「文観を追え」は一休みします
文観が加古川市加古川町大野の生まれであることは確実です。
文観は、後醍醐天皇の(裏方の)ブレーンでした。
文観が生きた時代は、鎌倉時代の最後から南北朝時代です。
南北朝を含むこの時代は、日本の歴史の大転換点でした。
日本の歴史を二つに区切るならこの時期です。
とすると、この時代と後醍醐天皇・文観の研究は日本史の一大課題のはずです。
でも、他の時代と比べてあまり研究が進んでいるとは言えません。
当然、文観の研究もあまり進んでいるとは言えません。
このブログでは「文観を追え」とかっこよい題をつけて文観とこの時代そして加古川地域を紹介しようとしましたが、素人の手におえる課題としては手ごわ過ぎます。
・・・
今、この分野での研究が進んでいるようです。
このあたりで、とりあえず、このシリーズを一休みして、あたらしいことが分かれば、その都度紹介して行きたいとおもいます。
そして、近い将来に新しく書き改め纏めたいと考えています。
次回から時代を少し進めて「お爺さんの語る郷土の歴史」を続けますが、次の話題に進む前に史料に裏打ちされたことではありませんが、「怪しげな話題」(独断)を挟みます。ご了解ください。(no3437)
*写真:加古川町大野常楽寺(ここから文観の人生は始まりました)
◇きのう(4/24)の散歩(10.404歩)
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