「毎日新聞」 2023/2/14 23:00(最終更新 2/14 23:00)
■「入管収容所」演劇で闇にかみつく ウィシュマさん入管死を題材
【写真】「入管収容所」の稽古を行う劇作家・演出家の中津留章仁さん(左端)と俳優ら=東京都内で2023年2月3日、和田浩明撮影
「入管は、人権侵害につながる諸問題が詰まったブラックボックスではないか」。そんな疑念に突き動かされた劇作家・演出家の中津留章仁(なかつる・あきひと)さん(49)が新作を書いた。2月17日に東京都内で上演が始まる「入管収容所」。背景にあるのは、スリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が名古屋出入国在留管理局(名古屋市)で死亡した問題だ。何を訴えたいのか。その思いを聞いた。
劇の主な舞台は、入管収容施設。導入部は、体調を崩した収容者の病院搬送をめぐり、施設の幹部や現場担当者、救急隊員、外国人収容者らが激しいやり取りをする場面を含む。
「(体調悪化は)演技の可能性もある」「ガラ(収容者の蔑称)たち」「抵抗するか!」――。ウィシュマさんの死亡に関する出入国在留管理庁の報告書や、毎日新聞が報じてきた元入管職員らの証言、警備官が収容者を力で押さえ込む映像などを思い起こさせる表現がちりばめられ、見る側はどきりとする。人権侵害が指摘される入管の影の部分と、収容者のために悩む現場や支援者らの光の部分が交錯する印象だ。
2月上旬、都内の古びた建物で中津留さんが主宰する「TRASHMASTERS」や他劇団の俳優らが集まった稽古(けいこ)を見た。演技の後、中津留さんと役者たちのやり取りが始まる。「もっと彼(演じる役)を追い込まなくちゃ」「自分の主張をしろということ?」「(他の登場人物を)どう説得するか考えすぎているんだと思う」。問いかけと思考、咀嚼(そしゃく)を通じ表現がブラッシュアップされていく。
その時々の社会問題を扱う作品群を生み出してきた中津留さん。従軍慰安婦を象徴する少女像などが展示され、抗議が殺到して一時中止になった2019年の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」などを題材に、22年には「出鱈目(でたらめ)」を上演。「権力にかみつく芝居は得意なんです」と笑う。これまでに毎日芸術賞の千田是也賞や、紀伊国屋演劇賞も受賞した。
【写真】「入管収容所」のパンフレット=劇作家・演出家の中津留章仁さん提供
◆収容施設の外国人にも面会
中津留さんは報道でウィシュマさんの死を知り、「次はこれだ」と思い定めたという。生前のウィシュマさんに面会していた関係者から話を聞き、入管庁の報告書や関連書籍にも目を通した。さまざまな事情があって収容されている外国人らの心や状況を知ろうと、俳優らと収容施設に面会にも行った。その俳優の一人が、劇中でウィシュマさんをモデルにした「ニシュワ・サンダルワン」を演じる宮越麻里杏(まりあ)さん(45)だ。
「面会室のアクリル板1枚を挟んで、同じ人間なのに向こうは収容され、こちらは自由に動ける。この違いは何だ、という思いがしました」と振り返る。
開会中の通常国会には、出入国管理及び難民認定法(入管法)改正案が再提出される見通しだ。改正法案は、強制送還対象者が帰国を拒んだり、入管施設での収容が長期化したりしている問題の解消を目指す内容とみられ、法務省が早期成立を目指している。収容者の支援団体や入管制度に詳しい弁護士ら反対する人たちは、本国で迫害されるなどの懸念があって「帰れない人たち」を危険にさらす内容として廃案を求める。
日本に対しては、国連自由権規約委員会が22年11月、難民などを危険な場所に戻さない「ノン・ルフールマン原則」の尊重や、入管収容を限定的、最短にし、裁判所の判断を受けることを勧告した。
【写真】「入管収容所」の作者で演出家の中津留章仁さん=東京都内で2023年2月3日、和田浩明撮影
法案に反対する立場の中津留さんは言う。「日本人が動くことで国の政策は変わる。彼ら(外国人)は選挙権がないから、僕らがやらなきゃいけない。演劇を通じて変革の一端を担えるよう頑張りたい」
「入管収容所」は、2月17~26日に東京都墨田区の「すみだパークシアター倉」で上演。詳細は「TRASHMASTERS」のホームページ(http://www.lcp.jp/trash/next.html)で。
「毎日新聞」 2023/2/15 18:15(最終更新 2/15 19:41)
■入管法改正案、21年廃案内容をほぼ維持 今国会再提出へ
出入国在留管理庁は15日、不法滞在の外国人が入管施設で長期収容されている問題を解消する入管法改正案の概要を自民党法務部会に示した。2021年に国会提出したものの廃案になっていた改正案の内容を今回もほぼ維持し、難民認定申請中は送還されない現行ルールに制約を設ける。政府は今国会に改正案を再提出する方針だ。
現行法では、不法滞在者は原則として入管施設に収容され、国外退去処分が決まれば自ら帰国するか、強制的に送還される。しかし入管庁によると、21年12月時点で約3200人が帰国を拒み、長期収容の要因となっている。うち約1600人は難民認定を申請中で、送還回避目的で申請を繰り返すケースもあるという。このため、改正案は送還が停止される難民申請を原則2回までに制限。送還中に航空機内で暴れるなどして送還を妨害した場合は、刑事罰を科せる制度を新設する。
また、改正案は不法滞在者の入管施設への原則収容も見直す。現在も逃亡の恐れがない場合に収容を一時的に解く「仮放免」があるが、施設外での生活を支える「身元保証人」が十分に役割を果たしていないとして、改正案ではより重い監督責任を持つ「監理人」の下で暮らす監理措置制度を設ける。21年の改正案は、保証金の納付を監理措置の条件としていたが、今回の改正案では事例に応じて納付の要否を判断する。また、収容から監理措置への移行を入管庁が3カ月ごとに見極める仕組みも、今回の改正案で新たに盛り込んだ。
一方、今回の改正案では、難民とは直ちに言えなくとも戦争や紛争から逃れて人道上の危機に直面している外国人を難民に準じて保護する新たな仕組みを盛り込んだ。ウクライナ避難民らが対象になるとみられる。15日の法務部会は非公開で行われ、関係者によると改正案への目立った反対意見は出なかったという。
21年の改正案を巡っては、同年3月に名古屋出入国在留管理局の施設でスリランカ人女性のウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が亡くなる問題が発生。入管への批判が高まり、廃案につながった。 【山本将克】
「毎日新聞」 2023/2/15 18:11(最終更新 2/16 09:32)
■ウィシュマさん入管死 監視カメラ映像 「耳を疑った」職員の一言
【写真】ウィシュマ・サンダマリさん=遺族提供
「動物のように扱われた」。遺族が怒りに震えた監視カメラ映像には、何が映っていたのか――。
295時間のうち5時間分の視聴許可
【写真】ウィシュマ・サンダマリさんの遺影を手に名古屋地裁に入廷する遺族ら=名古屋市中区で2023年2月15日午後2時9分、藤顕一郎撮影
2021年3月、名古屋市の入管施設で死亡したスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)の様子を記録した監視カメラ映像を、記者が視聴した。亡くなる当日、ウィシュマさんの指先が冷たくなっていると報告を受けた職員が発したひと言には、思わず耳を疑った。
記者が閲覧申請して視聴を許可されたのは約5時間分の映像。亡くなるまでの13日間に撮影された約295時間分の映像の一部だ。遺族が国に損害賠償を求めた訴訟で、国側は22年12月に同じ映像を名古屋地裁に提出。遺族側は公開の法廷での上映を求めている。
21年2月23日午後7時すぎの映像には、ウィシュマさんが日本語で「タントウサーン(担当さん)」と連呼し、「病院に持って行って。お願い」と何度も懇願する様子が映っていた。バケツに嘔吐(おうと)し、「今日死ぬ」と訴えるウィシュマさん。看守は「大丈夫。死んだら困るもん。他のこと考えよう」と取り合わなかった。
出入国在留管理庁の調査報告書によると、ウィシュマさんは21年1月中旬ごろから食欲不振や吐き気、体のしびれを訴えていた。施設に収容された20年8月に84・9キロあった体重が、21年2月23日には65・5キロに減っていた。このころはもうトイレや着替えにも介助が必要な状態だった。
ベッドから床に落ち看守に助けを求めたのは同26日の早朝。暗闇で「寒い」とつぶやく中、看守らの姿が映り込んだのは12分後だった。ウィシュマさんを両脇から抱えるが持ち上がらない。床に横たわるウィシュマさんに毛布を掛け「朝まで我慢して。ごめんね」と言い残して部屋を出た。
◆報告書では「おかゆを口に」とあるが
報告書では外部病院の精神科を受診した3月4日以降も、おかゆを口にしたとされる。しかし、映像に残された様子は、看守に体を支えられても姿勢を保てず、ぐらぐらと後ろに倒れこんでしまい、呼び掛けへの反応もほぼなくなった。
亡くなった日の同6日午後2時すぎ。看守がベッドに横たわるウィシュマさんの左手の指先に触れ、インターホンで「指先がちょっと冷たい気がします」と伝える生々しい様子もあった。報告に応じた職員の返答には耳を疑った。「あ、そう」
しばらくして看守ら職員4人が集まり、脈拍を測りながら「ちょっとまずい気がします」などと口にしていたが、すぐに救急車を呼ぼうとはしなかった。
◆「映像を見ないと感情分からぬ」
報告書には「『あー』と声を出す」という記載が何カ所もあったが、実際に映像で確認すると、悲鳴のような声から、死亡した日に近づくほどに声にならない、うなるようなトーンに変わっていた。「映像を見ないと感情が分からない」。訴訟が始まった22年6月に、遺族が会見で語った言葉の意味が理解できた。
場面ごとに区切られた映像は音声付きのカラー。ベッドと木の棚があるだけの簡素な室内を天井から映していた。国側は「保安上の支障がある」として、看守ら職員の顔にモザイク処理を施し、音声も一部が消されていた。【藤顕一郎】
「毎日新聞」 2023/2/15 18:14(最終更新 2/16 02:03)
■ウィシュマさんの監視映像、公開法廷で上映へ 5時間分 名古屋地裁
【写真】ウィシュマ・サンダマリさんの遺影を手に名古屋地裁に入廷する遺族ら=名古屋市中区で2023年2月15日午後2時9分、藤顕一郎撮影
2021年3月、名古屋出入国在留管理局の施設で死亡したスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)を巡る訴訟で、名古屋地裁(佐野信裁判長)は15日、ウィシュマさんの収容中の様子を収めた監視カメラ映像を法廷で上映することを決めた。非公開の進行協議後に記者会見した遺族側代理人が明らかにした。上映の日程は3月中に再び協議する。
代理人によると、上映されるのは、ウィシュマさんが亡くなった21年3月6日までの13日間、約295時間分を撮影したものの一部で、約5時間分の映像。22年12月に、地裁の勧告を受けて国側が提出していた。
この日の協議で佐野裁判長は、原則として傍聴人を入れた公開の法廷で上映するとし、「(次回以降の)口頭弁論期日に行う」と述べた。1月の協議で「必要性がない」などとして、上映に反対する意向を示していた国側からの異議申し立てはなかったという。
ウィシュマさんの2人の妹は「やっと決まってよかった」「すごくうれしい」と口々に話し、ホッとした表情を見せた。【藤顕一郎】