三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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「韓国人強制徴用犠牲者の遺骨74柱、日本から祖国へ」

2019年02月28日 | 国民国家日本の侵略犯罪
https://japanese.joins.com/article/703/250703.html?servcode=A00§code=A10
「中央日報日本語版」 2019年02月28日06時49分
■韓国人強制徴用犠牲者の遺骨74柱、日本から祖国へ

【写真】民和協の金弘傑代表常任議長が27日、大阪統国寺で開かれた朝鮮人遺骨奉還式で追悼の挨拶を述べている。(写真提供=民族和解協力汎国民協議会)

 南北民族和解協力汎国民協議会(民和協)が共同で推進してきた日帝強占期強制徴用犠牲者の遺骨奉還事業が初めて実を結んだ。民和協は27日午後1時、大阪統国寺で遺骨74柱の奉還式を執り行った。民和協は昨年から北側民和協と共同で「朝鮮の魂、アリランの帰郷」事業を推進してきた。「長いアリラン」という名前がついたこの日の奉還式は同事業の初めての成果だ。
 式典には金弘傑(キム・ホンゴル)民和協代表常任議長とキム・ジョンギ民和協共同議長、白凡(ペクボム)金九(キム・グ)先生の孫であるキム・ジン光復会諮問委員長、ハ・スグァン在日本朝鮮人総連合会朝鮮人強制連行真相調査団事務局長、イ・ジェチュル日帝強制動員被害者支援財団事務局長など関係者150人余りが参加した。北側民和協関係者は日本政府のビザを受けることができずに入国できなかった。
 遺骨74柱は1974年から統国寺に保管されてきたもので、昨年民和協が統国寺関係者との面談を通じて遺骨奉還を推進してきた。
 金弘傑氏は追悼辞を通じて「今日奉還される遺骨は手の平ほどの小さな箱に入れられた一握りの灰にすぎないが、目を閉じる最後の瞬間まで故郷へ戻ることを切実に望んでいたものと信じる」としながら「80年近い歳月を待たせてしまい、ただ申し訳ない」と明らかにした。引き続き金氏は「私たちは今でも誰がやってきて亡くなり、誰が生きて帰ったのか、知っていることよりも知らないことのほうが多い」としながら「故郷が北朝鮮人という理由で除外された一人の遺骨も、一日も早く故郷へ戻ることができることを希望する」と話した。
 この日、統国寺を離れた74柱の遺骨は28日午後、仁川(インチョン)国際空港を通じて入国する。
 引き続き清渓(チョンゲ)広場前から韓国プレスセンターまでの道路を行進した後、芝広場で路祭(出棺のときに行う祭式の一種)を行う。3月1日に白凡記念館で開かれる追悼式は俳優パク・ソンウンの司会で執り行われ、日帝強占期の強制動員と被害者遺骨奉還を素材にしたドキュメンタリー映画『長いアリラン』が上映される。遺骨は2日、済州(チェジュ)の寺院(ソヌン精舎)に仮安置された後、確認を経て遺族に引き渡される予定だ。民和協関係者は「今後、日帝強制動員真相究明のための南北共同事業を持続的に推進していく」と述べた。


https://jp.yna.co.kr/view/AJP20190227005100882?section=news
「聯合ニュース」 2019.02.27 20:01
■強制徴用被害者の遺骨74柱が韓国へ 大阪で奉還式
【ソウル聯合ニュース】大阪市天王寺区の統国寺で27日、日本による植民地時代に強制徴用され、日本で死亡した朝鮮半島出身者の遺骨74柱の「奉還式」が行われた。南北統一問題に取り組む韓国団体「民族和解協力汎国民協議会(民和協)」が伝えた。

【写真】追悼の辞を述べる金弘傑氏(民和協提供)=(聯合ニュース)

 式には民和協の金弘傑(キム・ホンゴル)代表常任議長、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の朝鮮人強制連行真相調査団中央本部事務局長のハ・スグァン事務局長、韓国行政安全部傘下の日帝強制動員被害者支援財団のイ・ジェチュル事務局長、在日大阪領事館関係者ら約150人が出席した。
 民和協はこの日引き取った遺骨を28日に韓国に持ち帰り、来月2日に済州島の寺院に仮安置する予定だ。
 民和協と北朝鮮団体「民族和解協議会」は昨年7月、強制徴用被害者の遺骨返還で協力することに合意した。統国寺には北朝鮮出身者であることが判明している被害者の遺骨1柱が安置されている。


https://mainichi.jp/articles/20190216/k00/00m/040/005000c
「毎日新聞」 2019年2月16日 08時01分
■徴用工らの無縁仏74柱、祖国へ 大阪の寺院から韓国に

【写真】大隅実山さん=遺族提供
【写真】「こういうお骨(こつ)が出ちゃいかんのです」。崔住職は遺骨の前で毎朝読経し、供養してきた=大阪市天王寺区茶臼山町で2019年2月11日、松倉展人撮影

 戦時中に旧植民地の朝鮮半島から徴用されて強制労働に従事し、死亡した労働者や家族の遺骨74柱が今月末、韓国側に引き渡される。引き取り手がない無縁仏で、岡山県内に残された遺骨を地元僧侶らが戦後集め、大阪市天王寺区の統国寺(崔無碍=チェ・ムエ=住職)に安置されてきた。南北融和の機運を受けて昨夏に韓国、北朝鮮の団体が民間レベルで共同返還事業を始めており、団体によると、初の本格的な返還ケースとなる。
 遺骨は岡山県仏教会などが1958年から70年代まで行った収集調査で、同県玉野、倉敷、津山各市などの寺を中心に約20カ所で発見された。約200柱のうち、引き取り手がなかった遺骨が74年、朝鮮半島ゆかりの「民族寺院」である統国寺へ移された。遺骨には現在の北朝鮮地域の出身者を含む可能性がある。
 労働者は県内の造船所や鉱山などで働いていた際、空襲や事故、病気などで死亡したとみられる。家族らしい子供の遺骨、氏名不詳の遺骨も含まれている。骨つぼ入りの火葬骨がある一方で、氏名を記した紙片や土、砂だけが残されていた例もあった。
 調査の中心となったのは岡山市の僧侶、大隅実山(じつざん)さん(2000年に95歳で死去)。大隅さんらが当時作成した調査表には「鉱山事故で遺体が収容できず、土を採ってポリ袋に納めたものらしい」「幼児のものか 『日東紅茶』の角形のブリキ罐(かん)に入れる」など痛ましい記述が見える。
 詳細な調査が後年、身元判明に結び付いたケースもあった。00年に玉野市保管の造船所労働者16人の埋火葬許可証が発見され、いずれも現在の北朝鮮地域が本籍地と判明し、うち男性1人(当時22歳)が統国寺の遺骨と日本名と死亡日が一致。今回の返還とは別に北朝鮮での調査を待っている。
 大隅さんは戦前にソウルなどで布教活動に携わり、皇民化政策に関わった悔悟と自責から長く遺骨返還に取り組んだ。長女の佐々木妙子さん(67)と次女大隅経子(きょうこ)さん(65)は「父は朝夕のお経に返還への思いをいつも込めていた」と振り返る。
 27日に統国寺で韓国、北朝鮮の団体と寺の共催で遺骨の「奉還式」があり、その後は韓国・済州島の寺院に仮安置される予定。崔住職は「調査を重ね、手厚く葬ってくれた岡山の皆さんには本当に感謝したい。(38度線の)非武装地帯が『平和地帯』となれば、そこに遺骨を安置して平和の象徴にしてほしい」と話している。       【松倉展人】

◆南北融和で実現 
 井上厚史・島根県立大教授(日韓関係史)の話 今回の遺骨返還が南北の歩み寄りで実現したことを評価し、過酷な生活を強いられた人々の名誉回復のきっかけになることを期待したい。元徴用工や元従軍慰安婦の問題は政治や金銭の問題として捉えられがちだが、彼ら、彼女らがどこでどのような生活をしていたのかをきちんと調査し、記録することが大切だ。

◆朝鮮半島出身者の遺骨返還
 朝鮮半島出身の旧日本軍人・軍属の戦没者は2万人以上とされるが、工場などに徴用されて死没した労働者らの実態は不明で、各地の寺院などに遺骨が散在している。旧軍人・軍属の遺骨は日韓政府の合意に基づき、2008年1月に東京・祐天寺に安置された101柱が返還されるなどした。ただ、無縁仏が数多く残る徴用工らの遺骨の返還や、国交がない北朝鮮への返還は進んでいない。韓国の民間団体「民族和解協力汎(はん)国民協議会」が昨夏、北朝鮮の団体と委員会を作り、日本側と連携して返還事業を進める方針を表明した。


http://www.io-web.net/2019/01/%e3%81%99%e3%81%b9%e3%81%a6%e3%81%ae%e7%8a%a0%e7%89%b2%e8%80%85%e6%83%b3%e3%81%86%e3%80%8c%e8%a8%98%e6%86%b6%e3%81%ae%e9%81%ba%e9%aa%a8%e3%80%8d%ef%bc%8f%e6%b8%88%e5%b7%9e%e5%9b%9b%e3%83%bb%e4%b8%89/
「イオWEBマガジン」 企画 在日朝鮮人を見つめて 2019年 1月
■すべての犠牲者想う「記憶の遺骨」/済州四・三犠牲者慰霊碑 
 僧侶の読経が響くなか、他の遺族とともに引いた紐で慰霊碑を覆う布が取り払われると、彼女は堪えきれずに両手で顔を覆った。済州島出身で、現在は大阪市に暮らす在日一世、李福淑さん(1936年生まれ)である。2018年11月18日、天王寺区の統国寺で、「済州四・三犠牲者慰霊碑」の除幕式があった。
 彼女は本欄2018年6月号で記した康実さんの従妹、即ち武装蜂起隊二代目総司令官、李徳九の姪だ。縁戚22人が殺され、自身の体にも銃創痕が残る。今も遺骨が見つからぬ親族もいるという。叔母の機転で討伐隊から逃れ、島内での8年に及ぶ逃走生活を経て渡航した。植民地支配に起因する難民を日本政府は「密入国者」として拘束、大村収容所に送った。今に至る難民政策の原点がここにある。知り合いに引き取られ、親族の居る大阪に着いたのは5ヵ月後のこと。

【写真】慰霊碑に向かい手を合わせる李福淑さん
【写真】慰霊碑を見つめる李福淑さん(いずれも大阪市天王寺区の統国寺で。2018年11月18日)
  写真:中山和弘
  なかむら・いるそん●1969年、大阪府生まれ。立命館大学卒業。1995年毎日新聞社に入社。現在フリー。著書に「声を刻む 在日無年金訴訟をめぐる人々」(インパクト出版会)、「ルポ 京都朝鮮学校襲撃事件――〈ヘイトクライム〉に抗して」(岩波書店)、「ルポ思想としての朝鮮籍」(岩波書店)などがある。『ヒューマンライツ』(部落解放・人権研究所)の「映画を通して考える『もう一つの世界』」を連載中。


https://this.kiji.is/473440758990095457?c=39546741839462401
「共同通信」 2019/2/27 19:43
■徴用工遺骨祖国へ、大阪で奉還式
 南北融和の共同事業

 戦時中に旧植民地の朝鮮半島から徴用され、日本で死亡した労働者と家族の遺骨74柱を韓国側に引き渡す「奉還式」(法要)が27日、大阪市天王寺区の統国寺で行われた。長年、統国寺に安置されていたもので、今後、韓国・済州島の寺院に仮安置される。
 南北融和の機運を受け、昨夏に韓国と北朝鮮、日本の団体が民間レベルで始めた共同事業の一環。
 1958年から岡山県仏教会などが行ってきた収集調査で岡山県玉野市や倉敷市などの寺で約200柱が保管されていたことが判明。作業現場で働き、事故や病気、空襲で亡くなった徴用工と家族の遺骨とみられる。
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