樹樹日記

じゅじゅにっき。樹木と野鳥に関する面白い話をご紹介します。

伏見の桃山

2007年03月30日 | 木と歴史
今の家に引っ越す前、私は京都市伏見区桃山という所に住んでいました。日本史で習った「安土桃山時代」の桃山です。ここにあったお城で秀吉は息を引き取りました。

      
          (現在の伏見桃山城)

以前から「桃の産地でもないのになぜ桃山なんだろう?」と疑問を持っていましたが、先日ある木の本を読んでいて氷解しました。それによると、お城が廃城になった跡地にたくさんの桃を植えたからだそうです。
江戸時代のガイドブック『都名所図絵』には、「今はこの丘上に桃花を数千株植えて(略)、遠近この山に集まりて春色に酩酊し、桃花の色を奪ふ、これを伏見の桃見といふ」という記録が残っています。桜の花見のように桃見で賑わっていたのです。
江戸期の学者・貝原益軒も「伏見の桃は吉野の桜に匹敵する」と書いています。また、芭蕉も「我衣(わがきぬ)に伏見の桃の雫せよ」という句を残しています。ちなみに、この句から名前をもらった「桃の滴」という伏見の清酒があります。
その桃の林も、明治天皇のお墓(桃山御陵)を造るために取り除かれて現在は残っていません。1964年に写真のお城(模擬城)が建築されて「キャッスルランド」という遊園地が生まれましたが、御多分にもれず4年前に閉園となり、現在は京都市の運動公園になっています。
遊園地がある頃は私も甥や姪を連れて遊びに行きましたが、長らく行ってないので、先日久しぶりに訪ねてきました。昔を偲んでか、園内には数ヶ所に桃が植えてありました。

      

モモは中国原産で奈良時代に日本に移入されたというのが定説です。ただ、『日本書記』にイザナギノミコトが鬼にモモを投げつけたという話が残っているので、「日本にも自生していた」という説や、「いやいや、それはヤマモモのことである」という説があって定かではありません。
モモについて、中国には「桃源郷」の故事が、日本にも桃太郎伝説があってなかなか興味深い木ですが、長くなるのでまたの機会にします。
コメント (4)
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