湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネの地域学習活動・就労支援活動の実践試行を書き溜めていきます。

つくばに行ってきたものの/細谷亮太氏の記事あり

2008-03-16 05:55:31 | 引きこもり
つくばに行ってきた。時間がかかる。待機の確認で出遅れたが10時前に出かけ、途中寝ぼけ(困ったもので)靴事件で靴探しが30分入ったものの、着いたら14時になっていた。行き先は2箇所、一点目は認知科学系の学習論研究者の集まりに出て、NPO法人「カタリバ」実践の素晴らしさを伝えることと、「わーく」の技術支援を求めるため。もう一点は情報処理学会最終日に参加している講演者**氏にLinux系の環境下の通信端末とWindowsとの共存環境の質問相談、要するにKnoppix系の話に協力が求められるかだった。結果的には、前者が予想よりも時間がかかり、後者に出向くには会が終わっていて当人がつかまらないだろうということで、諦めた。

しかし障碍者との取り組みへの関心や、社会活動への理解という点からすると、寒々とした状況が広がっている。語られている論点の隣にはそれを欲している社会活動があるのに、仲介者がいないのだ。とりあえずの接点を作った。「カタリバ」のインパクトはある。必ず広がると思う。いい実践はいい。それだけなのだが、あえてとりあげないと流れ去ってしまう。力のある実践だから、そちらは導火線だけで十分。「わーく」の件は、とりあえず強烈な個性の研究者と、切れ味のいい「現在」の課題を語ってくれる研究者に直接・間接の情報を提供してきた。しかしことは、ともかく流れが絶たれずにまずは自ら動き出さなくては、ことは始まらない。皮肉なことに、今回の研究会は、「プラン初動の難しさ」をめぐる議論だった。

後者の方は、ついさきほど無理と思っていた**氏へのぶしつけな質問メールに、耳をかしてくださる旨の返信メールが届いていた。これは障碍者がPCを扱う上で、均一の安定した即時復元可能な環境を届けれるかがかかっている。PCの通信端末としての操作が安定したものになるための基礎にあたっている。話が構想の一部分だから、「わーく」の基礎作業と言っても身の回りに理解者がいないのだ。

しかし、とりあえずの目的は達成できた。

行政の縦割り状況ではないが、ついたての向こうは別世界のような状況が、現場からは歯がゆくもある。しかし市民活動・社会活動の世界を見通す有効な論が、机上の空論と切り捨てる主観的な立場にも私は立たない。こういうと主導的な立場の方で、私の身の回りには、怒り出す人が少なくとも3人はいるのだが、領域の境界人はかならずいるし、切り捨てる彼らはその存在と収穫の方法を知らないだけだと思う。しかし振り返って、まだまだ「藪こぎ歩行」を続けなくては目的に接することも出来ない。今回、その距離がちょっと縮んだかなと思っている。希望的観測とも違うなというところ。

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昨夜の待機は要するにA子なのだ。私のところへ、またやってくる可能性があった。このブログの内容も彼女特有の論理で「当然でしょ」となる。彼女は近所の、鷹揚な従兄弟の家に「頭を冷やしたい」ということで泊り込んでいた。「金が無いから湘南にいけない」と言っていたことも判明した。「湘南」とは要するに「わたしのところ」である。誓約書もあって、私は動くに動けず弱ってしまう。しかしこの時期、困った事件は、とことん重なるのだ。

睡眠2状態でつくばに向かったのだが、自己嫌悪である。全くズボンと合わない、目的が違う靴を履いて出てしまったのだった。電車の中のくすくす声で足元を見て驚いた。新橋と東京駅で靴を買おうとしたが高いものばかり。やっと八重洲地下街の靴屋で応急の靴を買い込んで、つくばの会場に飛び込んだ。ところが睡魔は、やってくる。椅子の背もたれに寄りかかって驚いた。社会の窓があいているではないか。おじさんの強みなり。若い人なら立ち直れないだろうなと思いつつ、とりあえず往復の移動時間と、帰宅食事始末後、夜間傾聴がはじまるまでの2時間を爆睡時間とすることで、今は予定通り起きて、親の確定申告代行作業に突入している。(昨年までは、年金と小商いの申告は自分でしていた。明らかにぼけてきている。)

帰宅後、家で迎えてくれたのは、食器の山。父は足が追いつかないことが原因で失禁していた。これにくわえて、味噌醤油つき洗濯。用意しておいたパンの夕食を済ませたのが21:50。とにかく眠ろうと、布団をかぶった。0時、傾聴待機をしながら、放置されていた確定申告のまとめを行っている。明日はペイドワークの素晴らしいNPOの紹介シンポが県サポである。準備には体力的に無理なので、客参加できないかと思っている、今夜はこのまま、作業を続ける。

夜間傾聴:******親(緊急性のあるところのみ)
     A子・親(とりあえず、身の安全保障よかったと。)

p.s. 3/14朝日夕刊「人・脈・記 みんなその日まで(6)」に細谷亮太氏(聖路加小児科部長・小児がん学会会長)の写真と記事を発見。私はこの人を、ある文才のある看護師さんから教えてもらった。以後、ファンのひとりとなっている。無垢な死の対極に全肯定の命、障碍者の命が輝く。ひと理解の大事な記事である。

「しにし患児(こ)の髪洗ひおり冬銀河」(細谷亮太・作)

私は命の演出の一角に立っている。



(校正1回目済み)
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春嵐一過

2008-03-15 05:12:31 | 引きこもり
ー昨日確定申告を済ませてきた。1年間の区切りだが、安い収入なのに複数収入なので行かなくてはならない。ただ今年は、なんともすっきりしない。親の体調の悪化のために、間際になって親の申告も、しなくてはならなくなったからだ。この時期、教員は研究会をぶつけたり、春期講習やら面談やら、子どもの獲得競争に飛び込む。加えて年度末だから、こなし行事をはじめたり、新規企画のプレ企画をたてたりする。引きこもる青少年は同期の子の動静に敏感となり、孤立感を募らせている。正直言ってオーバーフローの状態となっている。

自由が丘君(仮名)の結婚式の日程がはっきりした。よりによって5月連休中である。律儀というか融通がきかないというか、連休がまた切断されてしまった。まあ、彼の社会復帰の大きな一歩になるから、勿論祝福しているが、ふたりとも心に不安定要素を抱えているので、緊張がストレスにならねばいいがと思っている。

昨日は気圧の谷が通過した。一時急に冷えた。このとき片付けようとしていた冬場の格好で税務署に行ったので、蒸し暑くて熱中症になりそうだった。行きつけのパン屋のレジの子は、窯の熱のこもる店内で、パンをひとつづつ袋詰めするし、混んでいたバスが渋滞でますます蒸れてくるので、地獄かと思っていたら、優先席にマフラーをした年配の女性が襟をすぼめていたので驚いた。

今日、つくばで認知科学系の研究会があって、その場でNPO法人「カタリバ」の実践の可能性紹介と、私の再開したいと思っている「わーく」の構想の技術的なバックアップを求めて、伏線が主要目的で参加する。継続支援してくれたなら百万回お礼を言ってもいい位の部分の相談である。

明日が神奈川のユニークな有償労働をしているNPO紹介のシンポがあり、肝の冷える確定申告最終日が翌日にやってくる。

父の冷蔵庫漁りを阻止する作戦虚しく、500mlのサイダーと大きなバナナ3本が一瞬して消えた。炭水化物とかカロリーとか説得に使ってはいけない、わからないからだ。お茶を次々についでは、茶碗が無くなる。トイレまでの順路のあとに茶碗が置き忘れて放置されている。帰宅と同時に、茶碗を回収して、なにがなんでも仮眠をった。ひとりの青年が失踪していた。警察がらみの前にと親御さんから依頼がかかってきているからだ。幸い待機のまま夜明けになりそうだが、今夜は緊急性の薄い子に傾聴は堪忍してもらった。

9時には家を出る。今日は相模原へとつくばから急行しなくてすむようにと念じている。

夜間傾聴:中止&待機

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就労支援ネットワーク研修「企業にとっての障害者雇用」に参加して

2008-03-14 08:58:38 | 引きこもり
*****君と町田さん(仮名)の傾聴が長引き、終了が1時間遅くなった。

この時期、同期の友達の動静が気になるのだ。しかし自分は自分。コーヒーでも飲もう。

昨日は、湘南東部圏域の自立支援協の研修シンポが、藤沢南保健所会議室で行われた。町田2君(仮名)の巡回時間が迫っていたので、遅刻早退の参加だったが「古川ニューリーフ」業務部長の小田英児氏と、「湘南スワンベーカリー」加藤裕子氏の講演には間に合った。昼食片付けて飛び込むには13:30は無理なのだ。

小田氏の話は採用した障碍者青年たちをしっかりと管理して、企業人に育てていますよという基調。大手の特例子会社の運営も同じような手法かなと思わされる勤務評価チャートが写し出された。集団の中の個人が評価されるので、基本的には達成率。障碍者雇用を通じて職場がどう変化したかの吟味が欠けていた。なぜ障碍者を雇うのかが浮かび上がってこない。(社会貢献ですか?)

メルマガに「ごかいの部屋」という不登校・引きこもり者支援のMさんが最近書いた記事がある。そのなかに就労よりも生涯の質の方が大事であるという指摘がなされていた。確かに就労は終着点ではない。生計をたてるという強制も就労にはかかっている。しかし、その後に無味乾燥・競争争奪・人格否定のような人生の時間の身売りとして就労がイメージされるとしたら、それはあまりにも悲しい。ひとはつねにその隙間にひとのつながりをまさぐっている。握った工具、手にした電話のその先に自分を流し込もうとしている。理想郷の労働を想定しなくても、ひとは給料にすべてを換算されるとは思っていない。

その綱渡りの綱の上はすみかにはならなくとも、ひとの出会う場所だろう。疑心暗鬼の中にひとは生きている。綱はゆれるし、ときには断ち切れる。私もひと付き合いはそれほど好きではない。社会通念に寄りかかる人は、つまらないし、うんざりもする。そんなにいい人など、めったにあらわれない。それでもその綱は、次につながっている。

生涯の質と言ったとき、それは誰とつくるのだろう。同僚と?恋人と?子どもや家族?勿論職業外の付き合いもあるだろうが、他者との間に膨らむものではないか。その重要な一角が自己表現の先にひろがる人々だ。質は待ち受けるものではなく、生み出すもの。その場のひとつに職場を考えるのは、現実離れでしょうか。

こういう生きる時間の大きな部分を広義の「働く」という時間で過ごすときのデザインがもとめられているのだと思います。使える職業人になる訓練というのは、その意味で狭いのですが、包丁の握り方の先に世界が広がるような意味で、全面否定は出来ないと思っています。勿論Mさんもそんなことは言っていません。

後者の「スワンベーカリー湘南店『空とぶ亀』」の加藤さんの講演は、もと養護学校の先生が起こした市民活動です。その手さぐりの日々に共感します。しかし、プロジェクタの資料が話にフィットしていなくて、加えて話が日々の順番に押し流されて、聞く側には因果関係がよくわからない部分が多発。話を枝から幹へと話す方法というより、アラカルト的なエピソードを語る感じだったので、残念でした。見学させてもらった方がきっと肝がみつかるという講演でした。

最後が私の座席のお隣、湘南地域就労援助センター所長の小川菜江子氏の「障害者雇用促進制度等説明」だったのですが、これも研修対象者を絞りきれていない感じで、漠と地域の機関紹介をしたにとどまりました。

見慣れた顔があちこちに。ともあれ一度辻堂に戻ってから町田にという予定で、さっさと保健所をでてきてしまったのでした。会は満席。隙間に入れてまあよかったというのが感想。新味は無し。

夜間傾聴:町田さん(仮名)
     町田2君(仮名)第二ラウンド


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光の風ネットワークに出席し/緩急起きても活動を絶やさないために

2008-03-13 07:10:02 | 引きこもり
睡眠1時間後、朝、突然庭先で木材を打ち付ける音で起こされた。近所で合同の便利屋をしている*さんの、私の取っては予告編なしの修繕工事だった。実は、父が電話応答して承諾したまま忘れていたものだった。資材を買ってしまったので中止は困るといわれ、やむなく承諾。結局徹夜状態で厨房に立った。

家の確定申告が迫っていたので、帳簿をひらいたが工事音で数字が跳び中止。父が2階窓から*さんを怒鳴り始めて仲裁に入る。母は観劇にとうに出かけて、父の介護を拒否。コーヒーで平静を取り戻して、父の食事を準備したあと、テーブルに臥せっていた。母は介護サービスが入った時点で仕事を分担するが、それまでは嫌だと明言。土曜日、私はつくばに出かける。その日の担当と交換する形で、今日を引き受けていた。2階で転倒の音。急いであがると、ベッドマットごと父が床に寝そべっていた。夜間の騒動の結果、マットが、くずれていたのだった。打ち身で痛がって寝ていてくれたおかげで、今日は家を空けて光の風ネットワークの会合に午後参加することが出来た。

昨日は市の自立支援協就労支援部会の日でもあった。前日の傍聴申請が通らなかったので、同時刻の会合となった光の風ネットワーク(茅ヶ崎市十間坂)に出かけた。昼食を片付けると、家族の協力がないのでいつも13時半になってしまう。タクシーでエメロード商店街のはずれまで移動。15分遅れで会場に滑り込む。

翔の会関係者・湘南おやじの会・ハローワーク関係者が参加、今回は地域商店会や民生委員関係の方は欠席。ネットワークの現状と今後の方向の議論。後半就労支援部会参加するという方が多く、予定より早く終了。目の前にいる私の傍聴許可について相談するのだから、奇妙な話だろう。手帳を持つ障碍者の関連団体ではないハンデが常に壁を作っている。却下かなと思いつつ、会合で紹介時間が得られなかった「わーく」の支援ネット作りを、光の風関係者の方に提案。今後の議論に乗せてもらう事になった。

茅ヶ崎市立図書館で本を交換。「地域でささえる 障害者の相談支援」(横浜市立図より)他6冊。「わーく」の絵を描く基礎資料。

この書でも、様々な事例が紹介されているが、ハローワークの担当の方との話のとき、「『いかにして楽をするか』という意識があるので、そんな職場はない」というような発言が担当の方の就労支援の議論には必ず出てくる。「職場の就労条件は甘くないのだ」という論調は、社会的挫折組の空を重く覆ってしまう。ましてや精神障碍の方の場合、寛解期と急性期の周期があるために、安定した労働が出来ないから、障碍自身を否定されてしまう。仕事を抱え込みやすい障碍ゆえに、自分の限界線を制御しながら働こうとする。このことまでも「楽をする」と判断されては、まったく障碍の状況を理解しているとはいえないのだ。どこかで競争原理を協業・多様化にずらしていく試みをしないと、働けないひとがいる。これを「なまけ」というか。現場にいるがゆえの通俗経験則は問われなくてはならない。

ジグソーパズルのコマを操るように、求人の隙間にコマ(求職者)をはめ込んでくのが就労支援と解釈するのは狭義解釈的な間違いだろう。彼とともに描く絵(業種と形態)を提案し続けることも就労支援の大切な仕事だ。

本と食材を抱えて、外食するため店に入って睡魔に襲われた。帰宅すると店に買い物をした食材の袋を忘れてきていた。朝の突然の工事の影響だった。帰宅する前の母を携帯で捕まえて、引き取ってもらった。その荷物をバス停で受け取った。母は両手に「掌蹠膿疱症」があり水仕事が出来ない。その掌が痛む可能性があった。父の介護を敬遠するもうひとつの理由だった。

母に夕食を依頼し、とにかく2時間、睡眠をとった。巡回調整の電話連絡をすっかり忘れていて、先方に迷惑をかけてしまった。父を電話から引き離すことが必要となってきていた。先日は墓地販売員が父の許可を取ったと訪問してきて追い帰した。留守中、得体の知れない人間を家にあげてしまう可能性もあった。父のプライベートな電話は週数回ある。これも絶つわけにはいかないので、いきり絶つのは父と相談する必要があった。

足元を整理する。介護サービスを承諾させ、家族の時間を作る。これが来週の大きな課題となる。


夜間傾聴:町田2君(仮名)
     *****君(仮名・本人)やっとことがはじまった。


p.s. 昨日の話し合いでも問われたが、私の巡回は2系統あり、仕事が違う。ひとつは以前勤務していた塾の紹介による就労支援ボランティア(多摩川沿い)。もうひとつは、学習相談の生業、ただし引きこもり・障碍などの困難を抱える青少年たち。こちらは復学支援。相模原市が中心。年齢が高い方の復学支援もあるので余計わかりにくい。湘南にもうひとつの就労支援ボラを求めているが、昨年夏から恒常的な対象者がいない。地元日干し状態にある。

有珠山噴火のとき、避難所放送に提供したミニFMの送信機をいれておいたバッグが出てきた。送信機は今どうなっているだろうか。

すぐれた実践をしているNPO法人「カタリバ」を学習論関連の研究者に紹介した。反応やいかに。

(校正2回目済み)
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新年度企画作成メモ(2)/介護の下準備を始めて

2008-03-12 07:08:41 | 引きこもり
就労困難を抱える青少年の地域就労支援冊子「わーく」の解説パワーポイントならぬスタースウィーツインプレス(PPコンパチ無料ソフト)の製作作業をしている。対話してみると就労支援が「職業紹介・求人案内・ジョブコーチ・ビジネスマン心得」というレッテルがべったり貼られて、話が全く身動きできなくなってしまうのはなぜだろう。

労働観・職業観が固定的なのも、背後に過酷な企業の競争社会があって、「働かざるもの食うべからず」「換金できぬ労働は意味がない」という「争奪的な労働観」への脅迫観念があるために、我が身とはなれた「身の始末」として就労が語られているからだ。勿論、この論理にどっぷりとつかる企業戦士信者もいるだろう。この突き放したおぞましい必要悪の範疇に仕事が組み込まれているように思う。協業から離れた個人間競争労働の歴史はたかだか、二百年に満たない。競争を常識とするのが時代という空気だ。なぜ協業が成り立たないのかその一点を考えてみても、発想の薄っぺらさが見えてしまう。

「わーく」は社会の脇に追いやられた若者のしたたかさと、社会参画への試みに連れ添おうと思う。日常の出来事に見え隠れしている連携の営みと、そこに育まれる可能性を取り出したいと思う。「換金」に疎外された「シャドウ・ワーク」(家事労働より広義なり)に連綿とつながる社会的ニーズ実現の有償労働「社会的企業」の拡がりの中に、若者の労働の場を開きたい。ネットワーキング的伸縮・着脱・結集離散の自由度の高い、今の企業社会との妥協線的呼び名では「プレ就労の場」として、自らを運営し様々な活動の通過するノードとなる地域マスコミ活動を生み出したい。

だから、彼らの日々の息吹を地域社会参画のフィルターで漉きあげたいと思う。実際私はミニFMを運営したとき、これほど難しい概念はないぞとしらされた。表現の場をあげるから表現してごらんという運動論は、たちどころに膠着してしまう。日記の白紙に何を書いていいかわからない、あれである。私たちは「仕事」というテーマと「出会いによる自己変革」の取材を媒介に、放送と冊子作りという企業活動の課題からみえてくるものを綴りたいと思う。この活動を通じて、障碍や立場を超えて若い人たちがつながり、次へと踏み出す環境になりたいと思う。

なぜ喫茶店ではないかというと、私たちには「取材」と「ソース交流」が活動の背骨としてあるからだ。待ちうけではなく、探索である。企画会議にはすべての関係者が会し、公開編集会議に議論を寄せる。その議論も記事となる。寄稿・伝言板もSNS環境のなかから、文字と音声・画像の番組になる。そのダイジェストがブログやポッドキャスティングで提供される。

前にも書いたが「ハレ」と「ケ」でいえば「ケ」の営みを作るのだ。 (つづく)


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市の障害福祉課に連絡を入れて、地区の自立支援協の「就労部会」の傍聴を申し込んだ。戸惑っていて、そういう申し入れが初めてなので、とりあえず初回は我慢してもらい、傍聴の可否について検討するという話を得た。部会は地域の非公開情報も行きかう。これが傍聴でもれることになるのではないかとか、誰の発言か漏れることになりはしないかというような議論が行政内で成されるものと思われる。まず一石は投じられた。

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秋葉原に出た。旧式のミキサーと操作が容易なUSBメモリー収録型の編集ソフトを見てきた。今月中に特別支援総合研究所の情報アクセシビリティ研究者と会う。携帯ネットの未解決部分の相談に乗ってもらうためだ。今週末、筑波大の人間系の研究会にお邪魔する。神奈川の学生さんの協力を募るつもりだ。その呼びかけチラシを今書いている。

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秋葉原の帰りに大森君(仮名)に会う算段をして失敗。横浜で降りて、男物の介護用品のショールームをまわった。思うに任せないがパンフレットを集めてきた。早晩父は歩けなくなる。このままでは坂を転げ落ちるだけだから、通所と出会い、リハという道と、ガードとして崩れたときの体制を整える作業と思っている。祖母のとき、祖母にフィットした機能を持つ用品との出会いに、散々試行錯誤を味合わされたからだった。

町田2君(仮名)の巡回要請があったが、準備不足で日を遅らせてもらった。まっすぐ平塚まで出て、図書館に滑り込んで本を交換し、駅ビルで買い物。家に飛び込むと両親はすでに食事をしていた。6時前というのに父がいうことを聞かないのだった。黙っていると16時に夕食を要求、22時に夜食を欲しがるので、流れを絶っていたのに、昨日の「入所」騒動で妥協したという。父の足はむくんでいる。指で押せば凹みが復活するのに時間がかかる。そういう状態のものに、満腹になる食事をだしていいはずがない。

帰りに茅ヶ崎駅から立ち寄った調剤薬局で処方された薬の山を母に手渡しながら、ため息をつく。自分の命だから好きにさせろというなら張り合いがある。だが隠れて食べてしまう。痛み苦しまないものは病気ではないという妄信が、糖尿病の合理化につながってしまう。通所で関係を変えないと、時限爆弾(血栓)が爆発するというのに。

この記事を書いている最中、父が起きてまもなく降りてくる。転倒との監視の戦いが再開される。家族の拘束の泥沼解決策のプラン作りが始まっている。来週早々ケアマネさんが父を説得する。

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今日は光の風のネットワーク。私の言葉が通じるだろうか。



夜間傾聴:町田2君(仮名)

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新年度企画作成メモ(1)/父に終始した一日

2008-03-11 07:52:17 | 引きこもり
新年度の企画を書いている。今年の焦点は

「地域就労の社会的企業モデルつくり」

である。この1点について議論の輪と具現の芽を作りたい。

私の課題は「引きこもり青年の地域社会デビュー」であり、医療モデルに分断され社会的つながりと生計に困難を抱えた軽度障碍・社会的挫折を抱える青年の「『職探し』ではなく『職作り』」である。「職作り」とは、採用控えの隙間に自前の仕事を立てることではなく、企業を動かすことをも含んだ社会運動のこと。その力は具体性・実現可能性・発展性という事例を生み出すこと。それが企業のみならず、成り行きに流れている当人と家族、行政を動かすだろう。そのキーワードが「ネットワーキング」「社会的企業」である。

百万言の百科事典も、文章を一行の数字にコード変換し、「0.」を冠して小数化、そして分数化すると、有限の長さのたった1点の境界(比率)に集約されてしまうように、企画の種はそのなかに成長可能性を百万織り込むことが出来る。「出会い」と「行動化」による「障壁が」、新しい活動を生むだろう。今やるべきことは、種を植えること。

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さまざまな人の知恵を盗むために、「『わーく』編集部」の活動が欲しくなった。取材である。議論を仕掛け公募したくなった。SNS的企画会議である。いっしょに具体物を生み出したくなった。「5分間オンライン放送局『わーく』」である。

ここが種になる。

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活動の初めに「自分で開いた就労体験」の交換企画をたててみようと考えている。これは就労支援PJの課題にしては濃厚すぎるので「『わーく』編集部」の初課題かと思っている。聞き耳を立ててくれる人たちに、どう取り結ぶかが鍵。

PJの課題はむしろ「社会的企業」の中に潜む可能性を「見学&現場討論会」の形で、より公益的に探り出していくこと。

この2つのエンパワメント的な線に沿って、企画を準備し始めている。

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昨日は父にあけくれた一日となった。主治医の診察と検査(介護サービスを受ける準備)を進めるために、昼に用事をすべて済ませておき、タクシーで午後の診療時間に医院に飛び込んだ。奇妙なほど待合室が空いており、すぐに検査を受けることができたのだが、看護師が奥へと案内するときに「入所の準備の検査よ」と父に語りかけた。即座に割り込んで、「デイサービスです」と修正したが遅かった。その直後、医師がX線室に移動し「入所はいつですか」とダメ押しをした。「デイサービス」ですと応戦したが、家に戻ってから父が荒れ始めた。無神経な対応の尻拭いをしなければならなかった。

父は精神病に異様なほどの差別的な認識を持っている。高齢者介護に一切目をつむって、祖父母を泣かせてきた人である。それだけに、今回の「入所」という言葉への抵抗は、最悪の展開となった。結局0時半までの口論と説得に折れて、ケアマネの計画作りに協力するところまで、うん、といわせたが、一日明ければまた振り出し議論だろうと、うんざりしている。しかし「家政婦がくるのか」という時代錯誤には言葉を失ってしまった。

ともあれサービスを受けるための準備は、一段階進んだ。最悪の「合意」の部分が残っている。朝、4時10分。いつもどおりのトラウマ的な演説が始まった。ものの落ちる音。父はななめになって眠りこけており、フレームの曲がった眼鏡が床に落ちていた。

来週、ケアマネさんが書式を受け取りに来る。このときの説得が勝負どころ。TVの前の置物になっていては、歩けなくなるのは時間の問題。連れ出しに腐心するとは…私の巡回先の光景と重なってしまった。


夜間傾聴:自由が丘君(仮名)本人。結婚式話。
     同僚。

(校正2回目済み)

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泥沼を抜ける知恵を/引きこもり青年の就労支援と障碍者の就労支援の差異

2008-03-10 06:53:10 | 引きこもり
朝、父が高いびきをかいて起きない恐ろしい状況があった。結局、脳溢血の心配は無用で、眠たいから寝ていただけということで、午前中は過ぎ去っていった。昼食を食べさせねば、また厨房の火事騒ぎが起きてしまう。結局どう急いでも常に13:30になってしまう。出かけようとすると、父の頭の上の2階の寝室で大きな音がした。夜間レム睡眠行動障害の大暴れのとき、板戸を蹴飛ばしていたものが、はずれて倒れた音だった。狭い家には住めない。命がけになってしまう。板戸をはめなおし、落ちそうになったマットを戻して玄関に戻ったとき、父は禁止していたスリッパをはいたまま、庭先に出て空を眺めていた。

東松山市の福祉の視点は、障害者を特異な存在に見るのではなく、ゆりかごから墓場まで、その老いへのサポートも、一体となった支援を考えている。玄関先に父を招きいれ、スリッパを脱がせて、バス停に走りこんだ。時計は14:20を回っていた。市民活動フォーラム参加は諦めた。

持ち物支度を変えるために家に戻ると、父は冷蔵庫をあさっていた。母は「死ぬのは自分だから相手にするな」と、ベッドにもぐりこんでいた。しかし厨房の床には新聞紙が散乱し、ひと悶着あったことが歴然としていた。こういうとき、たしかに正面から打開を図っても解決に至らないのだった。通所デイケアをはじめるために、今日父を主治医に連れて行き、健康診断を受けさせる。そしてケアマネさんと、説得の作戦を具体化する。決して閉じた関係の中の問題にしてはならないのだ。共倒れになる。

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昨日は入谷さん(仮名)の巡回が決まっていた。ずらりとシアトルのスナップ写真を見せられた。彼女は大丈夫。宝物を育てている。

海老名で食事を取り、寒川に出た。3/1の講演会資料を望んでいる方がいるので、配達を済ませて、バスで茅ヶ崎に戻った。携帯電話が鳴った。平塚のADHDの青年がSATYにいるという。電話先の言葉がもつれておかしいと思いつつ彼にあうと、2年ぶりの彼の眼差しの光は失せ、黄疸のように濁っていた。内臓疾患はないという。シャブ漬けを疑った。案の定、彼のショルダーから、医師に処方された薬の山が出てきた。彼のしまらない語り口は薬のせいと予測された。

彼が相談に来たことは正解だと思っている。この間に彼は担当医を変えていた。地域が違うので先方の病院情報が入らないのだが、なぜADHDに処方されたのか不明な薬もあったので、彼との仲たがいの口論の結果とはいえ、もとの医師なり他の医師に担当を変えたほうがいいとアドバイスした。これは珍しいことではなく、粗暴傾向にある方の行動抑制をするときに起きやすい事態だった。大人の場合、彼を取り巻く人のサポートは、自分が求めていかなくては作れない。彼は、病院のパート職員や、老健施設に職を求めていた。だから身体の異常については周囲の眼差しがあったはずなのだ。それが当人とうまくつながらなかったか、放置されてきたか、いずれにせよ彼は孤立していた。彼はsatyの映画館で居眠りをしに行ったのだった。彼は夜間の傾聴の必要はなかった。情況次第で専門職へ紹介していく。しかし私との絆は断たない。

急にやめると危ない薬以外は服薬をやめさせ、立場の違う内科医に一度腎機能と肝臓の検査を受けるように指示した。精神科医を疑るわけではないが、立場の違う医師からの方が副作用について客観的な評価が得られると思ったからだ。そのへんを彼に説明した。ADHDの二次障碍の経過の行動確認が薄いが、副作用は副作用。チェックがいる。

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突然予定外の話があって遅れたので、駅ビルで出来合いの食材を買い求め、タクシーに乗った。すでに父は食事を勝手に始めている時間だったからだ。母が時間稼ぎのお茶うけを出していた。しかし、なんとも不器用な世代である。ショッピングに行くとき、通路に地蔵のようにたって通行の邪魔をしているのもこの手合いだし、混雑を決して自分からかわさないのもこの世代である。帰宅時間の遅さを母にののしられながら、食事をだして、自分はPCに取り付いた。障碍者の親御さんたちの四面楚歌と私の状況は比べようもないのかもしれない。しかし親御さんたちの踏ん張りは、この時間と固定した関係の絡まりとの戦いが背後にあることだけは分かるつもりでいる。

到着したAMAZON.comの包みを開けて、商売道具といっしょに、コミュニティ放送局関連の著作を開いている。私は引きこもり青年と軽度発達障碍系の戦略の中から、より普遍媒介的な価値のあるアイデアを引き出す方策を採る。だから周りの方にとっては、「就労」「社会参画」「交流拠点」「街の中へ」というようなことばのそれぞれが、障碍の様子によって様々に解釈されて、その結果、私が核心的ではない行動を取ろうとしているように感じている方も多い。

自立支援法で推進されている一般就労の職場も、非正規雇用にしのぎを削る職場の一角であり、特例子会社と言っても、その作業は在日外国人やパート労働者にと常に侵食されている制度に守られた領域なのだ。彼が採用され定年まで生活を支える給与を得るには前途は多難。だから人の輪に支えれていくような地域就労の形もまた同時に追っていくべきと考えている。

「わーく」の中では就労支援を、学校現場の小学生が受けているような「仕事の甲斐」「仕事の面白さ」を、活動の核として追うようなことを考えているわけではない。考えてみれば分かる。引きこもり青年の中には社会的挫折組がいるからだ。何十社も採用試験を落ちた者に「仕事の面白さ」を押し付けるつもりはないし、サービス残業に疲れた契約社員に「仕事の価値」を説く愚かさも持ち合わせてはいない。ただ状況打開の知恵を寄せ合わなくてはならないのだ。そして現実を予定調和に押し込まず、リアルであること。生なキーワードをつかんでいくことが、道を開いていくだろう。

今は日常のつながりを作るテレコムを企業活動のように下ろし、街へと誘う契機を養成していきたいと考える。必要なのは様々な活動がつながる契機を作り出していくことだ。これはお膳立ての活動で、それ自体が解決ではない。だからレッテル貼りの隙間から声をあげても、教育畑以外は通じないだろう。いわばこの活動は、様々な活動の苗場つくりの政策的な活動である。孤立し、芽の出る前につぶれたらそれまでのこと。だが価値が見えなければ誰も動かない、これも真実だろう。言いだしっぺがやりきるために、ここは踏ん張っておくところなのだ。



(参考/いつもと切り口を変えて)
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●「熟練工不足:日系外国人の子供たち後継者に 製造業の街・浜松、職業訓練校へ入校促進」毎日・東京夕刊 3月6日

●「フリーター労組が紙でも発信 メルマガ、ブログに加え」朝日3月6日

●「「フリーターが生きのびるための手帳」ネットで公開」朝日07年12月16日


夜間傾聴:自由が丘君(仮名)結婚式日程決まる
     *****親


(校正2回目済み)
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3・8シンポ「誰もが暮らしやすい街づくりとは」から>「カウンセラーの位置」

2008-03-09 07:29:52 | 引きこもり
昨日は、茅ヶ崎北口のさがみ農協の会議室で催されたシンポ「誰もが暮らしやすい街づくりとは」の後、夜に相模大野の巡回が入った。以前担当していた子なので、勝手は分かっていたが、引きこもりは当人だけの問題ではないのだと重ねて思わされた。

「読み」「書き」「そろばん」さえ身につけてくれれば、無理して学校にいかなくていいというおばあちゃんの教育論が家族を仕切っていて、ひとなみに高校さえ出てくれればと、昨日も何回聞かされただろう。子どもが引きこもると家族は心配のあまり、彼のゴールを引き下げて妥協線を図ろうとする。「身につける」その「身」のことに思いが至らないのは、なぜなのだろうかと思う。家族が世間の最低限の理解者と自ら言い募れば、彼が家族に窒息しそうな思いを抱いていることに無頓着になる。家族の世間体抱え込みの強さに閉口して、以前、担当を降りたのだが、彼が一時通学を再開していたのですべてが棚上げになっていた。年明けから彼の部屋のカーテンは再び開かなくなった。

再会した彼は饒舌だったが、ますますその言葉は宙を舞っていた。ガラスのバリアが張られていて、私はそばで、百万言の先を待つ以外なかった。

簡単な巡回レポートのメールを携帯からFAXしたとき、奇妙な悲しさに襲われた。明快な理由があるわけではない。飛び石を伝って歩く道の敷石の隙間に足が次々に、はまっていくような悲しさだった。私の仕事は彼の隙間にともに立つ。ふらつきながら、問題の背後の見えないコンディションを立て直す。

私は、昼間のシンポジストの方への質問を反芻していた。

身体障碍の領域で自らの車椅子生活の目で、ピア・カウンセリングを行っているTさんの提案への疑義のことだった。今、当人は誰にも話せない苦しみを抱えていて、孤立している。夜間の寂しさに、語る相手が欲しいというそのニーズに応じて夜間のカウンセリングを行っているが、この仕事がこれからますます必要となってきているという。この11時台の対話は貴重である。地域の当事者の真の思いを受け止めて、このカウンセリングを拡げていくことが、「暮らしやすい街づくり」へとつながる基礎になるのだという。私はカウンセリングは、対話のネットワーキングのしこり取りに尽力することで、カウンセラーは網の目の、強いブラックホールのような結び目であろうとは思わない。

シンポでは様々な東松山市の地域サポートの事例が紹介されていたが、その後、なにやら突然カウンセラー・ワールドが飛び出したようで、かえってその地域に生きる者の「生き難さ」に「ともに生きる」者として寄り添う、そのあり方のカモフラージュが見えてしまったように思えたのだった。一般的には傾聴者は「嘆きの壁」自らは動かない。動き出すのは彼である。だから見えないのだろうか、一緒に何をするのだろう。そこが問われるべきことであるのに、ことばの闇の中に沈んでいるように思えたのだった。

私は心理カウンセラーの資格を持っていない。教員として学習カウンセリングの立場から、実質はその境界の曖昧な世界を歩いている。社会中がカウンセラーで埋め尽くされることを願っているわけではない。底無し沼のように、傷口の見えない鈍痛に身をすくめる者や、ばっくり傷口の開いた激痛に血を流す者、枯れ枝が折れそうな者など様々な青年がいる。傾聴が重要な意味を持つということは正しいが、その職で世界を見ては自己追認の存在主張に引かれて、世界が歪むというものだろう。今問われているのは、一緒に生きていくその姿であり、そこに知恵を寄せ合う実践だろう。

私に訪れた悲しみは、携える糸が切れている悲しみなのだと分かった。暗中模索を厭うつもりはない。連綿と語られた青年の雑然とした言葉の影を追う私は、いわゆる遊軍なのだと自らを解釈してきたが、誰のと問われたとき、彼のと答えたときのともに闇に立つことへの身のすくみなのだと知った。

分かり合える者の出会いによるエンパワメントというが、必要なのはその先、次のこと。そこをどう描くかは、支援者の側も、誰も手を携える者がいない世界である。

カウンセラーは、なぜひとをネットワーキングしないのだろう。それは松山市総合福祉エリア施設長の曽根直樹さんが語った通り、「医療モデル」から抜け出ていないからだろう。国際機能生活分類(ICF)の当人の「活動」からとらえ返された新たなモデルに、カウンセリングは転身しつつある。しかしこのとき、藪から社会を眺めるような外側の視点(観察)は残っていくのだろうか。関与観察が研究者の間で改めて議論されている背景にも新たな関係の模索を感じるが、結局はともに歩むものではない限界、または操作の発想が浮かびあがってしまう。

私は藤沢について、終バスに追われて食事を諦めて、コインロッカーの食材をとりだして家にもどった。茶の間には擦り傷だらけの四肢を投げ出して、TVのお笑いに、微妙にシンクロをはずした父の笑い声が響いていた。小分けにした隣のドレッシングソースの小鉢の意味が分からず、作り置いた生野菜は出がらしの茶の葉に埋まっていた。ここもかと思いつつ、家族の茶碗を洗い、玉子を割って食卓に付いたと同時に傾聴の専用電話が鳴り出していた。

今日は市民活動フォーラムが午前中からある。午後からにさせてもらうことにする。


夜間傾聴:相模大野君(仮名)父親から
     ******君(仮名)親

●「市民メディア活動―現場からの報告」再読開始



(校正2回目済み)

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ずっしりと時空を潜り抜けた一日/ビックイシュー企画情報が入ってきました

2008-03-08 07:02:48 | 引きこもり
今日は、茅ヶ崎駅北口のさがみ農協ビル会議室で「誰もが暮らしやすい街づくりとは」というシンポがある。東松山市総合福祉エリア施設長の曽根直樹さんたちが来る。父の昼食を早めに食べさせて出ないと、また4つめのやかんが丸焼けとなる。火の元を絶っても元栓を解除してしまうから、使う必要から絶たなくてはならない。

ケアマネさんと昨日は作戦会議をしてきた。このままTVの前に置物状態になっていれば、早晩歩けなくなる。デイケア通所を納得させる作戦。しかし施設側に迷惑の塊がいくのだから、商売とはいえ頭が下がる。来週早々実行に移す。

糖尿病は進行すると、味蕾(みらい)がやられ、微妙な味がわからなくなる。毛細血管の障害の結果のようだが、父は野菜なべの中に佃煮を入れてしまい、私たちを焦らせた。私は味覚異常をそこに見て驚いた。母は高い佃煮を価値も分からず、塩出汁に使った父の無神経に驚いた。同じ出来事をふたりは違う見え方で驚いていた。大事なこと。体験から得るものはひとつではない。見え方は様々なのだという自明のことが、学習論では常識ではない。2千円が一瞬のうちにゴミとなった。

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文教大に用事があってバスに乗った。直行バスがない時間帯だったので、湘南ライフタウン行きのバスに乗った。背後から刺すような視線を感じた。故**君のおかあさんだった。生傷がばっくりと口を開けた。彼が電車に飛び込む光景がその音までもが脳裏に浮かんでたまらなくなった。時間はそこで止まっている。引きこもり青年の抱えている闇をたどりながら、会釈もできずにバスを降りた。あらゆる言葉が意味を失うときがある。******君の自虐の中に、**君の闇が広がっていく。だからこそ、私はそれをその問題の直接の解決としてではなく、離脱再編の勧誘の環をかけていく。痛み封じまいぞとバス停をにらみつけて嗚咽を飲み込んだ。親御さんの視線は抱え込んでいく。避けません。

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就労支援PJと、フォーラム懇談会の新年度の企画を考えている。宇都宮大の梅永雄二先生が長年、相談に乗っていらしたTさんの、歯科技工士の職につくまでのことは、仕事のこととともに、湘南の場で型って欲しいから、5月連休明け、あちこちで団体の総会が行われている最中に、その総会と兼ねて企画しようと思っている。

「わーく」放送局の先輩格「オールニートニッポン」に取材をかけたいと考えたり、地域にオンライン交流の重層構造をうまく導入している静岡の島田市の事例を持ち出したいと考えている。引きこもり青年や軽度発達障害の青年を誘う地域は、どこでどうひととつながるのかの事例が「地域の就労と仕事」という言葉が投げかけられるコミュニティとして実体化しているように感じた。世田谷の「パイ焼き窯」も行きたい。福祉ベンチャーパートナーズの西調布のたい焼き屋さんの元気ももらいたい…。私はことあるごとに「ハレ」と「ケ」の区別を語るが、私の生み出したいのは「ケ」つまり「ふだん・日常」の活動の創出だ。祭りを作るのは、別人に任せた方がいい。

ビッグイシューの創出者佐野さんからメールがあって、3月15・16日に「ソケリッサ」という路上生活者のダンスの会が紹介されていた。シアターブラッツ(新宿)で15・19時の2回公演。チケットぴあで券を販売して収益活動とするそうで、詳細は以下の通り。

---- 佐野さん、ごめんなさい、無断転載です ----


☆★ 新人H 「ソケリッサ!!」第二回公演の最終のご案内 ★☆★
 このダンスは、リードするアオキ裕キが、例えば「休息の顔」という言葉を提示、そこからイメージしたことを販売者たちは何のてらいもなく自由な体の動きにしていきます。そこには自意識過剰な演技を見るときのような居心地の悪さはなく、むしろ、なぜ、そんなに自由に動けるの?という感動すらあります。それはホームレス状態という暮らしの過酷さが、見てくれの自意識を捨てさせるのか? それとも日々路上で雑誌を売るという行為が、大道芸人が芸をするのと同じように彼らを鍛えているのか? いずれにしろ、人類というか、ヒトが一番最初に踊りというものを始めたときは、こうではなかったか? そんな素朴な楽しさを感じさせます。ぜひ、ぜひご覧ください。
チケットはぴあ(0570-02-9999/3月11日まで)でのご購入か、メール(tokyo@bigissue.jp)か、ファックス(03-3971-7670)にてお申込み可能です。メールもしくはFAXの方は、(お名前/お電話番号/ご希望日/ご希望時間/チケット枚数)をご明記の上お申込みください。チケットを確保し当日受付で精算させていただきます。

          ●○ 公 演 概 要 ○●
新人H 第二回公演 「ソケリッサ!!」~いいかげんな謳の章~
【日時】  3月15日(土)  15:00の回  /  19:00の回
     ? 3月16日(日)  15:00の回  /  19:00の回
【会場】シアターブラッツ(新宿) http://www.theater-brats.jp
【住所】新宿区新宿1-34-16 清水ビルB1 厚生年金会館向かい
【主催】ソケリッサ実行委員会 http://www.sokerissa.com 【協力】オフィスルゥ http://www.lou.co.jp ビッグイシュー基金 http://www.bigissue.or.jp ビッグイシュー日本
【チケット】全席自由席 各回130席 前売り2,500円 当日3,000円

------------------------------------------ お申込みフォーム ---------------------------------------------
お 名 前 :
お電話番号 :              
メールアドレス:
ご希望日  :   日    時       
チケット枚数:   枚


---- ここまで ----

(参考)

ビッグイシュー日本版

ビッグイシュー基金


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夜間傾聴:*****君の夜間傾聴始まる。
     大森海岸君(仮名)こちらから


(校正1回目済み)
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「それはこんなものだ」からはみ出す宿命/NPO法人「カタリバ」のこと

2008-03-07 07:23:40 | 引きこもり
****君の件で携帯に張り付いた一日。退学は私との繋がりも切れる。伴走者を引き継ぐ事ができるならそれも可能。私以外の伴走者作りに動いていたが、まだ応答が得られない。家庭内に危険な兆候を残して支援を断ち切ったとき、タイムラグがこわい。地元の保健所では一般論とはいわないが、担当者のところで言葉がにごる。どうしたものかと思っていたところ、昔の塾仲間のところに勤務していた&&と連絡がとれた。養護教員の資格を持っているが子育てで退職して、家業を手伝いながら主婦をしている。地域が近いので思い切ってぶつけてみた。しばらく間があって、心当たりの地元関係者に連絡してみるという協力の応答をもらって、少しほっとしている。気まぐれ釈迦のお遊び蜘蛛の糸、わらわらと亡者がとりついて、糸は、お前のせいだとばかりに切れる、冗談ではない。とりあえずきょうまでは取りつなぐ。

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就労支援PJの話し合いの中で、小箱ショップの話が出た。壁面にサイドボード状の仕切りをつくり、その区画をNPOの制作物販売用にレンタルする。港南台のショップの交流拠点を価値ある事例と取り上げたのだが、この後にオンラインショップ代行の話は、対面関係が希薄になるのでと空転して、自分のスタンスを改めて意識した。対人関係の濃厚な関係が辛い立場の青年のステップアップの中に、自分は企画を立てていることを思ったからだが、オンライン=人間関係希薄というのはどうだろう。

もともとオンラインの世界と関係ない世代や分野のひとからの経験則のように感じる。今、私はスマートフォンというタイプの携帯電話を使っている。図書館で到着したメールを覘いていると、通りかかった職員が「ゲームは館外でお願いできますか」と注意されて驚いた。夜間PCに張り付いているということを話したとき、親戚は真顔になって、「いい年してゲームに夢中になっていないで、自分の稼ぎのことを考えろ」と怒り出した。私はゲーム=悪とは思っていない。しかし、PC=ゲームマシンとは驚いた。こういう世界ではテレコムと言っても話は通じない。

私はオンラインの世界の可能性の誇大妄想には付き合うつもりはないが、ここに起きている人間関係の変化は踏まえた活動をしていきたいと思っている。オンラインというと、なぜ中空に閉じた関係を連想するのだろう。電話はひとの足を退化させるといわれた時代があった。実際は仕事の潤滑剤として機能したが、テレコムは電話の場合に近い。対面対人活動や手作業と切り離されたものではなく、全体に組み込まれる重要な要素なのだと思っている。このイメージの差が、膨大な停滞となってしまう。テレコムは障害者の活動と無縁ということではなくて、日常生活が情報化していく現代の情報アクセシビリティの課題でもあるのだ。

重要なポイントは、「出会いをどう多元化・組織化していくか」ということ。ここの接面で人は変わっていくのだ。就労支援・社会参画は出会い系?大事な幹だとは思いませんか。

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学校に大学生が集団で訪問し、生徒・学生たちと雑談するボランティアがある。そのNPOは、「カタリバ」という。様々な話題が噴出し、生徒・学生や押しかけた大学生たちも変容していく。素晴らしい活動だと思う。

NPO法人の理事長今村久美さんが平塚に来るというので、楽しみにしている。障害者の活動はこうしたマクロ集団の動きを作ることが難しい。しかし、浦河べてるの家の実践を引き合いにだすまでもなく、障害者間のミーティングは実らせるべき実践と思う。自閉症的な子には難しいということが定説だが、参加の多様性は、その子にあったデザインを提供することで、人の関係の総体が変容する。場を彼の感性の接点から感じ取ること、それは言語に限定して発想すべきではないのだ。

(参考)「NPOで稼ぐ」県サポ・平塚&茅ヶ崎サポセン主催。
http://www.scn-net.ne.jp/~hira-sc/event/schedule.htm#event

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父の時間認知がおかしくなって、いざこざが2件。自信持って「私はそんなことを言わなかった」と断言されると、なんともやるせない。10分前の出来事なのに…。近所で食材の補充をして家に戻ると、冷蔵庫が悲鳴をあげていた。扉が開けっ放しのまま、隣の茶の間で父はいびきをかいている。先日は3つめのやかんが丸焼けとなった。私宛の私信が流しの茶碗と一緒に水の中から発見された。どうして入ったかは不明。廊下にそっと伸ばしておいたところを、父がその上を足を引きずって歩いて破ってしまった。気持ちのコントロールが出来なくては、続けていけない仕事だが、こと自分の家庭となると冷静の糸が切れかかる。

母があんみつを買ってくる。私の懐柔に使うつもりらしい。糖尿病の息子にあんみつとはご無体な。結局元祖糖尿病の父が二人分平らげた。今日、主治医の検査の日というのに。

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入試問題の解答集作りの季節労働が入ってきている。ゴーストライターをしたこともあるが、いわゆる「+++編集部・編」というような組織名で出て行くから、透明人間のひとり。青色申告もある。この時期、憂鬱のネタは尽きない。

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夜間傾聴:*****親
     町田さん(仮名)
     自由が丘君(仮名)の奥さん

p.s.Linuxの非対応プリンタは、持っていても諦めなくてはならないのかと、ぶつぶついいながら、メーカーに問い合わせメールを書いている。


以上

(校正2回目済み)

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3・5就労支援PJのまとめ会は

2008-03-06 06:24:56 | 引きこもり
父を病院に連れて行く。こう回数がふえていくと救急外来というのも気が引けて、今回は一般の外来に行った。それでも転倒となるとCT検査は必須。本人は、「この前は平気だった」と検査技師に語るなど平然としてるから、がっくりきてしまう。診察まで延々と待たされて、薬をもらって帰ってきたら、14時を回っていた。13時横浜で会議があったのだが、欠席せざるを得なかった。今回も打撲・擦過傷で済んでいるが、このことがむしろ奇跡に近い。高さ5~6m、頭から落ちたら死ぬ事だってある。骨折は日の問題で寝たきりになると思っている。

多摩センター君(仮名)と町田2君(仮名)の巡回は日送り。

中途半端な空き時間、平塚に出て夕食の買い物の追加。

19時から就労支援PJの会議。ゲストひとり参加。PJは講演会の熱気を受けて『条件付存続』が決定される。条件とは、PJが行政懇談の場としていた点について、仕事の質と形をもとめて、現場関係者・当事者との軽い懇談を繰り返す。見学や懇談の大きな企画を力量の範囲より上を目指して
実行する。大きな企画の年間計画を持つ。

広報活動を充実させる。「サポセンのニューズレター」に企画をのせる。自前の通信が欲しい。

次回3月27日(木)19時から サポセン
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夜間傾聴:多摩センター君(仮名)


疲れたので、これで。

(校正1回目済み)
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寒川町立図書館のこと・その他

2008-03-05 05:38:09 | 引きこもり
橋本君(仮名)と会った。多摩センター君(仮名)と重ねるつもりが、父の県があるので、このまま寒川までもどり、図書館に急ぎ足で飛び込み、借りていた本の更新を済ませて帰ってきた。橋本君からは宿題をもらっていた。そのてがかりをOPACで調べ、資料を借りた。

寒川町立図書館は、比較的その分野の要になる書を、自主判断で並べている、この辺はすばらしいのだが、オンライン予約DBが癖が強い。「この資料は予約できません」が、やたらにでて予約が出来ないのだ。事前連絡無しのメインテナンスが入っていることもある。

冊数が多いから、バッグは一杯になっている。北茅ヶ崎で降りてサポセンで、さぽちがの役員選の投票をすませ、ジャスコで買い物をするが、なんとも大荷物になってしまった。
家に戻ると日が落ちて、なにやら追われるように日がすぎていく。

TV番組の主導権争いを父と母がやっていた。感情的になった父が、いきり立って2階の寝室に向かおうとして、味噌汁をこぼした。その出来事で判断能力がなくなっていた。曲がり角で足をぶつけ、そのまま階段を上がろうとして、反転するように落ち、床で一回転した。父は頭を打っていなかったが、その場に毛布を下ろして横たわらせた。週に数回転倒するとさすがに、いい加減にしてほしいと思う。よく骨折しないものだと思う。

様子を見て、痛がる父を背負って2階まであげた。目がちかちかしてしまう。明日はいやおうなしに病院へ。

Knoppix 5.1.1 のUSBメモリからのBOOTが出来ないものかと、PCを覘く。CD/DVD なら立ち上がるが、USBブートが出来ない機種でなんとか立ち上げる方法はないか調べている。PC標準環境を作れれば、「わーく」が出来たとき、標準アクセスソフトを提供してPCを管理したいからだ。まだ先が見えない。

夜間傾聴:******親
     多摩センター君(仮名)日程調整


p.s.ロフトやユニクロがパートの正社員化をはじめた。注目すべき動き。
●「ロフト、全パートを正社員化 短時間勤務でも」

(校正1回目済み)

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講演会以降、次年度の絵をかけるか/「わーく」オタクが必要だ

2008-03-04 07:20:19 | 引きこもり
講演会準備のために先送りされてきた雑務を片付けている。さぽせんのサービス業務のひとつのニューズレター配布担当分を、昨日は配布してきたのだが父の件がからまっていたので、就業間際の駆け込みとなってしまった。

最後の配布場所が県立茅ヶ崎高校。校門前に卒業式不起立を促すチラシを配布している間を抜けて、校庭に入って状況を了解した。夕闇迫る時間帯に大きな「卒業式会場」の立て看板が立っていて、看板前に教員が固まっていた。定時制高校の卒業式だった。全日制高校と比べるとなんとも地味な感じがする。長居は嫌がられるのが分かったので、事務室にとりあえず通信の束を手渡し、野次馬をしながら校門を出た。定時制があるから、17時以降も事務室が開いているのだ。

PJの講演会以降の方向をどう描くかと、PJの今後を支えようとする会員の結集は相互依存的な関係の部分があるが、基本は一歩ではなく数歩先を描く必要がある。見通しの聞いた現状打開策という手立てだ。

ここで講演会のQ&Aの意見交換の中で、A型(当事者雇用型)選択の施設の社会的企業型の試みという話も出ており、特例子会社と地域に新規に流れを生み出す構図だけではなく、従来の施設展開の中に新規な流れを生み出すという切り口も登場している。

私の提案には常に「引きこもり」青年がいる。彼らの多くが地域活動の推進者になりうるという着眼点に立つからだし、軽度発達障害や精神障害の方々は門戸の広い出入りのしやすい身近な就労を踏まえることを好しとするからだ。この両者は重なっている部分が大きい。今までは発達障害系の方々が制度の谷間にあったこともあり、この地域就労推進方向の活動に合流してきたが、発達障害者支援法実施以降、三障害(身体・知的・精神)の施設展開つまり、障害系本流の活動へと軸足を移す時期に来ている。そんなこともあって、「引きこもり」青年の活力を活かすという地域就労の鍵が、活かされなくてはならない状況が生まれている。「プレ就労」のような「門戸の広い自由度の高い就労」の絵は、引きこもり青年の活動とカップリングして活力を得ることが可能だが、彼らが登場してこなければ、集約度は下がってしまう。施設の社会的企業型展開という線上からよりも、脇役機能ではなく本業開店型の活動になる。

後者は自前を基本とするが、前者は資本により伸縮自在な組織を持つ市民活動の血を引く活動となる。ここに社会的な意義を媒介してネットワーキングの中に身をおくことになる。その協働の絆の先に、親の会があったり、企業のCSRや、行政との連携という第3セクタ作り的な動きとも連なる。この動きを触発する引きこもり青年の地域デビューが創れるかという問いが、今回の講演会の今後の方向に重要な意味を持ってきている。どんどん真似して欲しいのだ。引きこもりと軽度発達障害、精神障害の青年の地域デビューをしっかり根付かせてくれる活動なら、あちこちに生まれて欲しいと思う。私の目指す活動は標準化、モデルケースを作りたいと思う。特技をもった指導者の腕力に頼る活動ではなく、真似の出来る活動こそが力を得る。そのモデルケースを意識した活動にどう人を取り結んでいくかに飢えている。「湿った薪」に火をつける活動を描く必要があるのだ。

まずはテレコムとリンクした取材出版活動自身を、その事例をまず作りたい。携帯電話は必要ない、パソコンはわからないの遮断を超えて、電話と同じTVと同じというレベルのまずはとりあえずの納得をつくる必要がある。このマスコミ活動はネットワーキングそのものであるから、プレ就労の場足りうる。高尚な意見を交換する場というレッテルを剥がす必要がある。活動は協業的であり、そのパートは様々な状況下にある型の挑戦を受け入れ可能だから、構想をしっかり発酵させていく研究兼試行団体へとファーラム懇談会を純化させたいと考えている。「『わーく』編集部・ファンクラブ」のようなものである。具体的な絵を描いてみたい。それを論じてみたい。有期限の研究会である。これはPJとは別組織であるべきと考えている。PJは官民・民民・企業と民の懇談の場として地域就労の公共性の高い活動をすべきだからだ。地区自立支援協との違いは県・国・関連企業との協働の形も含んでいる点、市行政との協働枠をはみ出すところに立つところにある。この特質を活かしていくところが大事だと考えている。

時間切れ。

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夜間傾聴:******親
     大森海岸君(仮名)
     旗の台君(仮名)地元ボラ活動始めるか?


(校正1回目済み)

p.s. Linux Knoppix 5.1.1 をUSBメモリから起動することを試してうまく行かないで困っている。PCがUSB起動をさぽーとしていないのだ。突破の方法は無いか探っている。(DVD/CDならうまく行くのだが。)
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地域就労支援活動の必要が確認されたというところから…

2008-03-03 07:03:33 | 引きこもり
昨日の講演会は、神奈川新聞の記事になったらしい。PJのメンバーから電話をいただいたが、あっさりとだけどねとのコメント付き。まだ見ていないのでなんともいえない。今、レポートを書いているが、機運としては官民協働の絵を描く好機であるが、その気にはなれない。実践の骨格が弱いから、ここの地域の絵をしっかり描くことが、その前段としてあるからだ。

当事者活動を生み出す必要と裏腹に、就労支援活動は、求職欲求が束ねられる求心構造に無い。引きこもり回復期の青年のフリーター活動が、とりあえずあってしまうから、そこに潜む問題が先送りされているからだ。一方では福祉的労働を行ってきた障碍を持つ青年たちは、自立支援法にあぶりだされても、親御さんの諦めの入った冒険回避の気持ちが強く動き出さない。だから「湿った薪」の状態にあるため、就労支援活動は政策的な(意思的な)、活動先行で進むことになるからだ。

しかし問題は厳然としてここにある。だから提案する活動は、「受け皿作り」型の活動にはならない。「プレ就労的な営業『活動の魅力の中で』、お互いがつながる」必要がある。ここの絵をリアルに描くことが大事なのだ。PJは交流と議論の場、官民協働の懇談の場という制約の中にある。ここから先は、構成だんたいそれぞれの担うべき課題だ。

茅ヶ崎では成年後見制度を支えるセンターが官民協働で誕生する。一方では地区自立支援協が立ち上がっているが、そこから直結した活動は、部会に投げられた格好で、まだ具体化していない。そういう中で、就労支援実践はいま再編成の時期に入ってきている。一般就労を目指す企業就労と、社会的企業としての地域起業の絵を描くときだといえるが、後者を主眼とする私は「仕込みをだからこそ踏まえておきたい」と思うのだ。従来の自己完結的な末端職場を描くその焼き直しではない、ネットワークの結節点的な絵をまずは描く必要がある。私はそれを「苗場作り」の活動と呼んでいる。

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公共図書館から借りていた書籍を、昨日はまとめて返した。講演会準備に追われて返却日程を延ばしていたので、まとまってしまったのだった。実際に必要な部分はそれぞれ少ないのに、私の利用する本は冊数があることもあって、県の紅葉坂を上がるのが息切れしてしまった。とにかく巡回して、寒川分を除いて返し終わった。

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*****の件が重荷になってきたのだろう、彼を退学させる言動がではじめている。当人が在学することで、負担を感じているようであれば、その選択もある。しかし出所の違う切捨て論は慎むべきだろう。もともと問題の多い子は門前払いしてきた所なので、話が出ても不思議ではないが、腰を下ろして話そうと呼びかけた。

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ヘルパーさんに連れ添われて父が治療を受けにM医院へ。「薬飲まないと死にますよ」といわれたと父は平然としている。それを聴いたヘルパーさんが驚いているのと対照的。「何脅しているんだ」という発想の父。頭痛がしてきた。湿布薬と血栓予防薬のみ。これも私には鵜呑みに出来ないものだった。


夜間傾聴:*****親
     入谷さん(仮名)
     旗の台君(仮名)雑談なり

(校正2回目済み)
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3/1就労支援講演会ぶじに/市長参加は、あっけないものですが

2008-03-02 05:51:06 | 引きこもり
様々なことが重なりました。

まずは3月1日(土)の若年者就労支援PJ主催の講演会は無事終了しました。2会議室片側満席状態。松為氏のドライブがかかり、熱気がありました。

話の内容は、ライフステージと就労の話、地域就労の大切さ、自立支援法実施以降の神奈川の状況(この辺は、福祉労働の評価の件で、議論が残るようでした。)、今後に残された地域支援の課題という多岐にわたる話でしたが、ばらりと論点が撒かれた感じで、次回のPJのまとめ論議は少々大変そうです。今回は社会的企業の紹介と意義が、はっきり登場したのがトピック。

市長の挨拶があり、話題のひとつに行政のなかの障害福祉課のポジションの話が指摘されたことから、関連行政の一層の地域就労支援への活性化が求められます。このとき、PJの官民協働の議論の下地作りの意味は大きなものがあります。市との協働プラットホームと異なる点は、PJは県・国・関連諸機関との意見交換を踏まえるという点です。行政の枠を超えて関連付ける点が特徴です。

次回のPJまとめの会合は、一応5日を打診中。感想が新鮮なうちに集まります。

個人的には、区切りというより、次の企画に魅力を持たせたものが打ち出せるかが、贅沢な悩みとして登場しているということです。参加者の皆さんに感謝します。

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この講演会の際に、フォーラム懇談会/「わーく」編集部 のチラシを撒きました。ポッドキャスティングの表現が弱い難点がありますが、画像添付しますので小さいですが、ご覧ください。

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退院してきた****** 君にトラブル発生。夜間出動などと動いていました。詳細かけません。問題は関係の中に投げ出されているのにというところ。一応悪化は封じました。

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子育てのときもそうですが、「人は忙しい人の周囲で忙しい」という困った共鳴現象があります。自分も何かをやらなければと思うのでしょう。しかしそれが新たな問題を引き起こすのです。

父がテーブルの脚につまづいて転倒しました。前日午前中、神経内科を受診しタクシーで移動したのですが、そのあと宗教の集まりに迎えが来て父はそれに参加したのです。この疲れが就寝後のレム睡眠行動障害となって現れ、その制止が睡眠不足となり、そこに更の急ピッチ展開が追い討ちをかけたのです。昼間、父がふらついていたので、階段昇降を留守番中しないようにと諭したのですが、留守中、風呂に入ったところに電話がかかり、普段だと電話に出ない人が、風呂場から飛び出した。そこで転倒。

家具の隙間で緊急呼び出しボタンを茶の間においたまま倒れていたという経過でした。頭は打っていないが立てないということで、私たちの帰宅までそのまま倒れていたのでした。1時間ちょっとの出来事でした。

処置をして様子をみていたのですが、対話の結果、先日から薬を飲んでいないことが判明。服薬も、忘れて自己管理できない状態になってきたとわかりました。忙しさが父を追い込んでいたことも見えてきて、今後どう動くかがにTEECH風の掲示チェックを入れることにしました。命に別状が無かったことを幸いとすべきところなのでしょうが。

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筑波大学の人間系学系を会場に認知科学系の研究会がありました。「わーく」の協力者を得るためにいきました。一応の収穫あり。これは今後の記事に書いていきます。

ビッグイシュー誌販売のTさんが、講演会に登場。市長に冊子をプレゼント(社会的企業号)。神奈川新聞の取材あり。

以上

夜間傾聴:******親
     町田さん(仮名)

(校正2回目済み)
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