日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

花火上がらず

2012年09月30日 | 地域
       

 例年なら午前6時に打ちあがる花火、その音が聞こえなかった。近くの小学校、そこは60年ほど前に卒業した小学校だが、運動会の朝は花火を打ち上げて開催を校区へ報せるという何十年も続く恒例の目覚まし。四国沖を通過中の台風17号の持ち込んだ雨足はその花火を拒んだ。

 2学期になって音楽やマイクを通した先生の大きな声がわが家にも聞こえる。紅白の帽子、時には衣装をまとった児童らの団体競技の練習を通りがかりに眺めたり、立ち止まり熱中症になるなよと思いながら木陰から見たりしていた。卒業記念と大きな文字の書かれたテントが張ってあるのは熱中症対策だろうか。

 急に先生のいらだった大声に児童らが急いで整列する。現代っ子にも何十年前と変わらない微笑ましい光景や子どもらしい姿が残っていることにほっとする。徒競走の練習も見た。いつも皆の背中を見ながら後方を走っていた自分にはつらい競技だった。「徒競走は本番だけにして」、思い出しながらの独り言だった。

 お昼前から雨が止み、運動会は1日延びて明日という。夕方には日もさし天気予報の晴れを保証した。ただ、月曜日になる。じいちゃんばあちゃんはいいとしても、勤めのある親御さんは子どもの練習成果を見れるのだろうか。盛り上がって欲しい。
  

 
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正解のないテスト

2012年09月29日 | 生活・ニュース
           

 史上はじめて自然発生させたニュートリノの観測に成功し、ノーベル物理化学賞を受賞された小柴昌俊先生(現在 東京大学特別栄誉教授)、学費と生活費を稼ぐために、多くの種類のアルバイトしたと書かれている。

 ある創設されたばかりの学園から「中学生に物理を教えてくれ」という依頼、得意の分野として教壇に立たれた。ある期末試験で「もしこの世に摩擦がなかったら、どうなるか。記述せよ」という問題を出されたという。

 摩擦、一般社会においては「こすり合わせる、すれあう、人々の間に起きる不一致や不和」(広辞苑)と理解できる。物理学では物体の運動でどうなる、など難解な解釈となる。そんな理論的ではないが日々の生活の中で、不和や軋轢が起き周囲の人との仲がこじれることはある。

 政治や宗教の世界では摩擦が大きな争いに連なる。かってのように武力行使で制することは少ないものの、争いは絶えていない。四方海に囲まれた日本の国境は海の上、素人にはその線は見えない。これまで自国の国境について最近まで強い意識はなかった。領空や領海の侵犯というニュースに何故という疑問は持ったが、そのことへ強い苛立ちを示すことはなかった。

 先の摩擦の問題、正解は答案用紙に何も書かない「白紙回答」。その理由は、摩擦がなかったら、鉛筆で文字を書くことは出来ないから、と解説されている。出題の意図は「生徒が自由に考え、アイディアをひねり出すきっかけになる」からという。科学者を育てる素養だろうか。

 日本の領土ということを解らしめ、摩擦を解消するに白紙回答はない。ここでは政治力を発揮するしかない。しっかり見守っていく。1972年の今日という日は、当時の日中両首相が国交正常化の共同声明に調印、戦争状態終結を宣言した日。新たな摩擦にいらだつ。

(小柴昌俊先生に関する部分は文藝春秋10号を参照しました)
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火伏せの稲荷

2012年09月28日 | 回想
           

 近くにあるお稲荷さんは「町内が大火で甚大な被害を受けたあと火伏せ」として祀られたと聞かされたいた。社はこじんまりしていたが、その背にある御幣をしめた楠の大木は神霊が宿っても不思議ではないと心底思わせた。根周りは大人数人が手を広げるほどだった。がき遊びするときも、社のそばは静かに通り抜けていた。

 50歳になるころ「稲荷さんの世話人の一人になって手伝ってくれ」世話人会の長老から声を掛けられた。近くなのでお参りもしているし、式年祭では寄付をさせてもらっていた。寄付すると名前を染め抜いた幟を立ててもらえ、若いときには一人前になったような気になったりした。お世話になる町内のことでもあり、世話方の下働きとして加わった。

 社周辺の掃除、竹笹の切り出し、式年祭の準備、お接待など加わってみるとしきたりがあり、始めのころは戸惑いながら年配者の話に加わっていた。何年か過ぎたある年「あんたが会で一番若いから、引き継ぐことをいろいろ教えておく」と社の中へ初めて入れられた。そのときはお供え物についての話を緊張して聞いた記憶がある。何年かするうち、祭りの大方の流れは覚えた。

 しかし、下働きを始めて6~7数年過ぎたころ引越しでその町を去ることになった。いろいろ教示いただいた方々に感謝とお礼をいい、世話人を辞した。それから何年かしてそばを通りかかった。楠は朽ちたのか切り倒されたのかその姿はなくなっていた。昔ながらの社が寂しそうに思えた。鈴を鳴らし手を合わせた。
 
 散歩の途中に化粧直しされたお稲荷さんがある。そのそばを通るとあの小さな社を思い出す。
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老木の力

2012年09月27日 | 生活・ニュース
           

 「ソメイヨシノの苗木は接木から始まる。接木では芯継ぎが難しい。樹齢を重ねるとやがて幹は空洞となる。そんなことからソメイヨシノの樹齢は60年、いや80年と諸説ある」と物識りな知人の話。そうであれば生い立ちから空洞となる宿命を背負っていることになる。

 その数3千本といわれる錦帯橋と吉香公園周辺のソメイヨシノ、空洞どころか皮だけになった老木は数え切れないほど目にしている。しかし、老桜も春がくれば咲く。その咲き方は、若木の勢いは感じないが落ち着いた上品な自然美を見せる。

 この吉香公園に諸説の樹齢を越える老木がある。その樹齢は今年126歳。それは確かな記録と残されていた写真から分かった、と説明版が立てられた。この老桜も含めて、桜は来る春に備えて、そろそろ葉を紅くしやがて散らし、寒風に耐えることになる。

 空洞になる、その宿命を背負いながらも生きている姿に尊さを感じる。外見だけで「中身がない、内容がない」など判断してはならない、そんなことを教える教本ならぬ教木かもしれない。

 錦帯橋上流の錦城橋を渡った付近に、空洞になった桜の幹の中を複数の竹が伸びている。名づけて「抱竹桜」、2度目の勤めをしているようでなんとも微笑ましい。
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まあるい顔

2012年09月26日 | 生活・ニュース
           

 吉香公園の紅葉谷、名前のとおり「モミジ」で知られる名所。厳島にも同じ名前の公園がありよく知られている。その広さは厳島に譲るとしても美しさは一歩も引かなぬいいところ。季節には多くの人が訪れ賑わう。山裾の坂道に並ぶモミジの並木、梢が色変わりし始めた木もあるが化粧はこれから、今は地元のウオーカーが通るくらい。

 そんな静かな坂道に突然「まあ可愛い~」という若い女性の声がこだました。振り返ると数名がカメラを向けている。向けられているのは「洞泉寺」前に立っている赤い帽子を被った子どもの地蔵さん。初めて見る人は素直で優しい顔立ちに引かれ「可愛い」と思う。

 よく見ると、引き締まった口元には一念を貫き通す力強さを感じるが、まあるい顔と優しく閉じた目がそれを包み込んでいる。目は閉じられているがその瞳はじっと世間を見つめているだろう。

 洞泉寺は吉川広家が、安芸大朝新庄から1603年ここに移建、以後、岩国藩の菩提寺として寺領60石を与えられた。寺の門近くに、樹齢300年以上という臥竜梅がある、といえば寺を思い出される人も多いだろう。本尊の釈迦如来形坐像は県指定の文化財となっている。

 動ずることもなさそうに撮ってもらっていたお地蔵さん、そのまあるい顔に少し笑みを感じたのは撮る人らの若さに少しあてられたのだろうか。
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減水

2012年09月25日 | 生活・ニュース
           

 首都圏のダムの貯水量減で節水が始まっていた。先日来の秋雨前線による降雨は節水解除に向けて効果あったのか、気象情報を見るたびに思っていた。干しあがったダム湖底の映像をあれだけ全国へ流したのだから、雨の効果が知らされてもいいのに、と勝手に思っていた。貯水量が40%台となったので節水は当面解除することになった、ああ良かった。

 そんなつまらぬことを思った翌日、所要があって錦川を上流へ向かうことおよそ1時間、秋晴れの空は澄んでいたが、紅葉にはほど遠い沿線だった。それでも少し遅れ気味の彼岸花がそこここで出迎えてくれた。錦川は流路延長110キロで山口県一を誇り、水質がよく水量も豊富で、流域の農工を支え続けている。
 
 その錦川、運転しなががら見える川の水量の少なさに驚いた。水の流れる幅が狭くなっている。川幅の広い個所では、水の流路が岸側に偏り、川の中央部分は石ころの白い川原が出現している。これほど水量の少ない錦川は思い出せない。

 岩国市の上水はこの錦川から取水されている。幸いにこれまで渇水のため節水という記憶はない。しかしこのまま秋晴れが続けばどうなるのか、そんな心配をしながら車を走らせた。帰路、錦帯橋付近へ回り道、その下流で流れをせき止めるかと思えるほど張り出した川原、ここでも水量の少なさを教えられた。ひと雨欲しい、ただ運動会の日は降らないように祈っている。
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失笑する

2012年09月24日 | エッセイサロン
           

 エッセイサロンの合評で「この語句の使い方はいいのだろうか」という意見はよく出される。書くと話すと聞くとでは同じ言葉でも受け止め方が変わることは経験している。思うことを解りやすい語句を使って書き、理解してもらえたら、そんな気持ちで書いているつもりだが、結果は伴わない。

 慣用句を用いるときは意味を確認してから用いる。この失敗をしないためという事例を思い出す。それは「油を流したよう」という慣用句。本来は波の立っていない海や湖の様子だが、それを「汚れた水面」ととらえた短い文章だった。慣用句の意味どおり使えば文章も短くなろうが、自分流の言い表し方はないか、考えることもある。

 先日、文化庁が行った「国語に関する世論調査」の結果が新聞紙面に載った。調査の目的は「日本人の国語に関する意識や理解の現状について調査し、国語施策の立案に資するとともに、国民の国語に関する興味・関心を喚起する調査」という。国語の調査というのに、いつもの文官の言葉の羅列に苦笑するが、記事は参考になる事例が載っており、楽しく読んだ。

 記事を読みながら思った。稚拙な文章であってもそれをコミュニケーションのひとつとしている。そうするからには誤解を生じない創り方、正しく理解してもらえる工夫を忘れてはならない。これからも気をつけるぞ、と改めて思う。

 しかし、今、ついていけないネットや若者たちの新語、今の解釈や使い方に変わる時代がやがて来るのかも知れない。すると辞書が替わり、古い出版物は難解な本になる、こんなことを考える自分に失笑する。
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仲良く

2012年09月23日 | 生活・ニュース
           

 先日、「ビューティフル レイン」という連続ドラマが終わった。見始めたのは主人公に若年性アルツハイマー病の診断が下される回からだった。ドラマは診断を下された主人公が小学生の娘(母親は幼いとき亡くなっている)にどのように伝え、それを理解させるか、そんな展開から見始めた。ドラマでは「親子の間で隠し事を絶対にしない」という約束が貫かれている。

 よほど進行しないと痛くも痒くもなく、外見からは分かりにくい病、そのくらいの知識しかない。ドラマの診察場面を見たあと、別番組で実際の診断内容を見た。似ていた。年齢を重ねるといつ発症するかもしれない、そんな心配がゼロではない不安が最終回まで見させたのかも知れない。

 日本の65歳以上が3000万人を越え、国民の4人に1人が高齢者という。人口減少と少子化、これが並行すればさらに高齢化は進みスピードは増しすが効果的な歯止め策はない。そこには支えあえる環境が必要になる。ドラマでの主人公は勤める町工場の経営者家族と2人の従業員に支えられる。アルツハイマーと診断した医師もその環境に満足する、そんなエンドだった。

 娘の名前は美雨、これがタイトルになっていた。娘は「お父さんのことは美雨が全部覚えていてあげる」、ドラマではあるが小学2年の娘の言葉に父親は空を見上げる。完治見込みのない病に罹ったときどうするか、昨年の入院で一瞬よぎった。日々、老老に近づく身辺を思うとき、時にはそれへの備えを考えなければ、そんなことをドラマは教えてくれた。
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彼岸花

2012年09月22日 | 自然 季節
           

 8月初旬の立秋の声を聞いてからも炎暑、猛暑、酷暑など感じるままに酷評された夏、ようやく数日前からしのぎ易くなった。夜明け前の外気は冷たいと感じる。今日は秋分の日、国民の祭日で祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ日とされている。本来ならお休みだが、土曜日と重なり残念に思う人も多かろう。

 しのぎやすい気温になり秋の花々がブログでも多く紹介され始めた。そのトップは彼岸の頃になると突然咲き始め、それを過ぎると急に消える彼岸花。いつもこの咲き方を不思議に感じている。真っ赤な彼岸花、この花を曼珠沙華と詠むのは歌人や詩人という。その表現に詩情を感じるためと解説があったが、凡人には分かりづらい。

 子どものころは墓地のまわりでよく見かけた。その墓地周辺も道幅が広がり舗装されるなどして見かけなくなった。圃場整備された稲田の畦や斜面に咲く彼岸花にカメラを向ける人が多い。昨年、雑草の中に見かけた彼岸花を求めて出かけたが、雑草ごと刈り取られ見れなかった。

 彼岸花を刈り取ると目にしみたり、かぶれたりすると載っている。そんな隠れた毒気が、モグラや蛇などが好む畦のトンネル作りを防ぎ、稲田の水抜けを防いでいる米つくりの番人となっている。そこに咲く彼岸花の役目は大きい。でも、花として愛でる人の少ないことが気の毒だ。 

 今日は「秋分の日」。この日は9月23日と思い込んでいたら、1896年以来116年ぶりの9月22日の秋分の日という珍しい日。難しい説明はさておいて、科学は自然の細部まであぶりだす。温暖化解決の策も見つけて欲しい。
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79回目の定例会

2012年09月21日 | エッセイサロン
           

 毎月第3金曜日は「岩国エッセイサロン」の定例会の日。会場は岩国中央公民館で13時から16時の3時間、熱心に意見を出し合う。内容は、毎日新聞の「はがき随筆」優秀作品の紹介と会員の感想、会員創作エッセイの合評、エッセイ講座の3部構成。

 まず、前月の会員投稿の掲載実績の報告から始まる。今年は前年に比べ掲載数が下回っている。会員の投稿数が下がっているのか、選者の網に掛からなかったのか、その訳はわからない。そういえば自身もしばらく掲載の嬉しさから遠のいている。

 今日は79回目の定例会。会員になって7年目最初の例会で自分的には格別の感じがする。今日まで、書くことについて多くのことを教えられた。テーマを絞る、登場する人物の関係、重複しない表現、ありきたりの言葉を避ける、今日も感想や合評の中から多くのことを改めて刻み込む。

 表したいことを限られた文字数の中にまとめる。言葉を選び表現を工夫し読みやすく解りやすい作品を作る、高齢へひた走る抑制効果になれば、挑戦の中にはそんな思いもある。小学校の卒業文集に当たるまとめは済ませた。これからは一歩前に進んだ作品を作りたい。今日の例会資料と、創作の合評で貰った意見を参考に、これから一工夫してみよう。
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