日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

消費か賞味か

2007年10月31日 | 生活・ニュース


定年退職して楽しみな雇用保険の給付が終わるころ「仕事をしないか」とある会社から声をかけて貰った。300日の給付終了の後を考えていたときであり、仕事の内容がこれまでの経験を生かせることだった。即答でお願いした。

契約社員として机についた日から大きな課題を与えられた。担当業務は新規業務の立ち上げに伴う準備とそれを軌道に乗せるの2点だった。業務担当者としての資格取得と合わせ新業務の開始は予定通り済んだ。

次の課題は業務拡大のための方策とその事業免許取得だった。皆さんの協力を得ながら進めた業務拡大も順調に走り出したころから、担当事業も経営の1つの柱に成長し契約社員ではあるが喜んだ。

何度目かの契約更新のとき「最後の契約です」と告げられた。やっと事業が軌道に乗った、そんな思いに気の緩みがあったのか、詰めておきたいこともあったが3年余の契約社員が終わった。

退職手続きのとき正社員の1人から「辞めるのですか」と問われた。冗談で「消費期限が切れたようです」と答えた。そばにいた契約担当者が「そんなことはありません」真剣な顔で応答したことが忘れられない。

老舗も含め消費や賞味期限の偽装表示が連日マスコミをにぎわせ、消費者には怒りを通り越した不信感が蔓延している。こんな日本に誰がしたのか。そんなことを思いながら、あの時は消費か賞味かどちらが正しかったのか思い出していた。

(写真:ある日の買物の消費や賞味期限の表示)
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引き継ぎ

2007年10月30日 | エッセイサロン


ウォーキングは朝刊の配達時間帯と同じ。いつの間にか配達の人たちと「おはようございます」とあいさつする仲になった。

ある朝、その中の1人が2台連れ。前のバイクの人はいつもあいさつする人。後ろの人は初対面。初めは家のポストまで一緒・・・・・・。順調に引き継ぎできたのか1週間でバイクは1台になった。

サラリーマン時代に何度か引き継ぎをした。最後の申し送り、定年の時はパソコンの前であっけなく終わった。

薄暗い少しカビのにおいがする書庫で製本された書類をめくり、思い出話をしながら引き継いだことを懐かしく思い出す。

2007年10月30日 毎日新聞「はがき随筆」掲載

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子供と楽しむ

2007年10月29日 | パソコン講座


生涯学習祭りと科学の祭典が周東町のパストラルホールと隣接する周東体育センターで開催された。市教委から参加への打診があり所属するパソコンの会の仲間と科学の祭典に初参加した。

会のパソコン12台プリンター3台を設置、ぬり絵と名前入りの栞作成を楽しんでもらった。ぬり絵はクマ・コスモス・果物の3種類から、栞は10種類のデザインからそれぞれ選んでもらいマウス操作をして作品を作ってもらった。世界に1枚だけの作品は持ち帰ってもらった。ありがとう、子供の1言が嬉しかった。

付き添いの親御さんも含め多勢の方に訪問いただいた。そのうちマウス操作に参加されたのは園児から高齢のご婦人まで二百数十名、昼食もそこそこに参加者への応対に追われた。

体育センター内には、青少年の科学への関心を高める企画がいくつも設けられ、実験やもの作りに子供たちが挑戦していた。終日子供の声が館内に響き渡っていた。

忙しく食べた肉うどんと炊き込みご飯の昼食、地域の食材を使った地域ならではの味を美味しく頂いた。

当会はこのような行事に積極的に参加しパソコンの面白さを知ってもらうと共にその普及活動にも力を入れている。特に中山間地域のIT関係の基盤整備は進まず、国が推進した数年前のIT講座からあと1度もパソコンを開けていない方も多い。都市部に住む子供や孫とメールをしたい、切実な希望を聞かされている。

陽射しも秋の日らしい昨日の会場周囲は青空市場も開催されこちらも大変な賑わいだったいう。

(写真:開会前の確認を作業している当会のコーナー)
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生け花

2007年10月28日 | 生活・ニュース


「創作生け花と焼物オブジェ」で大型の陶器に花などが生けられ、旧家の門前に飾られていた。素人目にはその創作の狙いは理解出来なかったがオブジェとして見るといい飾りに感じた。

「生け花」といいながらその花材は自然にあるものがそのまま利用されていた。花のほかに枝、葉、茎、果実、つる、枯れた古木など様々な自然が織り込まれていた。また、これらの1部加工されたと思われるものもあった。

生け花は天地人の3要素をバランスよく表しそこに自然の美しさを表現する、遠い昔、このような意味の話を聞いた。「生け花の心は天地人」、これだけはいまも1つ覚えで残っている。

生け花は仏教の伝来とともに広まったそうだ。するとそこには深遠な意味を感じるが、天地人の意味は理解していない。

絵のうまい人は華道の先生になれないか、そんなことを話したら、絵は平面だが生け花は立体的に観賞するものだ、とたしなめられたことがあった。一理あると思ったが全面的に賛成したわけではなかった。

あらゆる場所にふさわしく活かされた花は、人の心や気持ちを穏やかにさせてくれる不思議なものを備えている。雑草にも似たような庭の花に水を撒くときふとそんなことを思う。

(写真:多種の花材が生かされた創作生け花の1部)
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竹灯り

2007年10月27日 | 生活・ニュース
 

「錦帯橋周辺の古い町並みを生かして行われる市民手作りのイベントです。忘れてしまった思い出を再発見して一緒に遊びましょう」と呼びかけた「アートふれあいフェスタ2007」が開かれている。

1番のよびものはた「竹灯りの小路」。高さ数十センチの斜めに切られた竹筒に夕焼けのころから蝋燭が灯される。200メートルほどの路が2000本の蝋燭の灯りに照らし出される。ほんのりと明るい路、街灯は消され車も止められており何か郷愁を引き立てるものがある。

「ステンドグラスの輝き」のコーナーでは、20台ほどの電気スタンドの傘が個性ある光をかもし出し沢山の人が足を留め写真を撮っている。

「創作生け花と焼き物オブジェ」は大型の花器にその大きさに勝る花や古木が活けられ、旧家の門に調和するよう置かれている。興味ある方だろうか立ち尽くしたまま眺める人もある。

明日の日曜日は「和」にちなんだ催しが盛り沢山にある。街づくりに活躍される皆さんの気持ちが伝わる、そんな手作りフェスタは賑わっている。

(写真:灯りの小路とステンドグラスの輝き)
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南天鉄砲

2007年10月26日 | 回想


朝4時過ぎ、かすかに遠雷の音は聞こえたが星が見えた。傘を持たず、いつものようにウォーキングに出かけた。ここ2、3日に比べ生暖かいことを感じながらも街灯の照らす決まったルートを進んだ。

折返しまでの中ほどに来たとき突然大粒の雨が音をたてて降り始めた。携帯電話やデジカメを濡らしてはいけない、そこから急いで引き返した。自然のシャワーを浴びながら家まで15分ほど、帰り着いたら小降りに変わった。

なんとかと秋の空という。降ったり止んだり日が差したりと定まらないお昼までの空模様だった。南方海上には台風が発生した。秋の空には未だ気が抜けない。

が、秋は深まっている。近所の垣根の南天が色づきはじめた。緑に黄に赤の3色が自然の移り代わりを織り成している。初夏に咲いた小さな白い花が晩秋から初冬にかけ赤い実に変わる。カメラを向ける通りがかりの人も見受けた。

子供のころに南天鉄砲をつっくて遊んだ。。南天の実が入る小さな竹を握りしめられる長さに切り銃身にする。余った竹を使って、銃身の筒に少しきつめに納まるそれより長めの押出し棒をナイフを使って作る。これで完成。南天の実を詰め込み押出し棒を勢いよく押す。南天の実はポンという音とともに勢いよく飛び出す。その飛距離を競い合って遊んだ。

年下の者へ作り方や遊び方を教えながら、押出し棒の長さや実のつめ方で飛距離に差がつくことも学んだ。材料になる竹の生えている所には年長者が先頭になって進み取りかたを教えた。杉の実でも同じような遊びをした。

いろいろ訳はあろうが自然と遊ぶことの申し伝えがどこかで途絶えた。自分で作った南天や杉鉄砲で日暮れまで走り回ったころを懐かしく思い出す。

(写真:色づきはじめた南天の実)
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芭蕉

2007年10月25日 | 生活・ニュース


芭蕉は秋の季語。植物園で「バナナの木」だと指さした子に「バナナにはバナナの実がなる、芭蕉には実はならない」と教えたお父さんを見たことがある。うまい説明だと思った。

ウォーキングの道沿いに何箇所かにその群生がある。強く見える緑濃いその葉は破れやすい。手に取るとよく分かる。北の風にさらされるとその葉は細かく引き裂かれる。間もなくその季節になる。その姿は「破れ芭蕉」といい冬の季語になっている。破れ芭蕉は冬のあいだ丸裸となり見るも哀れだ。

庭師に「芭蕉の葉は破れやすいため庭に植えることを嫌われる」と聞いたことがある。確かに破れ芭蕉の姿を知る人は庭の角に1株とは思わない。庭で芭蕉は確かに目にしたことはないが、裏庭では見ていた。

芭蕉の茎は水分をタップリと含んでいるいる。切口からは透明な液体が滴り落ちることを経験している。また茎の繊維は芭蕉布として織られ、紙の原料にもなった歴史があるという。

芭蕉の思いでは秋祭りに作った角寿司の各段の仕切に使われていたことだ。艶のあるあの葉はいまが盛りと風に揺れている。

(写真:いまが盛りの芭蕉)
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保護具の意味

2007年10月24日 | 生活・ニュース


交通事故については自身がヒヤリ、目撃をしてヒヤリを幾つか経験している。先日、早朝5時ころ目にしたヒヤり。

信号機は点滅状態のT字路交叉点。四輪駆動車が直進で交叉点に入った。同時に、道路の右側を走ってきた、つまり逆行してきたスクーターが右折しようと交叉点に入った(四輪駆動車は写真の右から左へ、スクーターは手前の白線沿いに右折)。

わずかな隙間を残して事故にはならなかった。が、スクーターは転倒した。その時、被っていた野球帽形のヘルメットが転がった。ヘルメットを拾い手渡したが礼も言わず走り去った。怪我はなかったようで良かった。

双方かなりのスピードだった。規則通り減速していればヒヤリは起きなかった。スクーターの逆行もいけない。正しいヘルメットの着用をしていればそれが転がることもなかった、幾つかのことが反省でき自分の経験として生かしたい。

TVの台風状況を伝えるアナウンサー、大切な情報を届ける実況の時には絶叫の場面も見られる。そのためかヘルメットを斜めやあみだに被り手で押さえながらの姿を良く見受ける。

保護具は何かのときに身を守るもの、正しい着用がされてその効力が表れるものだ。スクーターの男性もヘルメットを着用したのだから「あご紐」を締めていたら脱げなかった。あのとき頭を打っていたらヘルメットを着用した意味を成さなかった。アナウンサーも同じことだ。

身も守る、安全を守るなどのため法と言う目には見えない保護具がある。でも正しく使われ運用されて意味を成すものだ。昨今の日本の状態は「美しい日本」を通り越し心寂しい気がしている。

(写真:ヒヤリを目撃した交叉点)
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いい日本に

2007年10月23日 | 生活・ニュース


「読書感想文と画」の展示会が市内の図書館で開かれていた。沢山の子供が両親や祖父母と訪れ、小さな会場は賑やかだった。展示の説明や趣旨は見当たらないが、これは市内の小中学生から募集した読書感想文とその画の学年別の入選作品が展示されているようだ。

ざっと見た展示数は感想文が200編、画が70点近くあり、金賞や銀賞の区分けにだろうか金紙銀紙が貼られた作品が幾つかあった。自作品の前で、高い場所の画は指差しながら嬉しそうな顔で写真を撮ってもらう子が多くいた。

人物画ではアニメの主人公から明治時代までの活動的な姿が、動植物の画からは環境問題を感じさせるものなど幅ひろい作品はいずれも丁寧に描かれていた。

感想文を幾つか手に取ってみた。同じ年代の自殺をテーマにした読後感として、自分の今を見返しその時にどんなことが出来るか問う中学3年生、産卵から誕生まで親魚が子供を守るため戦いを知って感動した小学3年生。どの作品も原稿用紙数枚に丁寧な文字で書かれていた。

どの作品にも感心した。このまま素直に成長してくれたなら月並みだが「いい日本」になるだろうと思いながら会場を後にした。

(写真:読書感想文と読書感想画の展示会場)
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2冊目

2007年10月22日 | エッセイサロン


自動ドアが開く。店内に入ったらすぐに目についた。左手前の新刊本のコーナーに「アールグレイを飲みながら」の著者自ら作製のPR札が立ち、純白の表紙が積まれていた。積み具合から見ると何冊かは読者の手に渡ったようだ。

著者の「茅野 友」氏は岩国エッセイサロンの代表者。
今年1月エッセイ集「行くぞ!ハートリー」を初出版、その2冊目が今日出版された。2005年12月から2006年11月のブログを編集した、とあとがきにあった。著者手作りの栞が2枚添えられていた。

350頁270編の自費出版。原稿の編集・校正・装丁のすべてを著者ひとりでされた。
「私も是非自分の作品を自費出版してみたいと思われる方がおられましたら、ご連絡ください。格安で作る私の体験をお話いたします」とあとがきにある。
いつかは聞きに行きたい。いい作品を作る参考にこれから読み始める。

(写真:エッセイ集2冊目の表紙)
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