CDで聴く池上彰講演会はこどもニュースの延長

2005-10-18 22:18:36 | 市民A
95a3b697.jpg新潮社からCDが届いた。少し前に予約していた、池上彰氏の「日本語は乱れているのか-メディアの日本語、私たちの日本語」という講演会に急遽、行けなくなったのだが、気を利かしていただいたのか講演の録音がCD(つまり画像なし、音声のみ)となって送られてきたのだ。まあ文字におこすのは大変だろうが、CDは全部電気式の仕事でできるから簡単で安価なのだろう。

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ところで、話は横に飛ぶが、急遽、講演会へ行くのをキャンセルしたのは、突然の宴会があったからだ。大口の株主様何名か様の接待。無口な株主様で私がずっとしゃべっていて事なきを得る。こういうややこしい宴会にもっとも便利なのが、「蟹」料理だ。それも豪華に一人一匹もの(蟹は単位は何だったかな?頭か匹か羽だったか???)がいい。核心的追及を受けそうになった頃に登場すると、ただちに沈黙の時間が訪れる。「蟹は沈黙をもたらす」という格言がある(かどうかは知らない)。蟹を食うにも手順があって、それができない男は、彼女とデートにいく時に、レッドロブスターは避けた方がいい。ゆでロブスターも手順は同じだ。

そして、蟹を食う方式を見ていると、性格がわかる。蟹の甲羅の中の蟹ミソをつつきまわした上、酒でも注いで甲羅酒などやる人間は要注意。細かなことまで気が付く。足の先までしゃぶるような人間も危険だ。出資先を搾取するタイプだ。また、大雑把に蟹をバラバラにして残骸の山を作る人間も困る。まあ、蟹接待は高額だが、嘘発見器代わりに、たまにはいいかもしれない。高額ってことになると一人あたり単価はいくら位かというと、もちろんカニだから、チョキだ。
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元に戻る。

95a3b697.jpg送られてきたCDだが、その他、資料が多数入っている。司馬遼太郎の講演集全8枚セット2万円強という振込用紙も入っていたが、何かの間違いで買いたくなるといけないので、読まずにシュレッダーに入れる。そして池上CDをラジカセに入れて、まず10分聞いたのだが、雑談ばかりだ。こういうのはCDではわからない。本や資料なら、飛ばして読む場所はわかるのだが、何しろCDは・・

そして、ようやく講演が始まる。最初に、「私はアナウンサーではなく、編集委員とかキャスターという分類なのですが・・」と多くの人の勘違いを訂正する。NHKの「週刊こどもニュース」のイメージが強すぎるのだが、もともとは普通の記者であったが、主流の政治部ではないということで中途半端な仕事になっていたらしい。「週刊こどもニュース」も全体の企画は池上ペースで行われていて、1週間かけて次の企画を決め、小道具の準備をしていたそうだ。そして55歳で中途退社。その事情は明らかにされない。(講演部分がCDになっているだけで、質疑応答は収録されていない)

聞くと、生放送というところに大きな困難があったということだ。ちょっとした言い間違いでも抗議電話が殺到するらしいのだ。特に、世間でやや誤った表現をしているものを、正しい言い方でしゃべると大混乱が起こるそうである。例として、”埼玉県の”「吉見百穴(通称ひゃっけつ、だがひゃくあな)」。二荒山神社(日光にあるのが、ふたらさん神社で、宇都宮のはふたあらやま神社)。水面(本来「みのも」だが「みなも」が定着。白夜(本来「はくや」だが、森繁久弥の知床旅情で「びゃくや」に変質。早急「さっきゅう」が「そうきゅう」化。など。


ところで、書評を書くのは、本をパラパラとめくりながら引用すればいいのだが、このCD講演集を評するのは相当しんどい。いくらCDを見ても内容は思い出せない。中を探そうにも困難だ、ということ。さらに、途中20分ほど眠っていたようなのだが、もう一回最初から聞く気にはとてもなれないということだ。何しろ、こどもニュースの口調が完全に身についてしまい、聴衆を「こども扱い」しているように聞こえてしまうのだ。何度聴いても途中で眠ってしまうような気がする。ただ、特に刺激的な話は私の記憶には残っていない。


そして、実は、司馬遼太郎講演会CDセットの申込書は始末してしまったのだが、始末を忘れていた新潮社の月刊PR誌「波」を読んでしまい、つい年間1,000円也の購読料を振り込んでしまったのである。