行者塚古墳からたくさんの遺物が発掘された。
そのうち、前回紹介した帯金具は中国・晋(しん)の時代のもので、朝鮮半島の金海(朝鮮南部)から伝えられたと考えられている。
中国大陸のものが交易により朝鮮に渡り、それが日本へ交易により伝えられた。
その他、多くの種類の遺物がある。
巴型銅器(写真)は、新羅の慶州・釜山の金海あたりの古墳でも発見されている。
それに、馬具なども朝鮮南部製と考えられている。
そのほか、鉄鋌(てってい・鉄の板がね)等が発見されているが、それらは朝鮮半島南部のものと思われる。
今後、鉄の成分分析が行われると更に詳しく生産地等が特定されるだろう。
つまり、行者塚古墳の遺物は大陸の、特に朝鮮半島南部の香りをいっぱい詰め込んだ古代のタイムカプセルである。
それでは、行者塚古墳の築かれた時代、行者塚古墳の被葬者はどんな人物なんだろうか。
次回からのブログで取り上げてみたい。
お詫び:仕事の都合で4月21日から昨日までブログを発行できませんでした。お詫びします。
*『KAKOGAWA』(伊賀なほゑ著)、『開かれた古墳時代のカプセル(記録集)』(加古川市教育委員会)参照
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