ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

お爺さんが語る郷土の歴史(31) 古墳時代(7)、行者塚古墳(1)・古代からのタイムカプセル

2017-11-27 09:07:04 | お爺さんが語る郷土の歴史

       行者塚古墳(1) 古代からのタイムカプセル

 加古川市行者塚古墳(ぎょうじゃづか)古墳は、神野町西条の城山(じょやま)から東に続く加古川左岸(東岸)の丘陵に築かれた前方後円墳です。

 かつて、この辺りには、古墳時代後期の群集墳が多数存在していましたが、そのほとんどは昭和38年(1963)よりはじまった宅地開発にともなって姿を消してしまいました。

 今は、規模の大きな行者塚・人塚・尼塚が残るのみです。

 ここは、昭和48年(1973)「西条古墳群」として国の史跡指定を受けました。

 行者塚古墳の第一次調査(1995)、第二次調査(1996)の調査は、驚くべき内容を明らかにしました。

 その一部を『行者塚古墳(発掘調査報告)』(加古川教育委員会・1997)に見てみます。

 なお、他の人塚・尼塚および西条廃寺については、後に紹介しましょう。

 現在、行者塚古墳は、加古川市山手二丁目となっていますが、山手二丁目は、元八幡町中西条と神野町西条の一部が、宅地造成に伴い、昭和58年11月21日新しく設営された地域です。

 行者塚古墳は、古代の不思議をいっぱい詰めたタイムカプセルでした。

 「行者塚古墳の秘密」を、今回も含めて4回シリーズで紹介します。

*写真は、行者塚古墳から発見された帯金具。(no3794)

 『行者塚古墳(発掘調査報告)』(加古川市教育委員会)参照

 ◇きのう(11/26)の散歩(11.010歩)

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