ひろかずのブログ

加古川市・高砂市・播磨町・稲美町地域の歴史探訪。
かつて、「加印地域」と呼ばれ、一つの文化圏・経済圏であった。

さんぽ(78):西井ノ口の風景(明治34年)

2014-03-11 10:19:17 |  ・加古川市東神吉町

  明治341901)の西井ノ口の風景
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 この地図は、大日本帝国陸地測量部により明治34年に測量された地図です。
 今日の「さんぽ(78)」は、この地図から明治34年当時の西井ノ口、およびその周辺の風景を想像してください。
 西井ノ口の北側は、海抜10メートルの等高線にそって升田・神吉・西村・大国・岸の集落があり、その間はすべて水田です。<o:p></o:p>

 西井ノ口は水の郷
 升田から西井ノ口へ大きな水路を見ることができます。
 そして、地図にはないのですが小さな水路が張り巡らされていました。
 西井ノ口は、まさに、水が集まる水の郷でした。
 子供たちは、水路で、フナ・ナマズ・エビ等をおいかけたことでしょう。
 夏の初めには、ホタルが群れ飛びかっていたことでしょう。
 そんな話を聞かせてください。

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コメント
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