日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

半年が過ぎる

2016年06月30日 | 生活・ニュース


 梅雨の中休みなのか今日は大した雨もなく過ぎた。このところ、大雨とその被害の情報を聞いたり見たりしながら、時には我が家に置き換えて備えをしたり落ち着かぬ日を過ごす。そんな中で広島カープの連勝が明るい話題、新聞を開くのが楽しみ。昨夜で11連勝。報道では何十年ぶりと大昔のことを思い起こせといううが、現役でそれを知っている選手はいない、とにかくよくやっている、と称えるしかない。

 大雨の仕組みは、列島に太平洋高気圧が張り出し前線を押し上げる。高気圧の周辺に沿って温かく湿った風が吹き込み前線にぶちあたり雨を降らせる。映像ではCGを駆使し、人目には頭上の雲の動きしか見えない天空の動きをわかりやすく解説する。土砂災害の危険域まで示す画面を見ながら、災害防止の策が気象技術に遅れていると感じる。

 南に下がった梅雨前線、月初めに北上するという。そのまま北上を続けてくれると梅雨明けになる、明日は暦の上で半夏生なのでそんなことを思う。半夏生は「梅雨明けで田植えの終わるころ」という。早くも節水の始まっている地域のことを思うと「よく降る」という思いは贅沢なのかもしれない。

 政治の世界は今年も金まみれのあれこれがあり「金と政治」の切れない関係を見せつけられた半年だった。「雨降って地固まる」というが政治の世界では一向に改善されないばかりか、手の込んだ方法になりぬかるみはひどくなる。政治は名声を得るための手段ではない、バッチを外してから名声は追っかけてくるもの。選挙まであと10日、いい日本が釣れるだろうか。
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真っ赤な地元紙

2016年06月29日 | 地域


 購読紙の読者投稿欄、20代の看護師の「コイ好調 膨らむ期待」を面白く読んだ。カープが快調すぎて少し怖いが、高齢患者のその日の体調は、前日のカープの試合結果に左右されるという。だから、逆転負けした日の血圧はあてにならないと書いている。高齢の人は25年前の「あの時」に似ていると話す。その頃は物心ついたころで記憶はないが「あの時」が現実になる日を待ちたい、と締る。

 血圧も体調も広島カープの戦績次第という看護師職業ならではの表現に頷きながら、カープの選手責任の重さを感じた。地元紙のスポーツ面「コイ22年ぶり10連勝」が縦見出し、リーグトップの9勝目をあげた野村の「ほえた」大判の写真が目につく。84年の12連勝を含め10連勝は94年に続いて4度目で2桁連勝記録は5度目になる。

 2016年カープキャッチフレーズは「真赤激!(まっかげき)」。これは「昨年最終戦の悔しさを忘れず、赤く熱く相手にぶっつかる、おとなしくまとまるだけでなく情熱的プレーで刺激的な野球を届ける」と勝手に要約している。購読紙の第2朝刊の写真コーナー、先の阪神戦の写真が全面に載っている。まさに赤、赤、赤、他球団フアンの血圧上昇を気遣う。

 記事を読むと、10連勝した年のリーグ順位は3位か4位。12連勝の年は日本一になっているということは、今日の先発を担う広島・黒田の右腕が抑え、粘り強い打線、硬い守り、10連勝中のサヨナラ4試合を含む接戦を思い起こし平常心で戦い、競り勝ってきた経験を活かして欲しい。今夜の結果は、3回裏に逆転したが試合はまだ続く。
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石垣の美

2016年06月28日 | 町かど

 今、注目を集める石垣は熊本城の一本石垣。それは、4月14日の熊本地震前震で石垣の一部が壊れ、16日未明の本震のあと熊本城飯田丸五階櫓を細い石垣で支えている石垣。二度の大きな揺れに耐えて櫓を支える姿は「熊本頑張れ」と励ましている。その踏ん張りに復興をせねばと決めた人も多かろう。城の復元は長い時間と莫大な資金が必要という。加藤清正もさぞ気をもんでいることだろう。

 熊本城は明治になって建物が次々と取り壊され、西南戦争では天守閣や本丸、石垣はほとんど残ったという。その石垣は優美にして堅牢、下部は緩やかな勾配だが上部は垂直に近い絶壁で武者返しと呼ばれる。この積み上げ方式は現在では採られていないという。せっかく修復するなら、復元を目指してほしい。

 棚田の風景は各地で重宝な観光資源となっている。これを作り上げているのは山の斜面に築いた石垣、耕作面積を拡げ水を保つ古人の知恵が作り上げた。その石は自然のままで石に加工の跡はない。大きさも形もそして色も様々な石を積み上げただけなのに、今にその姿を伝え残しているが、その積み上げの技法はどこから伝わったのだろう。

 国道沿いに、素人目には色も形も大きさも、石質も異なる2段に組まれた石垣がある。高さは2階建ての家に並ぶだろう。石の数は数え切れないが、その石を山や川原で採取し運搬、槌もノミも使わず積み上げた。同年輩の人に聞くと、物心ついたころから見上げていたという。おそらく人力で築かれただろう。遠くから眺めると石工の武者返しとは異なる素朴な芸術性を感じ路傍の文化財と言いたい。
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波形の年表

2016年06月27日 | 生活・ニュース


 年表とは出来事を年代順に記した表、学校の授業では歴史年表が思い浮かぶ。年表の形式には縦横あるが年号、月日、出来事は最低限の項目、時代の特徴やその時の権力者、国内外の情勢など、目的とする年表の関連事項が簡潔な文章で箇条書きに羅列されている。歴史上のそれになると年号は和洋併記されていると助かる。そんな年表は市松模様のような型にはまったものと思い込んでいた。

 「四境の役から150年~芸州口の戦いを中心に~」にという講演に出向いた。 四境の役は幕府軍(第2次仲秋征伐軍)と長州軍が戦った1866(慶応2)年の戦。会場は、このとき長州藩諸隊の一つ遊撃隊の本陣が置かれた籌勝院のある小瀬地区、本堂横には遊撃隊士の墓がある。開講前に、配布された戦いの関連年表を見ているとき、講師が白板にN字様の線を描き、線に沿って覚えのある項目が書き加えられた。

 項目はペルー来航、攘夷、8月18日、禁門の変、第一次(長州征伐)、功山寺決起、四境の役、王政復古。目で追いながら四境の役までのことだとは分かった。講演が始まると波形の曲線は、戦に至る前の毛利家の盛衰を山谷で示すと説明を受けた。そのうえで各項目の説明を聞くと、それぞれの意味を掘り下げて知ることができた。功山寺決起時の高杉晋作の焦りもよく分かる。

 自分史作りがブームという。これに欠かせないのが「自分年表」とその経験者は話す。作成した年表に、人生の、例えば充実感の様な内容を波形で付記してみると、単純・簡潔な文字だけの年表では表せない「自分の喜怒哀楽とその生きた時代」が見えるのではないだろうか。すると書く視点がより深くなる、そんな空想をしている。自分史を書きたいとは思っているが自分年表作りも面白そうだ。思うだけ,
考えるだけなら誰でもできる、そんな声が聞こえる。
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広島カープの強さ

2016年06月26日 | 生活・ニュース


 広島カープは今日も阪神戦にサヨナラ勝ちで9連勝。1点差で向かえた9回裏、2死から會澤の適時打で試合を振り出しに、続く好機は阪神の失策で1点を加え2位とのゲーム差8を守った。神がかりかという声もあるそうだが、今日までのチーム成績を見れば実力通りの戦績になる。43勝29敗2引き分けで勝率は5割9分7厘、ゲーム差は8。

 得点346で失点は272、他の5球団は失点が得点を上回っている。得点を稼がないと勝負には勝てないことをよく示している。チーム打率は2割6分6厘でヤクルトと同率で1位。ほかの4チームは2割5分を下回る。本塁打は71本、2位のヤクルトを10本上回る。盗塁66は他チームの1.5から2倍以上、巨人の23を大きく引き離している。投手防御率は横浜に0.09離されて2位になっている。

 では優勝できるのか。茅野さんは、広島が今の勝率6割のペース継続ならなら優勝は当然、2位がこれを超えるためには7割以上の勝が必要になる。続けて、想定される条件、例えばカープが突然不調となり勝率が低下したときなど、幾つか試算されているが、捕らぬ狸の皮算用と断られてはいるものの「今年のペナントレースはすでに広島カープが優勝することは誰の目から見ても明らかである」と結ばれている。素直に信じます。

 個人打撃成績ではエルドレッド、鈴木、菊池が、打点では丸、新井が打撃成績10位以内で頑張っている。防御率ではジョンソン、野村、黒田の3人がやはり10位以内で頑張っている。三振数を減らし、ビジターでの戦績をあげれば、間違いなくリーグ優勝に連なる。駅前商店街の四つ角に4斗樽の置かれていたあの優勝の日を思い出している。 
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旬が走る

2016年06月25日 | 地域

 この季節だけの食材にアユがある。市内を流れる錦川の流域は県内一の長さでおよそ110キロある。市内北部、千メートル級の山々の麓を源にし瀬戸内海に流れ込む。流れは清流で国の名勝・錦帯橋が架かる川として知られている。錦川のアユ漁は6月から8月末までの3カ月、釣り方は友釣り、経験はないが、アユがかかり長い釣り竿がしなやかにたわむ光景は絵になる。

 錦川本流に沿って走る第三セクターの鉄道は、その名はずばり「錦川清流線」。源流となる山麓の起点駅近くの支流で穫れたアユの味は日本一の賞を何度か得ている。清流線を走る車両は沿線の風景を描いたラッピング車両となっている。踏切で待っているとJRローカル線では味わえない趣をくれる。そんななかにアユとオオサンショウウオをあしらった1両がある。

 昔はアユを「食べてくれる?」と遠慮がちに届けてくれる人もいたが、最近それはなくなった。獲れなくなったことと歳のせいで漁がきつくなったようだ。アユは川魚、川魚は何とかと食わず嫌いな人もあるようだが気にしたことはない。塩焼きが1番美味いと思う。まだの人はぜひ挑戦し、清流の味を知ってほしい。

 サンショウウオの棲息地としては本州最西端とされているのは錦川の支流。先日もウナギ釣りの人が釣り上げ保護したと動画がアップされた。天然記念物で保護されているので、清流線錦町駅まで旅すれば観覧場所を教えてもらえる。都市を走るラッピングカーの派手さはないが、沿線を描いた洒落た車両に乗ってアユの賞味とサンショウウオ見学に来てください。
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完全閉店

2016年06月24日 | 地域

 
 また1店閉まる。「20年間ありがとうございました」「完全閉店」「売り尽くしセール」、こんなチラシが朝刊と一緒に複数回やってきた。かっては地域の中心商店街の大通り、周囲では閉まる商店もちらほら出始めたころの出店だった。しかし、店舗は大きくなり外からは順調なのだと思っていた。地域性からか衣料品などは大型店にない庶民的なものが多く、婦人層には人気だったと聞く。

 「おしゃれショップ」と自称する店の閉店挨拶文は「お客様へ、突然でございますが・・・」で始まる。大きく赤い色の看板は、店舗前通りのどこからでも見ることができ、閉店が続き次第に寂しくなる通りの中で「元気に頑張っています」、そんな勢いを感じ見ていた。閉店の訳を知る由もないが、地域の赤い元気印が消え、また寂しくなる。

 城下七町として栄えた商店街、子どものころから記憶にある店は10数店くらいしか思い当らない。40数年前に出店し、地域の客層の流れを変えたスーパーも昨年この地域から撤退した。この地域は買い物難民、という自虐的な言葉がささやかれるほど、原因はいくつもあるだろうが、商売がしにくい地域になっているようだ。地方創生の風はまだ届かない。

 この地域の振興といえば「錦帯橋を中心にした観光」といつも、唯一の策のように聞かされる。その観光の実態は滞在型でなく通過型観光地化していることは知られている。錦帯橋、写真には撮られるが訪れた人の心をとらえていないのだろうか。錦帯橋ぞばの大きな土産も店が閉まって久しい、見るたびにそんなことを思う。  
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入道雲と冷房

2016年06月23日 | 自然 季節


 錦川流域はこのところの梅雨前線のおかげで合わせると300ミリ近くの雨量ではないだろうか。夜半の時間当たり30ミリあまりの強い雨音に何度か目覚める。そのたびに防災情報を開く。川の水位は上昇を続ける。つい、水の怖さを想像してしまうのはニュース映像の見すぎだろうか。ローカル線は始発から運転見合わせ。通学に通勤、通院に困る人も多かろう。

 朝方には雨は止みほっとする。近所の若いお母さんが「怖かったです」といいながら、雨がやんで陽がさし始めた空を見上げる。口には出さないが洗濯頑張りますだろう。梅雨の中休みを狙ったように入道雲にはなりきれていないが、それらしい雲が重なるように盛り上がっている。こ奴なかなかやるわいと思いながらまだ大入道の規模には遠し。

 むしむしと暑い中をある公民館で開かれた講座を聞きに出かけた。車載の温度計は30度、体調と歳を考えエアコンを効かせる。公共施設の冷房使用は7月からと、気温とは無関係に決まっていることを思いながら会場へ。着くとすぐに講演準備中の館長から「冷房が効いているので会場へ」と案内を受けた。快適な会場でいい内容の話を聞いた。施設の冷暖房、月でなく状況によって動かしたいものだ。

 予報では明日も雨、次の日も雨、こちらの雨はこのたびの降水量を超えるかもしれない、十分な警戒をと呼びかける。錦帯橋の上流域のでは氾濫危険水位を超えた観測点もある。近くの観測点では1時間で10センチ水位が下がっているがまだ警戒水位、ダムからの放流は続いており気の抜けない週末に向かう。
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木の家造り

2016年06月22日 | 生活・ニュース


 封書の宛名書きを見て差出人は大工棟梁のDさんと分かる分厚い封書が届いた。それには切手が何枚も貼ってあり、読み応えがありそうだと分かる。封書の中はある雑誌の対談で掲載された十数頁分のコピーが、Dさん自筆の手紙と一緒に同封されている。丁寧なコピーは小冊子にしてくださいと言わんばかりに思え、得意の製本技で表紙を付け読みやすくした。タイトルの写真姿に棟梁の風格を感じる。

 棟梁が学卒新入社員として工場の同じ係へ配属されておよそ4年、息子の歳に近いこともあり同世代を学ぶところもあった。明るく世話好きな好青年だった。そんな彼が大工となるため脱サラをして修業し独立して17年になる。手がけた家や近場での新築現場を見学したことがある。建築現場でノコギリやカンナ、ノミなどで木材を加工する音が聞かれる。最近はあまり見かけない建築手法をとっている。

 今、築110年の古い家の再生をしているとブログに載せている。再生では曳屋(家を揚げて移動させる)や家全体を持ち上げて古くなった柱の下部を補強するなど、素人にはワクワクするような工法を紹介してくれる。動く城として紹介された弘前城があります。あの移動方法が曳屋です。苦労もあろうが、地方の小さな街で、棟梁として納得できる仕事をしているということは幸せだと思う。

 棟梁として「家は自然に還さなければ」と話す。古い家は土・竹・木からなっており、再生も土に還る素材を使っている。対談を読みながら、好きで進んだ道といえばそれまでだろうが、研鑽と実践から身についた仕事への取り組み方は真摯だと思う。現場見学を誘われているがまだ叶っていない。いつか案内を願うとしよう。
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梅雨の日和

2016年06月21日 | 自然 季節
 

 今日は北半球の昼が最も長く、夜が最も短い日で二十四節季のひとつ夏至。夏至を中心に短い夜のことを季語では「短夜(みじかよ)」と表す。昨夜は豪雨の音や雨雲の動きを確認したりと、何度も眠りを妨げられた。出かける予定がありいつもより少し早めの起床、晴れた朝なら意外なほど明るい景色も、豪雨の名残、小雨とともに垂れこめた雨雲がゆっくり動く。そんな中、ツバメたちはいつものように呼び合いながら忙しく飛び回っている。

 傘をたたみながら立ち話している女性の「今日は梅雨の日和らしい」「そうね、季節を感じますね」、こんな会話が聞こえた。なんと穏やかな会話、霧のように降っている雨に教えたい、そんな気がした。梅雨の雨、周りの会話ではよく降る、鬱陶しい、早く止めば、など雨を嫌う言葉が多い。今朝だったら「よう降ったのう」で相通じる。

 穏やかに聞こえたのは「日和」という言葉があったからではないかと思いついた。日和、辞書を開くといくつもの意味が記されている。そうでなく会話の日和は単純に天気を表す。ただ、日和というときは、柔らかなは日ざしがあるときの言葉で「秋日和」「麗らかな日和」などがある。霧雨のようなとはいえ「梅雨の日和」と言わないのでは、1度感心しておきながら口に出さなかったことにほっとした。

 梅雨の中休み、昨日からの雨に関する警報や注意報は先ほど解除という通知があった。中休みは今晩だけ、明日は朝から厚く湿った空気をたっぷり含んだ雲が前線に沿ってやってくる。どんな日和いや天気となるのだろう。関東地方でも強い雨足が走り抜けたのに、水がめのダムには恵みなしという。やまぼうしの白い葉がなぜかと考えていた。 
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