三重県木本で虐殺された朝鮮人労働者の追悼碑を建立する会と紀州鉱山の真実を明らかにする会

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「歴史は忘却し、「軍事協力」に力を入れる韓日…「根本的変化」の岐路に立つ」

2023年08月05日 | 国民国家日本の侵略犯罪
「The Hankyoreh」 2023-08-02 10:24
■歴史は忘却し、「軍事協力」に力を入れる韓日…「根本的変化」の岐路に立つ
 韓米日、18日にキャンプデービッドで首脳会談開催

【写真】尹錫悦大統領が昨年11月13日、カンボジアのプノンペンのホテルで開かれた韓米日首脳会議で、米国のバイデン大統領、日本の岸田文雄首相と記念写真を撮っている/聯合ニュース

 今月18日に予定されている米大統領の別荘キャンプデービッドでの会談が行われれば、バイデン大統領が29日に言及したように、韓日関係は以前とは異なる「根本的変化」(fundamental change)を迎えるものとみられる。韓日関係が国交正常化以降初めて、北朝鮮を封鎖し中国を圧迫するために軍事的協力をする「準同盟」に格上げされるものとみられるからだ。この過程で、歴史問題の正義に基づいた解決を求める声は埋もれるものと懸念される。
 35年間にわたる日本の植民地支配を経た韓国が、日本と国交正常化会談を始めたのは、朝鮮半島が戦火に包まれていた1951年10月だった。第2次世界大戦直後に起きた朝鮮戦争で、米国は北朝鮮・中国・ソ連が手を組んだ共産主義陣営と対峙することになった。米国は韓日関係を早く正常化させ、これに対抗しようとした。
 だが、両国間の「歴史における問題」を払拭するのは容易ではなかった。韓日は1965年6月まで13年8カ月にも及ぶ長い交渉の末、関係正常化に合意した。両国は、植民地支配が合法だったのか不法だったのかという歴史を巡る根本的な問題は棚上げしたまま、日本が無償3億ドル、有償2億ドルという請求権資金を通じて韓国の経済発展を支援することで合意した。
 しかし、日本の軍事的拡張に対する韓国の根強い不信と、軍隊の保有と交戦権を否定した日本の平和憲法によって、両国関係は根本的に「経済協力」の枠組みから抜け出せなかった。軍事協力は韓米相互防衛条約(1954)と日米安保条約(1952)を通じて、米国を媒介に行われた。米国にとって韓米日3カ国軍事協力は、半世紀以上かけて引き延ばされた課題だった。
 1989年末に冷戦が終わり、変化が始まった。日本軍「慰安婦」などの被害者の声があふれ始めたのだ。日本は慰安婦問題に対する軍の関与と動員過程の強制性を認めた河野談話(1993)と、植民地支配と侵略に対する謝罪と反省を盛り込んだ村山談話(1995)を発表した。日本のこのような反省的な歴史認識の上で、韓日は互いを対等なパートナーとして認める1998年の「韓日パートナーシップ宣言」に合意することができた。その後、両国間の本格的な文化交流が始まり、日本では韓流ブームが起きた。

【写真】韓日パートナーシップ宣言の主人公である金大中大統領と日本の小渕恵三首相が、1999年11月にフィリピンで会い、首脳会談に先立って握手を交わしている=ハンギョレ資料写真//ハンギョレ新聞社

 韓日間の「良い時代」は2010年代に入って急変した。北朝鮮核問題の深刻化、中国の浮上、安倍晋三元首相(1954~2022)の政権交代に象徴される日本の右傾化など、「不吉な変化」が続いた。安倍元首相は歴史・安保の両面で戦後日本の姿を変えた。2015年8月、安倍元首相は談話を通じて「子どもたちや孫たちに謝罪の宿命を負わせ続けてはならない」と宣言した。安保面では2015年4月、日米防衛協力のための指針の改正を通じて日米同盟を「グローバル同盟」に格上げした。岸田文雄首相は2022年12月、安保3文書を改正し、中国・北朝鮮に対する予防的先制攻撃を意味する「敵基地攻撃能力」を確保することにした。日本の平和憲法を支えていた専守防衛の原則は決定的に損なわれた。
 2022年5月に政権に就いた尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は、3月6日、日本企業が強制動員被害者に賠償しなければならないという2018年10月の最高裁判決を無力化する「譲歩案」を発表した。歴史問題の「後退」だった。その前に行われた三一節(独立運動記念日)の祝辞では、「深刻な北朝鮮の核の脅威など安保危機を克服するための韓米日3カ国協力がいつにも増して重要になった」と述べた。韓国の歴代政権が70年間ためらってきた3カ国同盟に進む第一歩を踏み出すことにしたのだ。
 英紙「フィナンシャルタイムズ」は1日、米国が18日の首脳会談に向け、韓日が攻撃を受けた場合相互の協議を義務付ける「歴史的共同声明」を推進していると報じた。3カ国首脳間のホットライン開設も推進されるという。このまま結論が出るとしたら、この会談は韓国が歴史を忘却し、韓米日3カ国軍事協力の方向に決定的な舵を切った「変曲点」と記録されるものとみられる。

キル・ユンヒョン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
韓国語原文入力:2023-08-02 09:32
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「チュニジア、不法移民をリビア国境の砂漠に置き去りか」

2023年08月05日 | 国家・社会
「AFP」 2023年7月31日 17:25 発信地:ラスジェディル/リビア
■チュニジア、不法移民をリビア国境の砂漠に置き去りか
 
【写真】リビア・アルアッサー近郊で水を飲ませてもらう移民(2023年7月30日撮影)。(c)Mahmud Turkia / AFP
【写真】チュニジア当局によって置き去りにされたとされる移民。リビア・アルアッサー近郊で(2023年7月30日撮影)。(c)Mahmud Turkia / AFP
【写真】リビア・アルアッサー近郊で倒れた移民(2023年7月30日撮影)。(c)Mahmud Turkia / AFP
【写真】チュニジア当局によって置き去りにされたとされる移民を救護するリビア国境警備隊員(左)。リビア・アルアッサー近郊で(2023年7月30日撮影)。(c)Mahmud Turkia / AFP
【写真】リビア・アルアッサー近郊で移民の側に立つリビア国境警備隊員(2023年7月30日撮影)。(c)Mahmud Turkia / AFP
【写真】リビア・アルアッサー近郊で水をもらう移民(2023年7月30日撮影)。(c)Mahmud Turkia / AFP
【写真】リビア・アルアッサー近郊で倒れた移民(2023年7月30日撮影)。(c)Mahmud Turkia / AFP
【写真】リビア・アルアッサー近郊で水を飲む移民(2023年7月30日撮影)。(c)Mahmud Turkia / AFP
【写真】リビア・アルアッサー近郊で食料を分け合う移民(2023年7月30日撮影)。(c)Mahmud Turkia / AFP
【写真】体を洗う、チュニジア当局によって置き去りにされたとされる移民。リビア・アルアッサー近郊で(2023年7月30日撮影)。(c)Mahmud Turkia / AFP
【写真】チュニジア当局によって置き去りにされたとされる移民。リビア・アルアッサー近郊で(2023年7月30日撮影)。(c)Mahmud Turkia / AFP
【写真】リビア・アルアッサー近郊で座り込む移民(2023年7月30日撮影)。(c)Mahmud Turkia / AFP

【7月31日 AFP】北アフリカのチュニジアとリビアの国境に広がる砂漠地帯に置き去りにされた不法移民が、支援を訴えている。移民らはチュニジア当局により、水や食料もなしに置き去りにされたという。
 チュニジアのリビアやアルジェリアとの国境地帯に、移民が置き去りにされる事例はこれまでにも報告されている。国境警備隊や移民、そして過去に同様の事例を確認したNGO職員によると、今回は約140人のサハラ以南のアフリカ諸国出身者が放置された。
 ナイジェリア人のジョージさん(43)は、リビア沿岸部ラスジェディル(Ras Jedir)の国境検問所から30メートル離れた、有刺鉄線の間に作られた仮設収容キャンプにいる。「今にも死にそうだ。毎分、死が近づいている」とAFPに語った。
「どうかお願いだから、今すぐここから連れだしてほしい。助けに来て」「ここがどこかも分からない。食料も水もなく、苦しんでいる」と懇願した。
 リビア内務省は25日、チュニジア国境付近でアフリカ系移民5人の遺体が見つかったと発表した。
 ジョージさんは、チュニジアの沿岸の街スファクス(Sfax)で18か月間、理髪師として働いていた。妻と幼い子どもは今もスファクスにいる。
「チュニジア警察は、武器を向け、私たちをテロリストと呼んだ」
 リビア政府は、移民らに国境を超えないよう通告してきた。ジョージさんたちは、地中海が熱波に襲われる中、行き場を失った。
 ただ、リビアは赤新月社(Red Crescent)を通して、水と食料を提供してくれた。
 同じく移民のニジェール人女性、ファティマさん(36)は、チュニジア兵は移民から携帯電話などの私物を「全て没収」し、砂漠に置き去りにしたと話した。ファティマさんも姓は名乗らなかった。
 別の移民は「われわれは人間だ」と訴えた。

◆「強制的に連れて来られた」
 スファクスは、イタリアのランペドゥーザ(Lampedusa)島からわずか130キロの距離にある。チュニジアは、欧州でのより良い生活を夢見て危険な航海に挑む不法移民と亡命希望者の主な出発地となっている。
 ムバラク・アダム・モハマドさん(24)は内戦の続くスーダンを離れ、リビアを経由して、チュニジアに入った。「スファクスで逮捕され、強制的にここに連れて来られた」とし、「国際組織」などに救済を訴えた。
 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は、7月だけで最大1200人の移民が、チュニジアの憲兵隊によってリビアやアルジェリアとの国境地帯の砂漠へと「強制的に退去・移送された」としている。
 チュニジアの赤新月社は7月中旬、同月3日以降にラスジェディルに連れていかれた少なくとも移民630人を支援したと述べた。
 リビアの国境警備隊は同時期に、水も食料も持たずにチュニジア当局によって砂漠に置き去りにされた移民数十人を救助したと報告している。
 AFPも、ラスジェディルの南に位置する、人里離れたリビア・アルアッサー(Al-Assah)近郊で、明らかに疲弊し、脱水状態にある移民が、気温40度の中、木陰で砂の上に座ったり、寝そべったりして暑さをしのぐ移民の姿を目撃した。
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「よみがえる朝鮮人虐殺「関東大震災絵巻」初公開」

2023年08月05日 | 国民国家日本の侵略犯罪
「民団新聞」 2023.7.19
■よみがえる朝鮮人虐殺「関東大震災絵巻」初公開

【写真】 ガラスケースに納められた「絵巻」に見入る観覧者 

 「関東大震災100年 隠蔽された朝鮮人虐殺」と題した2023年高麗博物館企画展で朝鮮人虐殺場面を活写した「関東大震災絵巻」2本が初公開された。作者自筆のサイン「大正一五年早春 淇谷」により、震災から2年半後に完成させたものとわかる。「巻1」には「この絵巻を通して『省慮の念』を促したい」と後世の目を意識したメッセージが100年を経過して見つかった。
 絵巻は2巻合わせて30㍍を超える。1巻目は都内の昼時から始まる。のどかな街の景色だ。最後のほうに進むと、いきなり衝撃的な3つの朝鮮人虐殺場面が登場する。
 炎が見える住宅のすぐ手前。20数人の警察官、軍人、自警団らに追い込まれ、仰向けに倒れてしまった青色着衣で裸足の人物が大衆の面前で警察官らしき人に足蹴りにされている。その近くでは必死で逃れようとしている人物に、手に手に棍棒を持った人たちが襲いかかっている。
 もう一枚、後ろ手に縛られた学生帽姿の青年が刀を手にした軍人に囲まれた。肩から腕にかけて大量の血が流れているのを確認できる。
 多くの警察官が見下ろすなか、犠牲者がござの上に無造作に山積みにされている絵も。モノでも扱うかのようで、人間としての尊厳をまったく考えていない。身体にはそこかしこに流血の跡。おそらくこの後、穴でも掘って埋められたのかもしれない。一方、対照的に日本人の震災犠牲者は担架に乗せられて死体収容所に運ばれ、丁重に追悼されている。
 淇谷はこの事態を「前代未聞の恐慌」と受け止め、経験しなかった人々に「省慮の念(省み、よくよく考えてほしい)」を促すのが「希望」だと記している。2巻目は横浜を含む東京より西の方を描いている。
 絵巻一、二は高麗博物館前館長の新井勝紘さんが2021年2月、ヤフーオークションで東北の業者が出品しているのに気づき、9万7000円で落札した。新井さんは「強烈な絵。大衆の面前ですよ、ひどい場面です。これを虐殺と言わないで、なんと言えようか」と当時の衝撃を思い出していた。
 新井さんは国立国会図書館デジタルコレクションを駆使し、淇谷が福島県西郷村出身の教員画家だと突き止めた。地元には碑が建っており、人柄が慕われていたことがわかった。
 新井さんは「100年たってよく出てくれたものだ」と感謝と驚きの言葉を口にした。
 企画展は月・火曜日を除く12月24日まで(12~17時)。一般400円。TEL03・5272・3510。
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