2012/07/31 記
--------------
「被災したペットの新しい飼い主さんを探しています」紙No.10の配布を始めた。福島の避難区域内に取り残された犬猫たちの保護をしている「ペットレスキュー」という活動がある。隣接地域にシェルターを設け保護、仮設巡回して、受け取り可能な飼い主さんに、返していくという活動だ。私は現在は「ねこひと会」「にゃんだーガード」という2つの団体が抱えている犬猫の茅ヶ崎仲介を手伝っている。被災地から、ボランティアのリレーで、茅ヶ崎まで届けてくれるが、かわりに受け取り手が愛玩飼育可能かどうか事前審査がきつい。
私は子どもが家族同然にして飼っていた犬猫を、避難時に家に放置して逃げたことに、子どもがショックを食らっている話を聞いた。大人にとっては「動物より人間が大事」という論で割り切るが、子どもには従順な弟のように慕ってきた犬や、いつも隣で寝起きしていた猫を見捨てる事態に写っている。避難所にペットを連れて行ったら入所を断られ、自家用車で生活することになったという例もあった。それほどに家族として認めてきたというのに。この話は、元引きこもり青年が気仙沼で働き始めてから、その企業の社長の息子が同様の大人批判の訴えを行なっていた。
昔、太郎次郎社から鳥山敏子さんの「いのちに触れる」という「家畜を飼って殺して食べる」という小学校の授業が話題になったことがあった。命ある者を殺して食べるという「生き物の業」への着目は、仏教的な「命をいただく」という理解と、食の貴重さを媒介にした命の輪廻から環境へという世界観を抱える実践だった。私は脅迫されたかのような硬直した鳥山さんを、宗教者の前線に立つジャンヌダルクのような面持ちに見えて、違和感を感じつつ、講演会の客席から鳥山さんを見上げていたことを思い出した。豚を飼い、した豚の腑分けと調理を子どもがすることで、生と食とを見つめさせていたのだ。聖なる原理への調教のような印象を私は持っていた。宮沢賢治の「よだかの星」の原罪にも登場する仏教的な倫理観の世界だ。
それはやがて流行化し「ゆずり葉」の話を通して、教科書にはおじいちゃんから私にひきつがれる命のバトンのような話となっていく。しかし、震災を経てこんなところで、人と動物の命、愛玩動物とは何かというような問い、餓死していく家畜たちと人災という形で、子どもたちの世界で再燃していくとは思ってもみなかった。
今、被災地では埋め立てた魚などの有機廃棄物が腐敗し、衛生上の問題を抱え込み始めている。衛生害虫が蔓延し、ドブネズミなどの伝染病の媒介者たちが増えている。そういう防疫上の視点からみていくと、野生化した犬猫は狂犬病などの宿主になりかねない危険を孕んでいる。私たちが家族と思い、なかには墓に埋葬までしている犬猫を飼うという営みが、一方ではペットセラピーのようなひとのこころの深部を揺さぶり、活きることへの共感をかりたてる心の深層に触れる営みと連動しており、その反面では捕獲殺害せねばならない、人に振り回される存在。ひとの営みとは何なのか。ペットレスキューは、そんな人の社会の身勝手さに異を唱えている。
今回の書籍紹介では「震災ペットを救う」という災害避難の一断面を提供したが、これらの話は象徴的には「フクシマ2011、沈黙の春」に見る様なレイチェル・カーソンの著書を彷彿とさせるリアル、死が身の回りに貼りついた世界へと連なる入口でもある。だから、震災を命の眼で見直す入口にもしている。
だから動物愛護者からは私は白い目で見られてしまう、ひとの心の優しさ探し、傲慢さがしでもあることは決して忘れない。私たちを揺さぶった震災が、ひとのあらゆる営みをゆさぶっている。その出来事の多様さを抱え込みつつ、私は共感の世界をさらに探りたいと考えている。
今回の動物病院巡回は国道一号線より北側を歩いた。カラー刷りなので、毎月2千円かかる。結果的には、被災地に防疫の仕事の応援で通っている獣医師さんと、情報を話し合う契機を求めているのが実体なり。
------
母が8月から、高次脳機能障害や脳血栓後遺症のリハをやるような機器のそろった施設で、週に一回、特に下肢の筋トレに通うことになった。要支援2なのだが、一般の老健やホームの訓練では、軽すぎて母は優等生になってしまうし、利用者さんを焦らせてしまうので、場を探していた。病院のリハは順待ち状態で、長期利用が無理とのことで、包括支援センターや、訪問介護をしている知人から、情報を得て探していた。その場所も決まって、先日、利用契約を済ませたところだ。
母はトレーニングウェアを持っていない。それで母の格好を揃えるために、物怖じする母を連れ出して、やっと買い物を済ませた。先日父の入所状態を見てきたとき、父は白内障を進ませていた。下手をすると、8月下旬は父母の介護で金銭的にもかき回される可能性が出てきた。予防線を張りながら進めていこうと思っている。
教材屋の仕事も、7月中で済ませておこうとした件は、無事終了。いよいよ高認2日と、3日間橋本3君の就労支援を済ませれば、あとは三井君の車の最後の支払いが済む。移動文庫も始まる予定だが、お盆前になんとかせねばと思う。8月末、新幹線ではなく夜行バス2泊で、広田町に行ってくる。地域医療関係者と話し合いたい。眼鏡をはずした世界というか、風呂場の湯気のたった世界というか、そういう曇りを脱し、もっと実現したい構造について、仮説的な立場をすっきりさせておきたいのだが。
事務長、北里大のサークルに会いましょう、ね。
夜間傾聴:橋本3君(仮名・母親)
(校正2回目済み)
--------------
「被災したペットの新しい飼い主さんを探しています」紙No.10の配布を始めた。福島の避難区域内に取り残された犬猫たちの保護をしている「ペットレスキュー」という活動がある。隣接地域にシェルターを設け保護、仮設巡回して、受け取り可能な飼い主さんに、返していくという活動だ。私は現在は「ねこひと会」「にゃんだーガード」という2つの団体が抱えている犬猫の茅ヶ崎仲介を手伝っている。被災地から、ボランティアのリレーで、茅ヶ崎まで届けてくれるが、かわりに受け取り手が愛玩飼育可能かどうか事前審査がきつい。
私は子どもが家族同然にして飼っていた犬猫を、避難時に家に放置して逃げたことに、子どもがショックを食らっている話を聞いた。大人にとっては「動物より人間が大事」という論で割り切るが、子どもには従順な弟のように慕ってきた犬や、いつも隣で寝起きしていた猫を見捨てる事態に写っている。避難所にペットを連れて行ったら入所を断られ、自家用車で生活することになったという例もあった。それほどに家族として認めてきたというのに。この話は、元引きこもり青年が気仙沼で働き始めてから、その企業の社長の息子が同様の大人批判の訴えを行なっていた。
昔、太郎次郎社から鳥山敏子さんの「いのちに触れる」という「家畜を飼って殺して食べる」という小学校の授業が話題になったことがあった。命ある者を殺して食べるという「生き物の業」への着目は、仏教的な「命をいただく」という理解と、食の貴重さを媒介にした命の輪廻から環境へという世界観を抱える実践だった。私は脅迫されたかのような硬直した鳥山さんを、宗教者の前線に立つジャンヌダルクのような面持ちに見えて、違和感を感じつつ、講演会の客席から鳥山さんを見上げていたことを思い出した。豚を飼い、した豚の腑分けと調理を子どもがすることで、生と食とを見つめさせていたのだ。聖なる原理への調教のような印象を私は持っていた。宮沢賢治の「よだかの星」の原罪にも登場する仏教的な倫理観の世界だ。
それはやがて流行化し「ゆずり葉」の話を通して、教科書にはおじいちゃんから私にひきつがれる命のバトンのような話となっていく。しかし、震災を経てこんなところで、人と動物の命、愛玩動物とは何かというような問い、餓死していく家畜たちと人災という形で、子どもたちの世界で再燃していくとは思ってもみなかった。
今、被災地では埋め立てた魚などの有機廃棄物が腐敗し、衛生上の問題を抱え込み始めている。衛生害虫が蔓延し、ドブネズミなどの伝染病の媒介者たちが増えている。そういう防疫上の視点からみていくと、野生化した犬猫は狂犬病などの宿主になりかねない危険を孕んでいる。私たちが家族と思い、なかには墓に埋葬までしている犬猫を飼うという営みが、一方ではペットセラピーのようなひとのこころの深部を揺さぶり、活きることへの共感をかりたてる心の深層に触れる営みと連動しており、その反面では捕獲殺害せねばならない、人に振り回される存在。ひとの営みとは何なのか。ペットレスキューは、そんな人の社会の身勝手さに異を唱えている。
今回の書籍紹介では「震災ペットを救う」という災害避難の一断面を提供したが、これらの話は象徴的には「フクシマ2011、沈黙の春」に見る様なレイチェル・カーソンの著書を彷彿とさせるリアル、死が身の回りに貼りついた世界へと連なる入口でもある。だから、震災を命の眼で見直す入口にもしている。
だから動物愛護者からは私は白い目で見られてしまう、ひとの心の優しさ探し、傲慢さがしでもあることは決して忘れない。私たちを揺さぶった震災が、ひとのあらゆる営みをゆさぶっている。その出来事の多様さを抱え込みつつ、私は共感の世界をさらに探りたいと考えている。
今回の動物病院巡回は国道一号線より北側を歩いた。カラー刷りなので、毎月2千円かかる。結果的には、被災地に防疫の仕事の応援で通っている獣医師さんと、情報を話し合う契機を求めているのが実体なり。
------
母が8月から、高次脳機能障害や脳血栓後遺症のリハをやるような機器のそろった施設で、週に一回、特に下肢の筋トレに通うことになった。要支援2なのだが、一般の老健やホームの訓練では、軽すぎて母は優等生になってしまうし、利用者さんを焦らせてしまうので、場を探していた。病院のリハは順待ち状態で、長期利用が無理とのことで、包括支援センターや、訪問介護をしている知人から、情報を得て探していた。その場所も決まって、先日、利用契約を済ませたところだ。
母はトレーニングウェアを持っていない。それで母の格好を揃えるために、物怖じする母を連れ出して、やっと買い物を済ませた。先日父の入所状態を見てきたとき、父は白内障を進ませていた。下手をすると、8月下旬は父母の介護で金銭的にもかき回される可能性が出てきた。予防線を張りながら進めていこうと思っている。
教材屋の仕事も、7月中で済ませておこうとした件は、無事終了。いよいよ高認2日と、3日間橋本3君の就労支援を済ませれば、あとは三井君の車の最後の支払いが済む。移動文庫も始まる予定だが、お盆前になんとかせねばと思う。8月末、新幹線ではなく夜行バス2泊で、広田町に行ってくる。地域医療関係者と話し合いたい。眼鏡をはずした世界というか、風呂場の湯気のたった世界というか、そういう曇りを脱し、もっと実現したい構造について、仮説的な立場をすっきりさせておきたいのだが。
事務長、北里大のサークルに会いましょう、ね。
夜間傾聴:橋本3君(仮名・母親)
(校正2回目済み)