北斎展 驚異の500点 世界から集結

2005-11-27 21:39:51 | 美術館・博物館・工芸品
ac359559.jpg12月4日まで北斎展が東京国立博物館で開かれている。既に多くのファンが足を運んでいるだろうが、これは凄すぎる。何しろ約500点。大量出展の名だたるところは、ベルギー王立美術歴史博物館、ヴィクトリア・アンド・アルパート美術館、ボストン美術館、アムステルダム国立美術館、メトロポリタン美術館、ベルリン東洋美術館、ギメ美術館・・その他、数点だけとか海外だけでも数え切れないし、国内の各美術館、個人所蔵品など。下世話ではあるが運送だけとっても容易ではない。誤って別の作品を返したりしかねない。余計な話だが、この会期中、都内の浮世絵専門のいくつかの美術館の入りはさぞ悪いのではないだろうか。ただし、中期的には、これを機に、浮世絵を見直そうというブームになるといい。

ac359559.jpgそして、この巨大な浮世絵空間を作れるのも「葛飾北斎」だからなのだ。彼の芸術人生は、ピカソ並だ。1760-1849という89年間の長寿の間に次々と作風を変えていく。数々の彼の技巧は、そっくり浮世絵の技法本1冊になる。従って、この北斎展は浮世絵のテクニック展示会ともいえる。さらにピカソと似ている点は長寿だけではなく、何回も結婚したことでもある。そして晩年は、遊びの境遇で爆発的に多作になる。そして、どういうつもりだったのか謎であるが、ピカソを圧倒的に上回るものが、引越しの回数だ。研究家によれば、93回だそうだ。いかに江戸時代は現代より財産が少ないとは言え「お絵かきセット一式」やら、木版の原版やら荷物は多いだろうし、引越しも簡単にはいかないだろうに、と心配してしまう。

ac359559.jpg作品は木版という性質上、ほぼ同じ作品が大量に市場に出回るのだが、少しずつ摺りが違う。途中で版元が勝手に色を変えたり、版木を修正したりする。会場で仕込んだ知識によると、絵師の独創性が強く見られるのが、初摺(しょずり)分で約200枚程度。その先は、版元が自分の営業方針で色を濃くしたり、小雨を大雨に直したりしてしまう。傾向としては、北斎の冨嶽シリーズでは、初摺の淡い色を濃色に変えたりしている。さすがに円熟期のベストセラー絵師になった頃は版木の改竄は行われていないようだ。一方、広重の方は、細かな線描写が命だが、版を重ねるうちに線がつぶれるので、修正がかなり行われているそうだ。

また、一般に、売上げが伸びないと、後摺(あとずり)は大胆に変えられてしまう。版元と絵師の契約や著作権の問題はよく知らないが、本の世界でいえば、初版200冊までは、印税方式で、第二版以降は原稿売り切りになって、出版社の方で、スジを書き換えてもいい、というようなことなのだろう。悲劇が喜劇になったりする。

ac359559.jpgそして、コレクターにとっては、初摺物か後摺物かは、大きな問題になるわけだ。今回はもちろん初摺が数多く出展されているのだが、それも嬉しい。というわけで、いいこと尽くしではあるのだが、本当に半日以上つかって見るならいいのだが、金曜夜の数時間で見ようとすると、きびしい。何箇所にも掲示がでているのだが、閉館までの残り時間を計算しながら鑑賞しなければならない。さらに、冨嶽を中心とした後期人気作品群は出口に近いほうに展示されているので、余裕を持った計算をしなければならない。500点を仮に2時間でみようとすると、歩行時間も含め3600秒×2÷500=14.4秒。1点を10秒という計算になる。

ac359559.jpgそして、この会場を一周すると、「もうしばらくは、浮世絵は満腹だ」という気持ちになる。体の中でこなれるのに時間が必要。そして、自分の中では、最近「写楽の再評価」と「英泉の探求」という方向が生まれているのであるが、これはじっくりと。



本展は北斎を6つの時期にわけている。各時期の代表作として紹介されているのは、次の6点。

春朗期 正宗娘おれん 瀬川菊之丞 東京国立博物館 20歳デビュー作
宗理期 阿蘭陀画鏡 江戸八景 観音 ボストン美術館 洋風表現
葛飾北斎期 潮干狩図 大阪市立美術館 読本挿絵の第一人者に
戴斗期 伝神開手 北斎漫画 十編より 浦上満蔵氏 北斎漫画など絵手本
為一期 富嶽三十六景 凱風快晴 ギメ美術館 名作多数
画狂老人卍期 扇面散図 東京国立博物館 最晩年 肉筆画


ac359559.jpgところで、上野の国立博物館へは誰しも上野駅公園口から公園に入り、しばらく直進してから、矢印に沿って右に曲がるのが普通なのだが、そのコースを歩くと、例の人たちの集団の中を歩かなければならなくなる。ベンチウォーマー達だ。野球の話ではない。ベンチをマイホームにしている人だ。こういう日本の現実から目をそらしてはいけないのだ、などと深い思索に入るのもいいのだが、何も北斎の前に余計なことを考えなくてもいいではないか、と思う人は公園の外側に沿って右向きに歩いて行けば、自然に到達する。