日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

半期が過ぎる

2022年09月30日 | 生活・ニュース

 新年度になって半年が過ぎる。コロナ感染者数は下方にむかっているが、冬になるとまた増加を予想する専門家もいる。ワクチン接種だけが予防策でウイズコロナに向かっている気がする。インフルエンザーとの関連はどうなるのだろう。年を重ねているので周りに迷惑をかけないよう気配りはしている。

 そんな気の抜けないことも多いが、毎朝の児童の登校風景には元気をもらっている。大方は三々五々の登校だが、その3倍くらいが並んで通ると、会話の意味は分からなくても、学校生活が楽しいのだろう、そんな印象を受ける。

 よく晴れた青空のした、ランドセルに黄色の安全カバーをかけているのは1年生。上級生に寄りかかり登校という桜のころの姿はなく、独り立ちしている。今朝も3人が会話しながら通る。右に曲がるとき横並びが1列になり曲がっていた。ちょうど車は来なかったが、横並びより安全になる。教えられたのか経験したのか、成長を感じる。

 我が家は健康保険証が明日から変わり負担額が倍になる。今日、定期検診を受けた。これまでは多少の処置を受けてもワンコインで済んだが、次からは札でないと払えない、わかっちゃいるが領収証を見ながら思う。明日から、毎日の生活に欠かせない生活用品6200品目以上が値上げになる。光熱費の膨らむこれからの時期、カード払いがすぎて残金不足にならないよう気をつけねば。

 (今日の575) 年取りて変わる世の中静かに見
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活気取り戻せ

2022年09月29日 | 地域

 現役のころの思い出。ある自治体が主導して造成した分譲住宅団地が完成した。そこの購入希望者の大半が当社勤務なので自治体担当者が「社宅用地としてどうですか」、こんな笑い話になるように宅地が売れ、マイホームを建てる若い人が多かった。

 市内にはいくつも、山を切り開き宅地が造成され、碁盤の目のような道路が作られる。車社会へ移る時代で、整然と並んだ家々には車庫が目を引いた。城下町界隈に住んでいる者には、同じ市内なのかとその新鮮な街並みがうらやましく思えた。そこには小中校が新設された団地もあり、若い人の住みやすい街が生まれた。

 あれから何十年、3階建ての校舎の3階は空き、団地の住民は減少している。昨年の秋、市内の高校生に対する意向調査で高校3年生の半数が「地元を出たい」と回答したと報道されている。希望する働き先がない、というのが主要因になっている。競うように団地が作られたころに、こんな情勢を想像する人はいなまっただろう。

 ある施設から向かいの山の団地を眺めながら、遠い昔のことを思い出した。あちこちのこうした団地に住む同期、知人なども、多くが夫婦二人暮らしになっている。子や孫は盆暮れの帰省でやってくるが、日ごろはライン交流と笑う。若い人が住みたい、そんな街つくりを願いたい。10月には市議会議員選挙がある。ポスター掲示版の設置が始まった。考えて活きた1票を投じたい。

 (今日の575) 人が減りバス遠のきて坂が苦に
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パソコンの日

2022年09月28日 | 生活・ニュース
 
 車のエンジンを起動すると「今日はパソコンの日です」とアナウンスする。何か見透かされているようで苦笑した。というのは、相棒のパソコンが突然音をあげ、動かなくなった。前兆を感じ手を掛けていたのだが効果はなかった。臨終と思いたくないが、動かなければただの赤い装飾の箱でしかない。電話相談するも精密検査になるかもと見通しくらい。

 物価は上昇し年金は下がり後期高齢で病院支払いは倍になるが、いくつも並べて嘆いても仕方ない、と新しいパソコンを購入した。これまでソフトはw7から始まって10まで1台のパソコンで済ませてきたので、頑張ったご褒美と言い訳をした。

 今回、パソコン設定はほんと初期設定をするだけで、例えばワード・エクセルなどいくつかのアップグレードはそれぞれに単価が設定されることを知った。今まではデータ移動など含めて料金を支払った覚えがない。前回の購入から年がたちすぎ、社会の変化についていけていないことを知る。

 昨年の晩秋にプリンターは修理不能の故障、今春初めにデジカメを水没させ、今回で3機目の相棒を連続して失った。プリンターは性能に満足、カメラは水没と同レベルは高価すぎて手が出せずランクダウンした。パソコンは今晩から使い始め、使いやすく調整していく。使い始めが「パソコンの日」とは何かの縁、大事に使いこなそう。

 (今日の575) 取説はないがどうにかせにゃいけん
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私の都合

2022年09月27日 | 生活・ニュース

 今日、出会った寺の山門横の掲示版「いい人 いい雨 いい天気 みんな 私の都合」、短い言葉で黒板に書かれている。ふと気づいたのは先日、TV出演の若いコメンテーターが「昨日の雨で助かりました。これは私の都合です。雨で困られた方には申し訳ありません」と一言加えていた。あることを「いい、と思うのは自分が思うだけ、ほかの人は違った思いをするかもしれない」掲示板を眺めながら反省した。

 「あんないい人に出会たことはない」「ひと雨欲しいなあ」「明日は降るなよ」、言われてみれば確かに「自己都合」で判断している。向かいの家や隣の人はそれでは困るかもしれないことは自己都合の判断の範疇には入っていない。こんなことはよく経験することなので、これまで多くの人に不快な思いを抱かせてきたかもしれない。

 「私の都合」と言えば、「自己都合退職」いう表現は仕事の上で数多く接した。最も多かったのは女子社員の結婚退職だった。通称は寿退社と呼んで周りで祝福した。就業規則上も寿に対しては祝金が出るいい時代だった。時には結婚はしないのに寿退社という社員もいたが所属上司の印があり目をつむっていた。

 別の寺には「出会いが人生を豊かにし 別れが人生を深くする」とある。いい出会いといい別れが連なっていれば「いい人生」とその人は思えるだろう。いや、そうなるように努めなければならないのかも知れない。「いいは みんな 私の都合」、他人に負荷を与えないように心しよう。

 (今日の575) いいいいと軽く言うのは慎もう
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赤と緑の会話

2022年09月26日 | 地域

 国の改革として多くの事業が民営化された。すぐに思い出せるだけでも国鉄、郵便、煙草、塩、電信電話・・・などいくつもある。市場競争でサービス向上という分かりやすい説明も記憶にあるが、すべてがそうなっていないと思う。ひとつの例。郵便は民営化されてもサービスは一切変わらない、と言うのが時の首相の自信に満ちた答弁は今も耳に残っている。

 しかし、住んでいる地域の郵便局は1872(明治4)年に開設され、地域のために愛された。民営化されて何年か過ぎたころ市内にある大きな局に業務が統合された。肝心の郵便についてはポストへ投函郵便物の集めは回数減、窓口業務の一部は集約局の窓口へなどある。

 電報は全て電話での依頼、公衆電話はスマホに押され大巾な減、ドコモ窓口ではカタカナの説明ばかりに変わった。スマホは便利になったが詐欺メールはますます巧妙になり、報道では高齢の被害者を増やしている。その手先に若者を使っていることが多いとか。煙草は吸わないので分からないが、税金の掛けやすさから簡単に値上げされているように感じる。

 「最近は空腹でしようがない」とポストの赤。「利用者がなく暇で暇でしょうがない」と公衆電話の緑。電波障害やソフトの不具合などが起因する通信断絶の状態が続くとしばらく忙しいと赤と緑が頷き合う。町かどに立つ見慣れた赤と緑のシンボルは、これから先の運命を知ってるのだろうか。

 (今日の575) 通信の進歩に頭おいてかれ
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旬をいただく

2022年09月25日 | 自然 季節

 「食材に季節感がなくなった」といいながら、それを喜んでいる消費者の姿だ。そこには農家の人の工夫や挑戦の帰結が現れていることになる。新しい栽培方法の開発や、それを実践する農業従事者の学習など、そこに至る過程はあまり表に出ない。また、そこには投資も発生しているだろう。

 秋にはスポーツの秋・読書の秋など「◯◯の秋」というフレーズ付きで表現される。その一つに「食欲の秋」がある。涼しくなるとさわやかさを実感する。暑さで食欲が減退していたが、秋になると一転して体調も良くなり、人本来いや自分に見合った食欲に戻る。もうひつ、秋の表現で「実りの秋、収穫の秋」というとおり山・畑・海から旬の食材が沢山に揃うからだろう。

 我が家には収穫する畑も山林もない。旬の食材は畑からの直送物を貰っている。先日は栗、我が家では今年の初物になる。毎年いただくが最初はクリ飯になる。皮を剥ぎ、渋皮を丁寧に向いて準備する。炊き立ては我が家の長年のしきたり通り「まずご先祖へ」と仏前に備える。なんでもおいしいと食べていた両親と祖父母の喜ぶ顔を思い出す。

 最近、市内でも人里へ出て来るクマの目撃情報が山間部で多発している。彼らは冬眠に備えて脂肪を蓄える行動をしている。人間も寒くなると体温維持のため脂肪分が必要と言われるが、冬眠する動物を真似て食べて過ぎてはいけない、そんなことはみんな知っている。規則的な食事で体調を管理して旬の食材を楽しもう。

 (今日の575) 旬食べるこの贅沢に感謝する
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時期外れですが

2022年09月24日 | 生活・ニュース

 小学生のランドセルが重い、体の負担になっていて良くないなど、ランドセルへの問題点が指摘される。A4版が入る、タブレットを使うなど、私の小学時代とは状況が全く違っており、指摘される問題点について意見を述べる資料はない。ただ毎朝、家の前を登校する児童からはランドセルへのクレームを全く感じない。

 私が小学校に入学したのは終戦直後。父に召集令状が来た時のためにと、早くから父が手製のランドセルを準備してくれていた。それは、どこで入手したか知らないが厚手のズック生地で、思い出しても形状は店頭で見かける物と大差ない。小学校卒業まで使った。贅沢をいえる時代ではない、重たいなど不満を持ったことは無いと思う。

 連休中にはランドセルを買ってもらう子どもが親と一緒に品定めする。その様子を支払いを受け持つ子どもの祖父母が嬉しそうに眺めている。コロナ禍で見かける回数が少なくなっていた。ふと、カバン売り場のコーナーを通たっとき、今もランドセルは広いスペースに積まれていた。底堅い商品なのだろう。

 何気なく値段を見た、5万円台から7万円台くらいまで多種類、しかし、どの商品にも「10%OFF」の表示がある。シーズン外れなのだと眺めた。ふと、県内のある市で、来春の入学児童に布製で軽いランドセルを全員に配布という報道を思い出し、祖父母の喜びを奪い、販売業者の夢を破るのでは、そんなことを思いながら色とりどりのランドセルを眺めた。

 (今日の575) ランドセル6年間の背負いもの
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370万分の1

2022年09月23日 | 社会 政治
 

 ついに届きました「医療費自己負担2割」を記した後期高齢者健康保険証が。来月1日から、原則1割となっている窓口負担が、単純には倍額になる。報道では全国では約370万人、これは加入者の2割に当たるとか。ただし、25年9月末までは外来医療を対象には配慮措置がとられるので単純に倍ではないと厚労省、そのためには手続きが必要になる。

 2割負担は、75歳以上の医療給付は約4割を現役世代の保険料から賄っており、現役負担の軽減を図ることになる。人口減、高齢者の増加による人口構成の異変、医療の発達で平均寿命が延びたことなど、高齢者増が原因という。思ってもいなかった負担増、物価上昇で実質年金の目減りに追い打ちをかけてくれる。医者嫌いというより、診療伸ばしが増えなければいいが。

 「負担が2割になる方へのお知らせ」の書き出しにくすぐるような表現がある。「75歳以上の方等で一定額以上所得のある方が2割に」と、ある。これは、あなたの収入は多いのですよと、負担額増を喜びなさいと受け取れなくもないなあ、こんな話をしながら笑いあった。

 医療技術がさらに進歩し寿命がこれからも延び続ける、国内の高齢者の割合はますます高くなる。今の状況を思うと解決策のない長く続く問題だろう。「現役の負担軽減のために」、と言われると子や孫のためなら、と思うようになり、派生する問題が起きないだろうかと心配している。

 (今日の575)  倍額は子や孫のため我慢する
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きっちゃ店

2022年09月22日 | エッセイサロン
2022年09月22日 毎日新聞「男の気持ち」掲載

 9月は父の56回目の祥月に当たる。50代半ばの公務員の現役で急逝した。葬儀は自宅葬で残暑厳しい日たった。今なら涼しい斎場だろうにとあの日を思い出す。
 「父は家族のためによく働いた」。これしか思い出せない。戦中も戦後の食糧難の時も、ひもじい思いをした記憶がない。母もよく協力していた。そんな父との忘れられないエピソードがある。
 父が職務研修で何日間か広島市へ通っていたある日、その父と退勤時の私か岩国駅前のバス停でバッタリ。思いもしない出合いに驚いた。
 「きっちや店に行くか」と父が誘う。意識して言ったかどうか知らぬが喫茶店をこう呼んだ。あれから60年近くだつが「きっちや」の短い一言は今も耳の奥にある。亡くなったのはそれから3年ほど後だ。
 私のよく行く店に行き、2人ともコーヒーを頼んだ。父はミルクと角砂糖を入れ、かき混ぜる。スプーンがカップに当たり、カチカチ音がする。
 混ぜ終わるとすぐに飲み始めた。少しゆっくり飲めばいいのに、喫茶店は初めてで、せっかちな父は腰が落ち着かないのか。そう思いながら眺めていた。
 振り返ってみると、父とは弁当を持って畑やたきぎ取りによく行った。しかし、父と肩を並べて2人で街を歩いたのは、この時だけだったように思う。家では即席コーヒーの父。きっちや店の味を聞いておけばよかった。


 (今日の575) 彼岸にはきっちゃ店などあるのかな
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ブログ16集

2022年09月21日 | 生活・ニュース

 ブログ開設から先日17年目に入った。毎日、内容は稚拙でもパソコンに向かい、その日のことをアップできることは元気に過ごしている証、と自分に言い聞かせている。ここ10年近くは毎日欠かさずにアップして来れた。ここ2年半はコロナの脅威もあり、自粛気味な日々を過ごしてきたが、感染もその症状もなく過ごせた。この間、毎日多くの方に訪問してもらえたことも続いている源と感謝申し上げます。

 16集はB6版で365編、本文だけで約470頁で例年と変わらない頁数となっている。毎度ながら手作りの1冊で、装丁は第1集から少しの工夫もしていないのはこだわりと弁明しておこう。製本は木工工房を開いている方が設計・製作れた手作り品の貴重な一品で、年数見合いの風格が備わった製本機で年に1度の登場を待っている。

 この1年、パラパラとめくって見ると、カタカナのコロナが目に飛び込んでくる。また、物価高や政治への不信感など、高齢者目線になっている。このところ、パソコンが疲れ気味のようで、なだめながら動いてもらっている。ブログと共に年を重ねて来たので、内部の疲れや汚れも気になるが、使いなれた愛機にはまだしばらく頑張ってもらう。時々、再起動のカンフルを与えている。

 製本で一番苦労し丁寧に作業するのは製本後に綴じ代がばらけないための糊付け。糊付け部を糸ノコで切り込む。切り目はできるだけ深く、みぞの間隔は狭くする。そこに木工朔を何度か上塗りする。乾燥したら表紙を取り付け仕上がりとなる。仕上がった時は投稿が掲載されたの喜びに似ている。時には開いて読み返してみよう。

 (今日の575)  1年の重さ知ってる1冊だ
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