出産マシーンvsラブマシーン

2007-02-02 00:00:24 | 市民A
柳沢厚生労働大臣の「女性は産む機械」発言に対する各種世論調査では、”大臣辞任すべし”という声が7割から8割程度にもなっているようだ。一般に、過去の大臣の失言の際には、これほど辞任論が高いことはなかったように思う。まして、彼が何を思って、何を口走ろうが、実際に「実害」がすぐにあるわけではないわけだ。「一回の失言だけなら許したる」ということでもおかしくない。発言の質から言えば久間防衛大臣のイラク戦争反対発言の方が不注意発言のように思える。

それでは、なぜ、「出産マシーン」発言が大問題になるかということなのだが、

1.前後の脈絡から考えても、うっかり発言とも思えないわけだ。要約すると、「(15歳から50歳を出産年齢とし、30歳を産み頃とすると、)2030年の時の30歳は、既に現在6歳なのだから、母親の数の確保という点から言えば、今からの対策は既に遅すぎるので、一人の女性が産むこどもの数を増やさなければ人口減少は止められない」というような文脈なのだが、そのとおりにしゃべればいいのだが、出産マシーンの話が飛び出す。本人は、わかりやすく例を挙げたのだろうが、例をあげなくてもこどもを産むのが今のところ女性に限られるのは言うまでもないのだから、なんでそんな話になるのかよくわからない。
おそらく、日頃思っていたのか、あるいは厚生労働省の役人が大臣に説明する時に、機械の話をしたのではないだろうか。要するに、本当に機械と思っているのだろう、という疑いだ。

2.さらに、人間を機械に例える、というのが「出産問題」や「女性蔑視問題」と異なるレベルでさらに不快な感覚を与えているわけだ。機械は非生産的なことはしないわけで、人間でも凡そ50歳を超えると、人口増加に貢献しなくなるので、マシーンの耐用年数切れということになる。機械なら当然、廃棄処分だ。

3.言い訳、事後処理がお粗末である。「思わず、『機械』というコトバが頭をよぎった」、というのでは、深層心理は「機械」ということになる。例えば、石原都知事は、「こどもを産まないのは女じゃない」とまで暴論を吐くが、「いつもの調子だな」と思われて特にお咎めなしだ。しょせんは実害はない。本当に申し訳ないと思うなら、毎週末には、病院や老人ホームなどでボランティアでもすれば、少しは仕事にも役に立つだろうしと思う。

4.少子化対策大臣としての能力の不足を感じる点がある。しょせんは、マクロ指標を並べても、何も生まないようなテーマの問題だ。結婚しない理由、シングルマザーになれない理由、子作りの暇もないような労働環境とか、その多くは経済的な側面が大きいわけだ。それなのに、残業無制限法など成立させようというのでは、政策の方向性がない、ということになる。


ところで、この問題だが、日本では大騒ぎなのだが、あまり外国からの評判が聞こえてこない。あまり「日本の恥」ということになってはいない。少し考えているうちに、思い当たってきたのだが、外国ではこの「マシーン」というコトバをネガティブな場面では使わないのだろうと思ってきた。つまり、正確とか高性能とか勤勉とか、サボらないとかいうグッドなイメージなのだろう。「機械のようにこどもをたくさん産む」というのは、案外、誉めコトバかもしれない。一方、日本は機械大国で、古い機械はポイとなる。機械=人間蔑視という意味になる。

もっとも、戦国時代には、女性はこどもを産む機械だったわけなのだが、秀吉のように初物好きは子作りの数が少ないのだが、家康のように、他人の人妻として出産経験のある女性ばかりを囲う、というのもこどもの数を増やす現実的戦術だったようだ。


a35c1f36.jpg話は変るが、機械(マシーン)と言えば、「ラブ・マシーン」。日本ではモーニング娘が歌って(あるいは踊って)いたが、米国には先輩がいる。1975年か76年に米国のミラクルズというグループが発表している。普通、この単語は、果てしなく勤勉にメイクラブをする男性側行為を指すわけだ。機械のように腰を振り続けることを指す。「男性は、こどもを作る機械だ」ということになる。


ところで、大臣が辞任しようが居座ろうが、職に適正を欠いているのはよくわかる。では、誰が適正かと言えば、やはり現都知事なのではないだろうか。各種の子作りの方法に詳しいらしいのである。