民俗学への道(宮本常一著)

2011-05-02 00:00:30 | 書評
minzokugaku著者の宮本常一の名前だけは、以前から心得ていた。全国各地を歩き、その情報を正確な文章で記述していた人。なんとなく、宮脇俊三のようなマニア性とか椎名誠のようなアドベンチャー性を持っているのだろうか。とか推測していた。

さらに、昨年の暮れに発行された季刊誌「考える人」の中で、現代の紀行文学者たちの愛読書が紹介されていて、多くの文化人たちが、「宮本常一」を挙げていた。

「これは、読まなくてはなるまい。姫路城の前にある観光客用の茶屋で串団子を食べた時に、どういう表現をすればいいのだろうか」とか、夜の鹿児島天文館通りで、「どういう基準で二件目のネオンを探せばいいのだろうか」といった、長年抱えてきた疑問に答えが見つかるのではないか。とか・・

それで、近くの書店で無造作に棚に並んでいた彼の著作(文庫本)を、中も見ないで買ってしまう。

ところが、

『民俗学への道』は、彼の自伝であったわけだ。(「自伝」というのは、「記載ミスの多い伝記」である、という言い草を知っているだろうか。知らなければ、今、覚えよう)

ともかく、自伝にしろ、伝記にしろ、その本人の業績や著作を知ってから読むのが一般的である。もちろん、歴史に埋もれた名もない一介の個人の生涯を、世の中に紹介するという感動的伝記というのもあるだろうが、宮本常一は、既に有名人であり、単に私が不勉強だっただけだ。

ということで、著作を読んだことがないのに、彼の人生と密接に関連する、著作類について、その成立の背景を伝記として読んだわけだ。村上春樹論を読んでから「海辺のカフカ」を読むようなものだ。

ということで、大きなことはまったく書けないが、先祖代々の話から始まり、ある時、柳田国男に師事し、そしてある時、柳田民俗学の上に自分の民俗学を組み上げ、そして、日銀総裁(後に大蔵大臣)で民具収集家の渋沢敬三と師弟関係を結び、その基礎の上に学会から離れ、独自に民俗学を構築していった、ということが、うっすらとわかった。

思えば、数年前に訪れた大阪の万博記念公園の中にあった国立民族学博物館は、渋沢・宮本両氏の活動の賜物であったわけだ。


後で、調べると、「宮本常一書作集(全30巻)」「私の日本地図(全15巻)」が代表作ということだそうだ。

さて、・・・