両国散策で軽い考察(下)

2007-01-17 00:00:40 | 美術館・博物館・工芸品
ちょうど大相撲開催中なので、相撲取りがあちこちを歩いている。また、名前を書くとまずいのだが、周辺にある相撲部屋はピカピカの鉄筋コンクリートのマンションのようなものから木造モルタル2階建て築40年というのもある。調査もしないでスカウトに騙されて上京(あるいは訪日)して、その住み込み部屋を見て、ガックリという少年も多いだろう。「まあ、建物は古いけんど、ジンギスカンはウメーからな」って・・・

b5d53805.jpgさて、相撲写真資料館という、今まで見た中で最も小さな資料館がある。地元の写真屋さんが店舗(スタジオ)の横の駐車場を改造して、主に横綱の写真を掲示している。冗談ではなく、本当に駐車場を改造したものと思える。横綱の写真は、第41代千代の山から64代曙までだが、「なぜ、41代から」なのかということをしばらく考えていたが、ある可能性が思い浮かんだので、歴代横綱リストを改めると、思ったとおり。第40代横綱は、「東富士」となっていた。そうプロレス転向した男である。

この東富士のプロレス入りには様々な原因があるのだが、作家村松友視氏は「力道山がいた」の中で、こう推理している。

1.当時、プロモーターだった新田某という人物は、力道山は既に国民的スターになっているが、どうもその出生地に関して複雑な関係があり、「日本人ではない」ということが露見するのではないだろうか、と怖れていた。

2.その時に備えて、早く力道山から東富士にスターを入れ替える必要があった。

3.しかし、力道山は、自らの興業家としての腕を信じていて、東富士をプロレス界から追放することを決意し、東富士がプロレスではまったく使い物にならないことを強調するようなシナリオを作り出していった。

ということだそうだ。

もし、この資料館(具体的には写真館の経営者)が、そういう転向者に冷たい、という方針であるならば、写真展示の最後である第64代曙も、毎年の大晦日に「マケボノ君」になっているようでは、展示写真からはずされる日が来るのかもしれない。


b5d53805.jpgそして、両国には鍋料理(ちゃんこ)を中心とした料理屋が無数にあるのだが、見たことも聞いたこともない単語が、店頭巨大看板に書かれている店があった。

もち豚専門店 わとん両国店。

もち豚」とは何だろう?いくら考えても思いつかない・・・豚の品種なのだろうか。江戸は広い・・