夜の日銀

2009-03-19 00:00:06 | 歴史
nichigin先日、本石町方面の料理屋に討ち入りした際に、近くにライトアップされた石造りの建物があった。手持ちの一万円札の図柄で確認すると、日本銀行本店であった(というのは嘘で、1万円札に日銀本店の図柄はない。)。

ライトアップしているのは、アートの目的なのか、あるいは金庫破りを防ぐ防犯上の理由からなのかはよくわからない。ただし、日々の市中銀行との現金往復輸送業務は、首都高速のあまりの混雑のため、今は埼玉県の戸田にある日銀戸田分館(発券センター)で行われているので、討ち入るならそちらの方がいいだろうか。

日銀本店の方の金庫には、今、何が入っているかよくわからないが、案外、たいしたものは入っていないのではないかと、思う。実際に日銀券というのは、不兌換券であるのだが、仮に、「何か価値のあるもの」と交換できるとすると、既に日本中に大量に行き渡っている日本銀行券(お札)の総量と等価のものを、日銀が金庫の中に持っているのだろうか、と思うわけだ。

では、日銀券の発行残高(というのも奇妙な言い方だが)は?これが、約70兆円。意外に少ない。国債・地方債などの発行残高が1000兆円に近いとか、個人金融資産が1400兆円とかいうのだから、ゴミみたいな金額である。日銀自体も国債を保有しているのだから、70兆円分の担保能力は十分なのだろう。

ところが、日本国政府=日本銀行ということではない、ということになった場合、日銀券の裏打ちというのは、かなり覚束なくなってしまう。この一等地の歴史的建造物も、日銀資産の一つ、つまり、お札の価値を保証するものの一つと、いうことになるのだろうか。

しかし、この歴史的建物、簡単には換金できない。実は重要文化財に指定されている。明治29年(1896年)の竣工である。石造りに見えるが、中身はレンガだそうである。銀行のイメージに合わせて、御影石を貼り、重厚感を醸し出しているそうだ。現代では、マンションなどにレンガ風のタイルを貼って、見かけ上の資産価値を上げる場合があるが、レンガの価値が上がったのだろう。

設計者は、金庫にちなんで辰野金吾(きんご)である。赤レンガの東京駅舎の設計者でもある。「権威」「中央政府」「国家の威厳」というようなものを表現するのが得意分野である。

nichigin一方、東京駅の向かいにあるのが、最近話題の中央郵便局。こちらは昭和14年(1939年)の竣工。設計は吉田鉄郎氏。モダニズムの傑作とされる。

保存か解体かの、大きな論点は、「モダニズム」の解釈ということになるのだろう。モダニズムは、精神的には、封建主義や中央集権主義、宮廷様式などからの脱却、つまり市民主義の勃興と期を同一にしている。つまり、日銀や東京駅のもつイメージとは180度違っている。さらに仕様としては、機能主義を中心においている。

つまり、極論すると、ほとんどの現代のビルはモダニズムである、ともいえるわけだ。(『ポスト・モダン』というのもあり、東京駅前の赤いビル、東京海上がそれだ)。だから、モダニズムを厳密に考えると、ビルができた時には機能的、合理的、平等的であっても、長い年月を経て、使い勝手が悪くなれば、それは「単に、消えていくべき」である、という考え方もあるわけだ。モダンボーイは老醜をさらさないという原理だ。


nichiginところで、自分的には、最もモダニズムを具現したビルとして、表彰状をあげたいのは、名古屋駅前で存在感を示している『大名古屋ビルヂング」。外観だけではなく、各フロアは、北側に立派な通路を配置し、南側(駅前広場側)に広い事務所スペースを確保している。

今のところ、保存運動は起きていないようだ。