日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

引継ぎ

2018年11月30日 | 生活・ニュース

 我が世の秋を満喫し映えわたった紅や黄の葉もすっかり土にかえり晩秋から初冬へ移り変わる。定年退職からこちら、現役でもないのにこの時期になると引継ぎをしながら顧みてあれこれ思う。引継ぎの内容は今年の手帳から来年用の手帳へ変わること。退職後は社用から市販の物に変わった。市販品は12月1日から使える。

 手帳は行動の相棒で、約束ごと、行事、定期的寄合、同好会の例会などなど何でもメモをして失念で迷惑を掛けないよう心掛けている。正直なところ、若いときはこうではなかったと思うことがちらほら現れる。先日のクラス会で何人かは同じことと相づちをうちあい笑いで心配を追い払った。手帳を繰って今年一番の出来事は免許更新だった。

 今年の春すぎから気になっていたのは運転免許の更新のこと。75歳尾過ぎると高齢者講習で認知検査が加わる、うまくクリアー出来ないと日々の生活に多大な影響が出る。身体を動し、字を読み、疲れ目にならないなど気配りした。その甲斐あってと思いたいが、更新出来た。次の更新で不便さ覚悟で返上を決めた知人もいるが、今回の更新で80歳を超えることができる。返上は未だ考えていない。

 スマホ活用者からは「手帳なんて」と思われそうだが、店頭に並ぶ手帳の種類の多さを見ると手帳愛好者も多く、併用者もあるだろうと思う。手帳を切り替えで暦とは違う年末の区切りをつけた。忘年会も2、3残っている、いい年を迎えられるよう本番の晦日に向かって足を地につけて行こう。
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浮世絵の錦帯橋

2018年11月29日 | しっちょる岩国

 浮世絵、4年前の夏、これほどの浮世絵展が観賞できる最後のチャンスというフレーズに誘われて県立美術館で開催された「大浮世絵展」を鑑賞した。写楽や北斎、広重といった教科書でしか知らない人らの作品に接した。作品は美女、遊女、役者絵も良かったが、北斎の三十六景矢広重の東海道五十三次などは強く印象に残っている。

 「浮世絵とは」、足を運んだ「錦帯橋絵画・浮世絵展」の資料にこう載っている。「浮世」は現代風矢当世風という意味を持つ。浮世絵とは現代の様子を描いた風俗画のことを指す。このため、人々の心が躍るような美人の遊女や歌舞伎役者、心に染みる風景などその時代の様々な風俗画描かれている。浮世絵は庶民性のある事をあることを知った。

 歌川広重の「六十余州名所図絵・周防岩国錦帯橋」、葛飾北斎の「すおうの国きんたいばし」、二代目歌川広重の諸国名所百景・周防岩国錦帯橋」、二代目歌川国定「周防国錦帯橋遠見図」などは時代を感じる。数十点の浮世絵や掛け軸のほかに現在の錦帯橋を描いた作品もある。解説に従えばこれも浮世絵であろうがその評価は次世代になってからではなかろうか。

 浮世絵に書き込まれている文字がある。錦川、横山、大内村、関戸村又は関戸宿、錦見の里、宇津嶺又は宇津山、岩国山、梶尾八幡、鳴子岩などなど、今も通じるこれらの書き込みに古い時代からの連続を想う。錦帯橋はひとつだが、描かれた絵は描く人それぞれ、みんな違っているが見ごたえがあった。
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しろうと展

2018年11月28日 | 陶芸

 所属する陶芸クラブの不定期開催の「しろうと展」が始まった。会員がこの1年余の間に創作した陶芸作品と、陶芸以外の趣味などで創作した作品を合わせて展示している。写真、手芸、竹細工、今回は漢詩が初出品されるなど内容豊富、見ごたえあるとしておこう。会期は12月9日15時まで、場所は岩徳線西岩国駅ふれあい交流館(3日休館)で9時から17時まで。入場は無料。

 会場を右廻りでじっくり見た後で「しろうと展じゃない上手いもんじゃ」と嬉しい評価をしてくれたのは観賞を終えた知人。いろいろ話す中で「仲間には菜園を楽しむ人は居ないのか」という。ある旨答えると、菜園作物も展示したら面白いかもしれない、と思いもしない提案に苦笑しながら、この時期なら良く育った大根や白菜の展示も面白いかも、次回のアイディアとなるかどうか。

 素人と書いて「しろうと」と読む。ある事に経験のない人やそのことを職業としない人、専門家ではないということ。陶芸クラブは発足から10年以上、仕事にしてはいないが、そろそろ別の呼び方はないかと思案する。写真にあっては半世紀を超える人、セミプロ級の会員もいる。展示会の時は、陶芸教室のある銭壺山を拝借し「銭壺アート幸齢会」はどうだろう。高齢者の多い会だがこれを「幸齢」とおきかえてみた。

 月2回の陶芸教室、会員は大方が年金受給者だが創作意欲は高い。子や孫のような年代の指導員と和気あいあいと昼食をはさんで数時間を過ごす。若い指導員の進歩に負けまいと粘土に集中しているが、教え合うことも貴重な経験と工夫したことなどをオープンにしている。海抜500㍍がそうした気持ちにさせるのかもしれない。
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級友の自費出版

2018年11月27日 | 生活・ニュース

 30数年続く高校3年時代のミニクラス会の中締めの乾杯が終わったすぐ後だった。突然「自費出版した、読んでくれ」と1冊の本を手渡され、高校3年の時を思い出した。学校新聞、といっても部活として発行する新聞部に所属していた私に「これ投稿原稿だがどうだろう」と直接手渡して来た。本と原稿の違いはあるが何か似ている光景だと思いながら有難く受けとった。

 青空を背景にして湧き上がる白い雲、飛行機雲がその中を横切る表紙はタイトルの「「大空の夢に挑む男たち」に良く似合う、ページをめくることなく感じた。彼は定年退職の年、長くフアンとして応援していたこともあり「赤木圭一郎とその時代」を自費出版しているから、今回が2冊目になる。知っている範囲の同期で出版した者はほかにはいない。

 ちょっとそれるが、渡された学校新聞の原稿は「大陸間弾道弾(ICBM)」に関する記事で驚き記憶に残っている。ICBMは1957年に旧ソ連が、同59年に米国がそれぞれ試射に成功した。59年卒業だから、彼は早くから関心を持っていたことが分かる。新聞に載せたかどうかは記憶していない。今回の出版も弾道ではないが、空間を飛ぶ1冊、興味あるのだろう。

 発行までに数年を要したという。参考資料は各章ごとに示されているがその膨大な蒐集にはただただ敬意を払うしかない。資料以外では、自作機で飛行を楽しむ日本の第一人者へ直接取材もしていることから、この一冊への思い入れが伝わる。彼は「青年には『夢』、中年には『勇気』、高年には『希望』を与えたいと考え執筆を始めた」という。希望がもらえたか感想は読み終わってからとする。
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土台は大切

2018年11月26日 | 回想

 コンクリートジャングルとは「コンクリートのビルを木に見立てて生存競争が激しく人間味に乏しい都会」と説いてある。繁栄のシンボルのひとつである高層ビルも見方を変えると、その裏側には見えないところがある。そのひとう、ひと目のつかないところに施された耐震装置、故意か確信か、規格に沿わない装置が設置されている。基礎が揺れ崩れてはビルは倒壊する。

 基礎は建物や大きな装置を設置したりするために据える土台、いしずえである。土台は建造物の最下部をなす部分で個人住宅でも基礎は鉄筋コンクリートで作られる。しかし、古くは少し大きめの平らな石が土台となり、その上に柱など家を支える何本もの支えが置かれていた。それに比べれば、現在の家屋は数段の安全性があると言えるだろう。どこを見回してもコンクリートで囲まれている。

 コンクリート壁以前は石を組み合わせ積み上げて土台とした。代表的なものが城を支える石垣の妙だろう。そんな石垣、何十年経ってもびくともしていない。中学校の通学路に長さ50㍍、高さ3㍍近くありそうな石垣作りの屋敷が今もある。家の様子は道路からは見えないが大きな家だろうと想像していた。久しぶりその石垣沿いに歩いた。見始めてからでも60年以上過ぎているが、全く変わっていない。石工職人の腕だろうか。

 戦後間もなくのころ、近くの河川工事で法面は石垣造りだった。モッコで運ばれてきた四角い白い石、石工はそれをハンマーでたたき狙い通りの形に変え組み上げていく。採寸せずにハンマーひとつで細工したものがピタリとはまる。勘と経験そして石目を見る力と聞いた。眺めていて飽きなかった、久しぶりの石垣に触れながら子どものころを思い出していた。
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難問解決

2018年11月25日 | 生活・ニュース

 昨日はブログトラブルといってもちょっとしたミス操作で予定稿がアップできなくなった。ブログの誘導に従いあれこれ処置したが時間が経過するばかり。誘導では解決しないので電話相談にアタック、土日祭日は予想通りお休み、一晩寝て考え直そうと、遅い時間に就寝した。

 今日はある会のリンゴ狩りの日、しかし、欠かせない先約あり不参加で届けていた。その先約も時間変更してもらいブログ復旧にあたった。少ない知識を総動員してあれこれ試していると、入力のトップ画面が現れた喜んだ。懐かしい人に出合えたとはこんなことだろうかと愚にもつかぬ言葉を思い出す。

 来シーズンの広島カープのキャッチフレーズは「#水金地火木ドッテンカープ」。これのデザインがトップ写真で「これはキャッチフレーズをリズムよくラップで刻むキャラクター」という。それは太陽系で最も輝く広島カープという事を表すとか。子どものころ理科で習う口調のよう語感はセリーグ4連覇、日本シリーズ制覇という難問解決の後ろ盾になる。

 ところでFA宣言でその去就が注目される「丸」選手、3球団から条件を示された。広島残留を希望するがどの球団を選択するかは難問だろう。どこかの会長が不正申告した金額に比べれば少ないが、高額の契約金が報道されている。10億円の札束の山は目にしたことがある。その数倍、使うのもさぞ難題だろうと要らぬ心配をしている。
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年越しの準備

2018年11月24日 | 生活・ニュース

 年々動きが遅くなるのを見越してか「準備は早めに」という家内の声にせかされホームセンターへ。高齢者は毎日が休日、ウイクデーだがセンターは同年配の夫婦連れで大賑わい。この日は店外に並ぶ葉牡丹と若干の花をの苗を買う。店内で急ぎではないが、来たついでに買っておこうと花の肥料や除草剤などを買う。レジは混雑、商売繁盛をうかがわせる。

 息子が高校を卒業し進学で一人暮らしを始め、更に就職では独身寮へ入る。そんなことから夫婦だけの生活も30年以上になる。独身の間はよく帰省していた。結婚し嫁と子ども(私らの孫)を連れでの帰省を待ち受けるようになりいろいろ準備をした。孫の学齢が上がるにつれ帰省間隔は広がり、いつかこじんまりした越年準備に変わる。

 それでも続いているのは葉牡丹を植えること。なぜだか分からないが、母の受け売りか、植えればその後の手間暇をほとんど必要としないことかもしれない。植え付け準備していた所へ、それなりに配置は庭師気分で考えるが、狭い植えしろにそれほどの工夫をせずとも終える。ちょっといい感じになる。外回りの掃除もぼつぼつ始めた、暖かそうな日に残りを手がける。

 葉牡丹の支払いでレジに。前の夫婦は色んな種類の苗を、私の見た目では150株以上も持ち帰る。どれほどの広さの花畑、植え付けも手入れも大変だろうとと同情しながら、あの家も早めの越年準備かとわが家に合わせて思う。夏ほどの水管理をしなくて済むのが冬の花のいいところ。残りの越年準備はなんだろうか。
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昔はねえ

2018年11月23日 | 地域

 今日23日は「岩国ゑびす祭」。ゑびす祭は全国各地で行われる祭りという。ここ岩国では11月23日がその祭礼の日になっている。ゑびす様はどんな神かといえば、七福神の一柱。狩衣装で右手に釣り竿を持ち、左脇に鯛を抱えるぽってりした姿といえば思い出せる。神無月に出雲へ赴かない「留守神」という。祭りは1年の無事を感謝し、五穀豊穣、大魚、商売繁盛を祈願する祭。 

 散歩を兼ねて今年もお参りする。昔風に言えば道幅3間余り、長さはおよそ280間の商店街両側に切れ目なく屋台が並び、親は子供がはぐれないように人並に押されながら屋台を覗いていた。そんなことを思いながら御幣の張られた通りを行く。今年も賑わっているのは個人出店のまわりだけ。お接待の温かい生姜湯が渇いたのどを潤す。

 参拝を終えた5歳年上の親しい人に出会う。その人は生まれてからの住人で地域のことに詳しく世話もされる。「寂しゅうなった」と人通りのまばらな通りを眺めながら昔の賑わいを回顧する。この通りも新築されると、通りに面して駐車場、その一歩奥に家屋が建ち、通りの藩政時代から歴史町名が似合わなくなっていくのは時勢で止められず、通りから昔は薄れていく。

 おみくじは久しぶり大吉。「冬の枯れ木に春が来て花さき黒雲晴れて月てり輝く如く次第に運開け幸福加わり家業繁盛」としながら、油断するなと諭しこの時期にふさわしい。13項目の運勢は大吉そのまま、だが富くじの景品には大吉のご利益は届かなかった。これで今年の参拝は終わり次は初詣、今年も残りひと月余、良い年で終わらせたい。
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小雪

2018年11月22日 | 自然 季節

 北の国の初雪が例年より遅れたが、わずかな雪であってもやって来たことでほっとされた事だろう。とはいえ、これから厳しい寒さがやって来る。諸物価高騰に加え暖房費の高値は家計に堪えることだろう。節電も呼びかけられているようで、より厳しい冬の到来になる。エルニーニョ現象で東日本から西は温暖な冬の予報、的中すれば北国の人には申し訳ないが有難い。

 県内でも最低気温がマイナスの観測地点も出始めた。暦では二十四節季20番目の小雪、雪の便りも珍しくなくなる。ここ瀬戸内ではさほどの雪被害は発生しないが、中国山地では雪害が毎年報じられる。かっては中山間地域の人口減少を促した原因にもなった。雪は必要だが何事でも同じだが、その度を越して欲しくない。

 黄色や紅色の葉で人々の目を楽しませた木々も、その色変わりした葉も残り少なくなった。そのせいか吹き抜ける風が冷たい、日陰を歩くとよりそれを感じる。それでも深まった秋の陽ざしを浴びて赤く色変わりした柿の葉の色合は暖かい感じを受ける。暖色と言われるゆえんだろうか。

 道路に散った庭木の葉を掃いている女性に声を掛ける。すると「落ち葉集めが終わると戸外の作業がなくなり寂しいです」と残り葉のすくなった木を見上げる。そうか、落ち葉にそんな思いをする人がいることを知った。そんなことを思いながら竹箒を見ると、箒の先が短くなり、この秋の落ち葉集めも終わり近くなったことが分る。ご苦労さ様でした。
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2018年11月21日 | 陶芸

 秋、といえば食欲の秋、読書の秋、創作の秋、秋が迷惑がるのではと思うほど人々は利用する。それだけ秋はいい季節ということだろう。そんな秋も深まって冬の兆しが見え始めると、紅葉は褪せて落ち、その葉が積もる道を歩むと秋惜しむ感じになるになる。「逝く秋の寂寥感は言葉では言い尽くせない」という晩秋への気持ちを表した文を読んだ。いつかこんな表現をしてみたい。

 陶芸教室は海抜500㍍、瀬戸内海を見下ろす絶景の地にあり、快晴の日には遠く四国の石鎚山も望める。周囲は木々の葉がそれぞれの秋色にかわり創作の秋を盛り上げる。盛り上げながら窓越しに会員の創作の様子をのぞき込む。

 課題は皿。500㌘の粘土を相手に始める。基本通り、粘土に含まれている気泡除きから始める。気泡が残ると細かい割れなどが発生し、せっかくの作品も評価が落ちる。細長い棒状の箇所に気泡が残っていて割れて用をなさなくなった経験がある。たかが気泡、されど気泡である。

 指導員は「午前中に完成させよう」と創作台を回る。1時間半かけて何とか「まあまあ」という形に仕上がった。何に使うか、食器のつもりだが家内はどう使うか、完成してからでないとわからない。素焼き、釉薬、本焼きと完成は来月になる。今年の創作の秋は終わる。
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