月2回の陶芸教室、8月はお休みだった。というのは、その施設は夏休みになると子どもら専用館かと思われるほど子どもらで賑わう施設。そこは集団教育の大切な役目を担っている公共の場。ということで将来を託す子どもらへ席を譲るとは方便、夏休みは子どもら以上に欲しい長~い人生経験者ばかり。
「いい色合い」「斬新な形」「いつ勉強したの」「贈り物にしたら喜ばれる」など、仲間の作品を評して誉める言葉はいろいろ。気にいったと思っている作品にピタリの誉め言葉がかかると嬉しい、らしい。自分にはそんな思い出がまだ無い。
夏休み明けの初回、「いいですね」と制作の途中から指導員の声が掛かっていた作品の作者、完成として次の工程へ進む。その作品を評してある人が「今日は粘土が良かった」という。制作の腕でなく粘土が作品の出来栄えを助けたというのだ。制作者は苦笑しながら余った粘土を丸めた。時にはみそくそな言葉で誉めあう、楽しい集団だ。
遠慮なく評しあいながら粘土を練る。練りながら作品の姿を思い描く。日常の話題を口には出しても思い描く仕上がりの姿はなかなか口には出さないでいる。そこは積み重ねた年齢の技といいたいが、定かな形になっていないからだろうか。声を掛けられる作品作りができる腕前、早くそうなりたい。