(「チリ・シ-バス」)とともにアメリカ市場に持ち込まれ、様相は一変する。流行の食材になったこの魚は、絶滅が危惧されるほど乱獲で激減したのだ。



だが、いったい何が、なぜ、そこまで追い込んだのか。

飽くなき食への欲望がわれわれにもたらすものをスリルとサスペンスたっぷりに描きあげた、衝撃のノンフィクション。


ということになる。

しかし、実際、本書はこの要旨とはかなり異なったトーンである。二つの筋が交錯している。

一つは、オーストラリアの巡視艇サザンサポーター号と密漁容疑のある日本製高性能漁船ビアルサ号の20日間にわたるチェイス。南半球の8月は真冬である。凍結した南氷洋で、次々に止まるエンジン、長い追跡の末、漁船の船籍ウルグアイとの国際問題。途中で追跡に参加した乱暴な南アフリカ政府。そして高い費用を払ったあげく、取り逃がした場合の責任の行方。

もう一つの筋立ては、アメリカの高級レストランの事情。高級白身魚を牛肉のようにガツガツ食う文化によって、白身魚がどんどん海から消滅してしまう。そこにたまたま1980年頃に登場した、マゼランアイナメ。謎の大型魚で、50歳にも達するそうで最大2メートルに達する。

どこにいるのか、よくわからなかったのだが1982年にたまたまチリ沖で大漁を得たことから生息地がわかる。特に1991年からチリの軍事政権が外貨稼ぎのために漁を解禁したところから、一挙に世界に広まる。アメリカでは「チリ・シーバス」と呼ばれ、日本では「銀むつ」。その後「メロ」となる。



結果、他の激減絶滅種と同様にチリ沖から姿を消すと、南氷洋で乱獲をはじめるのだが、そこにはまた問題があって、CCAMLR(南極海洋生物資源条約)で、漁獲量を報告する義務がある。

さらに、絶好の漁場の中には、オーストラリア領の無人島であるハード島があり、この島の周囲200海里をオーストラリアは経済水域と宣言している。(1947年に英国から譲り受けた無人島を核に巨大な利権を主張するのも、どうかとは思うが、日本も同類である)

そのエリアにいたビアルサ号に密漁の嫌疑をかけ、追跡&逃走が始まる。まあ、どちらもその筋のベテランであるので、相手の考えや、燃料残量がわからないままに作戦を立てるわけだ。

そして、ついに南大西洋で逃走は終了し、来た道をバックして、乗組員はオーストラリアの法廷に立つのだが、ここでも大ドラマがあって、結局無罪放免となるのだが、そのかわりウルグアイ船籍では密漁が困難となる。

背後に潜む、船のオーナー会社のたてた戦略は二つ。

一つ目は、船籍を条約未加盟国に移すこと。つまりミサイル発射失敗国である。

二つ目は、マゼランアイナメの近縁種を探すこと。和名、ライギョダマシというソックリ魚が次の犠牲者になっているようだ。