湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

10/15 仮設・地域における回復期の障がい者の治療支援&保健活動を切り出す(4-08)他

2015-10-16 05:15:04 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/15 記
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(前回の続きから)

仮設は場所によって、ずいぶん様子に差が有る。石巻の場合は大規模仮設があるが、そこは抽選入居のために、初めは見知らぬ隣人に囲まれることになったが、女性は強い。身の回りの話題で、半年もたたないうちに、向こう三軒、両隣りは世間話ができるような状態になる。ところが、同じ抽選制だが地元集落が被災したので、もともと地縁がある人が入居しているところもある。前者は都市型に近い。後者は集落型で地方に多い。

私が関わっていた仮設は、その地帯が水耕栽培や科学的なハウス農業の実験地であることも手伝ってか、入居者が農業や福祉系職員という、昔の仕事とは異なる先進的な仕事に就いている方が多い仮設だった。訪問介護がこの地域には必要と、外部から訪問医療の流れの補佐を意識した福祉産業が流入し、そこに職を得た方が多かった。しかし、いわゆる足腰の弱まった高齢者をかかえていない若い方の集落が仮設になっていた。ここで社会的弱者の話を問いかけても、空転した。

だから仮設には環境差があり、入居方法の抽選法にも、広域あらの入居者の場合と、地縁・血縁の濃い集落内の抽選入居仮設もある。

では足腰の弱まった高齢者はどこにいるのだろう。それは子どもの声が聞こえる仮設だった。部屋数が1室多く、子どもがいる世帯や高齢者がいる世帯だった。また部屋が小さく単身者が入る仮設だった。

買い物代行を志したボランティアが断わられた仮設は、夫婦とまだ元気な高齢者が入っている仮設や、逆に仮設コミュニティのまとめ役のいない単身者の仮設だったのだろう。同時に、被災した業者が車に生鮮食料品を乗せて仮設を回る移動販売車が、いきに何台も売りにきたり、大手のスーパーがマイクロバス送迎を始めていたりしている状況把握を誤ったアクセスだったように思う。

しかしこれもまた浅い。送迎バスに乗る元気が無いが、移動販売車では買えない物が欲しかったり、買い物を通じて、古い知人に出会いたいことが目的の買い物のニーズが有る。ベッドあら抜け出せないほどではないが、ひとり買い物にでるのには、不安があるという高齢者の存在をどう掘り起こすかだった。信頼できる方を杖に歩きたいが、そのボランティアは長期間連れ添ってくれるか、高齢者は石橋を叩いて壊してしまうのだ。つまり、買い物代行は、信頼関係があり、なおかつ「代行」ではなく「買い物連れ添い」をこそ求めているのだ。はっきりいって、男ではだめだ。

(つづく)


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胃潰瘍を疑られて、内視鏡検査を受けることに。写真を見せられたが、2ヶ所病理検査にまわすことに。「手術はうちの病院でしたのですか」と聞かれ、「手元の資料をよく見てください。交通事故で粉砕骨折した膝を再建したのです。整形外科の手術です!胃がんなんですか?」と反発しつつ質問。実はぞっとしていた。なんと無神経な…。「医師からは、あっさり検査結果がでないとなんとも…」との定型の応答。

判決は2週間後。全く…。

ここの病院はいつもワイルド。私の2番前の検査を受けていた女性が支払い窓口で出会った。私の目の前で支払いをしていた。金額をみてびっくり。「今、持ち合わせのお金が足りません」と女性。事務職員の応答がすごかった。

「うちでは、つけをやっておりません。クレジット・カードをお持ちですか?」

と聞いている。「うちでは、つけをやっておりません。」は余分。

結局、保険証と診察券を病院に預けて、家にお金を取りに行くという話で落ち着いたが、保険証を改めて提示要求して解放する失礼な対応。

以前、検査技師だろうか、複数の尿コップと試験管を抱えて小走りに廊下をいく男性の手に、尿が飛び出して、かかった。廊下に尿が落ちたので、「尿がたれてます」と指摘したが、「あ、ああ」と応答し、そのまま通り抜けてしまった。通りかかった看護師に「廊下に尿が」と伝えたが、睨まれてしまい、数分後、若い看護師が廊下を拭きに来たという経過。指摘して悪かったねといいたくなる。なんともワイルドなのである。他人の尿がかかった手、どうしたかなと思いつつ、尿は便よりきれいと思い、ため息をついていた。

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とにかく眠い。仮眠を取ったものの1時間ちょい。図書館の椅子にもたれて1時間ほどうとうとと…。

家に戻ると**さんという方から電話があったと、母。西宮の講師候補の**さんだった。今、西宮にはいないとのこと、京都にいらしていた。やはり19・20日はいないとのことで、私が西宮に行く日を知らせよとのこと。##病院の院長からの応答がないので、明日まで待つことに。高速バス座席予約券は取りあえず解約した。平日なら空きはあるようだ。

**さんに電話すると先方は出版社だった。伝言をあずかりますとのこと。私の身元と資料がないからだった。出版社あてに「懇話会通信」と依頼書を送ることになった。詳細は会ってから説明することにした。

今、著作を読んでいる。まさに問題意識がぴったり。阪神淡路大震災の体験者でもあった。

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橋本に向かい、PT志望者君と授業。しかし、PTは体育会系という感じで、体力的に彼は持ちそうにない。ましてや、足の訓練など、患者さんの足を素手で触る。当然水虫菌が手に付着する。雑菌と出会う。予防注射をしたとしても、感染が問題化しそうだ。ざっくばらんにその辺も伝えておいたが、「PT、むいていないのでは」との私の言葉に猛反発。私は謝った。

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帰宅した家は真っ暗。おかしいなと思って部屋をまわると、母が寝室でぐっすり眠っていた。はじめてのことだった。代わりに寝ていたのかと冗談をいう。とにかく眠い。

煮物の魚を温めて食べる。高齢者向きなり。

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夜間傾聴:塾長の奥さん
     ひとり


(校正1回目済み)

 

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10/14 慈恵医大病院受診後、病棟にお邪魔・赤十字本部にて

2015-10-15 04:10:13 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/14 記
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慈恵医大病院眼科に行った。東京まででるのは久々だったので、ついでにいくつかの用を足してきた。

途中、神戸「人と防災未来センター」の**さんからメールが届いた。私の到着日時を訊ねるものだった。20日は用事が入っていて対応できないという話だった。**病院の院長からは、まだ日程返信メールが届いていない。高速バス19日発は無理だろう。現地1泊せねば無理かということに。

仕事中迷惑かと思ったが、病棟にあがり、阻止ラインを突破して、師長さんをつかまえた。理由をなんとかつけて情報収集。阪神淡路大震災に関わった医療関係者情報と、これから接触しようとしている懇話会ゲスト候補を知っているかということ等々。

1Fのコーヒーショップで少し待っていう指示。待っているとやってきたのは師長ではなく、専門学校の方の教官らしい男性。関西の出身者だった。私を新聞記者と思っていたらしく、NPOと知るとほっとした表情。私がアクセスしている講師は、高齢者医療関係の学会で話したことがあるという。関西では有名な方だった。ただ直接お付き合いしているわけではないので、メールアドレスや住所はわからないとのことだが、学会の評議員ではないかとのこと。手がかりありだった。もうひとつ収穫は、専門学校との接点が出来たことだ。

次に赤十字本部へ。こちらは前回の方が留守で、代わりに対応してくれた方が、若すぎて阪神淡路大震災関連の情報を全く持っていなかった。ただ兵庫に連絡を取ってくれて、神戸新聞の++さんという名前が出てきた。明日、神戸新聞に再度連絡してみることになった。手がかりがすこし膨らんだ。

ここで時間切れ。

丸善で医療・福祉・教育系月刊誌類の購入。(理学情報ジャーナル2015/03号等)

OAZO(だったかな?)1Fの喫茶でテーブル確保しつつ、講師の著書の出版社にTEL。事情を説明しつつ著者との連絡法を聞くが、基本的には明かせないとしつつ、明日、責任者が来てからにして欲しいと、やんわりと断わられた。明日連絡するつもり。橋本で対面指導を済ませて帰宅。

家に戻ると楢葉町の猫が腹を空かせて大騒ぎしていた。看護師さんから戻ってきた猫だ。すっかり忘れていた。母はリハ疲れで寝ていたのだ。

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明日は胃の内視鏡検査。時間が早いので、6時過ぎには出かけるので、連載今回も中止。


夜間傾聴:臨時休業

(校正1回目済み)

 

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10/13 阪神淡路大震災と東日本大震災をつなぐゲストさがしで

2015-10-14 05:54:41 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/13 記
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神戸の日程を組んでいた。神戸と西宮だけで時間がいっぱい。とても豊中に足を延ばすゆとりがないことがわかった。

今朝、藤沢ジュンク堂書店に寄って、一人目のキー・パーソンの著書を入手。私には2冊目。この方の団体はオンライン上ではヒットしない。今年の3月にすべて職をやめているので、そこから調べてみたが、教えてくれない。社協や行政ルートで突っ込む以外なさそうだ。病院の方は、いまだ日程の返信なし。問い合わせのメールを出した。有名施設は回る。そこは必ず講師がつかめるが、阪神淡路大震災当時関係職で関わってきた方に限定すると、むずかしいだろう。病院の院長の応答がないと高速バスが決まらない。正直言って少々じれている。

ジュンク堂の帰りにビックカメラで拡大読書機のモニターを捜す。どうやらここで買うことになりそうだ。カタログをもらう。

明日、慈恵医大病院眼科に寄ったあと、赤十字に寄ってくる。夜、橋本。あさっては胃の内視鏡検査。茅ヶ崎から離れられないだろう。胃潰瘍の自覚症状がないので、まずパスだろう。

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「わーくNo.059」は、月末刊行だが、「No.058」の連載部分を使うので、テーマがふたつになってしまった。「マイクロFM(No.058)」、「復興公営住宅における災害ボランティア活動」の2点。必要性をしっかり示さねば、個人の選択の中に活動の価値が埋まってしまう。この辺が鍵だ。お手伝い論から一歩踏み出す論が伝わるか。

常総市の被災画像の印刷物が届いた。行政関係ルート。
ひとのケアの情報が全くない。明日、赤十字からの情報がないか打診する。

今回も連載休みます。「わーくNo.059」に力を入れたい。

夜間傾聴;開店休業

(校正1回目済み)

 

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10/12 「わーくNo.58」関連のブログ記事を消しました/阪神の準備他

2015-10-13 05:54:23 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/12 記
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ブログの「わーくNo.058」を削除しました。「マイクロFM」への期待を分科会の失敗後に配布することが痛いからですが、関係者に不快な影響を与えかねないことも含んでいます。すみません。

神戸行の方は、適任の方を追っているのですが、まだつかまりません。西宮に行く以外ないのかなと思っています。病院の方も2往復目の返信待ち状態。故黒田裕子さんルートは、謙遜バリアと戦っている状態で、こちらも長田区と宝塚に向かい頼み込むことに。20年前の現場に立っていた方々なので、職場退職し、地域ボランティアの方が多く、全体に高齢の方たちなので、一筋縄では、承諾してくれません。作戦を考えています。

母を置いて行くので、のぞきにきてくれる方と駅前で会い、お願いをしてきました。先方の娘さんの運転手次第とのこと。浜見平は建て替えが進んでおり、近くに転居されるのもまもなくなので、迷惑をかけてしまってはいるのですが。

来年初頭の懇話会被災障がい者関係は、宮城県の某施設関係者、または精神科関係者。これは神戸の話の後。

今日は、連休が邪魔して話が進まなかったのですが、拡大読書機「よむべいスマイル」を寒川町図書館に設置していあるというので、画面モニターの大きさ決定の参考に見せてもらおうとしたのですが、もともと月曜日だしということで担当者とコンタクトできないまま、帰宅しました。

白内障が始まっては、いるのですが、眼科ではたいしたことはないとのことで、生き残りの片目の部分かすみが、網膜色素変性症の進行なのか気になります。しかし、読書が辛いのでモニターを決めなくてはと思うのですが…。(しかし、本体移動可能機ですが、ずっしり重い。)

藤沢ジュンク堂に、ゲスト依頼の方の著書があったので、買いにいくことに。巻末に連絡先が書いてあるといいのですが。

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(前回の続きから)

中間支援者は活動の構想を提案しつつ、関連活動を構想でつなぐ。ただ複数の活動を出会わせるというのではなく、そこに実現可能と思われる構想を接着剤として出会わせる。だがこの構想は、あくまでも対象団体の自由選択に任される。だから、その構想が相手の胸を打たねば、その構想は化石となり、消える。この宿命を中間支援者は常に覚悟していなければならない。だがこここで、また新規の企画を見繕ってならべるというのは退廃でしかない。社会活動は必要に突き動かされているので、思いつきではないからだ。その必要を軸に、表現が変わる。それが新たな構想の意味だ。「よりよい社会を」という「より」がもつ「現状肯定に上乗せ」を構想しているのではなく、現在の問題を改革していくところに構想が登場する。だから、やってもやらなくてもいい活動ということではない。その必要性と自由選択審判のエッジのところを中間支援者は歩んでいく。

大災害が起きれば、ひとは生死の境を突き抜ける。不幸に傷病禍に遭った大人数の方を救護と医療関係者の方は、専門職という区別の中で、過剰負担を強いられる。この「専門の仕事」という活動の周囲に協力者をどうつなげていくか。協力者をどううみだすかというところで、従来の防災活動の空転がのしかかる。もっと自然発生的な部分に棹差す活動を生み出せないかという課題がある。発災時には、この協力者の層の活性の度合いが負傷者・発症者の生死を分ける。また避難生活下、災害弱者の看護と保健、広義のケアリングの部分を担うことによって、精神保健を含んで、高齢者・障がい者などの災害弱者の保護ができる。ここをどう描くか…。

----- すみません、少しチャージ中です。

(つづく)


夜間傾聴:ふたり

(校正1回目済み)

 

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10/11 「わーくNo.058」欠番配布停止にします、ご迷惑かけます

2015-10-12 03:04:46 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/11 記
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「わーくNo.58」の書き換えをして、限界を感じている。やはり、作ってしまった「No.58」に、事情説明の文書を挟んで出す方式で出すのは、まずいと判断し、「No.58」を欠番とすることにした。連載ものは「No.59」に移すことにして、謝罪文をつけることにした。無念だが、最良の道と考えた。

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今回のブログの連続ものを、また1日延期させてもらいます。
すみません。

飛田

夜間傾聴:ひとり
     2時間早く閉店,陳謝

(校正1回目済み)

 

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10/9 県立鶴嶺高校ボラ塾「マイクロFM」授業は、「コンセント」と「イヤホーン穴」で吹き飛んだ

2015-10-10 04:28:03 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/09 記
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県立鶴嶺高校のボランティア塾に参加してきた。マイクロFMの小型システムを持ち込んだ。しかし、普段、音楽を時間かけて聴くことを、酒とともに意識的にタブー化してきたため、昔の重いラジカセしか持っていなかった。このため電波確認のもう一台のFMラジオまたはラジカセをサポセンの知人にお願いして借りることになった。しかし古いラジカセは大きく重い。タブーとは、夜間傾聴で深夜出動することもあったからだ。まさか昼間、酒は飲めないし相手もいない。心、解放する音楽も、疲労と眠気を呼び出してしまうからだ。

とにかくシステムを指定された教室に持ち込んで驚いた。生徒の私物のカバンやら着替えやらが、机の上に散乱しているのだ。机を移動して輪になってすわるテーブルをつくる予定がみごとに吹き飛んだ。今までは視聴覚教室を使用してきたが、今年は何故か普通教室が与えられたのだ。私物をいじるわけにはいかない。苦肉の策で教卓の上にシステムを組み立て、話を終えたら教卓の周りに生徒を呼んでシステムを使って、立ち話だが放送をしてみることにした。

さてラジカセを壁のコンセントに接続する場面でショックを受けた。コンセントが教卓側にしかなく、電波確認のために設置する予定の借りたラジカセの電源コンセントがないのだ。学校は下見を許してくれない。サポセンのボラ塾担当者を仲介しないと学校側の担当の先生とも話が通らない状態だった。痛手だった。隣の部室から延長コードで引くことになり、20分がつぶれていった。

さてBGM用の音楽の出力は、ラジカセのイヤホーン出力端子を使うのだが、借りたラジカセを見て驚いた。イヤホーン端子がない!悲鳴に近かった。信じがたいことが起きていた。

BGMは諦めて、ラジカセを入れ替えて授業がスタート。と、ここでまた異常発生。借りてきたラジカセがぷつぷつと音を立てて放送を受信しない。電源の接点が切れ掛かっていたのだ。

事前に、家にFMラジオがあるひとは持参することと伝えてあったが、誰ももってこなかった。高校生世代はスマホ・SNSメールの世代、ラジオ自身が馴染みがない。災害の非常持ち出し品にFMラジオが指定されているが、日常では使わない消え行くメディアだから、ラジオ自身をもっていないのだ。昨年はMCを目指す子がいて、その子がFMラジオを持っていたのだ。

くらくらしたが概要を説明し、分科会参加のいきさつを各人にきいた。応答は「なんとなく」が一番、「車の中のカー・ラジオで」が二番。あとは返事がない。

まずいなと思いつつ、被災地・避難所でFMラジオがいかに被災者の耳になっているかを実例をあげて説明しだした。そこに巡回して様子を見にきた先生が、うしろのラジカセが故障していると、いじったので、突然のハウリング。完全に緊張の糸が切れて、見張りの先生が怒鳴ったので凍り付いてしまった。

気まずい感じの中、両隣の男女の生徒が助っ人に入ってくれて、「ラジオは、何かをしながらでもいいから、役に立つ」といってくれたし、もうひとりは対話相手になってくれて、完全凍結は避けられたということで終了の鐘。

準備していたものが、「コンセント」と「イヤホーンの穴」そして「私物の散らかった机」で、みごとに消し飛んだのだった。

来年もボラ塾はある。次回は借り物なし、視聴覚教室を希望することにし、感想欄に書き込んだ。

この後、3時間弱開いて「金曜災害ミニ・カフェ」だった。家に荷物を交換しに戻り、BDプレヤーをかかえてサポセンへ。ところが着いておどろいた。録画したBDディスクを持ってこなかったのだ。戻る時間が無い。ボラ塾の余波が来ていた。中止。

仏滅…カツ丼を食べてしまった。

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マイクロFMが、ミニFMや地域災害FMと一番違う点は、「顔がこのことと目に見える周囲の方々と対話を作って行くこと」だ。

私設マイクロFMが長続きしないのは「取材」しないから。話題が尽きてしまうのだ。インターネット放送局の無残さは、大半がこれが理由。

普段は「野球の実況中継」とか「病院のラジオDJ」などの使い道がある。(…しかし、「野球の実況中継」はインターネット放送も出来るなあ…と。普及している端末と、誰とネットワーキングするかという点。顔の見えるネット。SNSより、間と距離感の違いがある。)

最期に、「避難所FM」は入所被災者を対象にしている。疲れたり傷ついたりしているから、無神経な取材は禁物、先輩や大人をサークルのお守りに入れて欲しいというこのこと。

この辺をざっとまとめて話した。後味が悪い。

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石巻からメールが来た。石巻赤十字病院との接点の話。ちょっと今は、切り口が違う。どうしたものかと思案中。すぐに講師が来てくれる話ではないのだが。

夜間傾聴:ひとり(ぶじ、話し終えた)

(校正1回目済み)

 

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10/07 仮設・地域における回復期の障がい者の治療支援&保健活動を切り出す(4-07)他

2015-10-08 05:07:00 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/07 記
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(前回の続きから)

仮設生活が始まると、いろいろなことが起きてくる。
失職した高齢男性がいけない。狭い仮設に身を持て余して仮設の玄関前に出てきては煙草をすってみたり、車を持った知人を捜して酒の買出しにいき、仮設に戻ってきてから、知人単身者宅にもぐりこむ算段を始める。

受験生も居場所が無く、閉鎖していない避難所の空き部屋や、廊下の一角を何人かで占領して、結局その時間、友人と話をし始めてしまう。

昼間、1年後の仮設調査をして気がついたことは、本当に昼間の仮設は、皆出かけてがらんとしていることだった。

避難生活脱出の用事で忙しく出歩いている以外に、人間関係が窮屈で、居心地が悪いから、ばらばらに出歩いているという穿った見方も出来そうだ。

一番窮屈な場所は、台所だ。火口が少ないために、調理が忙しく、熱湯のかかる隙間を子どもが走りまわって、主婦の足元を走り去って行く。いつ火傷事故になってもおかしくない炊事の状況は、料理が出来た皿や小鉢を一時置く場所が無く床にまで並べ、仕上がるたびに隣の部屋に移動するため、火をつけたまま、人目がなくなるタイミングが増え、非常に危ない。決意して、子どもを外に追い出している人もいる位だ。

だから、昼間、子どもを誘い出して遊ぶボランティアや、高齢者を縁台将棋に誘い出すというような、遊びボランティアが役に立つ。集団を束ねなくとも、不思議なことに、1組縁台将棋が始まるとすぐそばで、第二・第三の縁台将棋が始まるものだ。

(つづく)

 

朝が冷える。足の疼き。母が風邪を引いて、寝床から出てこない。うどんを鍋焼き風にして、昼食に誘う。この状況、パン食なら絶対に出てこない。空気が乾燥しているとき、初期の風邪に葛根湯を与えてはならない。喉が渇き、咳がひどくなる。

阪神を2泊(車中泊)と話して、昔の塾屋仲間の電話の向こうで笑い声。日帰りのところを金欠高速バス2泊3日とはひどいと笑っていた。失礼な。昔流に言えば青春18切符で大垣行のどこが悪いと言ったことを思い出した。

拡大読書機「よむべえスマイル」が届く。A4コピーと同じ大きさだが重い。Canonのスキャナに回路を詰め込んだもの。画像モニターがないので、外付けしなければ、拡大機能が使えない。クレジット・カードの関係で購入は来週以降になる。

あさって金曜日が鶴嶺高ボラ塾授業がある。資料作りが優先。
以下は、資料の一部。画像集と以下の資料を配布する。

---- ここから ----

~マイクロFMのサークルを始め、災害に備えよう~

湘南には、茅ヶ崎(寒川)・藤沢・平塚の各地域をフォローする地域FMがあります。

●「FM83.1 レディオ湘南」

●「FM湘南ナパサ」

●「こみゅっと藤沢/藤沢市防災ラジオ」

●「茅ヶ崎市 防災ラジオ」

災害時の避難指示、避難生活開始時点からの地域メディア

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この他に、NPOが被災時の短期免許による災害ミニFMが誕生することもあります。


/// マイクロFMは、小エリア内FMです ///

学校敷地内・大規模避難所室内・駐車場内と接する道路
中規模公園内 etc.

マイクロFMは発災時、
被災者・避難者に小エリアの実務情報を届けます。
運営会議の延長議論をします。
被災環境に馴染む範囲のフリートークをします。

担当者間打ち合わせ
定時放送

担当者随時
支援者連絡放送(常時)

「脚本」あり。放送運営会議による構成
実務情報提供以外に「取材」による番組つくり(定時)
イベント中継
デモンストレーション・取聴者拡大と会員勧誘

担当者間打ち合わせ・「脚本」なし・夜間放送
被災環境に馴染む範囲のフリートーク

///「取材」の危険性///

・取材対象が被災者のため、無神経な取材は出来ない。

 ・トラブル防止に大人の随伴者をつけるべし。


---- ここまで ----

夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

 

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10/06 仮設・地域における回復期の障がい者の治療支援&保健活動を切り出す(4-06)他

2015-10-07 05:16:36 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/06 記
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(前回の続きから)

仮設住宅は狭い。農家暮らししていた被災者は、この狭さに驚いていた。嫁と姑が四六時中、逃げ場なく顔を突き合わせていれば、双方の神経がとがってくる。口論はすべて、薄い壁越しに隣の家に筒抜けになる。赤子の鳴き声や、大人のいびき、認知症高齢者のせん妄の声、深夜の調理や水洗トイレの水の流れる音等が迷惑音として伝わってしまう。伝わっていないかと嫁が神経を使う。災害の状況に重なるために、健常者も神経症にひき込まれるケースもある。

だから、主婦層を中心とした集会所企画や、足湯、美容師集会所訪問などは、意味が有る。

しかし、そこに出られない、出ない人々がいることを忘れてはいけない。寝たきり高齢者(舅・姑等)や、多数の人々から隠している障がい者、それらのひとにアクセスする方法はないか。現時点では、弁当宅配ボランティアと心身観察位だ。まだあるはずだ。

(つづく)
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母の東京の神経内科通いの見守り。ここのところ、めまいで座り込むことが出ていないので、病院まで付き添うことはしなかったが、この隙間を橋本の久々の対面指導に使う。

問題は椅子だった。座っていると、足が痺れてくるのだ。列車が来ても、駆け足乗車が出来ない。橋本から乗り換えて辻堂に出た。辻堂図書館にビッグイシュー誌を配達したのだ。母と大戸屋で合流して夕食を食べる予定だったが、母が来ない。心配していると、東京駅が始発駅ではなくなったので、席に座れず、戸塚で限界がきて、ホームのベンチで休んでいたという。本当に東海道線が東京駅始発でなくなった影響は大きい。

楢葉町で保護された猫を近隣病院の看護師さんが、新しい飼い主になってくれていたが、1年ほどで、寮の規則違反で飼えなくなったと、猫が我が家に戻ってきていた。猫の餌を仕込んで帰った。

私は今日、薬を補充するために整形外科に行ってきた。数分診察。処方箋薬局も駆け足で薬を受け取ることが出来、薬をさげて大戸屋にいた。

ペットレスキューは、仲介者が引越したので、年明けに中止となっていた。結局、楢葉町の猫は、家を破壊しながら留守番している。帰宅すると母が先に戻って、ベッドに横になっていびきをかいていた。胃を切除しているので、上向きしか姿勢がとれず、舌が気道を狭めているため、いびきとなるのだ。猫はしらんぷりしていた。名前は左衛門之丞輔綱、名前を言い終える前に返事をする。

とにかく中古母子。母は疲れやすくなった。私は網膜色素変性症に加えて、坐骨神経痛が加わり、前回の特定健診では、胃潰瘍を疑われてしまった。野菜リゾットを作り母を起こし、それからあとは、いつもの家事。

金曜日の鶴嶺高校のボラ塾授業の準備をする。45分ではない40分で演じること。中1の子10名の子の心をつかみサークルの芽を生み出すにはどうすればいいか。

夜間傾聴:塾長の奥さん

(校正1回目済み)

 

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10/05 仮設・地域における回復期の障がい者の治療支援&保健活動を切り出す(4-05)他

2015-10-06 05:13:08 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/05 記
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(前回の続きから)

仮設住宅は、学校の敷地や公園などの公共用地などを優先して建てられるため、避難生活をしていく上で、近所に生鮮食料品店や生活用品店がある便がよいところではなく、車や自転車がなくては買い物ができないような辺鄙な場所であることが多い。1年もたつと、被災者が移動販売を起業して、仮設巡回販売を始めるようになっていくが、それでも駅前大手販売店で補充する必要が出てくる。学校敷地内の仮設は、比較的便利な場所に建てられるが、坂の上であることが多く、車が使えない高齢者が出歩けない制約が出ることが多い。また大きな仮設では、建物が同じようで、高齢者・幼児の迷子が出て、買い物以前の問題を抱えている。通院・銭湯や温泉通いも然りである。

仮設は学校敷地を除くと、土地の利用し易さを優先して建てるので、路線バスの停留所から離れていることが多い。バスの運行が安定するのは、災害復興のインフラ整備の応急工事が終わる発災後半年以降であり、バス利用も不便を強いられる。

こういう状態のとき、車で乗りつけた災害ボランティアは、自家用車を持たない高齢者や子どもの通院・高齢者の買い物・美容院連れ添いなどの車サービスを始めた。このとき、ガソリン代を取ることが、商売行為に抵触して行政指導が入ったり、タクシー業者から、商売妨害の批判が出て、下火になってしまった。おかしな話である。

地元支援団体は早い時期に、行政と事前交渉を済ませておく段取りが欲しい。ガソリン代の基準作りや、タクシー業界も車サービスのネットワークに組み込み、オンデマンドタクシーなど乗り合いサービス(有料)を実施する方向で調整して行くなどの話し合いである。ボランティアのサービスは、個人的に「連れ添う」サポートに徹したい。

ここでもうひとつの壁が有る。「同乗者の安全」と「高齢者連れ添い」には、事故時の補償責任がある。これは車の同乗者保険や、ボランティア保険加入をしておくといい。また「高齢者連れ添い」は、連れ添いに資格があるほどに、高齢者の保健と安全への配慮が必要で、経験者や事前練習を必要とする。家族が同居や近隣在住の場合、家族の了解と状況報告をすることが必要だ。願わくば、地域包括支援センターや関連行政などに活動事例報告をしてくれると経験化しやすくなる。災害時は非常に忙しい役職であるので、文章メモ化して提供できるようにすると彼らが助かる。

元看護師や各心理士の方が連れ添いサポートをしてくださると、高齢者の今後の心身悪化の予兆がつかめる場合もあるので、その意味でも望ましい。生活支援ボランティアは、医療介護専門職の活動に出会ったなら、彼らに学べである。気付かない視点が必ずある。

(つづく)

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大雨浸水被害の常総市(茨城)に破傷風罹患者が出てしまった。

「常総市 破傷風に注意呼びかけ NHK茨城」だ。浸水や津波被害などの現場では、汚泥・古材などで怪我をして破傷風を発症する危険が高まることを、ブログで警告していたことが現実になった。古釘による負傷などが確率が高い。発症率は高いとはいえないが重篤化しやすいので、心に留め置きたい。

(参考)
●「常総市 破傷風確認で注意喚起 NHK首都圏NEWS」
●「破傷風 - Wikipedia」

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 拡大読書機が水曜日に届くことになった。「よむべえスマイル」という手書き認識機能のある機種だが、画面モニターが付いていない。私がPC販売店で買って本機に接続しなくてはならない。2~3万円だ。私はPC操作もあるが、主に書籍を読むために拡大機能を用いる。読み上げ機能もあって、私が全盲になっても大丈夫なように練習できる。税金でいただくもの、大切に使う。

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「金曜災害ミニ・カフェ 10月分」ポスターが仕上がって、市社協と、ちがさきサポセンに掲示してもらった。番組予定は以下の通り。19時から1時間程度、茅ヶ崎サポセンにて。

10/9 ハートネットTVシリーズ「誰もが助かるために」
「第1回 避難 そのとき」 障害者避難等。
「第2回 避難所生活を支える」災害弱者避難等。

10/23 ハートネットTVシリーズ「誰もが助かるために」
「第3回 "生活不活発病"を防げ」高齢者避難。

話し合いましょう。

 

夜間傾聴:開店休業

(校正1回目済み)

 

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10/04 仮設・地域における回復期の障がい者の治療支援&保健活動を切り出す(4-04)他

2015-10-05 05:21:08 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/5 記
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(前回の続きから)

仮設は規模によってだいぶ様相が異なるが、石巻に登場した仮設のように抽選入居数千世帯に及ぶ規模では、隣人との関係が希薄であり、個々の世帯の抱える問題を拾い上げ、相談員や隣人に共有していくことが、巡回力量的にも無理があり、単身者の孤立死が取りこぼすように生まれてしまう。

前回にも書いたが、単身高齢男性の孤独にふれるプログラムはないのだろうか。仮設の共用スペースに花壇を作る作業に誘ったり、修繕大工仕事をたのんだりした。家庭菜園に誘うことなども行われた。車を持っている人には、石材や木材、苗などの買出しや、買出しにでる奥さんや高齢女性の送迎をしたりした方もいらした。しかし、アルコール依存症などの深みにはまった方の治療と見守りは専門職の仕事だが、仮設コミュニティへの招待は支援者の仕事だ。

災害という壁に立ち向かい再建・復興に力を注げる男性達はいい。高齢ゆえに「やり直しが効かない」と落胆している方や、アルコール依存症を克服した方などは、元気な男性達の勢いに気おされて、ベンチに淀んでいたりする。こういういわば災害弱者たちへのプログラムがない。カラオケで成功した例もあるが、静かにしたい方は取り残される。災害ボランティアは無力なのか。

(つづく)

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県立鶴嶺高校のボランティア塾が9日(金)にある。その準備を始めた。今回は「大規模避難所マイクロFM・放送のシュミレーション」だ。地域災害FMと違い、避難所の連絡放送や、地域の生存情報などの実務情報が多い。避難所には様々な要望や意見が現れる。それを取材し、整理して放送することで、運営会議の議題に関係づけていく。記者の編集方針が問われる放送であり、シビアな入所者に直接触れる厳しさを受け止める点で、大人の援助者が必要な放送だ。しかし、夜間は同世代のフリートークで、ティーンズたちの仕事を探る。ティーンズの避難時の居場所作りでもある。

地域の状況提供と意見交流などを行う災害ミニFMと役割分担して行う。災害ミニFM参加への入口であり、災害ミニFMを補間するために出向く自立したサテライト局的な役割も担う。

今回、私の分科会は希望者が多く、10名に絞り込むのに先生方にお手数をかけたらしい。嬉しいが、その生徒のイメージする民間放送的番組のイメージを裏切るNHK的放送だが、災害の起きていない日常のサークル活動もつくれる特性がある。そこでなれて、いざというとき避難所放送を行えばいい。

私の作業は、ふたつ。臨時機材でどれだけお手軽に放送できるかを示す機材の安定化・電波法に触れない安全性の確保のチューニング。しっかりした編集方針のない即席放送は、すぐに話す中身がなくなって暗礁に乗り上げる。素人インターネット放送の無残さを見ればわかる。放送手順をどう教えるかという資料と段取りの準備だ。

前者のために、秋葉原部品通販から電池BOXを購入し、機材につなげるコネクタをハンダごてを持ち出してつくった。

数年前まで作っていた作業だが、始めて愕然とした。指先の電線がまるで見えないのだ。網膜色素変性症は確実に私の視野を奪っていた。丁寧に楊枝を使って接続部分を指先の感覚で整え、固定台のハサミにつなげ、勘でハンダづけをする。付け終った部分は、はみ出したバリを落とす。ペンチや和バサミをあてるのだが、ここでも恐ろしい現実を見てしまう。片目なので遠近感がないので、宙を切っているのだ。情けなくなった。ともあれ、なんとかまとめた。

市に申請を出していた拡大読書機の許可が降りた。明日、メーカーに連絡を取り、それと別個に画面モニター機を購入する。

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昼間、順調だった足が夜半急に気温が下がったら、また鈍い痛みが始まった。畳面から立ち上がるときや、中腰作業のとき痺れが強く邪魔をする。横になったとき、痛む側を下にして横向きに寝れないもどかしさ。社会活動が終章に入っているような情けなさを繰り返し払拭している。

 

夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

 

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10/03 仮設・地域における回復期の障がい者の治療支援&保健活動を切り出す(4-03)他

2015-10-04 06:17:29 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/03 記
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神戸行の仮日程が決まった。「仮」というのは、**病院長の日程が不安定なためだ。行きが10月19日(月)帰りが21日(水)。高速バスで往復。車中2泊となる。新幹線料金の5分の1。金欠旅行だ。20日1日が勝負。2ヶ所が限界かなと思う。母の見守りを浜見平の友人にお願いした。日程が変わると、こちらも調整しなければならない。毎日覘いてもらうのだ。

内視鏡検査が15日、これ以降の日程を組んだ。

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「わーくNo.58」を書いている。一番厄介なのが「おくすり手帳QRコード版」が「マイナンバーカード」が普及していく時代に、なぜ必要なのかという部分だ。

「マイナンバーカード」の生活情報ツールとの総合化に危険を感じている。もともと所得把握と税金管理という国民統治の発想が生み出したカードなので、被災時医療と生存情報ツールという個々人のニーズから生み出された「QRカード」とは土俵が違う。だから説明が厄介。いかにすっきり説明するかだ。

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足の痺れは、まだ抜けない。鎮痛剤のトラムセットが便秘の副作用を持っているが、便がかなり硬くなってきたので、飲むのをやめた。まだ痺れている側に重い荷物を持つと痛みが出て、短時間しか持つことができない。ここは時間が解決するだろう。

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(前回の続きから)

仮設に入居する変化は、入居者が自分の今後を探ることが始まる場となることだ。この時、漁業・農業・商業等自営業従事高齢者が、再建という重みに打ちのめされる事態がやってくる。5年10年後の体力や、再出発財源に限界を感じ、急に余生という立場に追い込まれるのだ。

女性の場合は、世間話や家族の話題でお互いがつながり易いが、仕事のつながりからはみでた男性は、地域でつながる術が不器用なために、趣味や生育地の話題でつながり始めるものの、5年10年後の体力や、再出発財源の話題を語ることは、ためらわれるため、胸に収めたまま、孤立化していくことになり易い。

この課題への傾聴は、足湯ボランティアが試みているようだが、時間がかかるために、なかなか難しいと思われる。むしろストレートに地域相談員をおき、巡回訪問を重ねることが、結局は本筋のように思う。相談を待つのではなく、こちらから出向いて訪問傾聴する必要がある。個々人の家庭というホーム・グラウンドでの会話という、相談室ではない環境も有利に働く。

3.11の際、この相談員は縦割り行政の弊害がもろに出た。保健師さん、訪問看護師さん、市の被災者雇用事業の巡回相談員さん等数系統の訪問相談員が仮設をめぐった。

これを地域ネットの同一のテーブルに乗せて、相互協力分担したり、情報共有を行う活動を標準化すべきだろう。そしてこのネットワークに長期滞在ボランティアの参加を認めて行く、開かれたネットワークである必要が有る。

ただし、この活動は極端にプライバシーに接する活動であるために、守秘義務が伴う。それを遵守できるものしか参加できない縛りが一方では必要となる。

それゆえ、短期訪問ボランティアの参加は、電話やメールによるサポート継続のシステム化が練られていないままでは、無理だろう。ここも、いまだ短期訪問ボランティアの参加法を練って行く作業が必要だろう。この辺は、今後、ここで考えて行く。

(つづく)

夜間傾聴:**子

(校正1回目済み)

 

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10/2 今回はお休みです、3日にシリーズを書き込みます

2015-10-03 05:22:36 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/02 記
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前回、被災障害者の最近の新聞記事のひどさにあって、発災当時の扱いに視点を移して調べ直しをしている。その関係で、今回は、間に合わないので、お休みします。明日は書き込みます。すみません。

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特定健診の結果を聞きに行った。胃の内視鏡検査がいるという。潰瘍の疑いありとのこと。自覚症状がない。癌の可能性はないそうだが、二週間後検査となる。糖尿病がどうだ、眼圧がどうだのと、すでに治療しているところばかり指摘あり。内心いらいらしてくるが、医者が悪いわけではない。

帰りに下りの階段を降りた。膝に力がかかってくるのが分かるが痛みはなくなっていた。ぎごちないが、日一日と薄皮を剥くように、元の歩行に戻ってきたのが嬉しい。もう橋本の対面指導や、金曜災害ミニカフェも心配がいらなくなった。

一喜一憂、次々と問題が起きて、平常心と思うが心が揺れる。

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被災障がい者の新聞報道は4年を経て、ほとんど登場しなくなった。ところが大船渡の地元の方の話を聞いて見ても、自宅が全壊した家庭の障がい者が、今、問題が解決したと思うかいと聞かれた。家が全壊した家の財産に余力のある家庭は再建しているが、再建の余力のない方のほうが多いことは、予測がつく。家を失って復興住宅の順待ちをしている方がいる。復興住宅に入居しながら、家屋を失った家のローンを払い続ける矛盾。

福島の遠方避難している方は、避難先の特別支援校や作業所に通うことになっているだろう。地元に帰らねばならない事情のある方は、帰郷か避難先の定住かを悩んでいるだろう。視覚障がいの方は、すっかり変わってしまった地域の住環境の道や停留所の位置など外出の戸惑いがあっただろう。町をさらう大きな被害にあったところでは、今も支援者が戻らず、協力が得られないために、外出が困難、清掃などの家事が困難という状況が続いているだろう。町はまだ裸のままだ。高齢者支援の援助団体は増えても、障がい者支援の援助者は被災前までも増加していない。それなのに、報道はそれを伝えていない。

障がい者団体は、その状況に対応しているのだろうが、一般向けには、接点を求める要望が見えない。現地に行く以外ないのかなと思う。SNSを通じれば多少は情報が入るが、やはり現場取材だろう。この件は、神戸は被災情報を得るには不利。神戸は高齢者関連にとどめ、障害者関係は石巻に出ようと思う。懇話会は来年1~3月だ。

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足の調子も戻ってきたので、神戸に出かける。この土日に日程を決める予定。

●「復興〈災害〉-阪神・淡路大震災と東日本大震災」

の読み直しに入っている。塩崎賢明氏には、いずれ懇話会の件で訪問するつもり。現在は東京在住のはず。

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「わーくNo.058」を書いている。「汎用『おくすり手帳』QRコード版」のことで、「マイナンバーカード」への生活情報拡張の危険性を書いている。結局、所得情報にふれるカードを、日常の場に持ち出すことの危険性のことあたりの話になってしまう、「マイナンバーカード」は、国民統治の発想で出来ており、その発想の危険性を論じるべきだ。「QRコードカード」は、被災時の救急対応の目的を持った医療カードだが、避難所生存情報管理など「マイナンバーカード」に通じる危うさを完全に払拭しきれていない。ここをどうするかを書いているのだが…。


夜間傾聴:ふたり

(校正1回目済み)

 

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10/01 仮設・地域における回復期の障がい者の治療支援&保健活動を切り出す(4-02)他

2015-10-02 05:43:57 | 地震津波災害ボランティア


2015/10/01 記
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(前回の続きから)

河北新報を調べていてため息がでた。4年余を経て、被災障がい者の消息に関する記事が皆無に近いのだ。今年度分をチェックして、出てきたものは、震災と関連を持った記事ではなかった。下記をご覧あれ。

●「9/28 <中尊寺>車いす「弁慶」並みの力添え」
●「9/20 <出来秋を前に>障害者の雇用を支援」
●「8/20 視覚障害者のトランプ開発 特殊インクで工夫」
●「8/20「そにゃる」開所 障害者の就労を支援」
●「7/3 発達障害ケア 宮城県、横断的な態勢整備へ」
●「4/22 災害時に福祉避難所 大河原町と3施設が協定」

抜け落ちは、あると思われるが、それらは災害弱者に配慮がいるという内容の福祉避難所関連記事だろう。作業を通じて、闇を見る思いがした。

発災(2011)時、東海新報であるが、障がい者の記事は、現在と同様に、「被災時要援護者」とひとくくりにし、福祉避難所の様子を語るルポがあった程度だったと記憶している。

次回はTV番組関係で、状況がわかる内容のもので、ここ2年間分を調べてみる。

(つづく)

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薄皮を剥くように、足の疼痛は薄らいで来ている。来週早々、整形外科で、鎮痛剤を減らしてもらう。来週に入ればまず大丈夫だろうと思っている。しかしすべり症の部分は折りを見て手術を考えた方がいいらしい。しかし、古傷の神経の傷跡の炎症は、神経にコブができるらしい。これは治まった。

爆弾低気圧が日本海を通過する。明朝が山場。今も大粒の雨が落ちる音がしている。

東北学院大学の「震災学」誌のバックナンバーをチェックしている。

阪神巡回は、阪神淡路大震災の都市型被害と、地域コミュニティ作りの失敗と孤立死周辺の話と、被災地と施設被災・避難生活の居場所安定化の話3点が中心になる。

核心に迫れないもどかしさ。


夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

 

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9/30 仮設・地域における回復期の障がい者の治療支援&保健活動を切り出す(4-01)他

2015-10-01 05:31:56 | 地震津波災害ボランティア

2015/09/30 記
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(前回の続きから)

<4期のはじめに>

障がい者の大震災体験の出版活動は実に鈍い。出ているものを見ても、発災時の避難をめぐるものであって、通学していた特別支援校と避難生活の話や、利用していた施設との話をかいているものは、いっそう少ない。

だから現地取材が必要なのだが、地方紙記事からたどっているが、仮設の生活は障害別の中央団体HPや発行物からたどろうとするが、見えてこない。精神障がい関係などは、全く見えない。スポーツ関係の紹介番組がNHKで放送された程度だ。

4にシリーズを改めたのは、すこし生資料をさがして載せてみようと考えたからだ。だからまだ、そこから災害ボランティアの活動の形を探るところまでは、いかないだろう。数回のシリーズゆえ、ご容赦を。

(つづく)

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神戸の**病院の院長から応答あり。ただし、会える日程は10月下旬。ちょっと困っている。大阪豊中の方も誰かいるからとの応答。当人がつかまらないとピンボケになりそうな、どうしようか迷っている。故・黒田さんの関係者は、むしろ東京にいるが研究者、行政関係は豊中と同じ。一応は手がかりが出来たが、いまいち当人に迫れない。

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「わーくNo_058」に金曜災害ミニ・カフェの10月予定を書いた。

2015/10/09 19:00~20:30 茅ヶ崎サポセンにて

●「シリーズ誰もが助かるために 第1回 避難 そのとき」

●「シリーズ誰もが助かるために 第2回 避難所生活を支える」


2015/10/09/23 19:00~20:00 茅ヶ崎サポセンにて

●「シリーズ誰もが助かるために 第3回 “生活不活発病”を防げ」

発災から4年余。NHKの「ハートネットTV」で「シリーズ誰もが助かるために」の3部作を10月に上映する。やっとまとまった問題提起の番組が登場してきた。総論っぽいが、問題点がまとまった、いいシリーズだ。(2015/09放送)

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足は、元骨折した片膝の上下の筋が傷むのみとなった。階段下りは、傷みよりも不安定で、がくりと曲がってバランスが崩れ危ないのだ。

茅ヶ崎のヤマダ電機から道路に出るところに、健常者は気がつかないだろう、小さな坂があり、鉄板を通るとき、大丈夫だが躊躇するのだ。これではしょうがない。

鉄砲道の「クラウン」に行って家に徒歩で1周するトレーニングをした。その後,イトーヨーカ堂に用事が出来て買い物をした。なんとかなる。ところが、夜明けになって冷えてきたら痛みがぶりかえして、マッサージをしている。

明日は特定健診の結果を聞きに行く。「糖尿病です。治療が必要があります」だろう。ビッグイシュー誌を仕込みに横浜へ。東海道線の立ちっぱなしがきつい。

 夜間傾聴>開店休業

(校正1回目済み)

 

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