三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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「韓米軍 朝鮮戦争の激戦地で遺骨発掘へ」

2017年03月31日 | 韓国で
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2014/05/12/0200000000AJP20140512002700882.HTML
「聯合ニュース」2014/05/12 17:18
■韓米軍 朝鮮戦争の激戦地で遺骨発掘へ
【大邱聯合ニュース】韓国陸軍の歩兵第50師団は12日、朝鮮戦争有数の激戦として知られる「多富洞の戦い」があった慶尚北道漆谷郡の487高地で、米軍と合同で遺骨の発掘を14日から実施すると発表した。韓国軍約200人と米軍約60人が参加する。
 韓国南東部、大邱市の北約8キロに位置する487高地では、1950年8月から9月にかけ韓国軍と米軍部隊が北朝鮮軍と激戦を繰り広げた。
 韓国軍関係者は「戦争初期に押し寄せた北朝鮮軍を阻止するため、多富洞一帯で命をささげた韓国軍と米軍の崇高な犠牲をたたえる意味で、両国将兵らが共に遺骨を発掘する」と説明した。
      ikasumi@yna.co.kr


http://chosonsinbo.com/jp/2013/08/0802ml-3/
『朝鮮新報』2013.08.02 (13:13)
■朝鮮戦争参戦米兵が訪朝、元同僚の遺骨発掘のため
 朝鮮戦争に参戦した米国人元兵士が、咸鏡南道での戦闘で戦死した同僚の遺骨を発掘するため、7月20日から63年ぶりに朝鮮を訪問した。米国国営放送ボイス・オブ・アメリカの記者も同行した。
 報道によると、現地での発掘作業は、豪雨によって発生した洪水などの影響によって実現しなかった。朝鮮側は、9月に再訪朝し遺骨発掘作業を行うことを提案し、元兵士も肯定的な立場だという。
 同放送の記者は、訪問期間中に朝鮮が自身を通じて、米国に中断されている米兵遺骨発掘作業の再開を促したと報じた。
 また、朝鮮人民軍将校が平安北道球場郡龍淵里で米軍の遺骨数体が発見されたと明らかにしたという。同将校の話によると、遺骨は7月10日の豪雨が降った後、米軍の戦闘靴が数個発見され、現地住民が周辺を捜索する過程で発見された。


http://www.chongryon.com/j/kr_news/k_news/442.html
「コリアニュース」№442(2011.8.10)
■米国防省、朝鮮側に米兵遺骨発掘の共同作業を提案
 AP通信は8月6日、米国政府が朝鮮戦争当時、朝鮮側で死亡した米兵の遺骨発掘共同作業に関する会談を朝鮮政府に正式に提案したと報じた。
 同通信が、米国防省高官が明かした話として伝えたところによると、朝鮮側から米国政府が要請するのであれば米兵遺骨発掘の共同作業について肯定的に検討するという意向が伝えられた後、米国政府側が2日、朝鮮側に書簡を送りこの問題についての会談を提案したという。8月8日のボイス・オブ・アメリカによると、米国防総省傘下の戦争捕虜、失踪者担当局のケリー・パーカー広報官は、今年の秋にも北朝鮮政府代表を米国に招待して米兵遺骨発掘再開について協議する計画であることを明らかにした。米国防省当局が朝鮮側に会談を申し入れ政府代表を招待していることを公にするのはきわめて異例のことである。
 米兵遺骨発掘調査と返還協議は、朝米両国政府が1988年12月6日の北京における朝米参事官級非公式接触を契機に行われ、1993年8月には「遺骨問題に関する合意書」が採択され、双方が発掘に協力することなどを決めた。その後、96年1月にハワイの米軍基地で行われた朝米軍事当局間の後続協議には、朝鮮人民軍板門店代表部副代表の朴林銖大佐も参加したが、朝鮮人民軍将校が米国を公式に訪問したのは、朝鮮戦争以来はじめてのことだった。同年5月にはニューヨークの協議で最終合意文書が採択され、7月の共同作業を皮切りに10年間続けられ、その間33回の共同作業を通じて220余柱の遺骨が米側に返還された。しかし、2005年にブッシュ政権当時のラムズ・フェルド国防長官が「米側の人員の安全が保障されない」ことを口実に一方的に撤退し、中断されたままになっていた。朝鮮戦争の米兵戦死者は約5万人といわれているが、遺骨捜索対象者として米軍に登録されているのは約8000人だという。米国側はこのうち3000~4000柱の遺骨を回収したいとしている。
 停戦状態という戦争終結にいたっていない極度の軍事的緊張の中にありながらも、米兵遺骨の捜索と返還が1996年から2005年までの10年間、断続的に行われてきたのは、ひとえに 朝鮮側の人道的措置の賜物である。また、朝米軍事当局間の相互協力による米兵遺骨の発掘調査再開が、朝米関係改善と朝鮮半島の平和構築のための信頼醸成に役立つことは言うまでもない。
 ジョン・ケリー米上院外交委員長は6月26日付のロサンゼルス・タイムズへの寄稿文で「(朝米接触再開の)よい出発点は、2005年に当時の国防長官ドナルド・ラムズウェルドによって中断された朝鮮戦争で行方不明になった米兵(遺骨)の北朝鮮での捜索活動を再開するために北朝鮮との対話を再開することにある」としながら、「2年間の沈黙に近い状態の後の接触の再開は、まずは人道問題だけだとしても、朝米の協調が可能であることを実証することになる」と指摘している。


http://www.afpbb.com/articles/-/2209209
「AFP」2007年04月10日 11:03
■朝鮮戦争で戦死した米兵の遺骨、返還へ - 米国
【ワシントン/米国 9日 AFP】平壌を訪問中の米非公式代表団は9日声明を出し、北朝鮮は朝鮮戦争で戦死した米兵6人の遺骨を返還することに合意したと発表した。
 米大統領選の有力候補でもあるビル・リチャードソン(Bill Richardson)氏が率いる超党派の平壌訪問団は、遺骨の返還について北朝鮮軍部から「保障を取り付けた」と同氏の事務所は声明で述べた。
 北朝鮮人民軍板門店代表部の李賛福(Ri Chan Bok)代表はリチャードソン氏に対し、遺骨を11日に国連軍司令部と軍事休戦委員会に引き渡すと確約したという。
 「これは北朝鮮政府側の非常に前向きな動きだ」と李氏との会談を終えたリチャードソン氏は語った。
 米国南西部ニューメキシコ(New Mexico)州知事のリチャードソン氏は今回の訪問に先立ち、「遺骨返還が実現すれば、米朝関係進展の兆しとなるだろう」と語っていた。
 朝鮮戦争では1950年から1953年間に3万3000人以上の米兵が戦死し、約8100人が行方不明となった。リチャードソン氏の事務所の声明によれば、李氏は北朝鮮軍に米兵の遺骨捜索を強化するよう「命令を出した」という。
 米国と北朝鮮は現在も法的には戦争状態にあり正式な国交はない。米軍は過去に北朝鮮と共同で遺骨の捜索を行なっていたが、政治情勢が不透明化するなか安全上の懸念があるとして、2年前に米朝共同の遺骨捜索を停止した。
 声明によれば、朝鮮人民軍(Korean People's Army、KPA)は、北朝鮮の雲山(Unsan) で遺骨と共に発見され、認識票で持ち主が判明した3人の米兵の遺品も返還する予定。
 正式な遺骨返還式典は12日にソウルで行なわれる。同日午後、遺骨のDNA鑑定が行なわれるハワイのホノルルでも儀仗兵による帰還式典が行なわれる。リチャードソン氏は9日、北朝鮮の6か国協議首席代表の金桂冠外務次官とも会談し、北朝鮮の核兵器開発の中止と、今週に設定されている核兵器工場の解体開始の期限を守るよう求めた、と声明は述べた。
 声明は金外務次官の反応は伝えていない。


http://japanese.donga.com/List/3/all/27/285717/1
「dongA.com」February. 27, 2005
■韓国戦争行方不明の米操縦士遺骨、中国丹東で52年ぶりに発掘
 昨年6月、中国丹東で発掘された米兵の遺骨が、韓国戦争当時の1952年に行方不明になった米戦闘機パイロットの遺骨であることが確認された。
 米国防総省は、昨年6月に丹東で発見された遺骨を確認した結果、1952年9月に行方不明になった空軍F86戦闘機パイロットのコープ大尉であることが確認されたと、26日に発表した。
 韓国戦争参戦の米兵遺骨が中国で発見されたのは初めて。
 ワシントン・ポスト紙はコープ大尉の遺骨発掘は、韓国戦争当時、旧ソ連が米軍パイロットを捕らえて情報目的に利用しようとしたという米政府の分析を裏付けるものだと報じた。
 コープ大尉は、1952年9月16日、F86戦闘機で鴨緑江(アプロクカン)近辺のミグ機出没地域に出撃し、ミグ15戦闘機6機と空中戦を展開、撃墜された。
 コープ大尉の遺骨確認は、米国人ビジネスマンが1995年に、丹東の軍事博物館でコープ大尉の軍番と名前が書かれた認識票を目撃して、中国駐在の米大使館に知らせたことがきっかけになった。
 その後、米国防総省傘下の「戦争捕虜及び行方不明者担当合同司令部(DPMO)」は、コープ大尉の遺骨を発掘するための調査に乗り出したが、中国側の協力拒否で進展しなかった。
 さらに、DPMOは1999年にロシアのポドルスキー古文書保管所で、コープ大尉と関連した文書を発見した。ソ連のパイロットたちの陳述が書かれた同文書には、戦闘機が丹東で墜落し、ソ連と中国側が捜索作業を行なったという内容があった。
 2003年10月、中国政府の許可を得たDPMOは、昨年5・6月に現地に発掘チームを送り、飛行機の残骸と人骨を発見、遺伝子鑑識で遺骨の主がコープ大尉であるという事実を突き止めた。
 国防総省は、5月の葬式のために家族に遺骨を引き渡す予定だ。
 これまで戦争中に行方不明になった米国人は約8万8000人で、このうち約8100人が韓国戦争で行方不明になった。
 米国はこれまで、北朝鮮で米国人と推定される遺骨220体を収集、このうち20体の身元を確認した。米国は昨年5回の発掘作業のために、北朝鮮に約500万ドルを提供した。
      權順澤 maypole@donga.com
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