三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

「ソウル市長など市・道知事15人「5・18妄言を糾弾、歴史歪曲特別法制定を求める」」

2019年02月27日 | 韓国で
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/32877.html
「The Hankyoreh」 2019-02-25 12:13
■ソウル市長など市・道知事15人「5・18妄言を糾弾、歴史歪曲特別法制定を求める」
 全国の市・道知事15人が国会で共同立場の発表  
 自由韓国党のクォン・ヨンジン、イ・チョルウは不参加、無所属のウォン・ヒリョンは参加

【写真】ソウル市のパク・ウォンスン市長など全国市・道知事15人が24日、国会政論館で自由韓国党の一部の議員の「5・18妄言」を糾弾する立場を共同で発表している。左からホ・ジョンシク仁川政務副市長、ソン・ハジン全羅北道知事、イ・ヨンソプ光州市長、パク・ウォンスンソウル市長、キム・ヨンロク全羅南道知事、ヤン・スンジョ忠清南道知事/聯合ニュース

 ソウル市のパク・ウォンスン市長ら全国市・道知事15人が、自由韓国党の一部の議員による5・18光州(クァンジュ)民主化運動誹謗・歪曲発言に対し、「妄言、妄動を糾弾し、5・18歴史歪曲処罰特別法の制定を求める」という立場を共同で発表した。同日の声明には、共に民主党所属の市・道知事14人と無所属のウォン・ヒリョン済州知事ら15人が参加した。自由韓国党所属のクォン・ヨンジン大邱(テグ)市長とイ・チョルウ慶尚北道知事は参加しなかった。
 パク・ウォンスン・ソウル市長、イ・ヨンソプ光州市長、キム・ヨンロク全羅南道知事、ソン・ハジン全羅北道知事、ヤン・スンジョ忠清南道知事らは24日、国会政論館で「5・18民主化運動は韓国国民自らの努力と犠牲で成し遂げた大韓民国の民主主義の発展において最も輝く歴史であるにもかかわらず、最近、韓国の社会構成員のごく一部が5・18の歴史的事実とその精神を政治的目的に利用するために、誹謗下と歪曲を繰り返している」と述べた。彼らは「あの日の崇高な民主精神を長く称えるため、1997年5月に『5・18民主化運動記念日』が法廷記念日に指定されたが、まだ多くの活動家や遺族は5・18の過程で受けた深い傷と痛みを胸に抱いて生きている」と付け加えた。
 特にパク市長らは「5・18民主化運動に対する誹謗や歪曲は、大韓民国の憲法と民主主義を否定する行為だ。5・18民主化運動に対する妄言、妄動に対し、国民の名で糾弾する」とし、「5・18民主化運動の歴史的事実を否定したり歪曲する行為を排撃し、5・18歴史歪曲処罰特別法の制定を求める」と要求した。さらに「われわれ市・道知事らは5・18民主化運動の歴史的価値が韓国社会に定着するよう積極的に努力する」と明らかにした。彼らは「5・18妄言憲法秩序否定」「5・18民主化運動誹謗・歪曲排撃」「5・18民主化運動精神継承」などが書かれたプラカードを掲げてアクションも行った。
 イ・ヨンソプ光州市長は「(今回の事態が)成果のないうわべだけの言葉に終わってはならない。皆が各自の場で行動で示してほしい」とし、「自由韓国党は妄言を吐いた3人を除名し、国民に心から謝罪してほしい。国会倫理特別委員会はこの3人を一日も早く除名し、国会は5・18歴史歪曲特別法を制定することを望む。司法当局も関連事件を厳正に捜査し、裁判してほしい」と求めた。
 市・道知事協議会会長でもあるパク・ウォンスン市長は、全国の市・道知事らが共同立場文を出した背景について、「5・18は光州だけの問題ではなく、大韓民国全国民の問題であり、わが国民が韓国の歴史で輝かしい民主化プロセスとして普遍的に同意している」とし、「これに対する妄言を黙過できないという認識で、市・道知事の共同声明を採択することにした」と説明した。
 自由韓国党議員らの「5・18妄言」と関連して、今月16日「イ・ヨンソプ市長と光州市民に心からお詫び申し上げる」という携帯ショートメールをイ・ヨンソプ光州市長宛に送ったクォン・ヨンジン大邱市長はこの日、共同立場文に名前を載せなかった。これに対し、パク・ウォンスン市長は「クォン市長はこうした妄言が不適切で非常に遺憾だという考えを持っているという気持ちをイ・ヨンソプ市長に伝えたことがあり、今日の立場文に共感しているが、党人として公式的に名前が載せるのにやや困難があったようだ」と説明した。クォン・ヨンジン市長は、イ・ヨンソプ市長と今回の立場文発表について話し合いながら、立場の趣旨に共感したという。イ・チョルウ慶尚北道知事に対しても市・道知事協議会で最後まで賛同を説得したが、イ知事は参加を固辞したという。

キム・ギュナム、オ・ヨンソ記者
http://www.hani.co.kr/arti/politics/assembly/883340.html
韓国語原文入力:2019-02-24 20:43


http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/32878.html
「The Hankyoreh」 登録:2019-02-25 22:31 修正:2019-02-26 08:11
[コラム]100周年三一節に再確認する“5・18妄言”の根元
 6・25(朝鮮戦争)とその後の冷戦を経て“反共”を最高国家イデオロギーとして掲げることで、親日派の過去は洗われ隠蔽された。
 “5・18妄言”は、朴正煕(パク・チョンヒ)-全斗煥(チョン・ドゥファン)の後継政党の自然な結果だ。当初妄言を広めた元祖“親日メディア”らが、平和へと進む道の要所で再び足首を掴むことは、再度の売国行為だ。

【写真】自由韓国党のキム・スンレ(左)、キム・ジンテ議員が14日午後、大田のハンバッ体育館で開かれた第3回全党大会忠清・湖南圏合同演説会で、手を取り合い話を交わしている=大田/キム・ギョンホ先任記者//ハンギョレ新聞社

 父は日本留学時代に2・8独立宣言を起草した独立運動家だった。大韓民国臨時政府に従い、中国の南京から重慶に家族も転々としたが、1937年に母と末の弟はついに栄養失調で世を去った。解放された祖国でしばらく国会議員を務めた父は、6・25韓国動乱(朝鮮戦争)の時に北に拉致され、子どもたちは再び“アカの家族”という頚木をかけられた。息子はその後、肉体労働と新聞配達で生計を賄わなければならなかった。金尚徳(キム・サンドク)元反民族行為特別調査委員会(反民特委)委員長の長男が回顧する悲しい家族史だ。
 金九(キム・グ)先生と共に、中国で抗日運動をした金昌淑(キム・チャンスク)先生は、日帝警察の拷問で下半身を使えなくなった。長男は19歳の時の拷問の後遺症で、次男もやはり独立運動の途中で亡くなった。解放後の反独裁闘争で多くが獄苦を体験し、政治ゴロによって本人が再建した成均館大学の総長職から追い出された後には、安宿を転々とした。3番目の息子がタクシー運転手をして生計を立てなければならなかった。
 調査報道専門メディア「ニュース打破(タパ)」は、2015年に解放70周年特集ドキュメンタリー4部作「親日と忘却」を放送し、翌年これを本にして再構成した。独立運動家の子孫の困窮した人生、これと対照される親日派の子孫の相続された“富と権力”は、今も私たちの社会の恥ずかしい素顔だ。李完用(イ・ワンヨン)が蓄積した土地4300万平方メートルを含め、日帝強制占領期間に親日派が所有した土地4億3千万平方メートル(ソウル市の3分の2に相当)のうち、国家に帰属させた土地は3%の1300万平方メートルと推定される。このうち売却処理されたものは10分の1の130万平方メートル(2015年6月報勲処統計)に過ぎない。ニュース打破の表現どおり、この“0.3%”は、うやむやになった“親日清算”の実状を見せる象徴的数値であるわけだ。
 3・1運動100周年を控え、年初からメディアによって過去の問題が再び召還されている。しかし、抵抗の歴史に劣らず、恥ずかしい過去が化粧した新たな顔で私たちのそばに生きていることを忘れてはならない。
 金昌淑先生を成均館大学から追い出し、財団の理事長に上がった人物こそ、日帝下で朝鮮儒林連合会の代表などを歴任し、侵略戦争のラッパ吹きの役割を果した李明世(イ・ミョンセ)だ。彼の孫娘のイ・インホ(元韓国放送理事長)は「(解放後の)親日派清算はソ連から出た指令」だったとし、「私の祖父が親日なら、日帝時代の中産層はみな親日派」だと主張する。
 満州、間島(カンド)特設隊で抗日独立運動家を弾圧・掃討した白善ヨプ(ペク・ソンヨプ、日本名は白川義則)は、2005年特別法により設置された親日反民族行為真相究明委によって親日反民族行為者1006人のうちの一人として公認された。にもかかわらず、朝鮮戦争時の戦功を理由に、相変らず“真の軍人”として彼の名前を取った賞が制定され、軍の関連行事の度に最高の上席に上がり元老待遇を受けている。
 親日派に翼をつけたのは祖国の分断という現実だった。朝鮮戦争と冷戦を経て“反共”を最高国家イデオロギーとして掲げることで、これらの親日・売国の過去は洗われ隠蔽された。日帝に“犬馬の忠誠”を誓う血書まで書いて、満州軍官学校に入った朴正煕(パク・チョンヒ)の親日前歴も、選挙で一度もまともに照明されなかった。
 27日に開かれる全党大会を控えて、自由韓国党に登場した“5・18妄言”は、別の見方をすれば朴正煕-全斗煥後継政党の自然な結果だ。“親日”と“南労党”前歴を“反共”で覆い隠してきた朴正煕と、その娘に追従する人々が全斗煥の蛮行までそこに絡めて「5・18北朝鮮特殊軍潜入」の饒舌を弄するのは、ある意味自然なことだ。
 当初“5・18妄言”の拡散には元祖“親日メディア”の役割が大きかった。すでに1980年当時から抵抗する光州(クァンジュ)市民を“暴徒”“ならず者”と罵倒し「北朝鮮軍特殊部隊潜入」主張を自社の放送に初めて登場させたのも彼らだった。日帝強制占領期間「朝鮮青年たちの徴兵参加を促し、戦時債券街頭販売まで」乗り出すなど、政府が親日反民族行為者として公式確認した先代社主の生き様が、主題だけを“反共”に変えて子孫にそのまま引き継ぎ、独裁と軍事反乱まで擁護するに至ったわけだ。
 政治・言論・軍・学界に布陣したこれら“親日-反共”の既得権妄言同盟は、自分たちの過去を合理化し美化するところで止まらない。最近1年間、冷戦の氷が溶けて流されるや、北朝鮮を悪魔化してきたクセを捨てられずに、不信と葛藤の小さな欠片でも見つけ出しては増幅させ、平和へと進む道の要所でことごとく妨害している。ジム・ロジャーズが全財産を投資すると公言し、周辺国の企業らが対北朝鮮投資機会を伺っている時に、彼らの足首を掴むことは、親日に続く再度の売国行為だ。
 偶然にも、2回目の朝米首脳会談の翌日が3・1運動100周年だ。歴史的瞬間に彼らが再び妄言で墨をばらまくことのないよう、両目をしっかり開こう。

キム・イテク論説委員
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/883540.html
韓国語原文入力:2019-02-25 19:38


https://japanese.joins.com/article/620/250620.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2019年02月26日09時31分
■独立運動家の子孫「韓国は親日派が勲章を多く受けた」
 慶尚南道密陽(ミリャン)出身の代表的な抗日武装独立運動家、若山・金元鳳(キム・ウォンボン、1898-1958)の子孫が「11月ごろソウルで記念事業会を発足させる」と明らかにした。
 金元鳳の11兄弟姉妹(9男2女)の末っ子であり唯一の血縁だったキム・ハクボン氏が24日に死去すると、米国に居住する次男キム・テヨンさん(62)が25日午後に帰国し、このように話した。
 キム・テヨンさんは記者らに対し「若山・金元鳳記念事業会」を準備中と伝え、記念事業会が発足すれば義烈団独立運動精神の継承はもちろん、中国独立運動現場など歴史紀行、大学生向け歴史教育などの活動をする予定だと説明した。
 キムさんは連座制の苦痛など同族間の争いや戦争のつらい歴史の中で激しい家族史を経験したと語った。ところが26歳の時に米国に渡り、一文無しから苦労して事業を始め、白人主流社会の信頼を得たという。キムさんは米国で母の勧めで「義烈団若山・金元鳳奨学会」を設立して会長を引き受け、臨時政府記念館建設委員会の理事も務めている。

キムさんは金元鳳の叙勲問題に関する質問に「親日派が勲章を多く受けた。韓国では多くの民族反逆者に授章した」と話し始めた。キムさんは「勲章は国民のために何をしたか、真実が何かを見て授与するものだ」とし「金元鳳の叙勲問題には個人的にそれほど気にしていないが、象徴性があるため授与されれば親日派に戒めになるかもしれない」と語った。それでも叙勲が家門の慶事とは考えていないし、今までメディアに出るのを恐れていたと明らかにした。
 金元鳳が北に渡った後に韓国戦争(朝鮮戦争)が始まると、南側に残された家族のうち金元鳳の兄弟4人、親戚5人が保導連盟事件などで銃殺され、キム・ハクボン氏の父は軟禁状態で死亡した。キム・ハクボン氏の夫も拷問の後遺症で死亡し、本人も警察に連行されてひどく尋問を受けた。キムさんは兄弟が孤児院に預けられて苦労しながら学校に通い、連座制が解除されてからようやく米国行きなど活動が可能になったと伝えた。
 金元鳳は1898年に慶尚南道密陽(ミリャン)で生まれ、1919年に義烈団を組織し、国内日帝収奪機関の破壊と要人の暗殺など無政府主義闘争をした。1942年に光復軍副司令官に就任し、1944年に大韓民国臨時政府の国務委員および軍務部長も務めた。金元鳳は臨時政府を率いた白凡・金九(キム・グ)先生より日帝が掲げた懸賞金が高かったほど日帝に恐れられる存在だった。
 しかし1948年に北に渡った後、同年8月に北朝鮮最高人民会議第1期代議員になり、同年9月に国家検閲相になった。その後、労働相や最高人民会議常任委員会副委員長など北朝鮮政権の幹部となり、1958年に金日成(キム・イルソン)の延安派除去で粛清された。
 映画ではカリスマあふれる武装独立運動のリーダーとして描かれたりもした。2015年のチェ・ドンフン監督の映画『暗殺』でチョ・スンウが、2016年のキム・ジウン監督の『密偵』でイ・ビョンホンがそれぞれ金元鳳を演じた。
 しかし金元鳳は「北朝鮮政権樹立に寄与した」という理由で独立有功者として勲章を受けられなかった。現行の独立有功者叙勲基準では北朝鮮政権樹立に寄与した人物は選定されない。報勲処は昨年、独立有功者の選定基準を改正して「光復(解放)後行跡不明者」(社会主義活動経歴者)も叙勲可能にしたが、ただ「北朝鮮政権樹立に直接寄与していない」人物でなければいけない。
 今年の三・一節(独立運動記念日)叙勲対象者選定当時、金元鳳に対する独立有功者叙勲勧告案が出ると、政界は一斉に反発した。野党・自由韓国党の鄭泰沃(チョン・テオク)議員は声明書で「北の政権樹立に寄与した韓国戦争当時の戦犯活動に関係なく独立有功者として授与すれば、金日成に独立勲章を与えて子孫の金正恩(キム・ジョンウン)に年金を与えなければいけない」と主張した。正しい未来党の池尚ウク(チ・サンウク)議員は「金元鳳は北の政権樹立・維持・発展に輝かしい功績を残した人物であり、有功者として叙勲するというのはとんでもない」とし「わが国に献身した人物を守るのが報勲だが、むしろその人物を犠牲にした人たちを報勲対象にしようとしている」という立場を表した。
コメント   この記事についてブログを書く
« 「光州で暮らしていた米国人... | トップ | 「韓国外相国連で慰安婦問題... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

韓国で」カテゴリの最新記事