日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

藁のう

2015年06月30日 | 回想


 立ち寄ったさきで見なくなって久しい「藁のう」を見た。それは稲刈りをし脱穀した稲わらを長く保存する方法といて藁を積み上げたもので、地域によって呼び方はいろいろらしい。子どものころには稲刈り後の田ごとに藁のうが作られ、そんな田の中を駆け回っていた。農作業の機械化が進むにつれ最近ではほとんど見かけなくなった。我が家は自家用野菜の畑を作っていたが米作りはしていないので藁のうを作った経験はない。

 近所の農家で見た藁の用途などは何となく記憶にある。押切で切って家畜の飼料にする、家畜小屋の床に敷き後で堆肥にする、籠やむしろ、収穫した野菜を入れて運ぶほぼろ、縄や草履などが各家で作られていた。農家でない我が家でも祖父母が真似事で草履やむしろなどを作っていた。藁は家の壁土に混ぜて使われるが最近は合板使用で土壁は少ない。今はしめ縄くらいしか見なくなった。

 見かけた藁のうの作られた経緯は聞かなかったが、藁の状態から年数は積んでいるが姿は昔と変わっていない。刈り取った稲ははぜ掛けされ自然乾燥されると脱穀される。脱穀された束は、のうの芯になる棒を中心にして敷き詰め重ねていく。大人の背丈の倍くらい積まれていた。そばには脱穀で出たもみ殻の黄色の富士山が並んでいた。

 牛が代掻きをし、足踏み式の水車で小川から田に水を汲みあげる、互助での田植え、小学生も農繁休暇、こんな田園風景は記憶の中だけ。今はトップレディーが田植え姿をドローンで撮りFBにアップをしたり、自分の田植え姿を自撮りしSNSで速報、仲間を楽しませる世になった。米作り農家の辛苦はどこまで伝わるだろうか。 
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1年生

2015年06月29日 | 生活・ニュース


 朝から梅雨らしい雨の日の下校時の一コマ。ランドセルに黄色のカバーが掛かっていて1年生と分かる4人組、2人と2人が向き合う形で、何か話しながら歩いてくる。話の内容は分からないが声のトーンから可なり盛り上がっているが争いではない。車が来たら声をかけようと見ていると角を曲がったところで円形になり話は続く。何かの遊びについての話らしいが、内容は分からない。

 そのうち一人が「よっしゃ」と声を出したところで円形は解けた。俗に言う話しがついたようだ。さっさと帰るかと思いきや、今度は傘を逆さにして樋から流れ出ている雨水を受けてはひっくり返して楽しむ。小雨は降り続いているが気にする様子はない。それも飽きたらしく今度はまっすぐ家に向かうかと思いきや、濡れた傘をくるくる回して雨滴の掛け合いを始める。昔を思い出させてくれる。

 こんな調子での下校だから10メートルほどの距離を5分くらいもかけ楽しんでいる。そのうち一人が私に気づき「こんにちは」と元気な挨拶をくれるとほかの3人も続く。それを機に、横並びでさっさと歩き始めた。

 わずかな時間だったが、子どもらしい子ども同士の戯れに和やかな気持ち良いものをもらった。家に帰ったら「まあ、こんなに濡れてどうしたの」と問われる声が聞こえそうなほど子どもらの服は雨を含んでいるのが分かる。どんな顔をして弁明するのだろう。
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ぶっかけそば

2015年06月28日 | 生活・ニュース


 「リーズナブルで美味しい手打ちそばが味わえます。外壁のない半屋外空間で、周囲に広がる自然を肌で感じられるのも大きな魅了」とこんな誘い文句に惹かれ「そばテラス 笑夢来庵(えむくあん)」に車を走らせたのは、所用で出かけ遅くなった昼食をとるため。国道を曲がって坂道をのぼること2分、小高い丘にその店はあった。半野外空間のお店の囲いは周辺の木々の緑だけ。

 「今日は多くの方にご来店いただき追加で打ち始めました。しばらくお待ちいただけますか」という応対。半野外空間に並んだテーブルの下をトカゲがゆっくり通り過ぎる。風の向きがいいのか天然のクーラーのように爽やかな涼しさ。冷たいお茶の茶請けはそばをドライにしたもの。

 注文は店員さんお勧めのつゆを直接かけていただく「葉わさびそば(ぶっかけ)」。打ちたてのそばは、やや色黒だがそばの香りの高さ、これが田舎そばの特徴という。そばの歯ごたえのよさはギュと締まったそばの作りだろう。つゆのほどよい濃さが口に合う。自家製というわさび漬けのピリリとした辛さが爽やかでそばに良く合い箸を休ませない。

 人気のお店なのだろう、閉店時間前なのに「売り切れ御免」で訪れた何組もの人らに店員は頭を下げる。大方の人が手を上げて去っていくその姿はおなじみさんに思える。お店の定休日は月曜から水曜(祝日を除く)は普通、そうでないのが悪天候の日も休み、これが半屋外空間を実感させる、チラシを見ながら納得する。
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愛デス祭

2015年06月27日 | 地域


 会場にはパトカーに白バイ、消防車に救急車などが展示され、そのどれにも試乗できる。警察車両試乗の子どのには子供用警察官制服と制帽が準備され、婦人警官から着せてもらう。子どもはもとよりそれを写す若い親御さんに爺ちゃんの顔もまた写真になる光景。屋台もあり元気な呼び声に乗って串や焼き鳥のいい匂いなどが広がる和やかな会場は大勢の人で賑わっている。

 会場は岩国自動車学校の広場と教習コースを使ってのイベント「愛デス(IDS)祭」。 IDSは「Iwakuni Driving School」の頭文字で岩国自動車学校を表す。教習コースで「危ない!飛び出し」の実演を見た。指導員運転の教習車が走ってくる、対向車線に停車した車の陰から突然飛び出す。飛び出してくることが分かっている指導員でも飛び出したものを撥ねてしまう。見学の園児らの目前でのこと、印象に残ったと思う。

 運転免許取得のためこのコースを走ったのはおよそ50年前になる。振り返ると、その当時は入校待ちになるくらい繁昌していたことや3交替勤務をしながらの教習は結構きつかった。費用はひと月分の給与と大差なかった。今思えば、あの時取得していなかったら異動などでそのチャンスは無かったように思う。事故には出合ったが反則金や行政処分など受けないままに今日まで運転してきた。

 8人の二輪指導員のデモ走行は見応えがあった。隊列走行、直列に並んだ三角コーンーの間のジグザグ走行、対向しながらのジグザグ、Sクランクの並列や縦列での旋回など何種類ものデモは楽しめた。白バイ隊員のそれは映像でみているが、エンジン音を間地かに聞かせながらのデモは映像とは違う迫力に満ちている。今日のために訓練されたという。そうそう、停車中の陰から飛び出したのは大人がしゃがんだほどの大きさの段ボール箱でした。
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雨の一日

2015年06月26日 | 自然 季節


 「梅雨前線や気圧配置から今はまだ梅雨の前半です」。と気象予報士は日本列島の南を東西に長く伸びる前線を指しながら話す。その前線の南側には燃えそうな色の西に張り出した太平洋高気圧が寝そべっている。そんな高気圧の西端を廻り込むように湿った南風が流れ込むと大きな矢印が現れる。これが大雨の原因、予報士は魔法のような棒を動かしながら九州南部の雨を説明する。

 この九州で続く大雨の原因をラジオで伝えるとどうなるのだろう。前線の位置、張り出している高気圧の状態、湿った空気の流れ込む方向とその位置などを聞いている人に分かってもらえる言葉でなければならない。これは映像で見る魔法の棒で画面を変える予報より難しいだろう。

 午前10時ころ、170ミリほどの降雨が記録された県道が通行止めになった。そこは市内西部の盆地から山越えで北部へ通じる県道で、朝4時ころには30ミリを超える時間雨量が記録されていた。大雨のたびに通行止めになる県道の一つだが住民にとっては生活道路、夕方に通行可能になり仕事帰りの人はホットだれただろう。

 雨は昼過ぎから小康状態、近くでの所用に傘は持参したが開かずに済んだ。大雨警報や雷注意報は夕方には解除され九州地区の豪雨の二の舞にならずに済んだ。夕方、雲の切れ間から青空がのぞきツバメが大きく弧をえがいているが、天気予報では雨に注意を促している。明日は晴れてほしいのだが。
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その時が来た

2015年06月25日 | 社会 政治
 
 75歳以上での運転免証更新に伴う「講習予備検査(認知機能検査)及び高齢者講習通知」を受け近くの自動車学校で受講した。75歳以上の者は免許更新に際し、自分の記憶力・判断力を理解するため、高齢者講習の前に「講習予備検査(認知機能検査)を受ける。講習予備検査は認知機能の状況を確認する簡易な手法の一つとされる。

 講習予備検査については聞いたり読んだりしているが、「認知症検査」と思わしき検査をクリアーした人の喜びだった。時間にして約30分、各問題は制限時間内に答えを記入する。再難問は16枚の絵を映像で見せる。1度に4枚表示され、絵について「万年筆」「とまと」など説明があり、それを復唱すると次の絵に移る。16枚の説明が終わると他の設問に進む。最後にどんな絵が示されたか記述する。復唱のあとひと息置くくらいの間が欲しいが、それは無かった。

 結果通知は書面で出される。判定は総合点によって「記憶力・判断力」に1・心配はありません、2・少し低くなっています、3・低くなっています、の3段階。今回は「1・心配ありません」でこれから3年、違反や事故を起こさない限り運転できる。検査前の高齢運転者の事故状況の説明を聞くと、検査結果に満足は禁物と知る。直線で車間距離不足による追突事故が高齢者に多いとも聞いた。

 あと2回は更新しないと生きていけない、と市内北部の方。バスは通らず買い物と通院に欠かせない車は両足のようなもの、と免許返納は思いもつかない。その話しぶりに山間部の交通手段の窮状が伝わる。住まいはどこにしろ事故は禁物、検査通知書に「個人差はありますが、加齢により身体の機能が変化することから、自分自身の体の機能を常に自覚し、それに応じた運転」を呼びかけている。これからも適度な緊張と慎重な運転を心がけよう。
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墨の濃淡で

2015年06月24日 | 生活・ニュース


 市内の水墨画グループが近くのふれあい会館で作品展を開かれているのを知り散歩の途中立ち寄り拝見した。作品は錦帯橋や六角亭、生物に風景、動物など20作品ほどが展示されている。眺めながら遠い昔を思い出した。

 「描いてみたい」そう思ったのは小学校3年か4年ころの下校の途中、道の端で紙を広げ墨と筆で動物を描いているのをしゃがんで見た時だった。見本もないのに描き終えた絵は今にも走り出しそうな姿に驚いた。その日は水彩絵の具を使って初めて絵を描く授業があった日だったので印象に残っている。密かに真似事をしてみたが絵にはならなかった。

 水墨画は「墨」だけで描かれた絵画、墨は線だけでなく点や面でも表現される。そこには墨の濃淡やぼかし、かすれなど墨をさまざまな表現で使いこなされている。墨の濃淡だけの遠近や立体感の表現は写真とは趣の違う落ち着きを感じる。

 「墨を磨り始めるといい匂いがする。その心地よい香りは鼻から脳にダイレクトに伝わり、気持ちを落ち着たり晴れやかにしたり、楽しい記憶を呼び起こす働きをうながす」。これは東京で書道教室を主宰する知人のブログに載っている「墨」につての一部分です。水墨画に油絵絵や水彩画、写真などにはない和を思うのは墨の力だろうか。そんなことを思いながら静かなときを過ごした。
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演歌 岩国城

2015年06月23日 | しっちょる岩国

♪ 曲名 岩国城 (山口県演歌)発売1991年
 1 桜吹雪が 城下を染めて 瀬戸の内海 春霞 吉川広家 六万石の ほまれも高き 岩国城
 2 燕返しを 柳の枝に 悟る小次郎 剣の技 三代広嘉 錦帯橋に 命を賭けた 錦川
 3 夕陽きらめく 白亜の天守 浮世絵巻の 夢に酔う 大名行列 お駕籠で行けば 昔を語る 岩国城
   作詞:鈴木 信子 作曲:吉田矢健治 (岩国市出身) 歌:高瀬きよし

 こんな歌碑が吉香公園の菖蒲池を見下ろす佐々木小次郎像のそばにある。その場所は城山山頂の岩国城が四季を通して眺望できるいいロケーションにある。歌詞2番の「悟る小次郎」は、吉川英治作「宮本武蔵」で巌流島で決闘して敗れた佐々木小次郎のこと、作品で佐々木小次郎は周防岩国の生まれとある。

 文藝春秋 七月号、117頁に次の記述がある。『昭和天皇実録』明治四十三年七月六日条には「関ヶ原の戦いに関する戦史の地図をご覧になり、裏切りをする二心を持った者を嫌う旨を仰せになる」とある(以下略 桑野鋭傳育官の肉筆日誌)。二心あるは小早川秀秋のこと。

 小早川秀秋は豊臣家の身内として重きをなしたが、関ヶ原の戦の最中東軍に寝返り徳川家康に勝利をもたらすきっかけを作った武将。この秀秋に対峙したのが「毛利両川」の一人として最後まで西軍のために和平を図った人、それが歌詞の1番にある吉川広家で岩国藩初代藩主として知られる。(このいきさつは、中路啓太作「うつけの采配」に詳しく書かれている)。歌詞2番の吉川広嘉は錦帯橋を完成させた3代藩主。
 
 岩国城は城山の標高200メートルに1962(昭和37)年に三層四階の上に物見を置く桃山南蛮造りの白亜の天守閣として復元され、日本名城100選に選ばれている。眼下に見える錦帯橋から城下町、遠くに瀬戸内海までの景観は日常の雑念を忘れさせる。
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お礼

2015年06月22日 | 生活・ニュース
 

 毎朝、5時過ぎに朝刊を取りに玄関を出る。ある朝、子ツバメ1羽が電線にいる。見ていると、きょろきょろと首を振っては飛び立ち、私の目の届く範囲を旋回しては戻ってくる。
 
 翌日もその翌日も同じ。するとなにか親しみが湧き「お早う」と声をかける。それへの返事だろうか旋回を見せてくれる。見つめていて飽きない。それは、帰省した孫が、部屋の中を大きく成ったと転げるように駆けていた幼少のころに重なる。ツバメのような速さはないが、精一杯、爺ちゃんを喜ばせようとする気持ちが表れていた。

 子ツバメを保護したことや外敵から守ったこと、巣の補修をしたことなど、ツバメとの交流を伝える温かい文章をツバメのシーズン中にはよく目にする。そんな交流の様子を思いながら旋回を見ている。

 親ツバメが子ツバメのそばを「ついて来い」とすり抜ける。子ツバメは後を追う。戻ってくる間隔がだんだんと延びる。
 
 その様子がある雨の朝から見られなくなった。きっと独り立ちしたのだと思う。それにしても毎朝、同じ所で待っていてくれたことが不思議で、どこかを飛んでいる子ツバメにエールを送る。
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父の嬉しいもの

2015年06月21日 | 生活・ニュース


 父の日、最近にない高価なプレゼント商品が陳列に並んでいるという報道、それを求める人もあろうが並んでいるからかう買う人もあろう、景気浮揚の実感がないので思うのかもしれないが。ある調査で、お父さんが貰って一番嬉しいもの、それは手紙やメールという。売る側の邪魔をするわけではないが、物より気持ち、それが忙しいお父さんの生気をみなぎらせる贈りもののようだ。

 お父さんの似顔絵がざっと数えると400枚くらい張り出されている。絵の数だけ父の日があるのだろう。しかし、最近の世情から、幼稚園や保育園、そうした類似施設では父の日・母の日として特別な行事を行わない施設が増えているらしく、女性園長のくるしい心のうちが語られていた。共に母に父に感謝する日だが生まれながらにしてその姿や顔を知らない子どもたちが増え、それへの配慮が大切という。

 昨夕、「宅急便です」というインターホーンに促されドアを開ける。「〇〇子さんから贈り物です」と荷物をのぞける宅配の人。〇〇子は息子の嫁で一家は京都に住んでいる。夜、父の日の祝いと私ら夫婦の健康を気づかうメールが届く。息子は仕事が忙しく残業続き、孫は期末試験に向けて頑張っているなどの状況が追記されている。贈り物とメール、アンケートでお父さんの一番嬉しい形での父の日を迎えられ晩酌が少し多目になった。

 世界各国で父に感謝を表す日として父の日はあるがその日は各国で異なる。日本と同じ6月の第3日曜日が30カ国あまりで最も多い。早く15日遅くて21日のどこかで父の日が来る。成人の日、子どもの日、母の日、父の日、敬老の日、こうした日は、人について改めて思い直し考える日かもしれない。
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