日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

うれしかった

2013年09月30日 | エッセイサロン


2013年09月30日 毎日新聞「はがき随筆」掲載

 かげろうがのぼる道、そのわきに麦わら帽子をかぶった男の子2人、手を挙げて立ち止まっている。私は車を止める。 

 手をつないで渡り終えた。すると、向き直って一緒にぺこっと頭を下げ、虫取り網を振りながら路地の奥へ駆けていった。上の子は年長さんくらい。

 懐かしい麦わら帽子と虫取り網、子どものころ競い合ったセミ捕りの日を思い出す。 

 思いもしないぺこっの礼、なぜか無性にうれしかった。急いで窓を開け「こけるなよ」と声を掛け手を振る。頭を下げた子どものしぐさ、家でいいしつけをされていると思いながら見送った。
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秋の陽の下で

2013年09月29日 | 地域


 昨日の土曜日、本来は休校日だが児童らはランドセルを背負いいつものように登校していた。授業開始の時間が過ぎると、運動会準備作業を指示する拡声器の声が聞こえ始める。夕方、そばを通りかかりと児童と父兄用のテントが張られ、夕空を見上げる幾本もの白線は静かにその時を待っている。準備はすっかり終わっていた。

 今朝5時、夜明け前の空には雲がのし出ているが雨を呼ぶような雲ではない。午前6時丁度、運動会開催を校区内に知らせる花火が上がった。花火でのお知らせ、もう何十年になるだろう、自分も経験してきた。あのパパーンという乾いた音は「ようしやるぞ」という気分にさせる。

 運動会の風景はすっかり変わった。子どものころテント席は本部席で校長先生やPTAの偉い人が見るところ。児童らに日よけはなく天日を十分に受けた。その頃の日射病や熱射病などの覚えはない。父兄観覧席は校門が開くのを待って早朝から場所取りされていた。今は、テントやパラソル式のカラフルな日よけが運動場の周囲に連なる。自分の子が出場しない親はスマホやタブレットに夢中で運動会は無関係なようだ。これも時代だろうか。

 「校内は全面禁煙です。喫煙の方は……」と場内放送が流れる。これは子どもの声ではない。運動場を出たところで何人もの立喫いの人を見かけた。これも現代、吸殻を散乱させないことが子どもたちへの心遣いだろう。

 変わらないのは子どもの競技へ正面から向き合う姿勢と、色別の席で精一杯の声を出しての応援は、何十年か前の運動会とダブル。赤と白の色分けは伝統のまま変わらない。

 下校途中の赤と白の帽子の男の子、運動会の続きだろうか、競走しながら角を曲がっていった。
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暗渠の作業

2013年09月28日 | 地域


 この夏に繰り返し降った大雨、市内でも200ミリ近くの雨が複数回。ジワリと降る雨なら舗装道路でも側溝ではける。豪雨だと路面は水路となり低地へ向かって流れ、瞬く間に冠水道路に変わる。宅地分譲地からは土砂が流れ出し側溝へと落ちていく。

 こうした土砂などの処理に作業車が登場した。何年ぶりだろう。暗渠や下水のマンホールから、土砂などをくみ上げる。くみ上げられた土砂などは作業車のタンクへ直接送られ作業車付近の環境は保たれる。それでも開けられたマンホールからの汚泥の臭いには蓋ができない。マンホールから出入りする作業する人と一緒に何かの虫も姿を見せる。

 マンホールから顔をのぞかせた作業員の空気を胸いっぱい吸い込む姿が、暗渠作業の過酷さを想像させる。市内各所でこの作業が必要になっているとは市職員の話。県北部の豪雨被害の現場を目にしたが、それに比べれば側溝などへの土砂流入は微々たるものだろう。次の豪雨に備えて、バキューム車の大きなエンジン音は終日聞こえる。

 終末処理場は瀬戸内海に面した所にあり、遠く離れた城下町のこの地区には下水設備はなく、家庭ごとの簡易浄化槽方式。ある市議の話だと当地区への下水道施工は早くても10数年先とか。雨水も簡易浄化槽排水も一般家庭排水も同じ側溝から暗渠へと流れ込んでいる。作業者の苦労は続くだろう。
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恒例のワックス掛け

2013年09月27日 | 生活・ニュース


 午前4時少し前、市の防災メールで「乾燥注意報発表」が入る。この時間は、いつも起床前のうつらうつらになるころ。このところの快晴続きでひと雨欲しいのに、この注意報では望みなしか、とメールを閉じる。5時、新聞を取りにポストへ。晴れ渡った中天に白い弓張月が浮かんでいる。秋晴れの予報も出ており「今日は恒例の行事をしようと」と決める。

 行事は床へのワックス掛けで、涼しくなって快晴の日、と決めていた。18年続くことで段取りも準備も考えることもなく進む。ワックスは腰を落とし、小学生時代の雑巾がけ姿勢で均一に塗る。塗りむらに気を付けながら進める。使用注意書きに「丁寧に」とある。

 ワックスを塗るためにはテーブルをはじめ大小いくつかの物を移動させる。と、先日から探していたものが、思わぬ隅っこに隠れていた。無くても困らないがあった方が便利、そんな小さな樹脂製の部品だが、どうして迷い込んだのか、いや、私がどうしてそうさせたのか思いつかない。時には家具を移動すると思わぬお宝が見つかるかもしれない。

 最近の床用ワックスは取扱い易く品質も良くなり素人でも簡単に塗れる。また、乾燥も以前に比べれば早くその待ち時間が短くなった。手に付いたワックスは膜のようになり、剥ぐのに苦労していたが、最近はぬるま湯を使えば簡単に除けるなど、進歩している。効能通りなら、これで1年間は艶のある床ということになるが、楽しみとしよう。
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私の製本機

2013年09月26日 | エッセイサロン


 製本とは「原稿・印刷物・白紙などを糸・針金・接着剤などで綴じて表紙をつけ、小冊子・書籍などに形づくること」(広辞苑)と載っている。ここでは、それを形づくる用具のことを「製本機」とする。

 ブログを1年単位で本の形にしたい。それ専門の人に依頼すれば見栄えよく出来上がることはよくわかっている。本の内容は別にして人様に見せても恥ずかしくない体裁のいいものに出来上がることは間違いない。しかし天邪鬼の悪い癖で手作りしてみたい。編集や印刷までは自力で進められるが、最後の最後は製本機が必要になる。

 これまでは、工房「木馬」さん製作の製本機とノーハウをお借りし1冊にして来た。製本機に助けられ満足の出来で6冊本棚に並べている。先日、7冊目のブログ年冊製本のとき、木馬さんから「工具などは揃っているから製本機を作ってみませんか」と声をかけられ、即答で「お願い」をした。

 その製作の日。ずらり並んだ工具に道具類、家の前の通りに面して掲示してある「工房」の札を改めて見上げる。「作ってみますか」と聞かれ返事をしたものの、採寸、裁断、穴あけ、組立と工程は順に進むのは木馬さんの段取り。木馬さんのお父さんの使われた道具も使用して、見本と寸分も違わない製本機は完成した。完成したといえば、製作の過程で私の出番があったようだが、終わってみたら「作ってもらった」と同じ、そばで見ていただけだった。

 このお礼は製本機を使って結果を出すしかない。初の製本予定はまだ決まらないが、楽しみが増えた。製本機を見た家内からもきつい注文が出ている。そういえば今月はまだ投稿が掲載されていない。さあ、どうするか。
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栄養価高い赤ピーマン

2013年09月25日 | 自然 季節


 夏野菜としてピーマン2本をプランターに植えた。今年は大豊作で近所の人に「食べてください」と持ち込んだ。キュウリやトマトなどプランター野菜には同じように手をかけたがこれらは早々に引退した。だが、緑濃いホウズキ型の実は今もなり続けている。けども、真夏に比べやや小ぶりな実になった。

 そんななか、緑でなく赤色に変身する実がある。昨年は1個変身し驚いた。その時、菜園家に聞くと「ほっとけば赤くなる」と教えられた。今、7、8個が変身しようとしている。ほっといても変身するとはどういうこと、こういう時ネットは便利、その疑問をすぐに解いてくれる。

 答えは「ピーマンの緑は葉緑素によるものだが、暑い日光にさらされているうちに葉緑素が減少する。それに代わってカロテノイドの一種である真っ赤な色を持ったカプサンチンが生まれ、完熟すると赤いピーマンができる」とある。同じ苗に育ちながら葉緑素の減少の早い遅いがある、人に個人差があるように、ピーマンにも個体差があるのだろう。

 さらに「ピーマンを栄養の面からみると、カロテン、ビタミンE、ビタミンCが多く含まれている。しかし、赤ピーマンの方は青ピーマンに比べて栄養価が高く、カロテンが約2.5倍、ビタミンEが約5倍、Cが約2倍位多い。カロテン、ビタミンC、Eは抗酸化作用があり、生活習慣病を促す活性酸素を消去する働きがある。そしてカプサンテンはカロテンやリコピン(トマトに多い)に比べて、より抗酸化作用が強い」と称賛の説明が続く。

 緑から赤に変身しつつある幾つかのピーマン、福は寝て待てともいう、急ぐことなく真っ赤になるまでじっと待とう。赤ピーマンが多く実る方法があるかもしてない、それは次の植え付のときまでとっておこう。
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緑のウサギ

2013年09月24日 | 町かど


 名勝・錦帯橋を城下町の岩国側から渡る。渡ったところは横山で、吉香公園や史跡など観光の見どころが一杯。その一つに、ツバメ返し剣法の佐々木小次郎像がある。佐々木小次郎は吉川英治作「宮本武蔵」では岩国に生まれ、錦帯橋畔の柳の木とツバメを相手にあみだしたのが「ツバメ返し」という剣の達人。

 その小次郎像のそば近く、有名なソフトクリーム店佐々木屋小次郎商店に向かって歩くと大きな生き物に出くわす。それは大人の身の丈ほどの巨大な緑色の動物が待っている。大きな愛嬌ある赤い目からウサギだろうと思う。観光で散策される人に人気があり、記念撮影を手伝ったことがある。

 横山で目にした動物にはイタチ、ウリ坊、これらは可愛いものだ。いつぞやはウリ坊とその親が獣道を登る姿に見とれ写真を撮り損ねたことがる。ウリ坊も成長し大型になんると凶暴化する。ある明け方、小次郎像の下に広がる菖蒲池を走り抜ける大きな猪を見た。その獰猛な猪突猛進ぶりは迫力なんて表現では言い切れない。その時、周囲の飼い犬の鬼気迫った吠え声は動物界の姿を垣間見たようで、今も耳奥に残る。そのすぐ後で「イノシシに注意」の掲示が公園内に立った。

 緑のウサギ製作者は先輩。何度か手入れされているところを通りかかった。いつの間にかこんなになった、といいながら伸びた小枝などを剪定されている。その楽しそうな様子が緑ウサギに伝わり、散策の人も跳ねるような気持ちになれるのだろう。一見の価値があります。どうか寄り道や回り道をして見て下さい。
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紅葉始まる

2013年09月23日 | 自然 季節


 先週中ころから、しきびや榊、菊の花が店頭にいつもより多く並んでいる。お彼岸を見越しての品揃えだが、墓参りをうながす季節の風景でもある。今日はお彼岸の中日、秋分の日でお参りも多い。俳諧の世界では「彼岸」は春の彼岸をさし、秋の彼岸は「秋彼岸」と区別するとか。その故は知らず。

北海道から冠雪と紅葉の織りなす空撮の美しい映像が季節の変わり目を伝えている。日本最北端の四季の移ろいの瞬間を、本州の最西端で、いかにも遊覧飛行をしているかのような臨場感のある映像が見れるのは贅沢な文明享受だろう。

 桜の開花は北上し、紅葉の進み広がる様子は南下する。こんなところにも自然は気を配っているのかのようで、うまい組み合わせになっていると感心する。

 散歩も、中二日空けると公園の様子も秋に歩を進めていた。桜の葉は赤みをまし落ち葉は増えている。観光の人らの旅行着も色柄が増え、ソフトクリームの食べ歩きの姿も減った。今年の秋は台風が多く冬は寒くて長い、そんな予報をも出ているが、彼岸の中日の青空は穏やかで荒れる予報は思いもつかない。梨狩りのおすそ分けが届いた。
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新型バキュームカー

2013年09月22日 | 社会 政治


 原発はトイレのないマンションといわれるが、家にはトイレのあることが普通だ。しかし、下水道未整備の地域では多くの家で簡易水洗トイレを使っている。「非水洗トイレよりも衛生的であり、水洗式トイレに近い実用性が得られるために設置する」と説明がある。

 子どものころの様子はさておいて、簡易水洗トイレも、設置者は定期的にその機能点検をおこない、周辺へ絶対に迷惑をかけないようにする義務を負っている。非水洗トイレは機能点検は不要だが、バキュームカーのお世話になる。我が家もそうした長い経験があった後、今は簡易とはいえ、水洗の便利さをうけている。

 街で見かけたとき、何の作業車だろうくらいで見過ごしていた。ところがバキュームカーと知ったのは最近になってだった。素人で構造を伺い知ることはできないが、密閉型になっているようだ。昔は、一見してその車ということが分かった。楕円型のタンクとベントから少量のもやもやした白いベーパーが出ている車、という固定観念を持っている。急いでそばを通り抜けていただろう。

 もう一つの特徴は、幾重にも巻いてある汲み取り用の長いホースだった。車からトイレまでの距離は一律ではないので長物も必要になる。そんな長いホースは新型バキュームカーには見えない。うまく納められているようで見た目にもすっきりしている。ベントも見えないなど工夫された外見の新型車、夏の名残惜しそうな日差しをうけながら古い通りへ曲がっていく。
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もぶれついとる

2013年09月21日 | 地域


 20歳を少し超えたころ所要で上京した。それは初めてのことで緊張しながら訪問先のドアを開ける。そこで出迎えてくれたのは同郷で顔見知りの人、一気に緊張がほぐれしばらく話が弾んだ。その内容はたわいないことだったのだろう全く記憶していない。残っているのは東京人の「何を話しているのかわからない」という厳しい一言。緊張のほぐれから「岩国弁」丸出しの会話だった。

 方言、辞書によると、さらに辞書を開かなければ私には理解できな説明文が載っている。ピタリと響くのは「ある地方だけで使用される語、土地のなまりことば」という説明。俚言葉(さとびことば)といって「いなかことば」ともある。地方独特の言葉だろう。 

 バスが山道を登る。左は棚田、といっても刈り取り前の稲穂はその半分ほどで、残りは雑草が茂っている。ふと「ことしゃあ豊作かいねえ、栗が、もぶれついとる」と反対側の座席の人が声をあげる。みんな一斉にその方を向く。大きな栗の木に青いイガの外皮が見える。あのまま熟れたら豊作だろう、素人にも分かる。

 「もぶれついとる、そんな言葉を孫の前で使いんさんなよ」と、ちょっと注意ポイ声に「家じゃあ方言丸出しじゃけえ」と初めの人。お孫さんの反応は解らないが、使い慣れた言葉は思いを正直に伝えることが出来る。もぶれついとる、実がどんなについているか私にはすぐ分かった。

 夏に子どもがくっついてくると「暑苦しいけえもぶれつかんといて」、そんな昔の言葉をを思い出しながら「もぶれついとる」を聞いた。今頃はクーラーや扇風機などでこうした会話は消えた。「もぶれる」はひっつく、まみれる、まとわりつく、そんな意味合いに使うと思う。近所の柿の木にも「もぶれついとる」実に色がつきはじめた。豊作になれ。
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