日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

菊かおる

2012年10月31日 | 回想
           

 月並みだが、今年も残すところ2カ月、2012年の文化勲章や同功労者が発表された。ips細胞発見者でノーベル医学・生理学賞を受賞された山中伸弥教授も受賞される。他の受賞者は80歳代の中でのずば抜けて若い50歳、日本中の期待がかかる。

 岩国城ロープウエイ山麓駅前広場では明日からの菊花展に備えて準備中。観光中の人が準備中の人へあれこれ質問される。共に花好きなだからか会話が長引いている。この展示のため「半年前から花作りを始めた」とも聞こえた。娘を嫁がせる気持ちだろうか。

 庭で猫額ほどの畑に菊を植えていたことがある。花好きだった母へ供えようという殊勝な思いからだった。お供えに合わせて切り落とした小菊の茎を挿した。1年中使えるほど咲きはしなかったが、茎を挿すと必ず咲いてくれた。引越すまで続いた。小菊がより小さく変わったが、自作だから母は喜んだと思う。

 菊の咲くころに定年退職して干支を一巡りした。先日、本棚の整理をしていたら「定年メモ」と書いたファイルが端っこへ押し付けられるようになっているのに気づいた。長いこと開いていないことになる。退職時の写真や寄せ書き、便りなど懐かしく見直した。

 退職にあたって沢山の花が届いた。そんな中に一束の菊があった。その菊を仏壇に供え、元気で定年を迎えられたことを両親へ報告をした。計画の定まらぬままの定年、それから12年経ったいま、周囲の人の支えもあってこうして思い返せるのことに感謝しながら、健康寿命をしばらく満喫したい。
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偶然のショー

2012年10月30日 | 自然 季節
            

 錦帯橋上流の桜トンネルの愛称で親しまれている通り、すっかり落葉した枝の向こうに爽やかな青空が輝く。そんな秋空を見上げて歩いていると引っかかるから注意ください。といって詐欺電話ではありません。

 それの正体は蜘蛛の巣で、その数は桜の本数以上もありそうだ。形は木の位置や隣との間隔、周りの雑草や小木、枝の伸び具合などの違いでまちまち。2重3重で強固そうなもの、激戦の跡を残す破れのあるもの、立体的で虫の捕獲が容易と思えるもの、帆船の帆のような芸術的なものなど、芸術の秋にふさわしい作品、見方によってはそう思える。

 この道を夜明け前に歩くと暗くて巣が見えないので引っかかり、巣の破れる「ばりばり」とい大きな音がする。蜘蛛の様子は分からないが、立ち止まって服についた粘りのあるあの糸を除くが、これが容易ではない。彼らも生きていくための縄張り、さぞ怒っているだろうと思い、敵意を引っ込める。

 蜘蛛の巣に引っかかている桜の折れた小枝、宙ぶらりんになっていて風に吹かれて舞っている。と、いってもただくるくると回転するだけ。それを見上げる人はいない昼下がり。その時、演出したかのように1枚の枯れ葉が小枝の絡まっている同じ蜘蛛の糸に舞い降りてきた。今度は一緒に舞い始めた。ちょっと趣が変わる。偶然の遭遇、いいショーを楽しんだ。
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石と話す

2012年10月29日 | 回想
           

 「日本庭園、それは日本の自然美を写したものと教わってきた。長い歴史の中でやがてそれを越えて、人が理想とする美しさを織り込んだ庭が創られてきた。そこには自然では見られない造形美も表れる」と何年も前、積み上げた庭石を見ながら一服している庭師さんからこんな話を聞いた。

 そん造園に欠かせない石がずら~と並んでいる散歩道。小は一抱えから大は小部屋ほどの大きさまで色・形・質それぞれ素人目にはみんな違って見える。大はそれなりの庭に据えられるのだろう、ちょっとした嫉妬を感じさせる威容さを備えている。小は小なりに構えていて存在を主張している。
 
 人手を介して育つ樹木と違い、仮置きされたそのままで、落ち着く先の決まるまで風雪にさらされる。そのことがますます良さを醸し出しいい庭石になるのだろう。「石にも意思があって、据付られ方が気にいらないと決して輝かない。だからこうして一服しながら石と話している」と話す庭師は場所を変えながら石を見つめていた。

 一服の煙草、それは刻み煙草で、長い煙管が仕事着とよく似合っていった。もの言わぬ石の思いを汲み取って輝かせる、その庭師さんの屋敷が更地になっていた。「また一つ伝統が失せた」仕事ぶりを思い出しながら頭を下げて通り過ぎた。
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言葉の選択

2012年10月28日 | エッセイサロン
           

 ケイタイ語、「0833」と入力して「おやすみ」くらいは理解できるが、絵文字や記号に顔文字を組み合わせ、さらにギャル語などが加わるとお手上げ。今も日進月歩ているのだろう。そんな事情を知っている孫からのメールは普通の言葉で届く。

 言葉の役目は幾つもあるだろう。その一つに「自分の意思や情報を確実に伝える」ということがある。その対になるのかとも思うが、他人の意思や情報を得たとき「そのことへ配慮した言葉」も大切だと考えるている。それは豊かな人間関係を円滑に保つことに連なる。

 エッセイ例会でも言葉の選択、修飾語の位置、重複しない表現、登場人物の関係、特に短文のときは難しく指摘を受ける。「赤い机の上のリンゴ」か「机の上の赤いリンゴ」かはよく参考として引き合いに出る。書きながら考え込むとき、自学習の参考にしている。

 連れに「お母さんへ送る」と話しながら公園の紅葉を撮っている若い女性。送るからには紅葉に感動したから、あるいはきちんと旅行しています、と親へ知らせるためか、どんな言葉を添えて送るのだろうか、と他人事ながら思った。

 眺めている黄と紅の姿をどう表現するのか、シャッターを押しながら考えている。
 

 
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祭りとマムシ対策

2012年10月27日 | 回想
           

 最近はフェスタと名付けるところが多いが、秋祭りの季節。子どものころ運動会が終わるとその祭りがやってくる。小学校高学年になると町内の祭りの手伝いが出来ることを楽しみにしていた。参加資格は中学3年生までの男子で、強制ではないが参加しないのはほんのわずかだったと思う。リーダーは信望のある中学3年生。

 行灯や各戸の軒下へ取り付ける花飾り作り、御幣も習いながら切りそろえた。費用の寄付集めも子どらの役目だった。七夕のような竹飾りなど、祭りの必要資材として竹を使っていた。山に入ればいくらでもある。祭りに最適の竹は湿地を通り過ぎたところにあった。

 その湿地を通り抜けるときは必ず長靴を履くことを教えられた。頭が三角で体長はそれほど長くはないが、全身に斑紋がある毒蛇に噛まれないための装備だった。その毒蛇は「ハミ」と呼んでいたが「マムシ」が正式な名称とか。噛まれると死ぬかも知れないという話はよく聞かされ知っている。そんな思い出の祭りの手伝いも「子どもの寄付集め」はダメとなり、中学生になるときから子どもは参加できなくなった。

 マムシを焼酎に漬けた「マムシ酒」は薬用酒として知られている。飲めと勧められたことがあるが、立ち泳ぎしているハミを見ているので丁寧にお断りした。民間療法としても使われるそうだが、それを見たことはない。健康のための山登り、くれぐれもご用心ください。
 
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謙虚 2 VとW

2012年10月26日 | 生活・ニュース
           

 山中伸弥教授は小タイトル「ジャマナカ」の書き出しで「人間万事塞翁が馬」が好きな言葉の一つ、と書かれている。これは昔、中国に住んでいた塞翁というおじいさんの馬が逃げたとこから始まり、「人間の幸・不幸」は予測できないことを表す言葉として伝えられている。自分の人生はまさに「人間万事塞翁が馬」と思える出来事の連続で、そのスタートが研修医時代という。

もう一つ、サンフランシスコ総合病院の敷地内にあったグラッドストーン研究所長から教えられた「VW]。その所長は長年フォルクスワーゲンに乗っていたが、フォルクスワーゲンの略称はVW、といっても愛車の話ではなかった。Vはビジョン(Vision)で長期目標、Wはワークハード(Work hard)で一生懸命働くということ。研究者として人間として成功するにはVとWが必要で、どちらが欠けてもだめだということになる。 研究所長は「VWは魔法の言葉だ」と教えた。

 「洋の東西を問わず」人をやる気にさせる鼓舞させるのは言い表し方は異なるが、その意味するところは同じことで、今世紀最大の発見をされた山中伸弥教授はそれを実践、現在もそれは変わらないという。夢を持て、努力しろは何千回も解き聞かされただけで、為しえなかった自分が今ここにある。

 研究者は研究だけをしていればよい訳ではない。研究を論文にして学会や講演会で発表して成果を広く分かりやすく伝えることも研修者の必須として、ゼミを受けられた。プレゼンテーションの技術を身に付けると、思考方法を見直す上で有効になるという。

 今の自分には間に合わないことばかり印象に残った。自覚しただけでも何かの救いになるかも、そんな言い訳をする。今朝の新聞、「ヒトips細胞 再生医療実用化へ前進 安全な心筋 効率作成 京都大学」という見出しが1面に。夢が臨床へ進むとある。将来、人は病では亡くならない、そんな幻を抱きそうだ。
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謙虚

2012年10月25日 | 生活・ニュース
           

 「山中伸弥先生に、人生とips細胞について聞いてみた」というタイトルの本、どこにも「俺がips細胞を発見した」と書かれていない。各所で助手の素晴らしい感覚と活躍は紹介されている。驕るところがなく、周囲への感謝が綴られている。謙虚な研究者、これが読み終えたときの感想。

 ノーベル医学生理学賞受賞、それも「今世紀の大発見」と賞賛される内容なのに、本の帯に「やさしい語り口で、中学生から読める」とある。SF界の話ならそれもあるがと読んだ。ところが学術的な内容も専門用語は優しく解説、随所に分かりやすい例示や図解があり、一気に読み終えた。

 整形外科の臨床医時代の「ジャマナカ」から研究者へ転進のエピソードの中に、受賞へ至った背景を知ることが出来る。研究者となってから研究力あり、組織の統率力あり、研究所長としての経営力あり、そしてユーモアあり、家庭的であり、と今年の理想上司像ランクイン上位ではなかろうか。最初を「i」と小文字にしたのは当時流行していた「ipad」にあやかった。過去に自分で名付けた遺伝子の名前が使われなかった経験からという。

 難しい学問の話なのにすんなり読めた。大変失礼だが「ご自分の研究をとことん理解されている」から、医学の「い」の字も知らない者が一気に読めるような「理解しやすくそして面白い内容」になったと思う。

 事故や病気で失った細胞組織の再生や新薬の開発に期待がかかっている。山中教授は「ips細胞を患者さんへ直接使える段階にいたるまでには、10年から20年かかる」と考えられている。その基礎研究を世界中の人が注目している。

 この本は10月10日第一刷発行となっている。山中教授のノーベル賞受賞決定は10月8日、ということは、受賞前に出版準備されたことになる。
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食べたのは

2012年10月24日 | 自然 季節
           

 野生動物は冬眠に備えるため大量の餌を必要とする時期になった。山中に餌となる物が少ないのか、餌を求めて人と接触する区域まで出没する事例が相次ぐ。熊に襲われ負傷された方もある。その姿は麓だけでなく、長野県では熊がJRの駅付近や保育園内など町中に出没しているようだ。

 市内の北部では熊の目撃情報があり注意を促される。熊だけではなくイノシシにサル、鹿などもわがもの顔で畑の作物や樹木を荒らす。みな人間よりすばしこい。その上学習能力もあり駆除が困難という。駆除に当たる狩猟メンバーも高齢化で減少しているので、ますます駆除困難になっている。

 放置された柿や栗などの果実はこうした野生動物の餌になり、人里から離れなくなる。過疎地での催しに都市部からも駆けつける。が、それはレジャーで終わ移り住むまでは進まない。畑への野生動物侵入防止柵つくりだけでは解決できない、報道を聞きながら思うが、その先へ進めない。

 幾つも散らばっている実の入っていない栗のイガ。そばに裂けた皮が幾つも残っている。それは車に轢かれたり人が踏み潰したものではなく、栗の実を何かが食べたと思われる痕跡だ。生栗であり裂けた皮の姿から人ではない。狸や猪にリスなどは見かけるが、冬眠する動物は見ていない。さて生栗を食べたのは何だろう。
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今日は霜降

2012年10月23日 | 生活・ニュース
            

 今日は、冷気によって露が霜になって降り始めるころで「霜降」。そんな節気の変わり目の日、日本列島は大荒れの天気になっている。北海道から南へ長く伸びる寒冷前線が原因という。今日から立冬(11月7日)までに吹く寒い北風を「木枯らし」と呼ぶそうだ。そのせいか、外で立ち話をすると風もあり足踏みでもしたくなるくらい寒い日だった。

 ここ数日、霜注意報が続く。霜にまつわる言葉は幾つもあるが「霜の声」という語を知った。意味を探すといくつかある。「霜の降りた夜の、冷たくさえてしんしんと更けゆく様子をいう語」「霜のおりる寒い夜に、遠くから、しんしんと物音が響いてくるようなさえわたった気分」など。そんな中で「深夜しんしんと霜の結ぶ気配を聞き取るように感じて声という」、これがいい。 

 霜降り、といえば牛肉で松坂や米沢などの地名は浮かぶ。松坂肉は出張のとき1度だがご馳走になった。有名店と紹介されたが、招待してくれた人が喜んでいたのが印象に残っている。というのは、子どものころから肉といえば牛肉、牛肉は地元で通してきた。この牛肉は有名ブランド品に勝るとも劣ることのないな品質で、地産地消に協力している。

 「霜近くなって夏場不作だったピーマンが復活した」と畑から直行の緑濃いそれをいただいた。こんな経験は初めてという。何かが変わっているのだろうか。格別なければいいが。
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御幣とシャッター

2012年10月22日 | 地域
           

 新聞を開けば各地の秋の催し、全国区から地方の小さなものまでカラー写真で紹介される。TVはそれらの盛り上がりを立体的に見せる。季節に見合った祭りや食についてが賑わっているようだ。B級グルメを競う会場には60万人を越える人出だったとか。食の秋を満喫されたことだろう。

 スポンサーつきで大掛かりな広報活動で催されるイベントは集客力も大きくて賑わう。季節感を盛り上げる広域的な活動には遠来の人も多い。そんな中、ローカル版で小さな地域の文化を守り継ぐ伝統的な行事を知るとほっとした気持ちになる。煌びやかな行事があまり性に会わないためかも知れない。

 そんな催事が各地で催されている日、氏神様の「御例祭」が重なった。これは「神社神道において、大祭中もっとも重要な祭祀で、毎年、一定の日に行われる」と解説がされている。奉納の舞踏やカラオケ大会、福もち撒きなどが行われたという。

 その日の氏神様の麓の商店街、真っ白な御幣が風に揺れている。飛び飛びと例祭を知らせるビラは張られている。しかし、商店街は日曜日ということもあるが商店のシャッターは降り、人通りもない。残念だが市中心部での岩国祭りと重なりこちらの催事に気づく人はいないのだろう。静かな町もいいが、かっての賑わいを知っているだけに、これだけ静かだと大きな心配が湧いてくる。
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