瓢水の妻の名はヲトヨ
瓢水の奥さんについて知りたくなりました。
現在、詳しく調べられているかもしれませんが、不勉強なため、まだ知りません。
後日詳細が分かりましたら詳しく紹介することにします。
ご存知の方は一報ください。
玉林寿光信女(オトヨの戒名)
ここでは、分かっていることだけでも紹介しておきます。
法蔵寺に残る瀧家の過去帳に、わずかにその名前を知ることができます。
(過去帳より)
〇 玉林寿光信女 享保十三年戌申三月二十三日
叶屋久次郎母
西浜ニテ相果 ヲトヨ
享保十三年(1728)瓢水45歳の時に妻・ヲトヨが亡くなっています。
オトヨは、現在の高砂市北浜町西浜の藤言家から嫁入りしています。
そして、西浜で亡くなっています。
彼女の死因や享年等は、まだ調べていません。これらも、分かった時点でお知らせすることにします。
妻・オトヨの死後5年後に瓢水の母(参)が亡くなっています。
母が亡くなったときは、母の死に目に間にあえず号泣して詫びています。
さればと手 墓に布団も 着せられず
これは、その時に詠んだ句です。
でも、オトヨについての特別な話は伝えられていません。
オトヨと瓢水の生活は、幸せなものだったのでしょうか。
オトヨは、瓢水の45歳時に亡くなっています。そして、 彼女は実家で息を引き取っています。
何か事情があったのでしょうか。(no3371)
*絵:オトヨのつもり(あるところで、稲美町のHさんが、ある女性の絵を描いてくださいました。少し寂しそうにも見える女性です。オトヨと関係ない絵ですが、オトヨのつもりで使わせていただきました)
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