湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

10/22 神戸に懇話会ゲストを捜しに行ってきました

2015-10-23 05:25:17 | 地震津波災害ボランティア

2015/10/22 記
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災害弱者の救護について、阪神淡路大震災の経験を踏まえた実践されている方を求めて、神戸市内を回ってきた。

事前に調整していた峯本佳世子氏の地元西宮にお邪魔してきた。峯本氏は新刊「地震災害と高齢者福祉―阪神淡路と東日本大震災の経験から」を上梓されたばかりだが、都市型災害時における高齢者救護を、既存の社会システムを手がかりに、地域コミュニティを育てる方策を一歩進めている。第規模災害発災時の救護と避難以降の健康管理は、地元専門職だけではとても間に合わない。発災後数日たつまでに全国から自衛隊やDMATのような災害医療専門職団体が、現場では各団体の支援系統によって救護活動が行われる。この活動と連携しながら、地元はどういう救護システムをまとめていけばいいのだろう。しかもこの後、全国からNPO団体が支援にやってくる。その受け皿をどう形作り、地元の息の長い支援システム作りにいかしていくか。そこに医療・介護・生活サポートの地域コミュニティ作りを推進する要として、地域包括支援センターを考えた。

現在の地域包括支援センターの力で地域を支えるというのではなく、各NPOの独自の支援をばらばらに委ねていくのではなく、都市型では全く育っていない地域共助の部分を力づけていくように、関連づけていくというように、「地域包括支援センター」の役割作りと、「地域コミュニティ」の大きさの基本単位とてこ入れの重要さを語っている。

全体として、現在有る地域のシステムの把握の再整理と、大震災の教訓をどう取り込んできたかといういわば経過のパノラマのような印象を持った著作となっている。

まだ誰がどのように地域コミュニティを活性化していけるのかという突っ込みまではいかないが、既存のシステムをどう系統化して活かしていうかという視点を整理してくれる。

ふたつの大震災を踏まえて高齢者福祉に活かして行くかという類書の少ない課題にとり組んでいる点で、私は峯本氏の語りを取り込みたいと考えた。障がい者支援コミュニティとの関連が語られていない点が物足らないのだが、ここは峯本氏が意識していることであり、研究の現状段階として今後に期待するところなのだ。

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私は峯本氏の御宅の最寄駅の喫茶で、失礼承知で、いつもの調子でづけづけと話したことをお詫びしなければならないと思う。しかし、懇話会ゲストを引き受けてくださった。感謝します。12月の末、日程調整して懇話会を開くことに。

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私は峯本氏の面会の前に、灘の「人と防災未来センター」に立ち寄り、学芸員の方に阪神淡路大震災時、障がい者の方たちの支援を行ってきた方で、現在もNPO活動などをされている方をご存知ないかと打診にうかがったのだが、この日、担当職員全員が出張されており、アルバイトの方に用件を託してくるという空転となった。特に一般展示の説明を行う当時の被災者の語り部の方が、熱心に自分の被災時の体験を語り、分刻みで巡回しているため、いかにひどかったかという体験談から離脱できなかった。当人には心に刻まれた体験であり、震災を切り抜けた貴重なお話なのだが、私がNPOであり、目的が学芸員さんへの問い合わせに来たのだという説明が、全く通らないのに閉口した。災害を語る上で、震災の悲惨さの貴重な証言であるが、体験という場を越えて、どう解決していくかという鳥瞰の視角が大事。この切り替えの部分に断層があるのはわかっていたが、まいってしまった。

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また応答メールが途絶えていた病院では元院長(現理事長)との面会は果たせなかったが、電話でお話をいただいたが、要は病院の医師や看護師や消防署の救命士のような医療関係者が懇話会に参加しているかという点が、難点となっていることがわかった。懇話会が成長したらお願いしますということで終結。

峯本さんの話のあと某区の社協と区役所に、阪神淡路大震災の障がい者支援をされた行政職員の方と話すことができた。部長クラスの方で、来年はじめは議会があるので、4月初めの参加を検討していただけることになった。南海トラフの余波の話を含み関西は阪神淡路以降の長い期間の検討を踏んでいるので、少々異なる話もうかがえそうな話題が、すでにでてきていた。是非ということで、今後メールで検討をするということになった。

神戸の市役所と社協は時間切れ。東日本大震災のとき、障がい者支援をしてきた施設関係者の方と夕食をいただいた。故黒田裕子の活動関連の方のその後の情報を知ることができた。彼自身は、東京に何回か行く機会があるというので、茅ヶ崎に立ち寄って欲しいとお願いをした。

こうして、駆け足の関西訪問は終わったが、しかし往復の高速バス乗客にはびっくり。行きは3名の貸切り状態。帰りは途中からの乗車客があったが6名という状態だった。行きは私以外は中国人。帰りは、私と女学生さんと彼を除いた3人はアジア就労系の外国人さん。昔、青春18切符で各駅の大垣駅行きに乗ったことを思い出したが、もはや高速バスはおじさんのものではないことを実感。全然眠れなかったが、今は異様にハイになっている。朝のゴミ出しすませたら寝るが、金曜災害ミニカフェは下手したらいびきをかいているかもしれない。

夜間傾聴:臨時休業

(校正1回目済み)

 

コメント
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