「るにんせん」は、濃密書きだ!

2006-03-07 07:35:32 | 書評
73af78d5.jpgプロの作家ではなく、建築家が書いた「るにんせん」は、この本が成立するまでの経緯からして混沌とした虚実の世界による。著者の團紀彦氏は、作曲家兼エッセイストだった團伊玖磨の息子である。父が主に作曲に使っていた八丈島の別荘に、近藤重蔵の息子で、大量殺人の罪で島流しになった近藤富蔵の手による「八丈實記」、また葛西重雄、吉田貫三共著である「八丈島流人銘々伝」を発見する。そして、史実と付き合わせながら読み解いていったところ、本著にあるような「島抜け物語」を発掘したのである。そして、奥田瑛二監督として映画化されたが、それは、本著の裏側というような補完関係にあると言える。

本著、文体は固い。決して美文ではない。同じ話が何度も登場することもある。理工系のレポートのような妙に正確性を誇張するところもある。そして、内容が重層であるのと、私自身、いくつか調べたことのある時代エリアであるため、様々な周辺の記憶と付き合せながら読むと、なかなか前に進まない。大きめの活字の文庫本一冊に10日近くかかった。


まず、時代は幕末直前。日本全図をめぐる諸氏騒乱が一つのキーになる。保守的な間宮林蔵、革新派の近藤重蔵、権威主義が大嫌いな伊能忠敬。さらに小役人高橋景保がスパイ活動を行っていたシーボルトに地図を横流しする。深く書くわけにはいかないが、シーボルト事件の発生が細かく書かれている。ここで嬉しくなったのは、作者も書いているが、当時世界の中で、日本付近だけが世界地図が白かったのだ。昨年、ドレスデン国立美術館展で見た直径2メートル近い巨大な二つの地球儀の一つには日本の本州から上は白くなっていて、世界の中で最後に残された未開地だったことがわかった。そして、もう一つ並んだ地球儀では、白地のところに後から地図が書き足されている。特に欧米各国はシーボルトが持ち出した日本地図を珍重していたようだ。

次に、もう一つのキーは「島抜け」である。八丈は黒潮より先にあるため、本州へ逃亡するには、潮目との関係で、かなりの困難を伴う。そして成功者はほとんどなく、捕まれば竹篭に詰められ、島の断崖絶壁から転がされる定めになっていた。何が、彼らを島抜けに駆らせるのか。その部分は、本著から少し離れて考えれば、かなり重い人間のテーマにつながっていく。

そして、蛇行を続ける大河のように苦闘の末、やっと読み終わると、果たしてこの奇書は、「時代小説」なのか「ミステリ」なのか、あるいは「歴史書」なのか、よくわからない。虚相なのか実相なのか?

本著あとがきで著者が書くのだが、書籍「るにんせん」と映画「るにん」は原作と映画化と言う関係ではなく、並列的な別の作品(ヒストリア)ということだそうだ。どちらかと言えば、史実の新解釈を構造的に組み立て、世に問う團紀彦と、流人達の心の襞を捉えた映画監督、奥田瑛二の感性の差から「八丈實記」にまったく別の側面を見たのだろう。

ところで、本著で軽く触れられていたロシアとの国境問題だが、また後で外交問題として少し触れてみたい。