中道子山城は三木の合戦と結びつくものではないと考えられますが、志方地方では城山(中道子山城)は「三木合戦」で落城したと語り続けられています。
『志方町誌』では、中道子城山にまつわる伝承を四つ紹介しています。
今日は、その内2つの伝承を、『志方町誌』からそのまま転載します。
中道子山城の伝承(1)
竹の皮
中道子山城は今や孤立無援、敵の大軍にとりかこまれてしまっていた。
いかにして攻めてくる敵を防ぐか、さいわい山腹が急斜面であるところから、一面竹の皮を敷きつめて敵を防ぐことにした。
しかし、敵もさるもの、ふもとから竹の皮に火を放った。
四方から燃え上がる火勢はみるみる城を包んだ。
しかし、防ぎきることはできず落城した。
今でもあちこちの岩かげなどからその時の焼米が出てくるといわれている。
*写真:彼岸花(内容と関係がありません。戦いのイメージに似合う花として掲載しました。9月28日・東志方細工所にて撮影)
中道子山城の伝承(2)
軍 資 金 埋 蔵
「朝日照る 夕日輝く木の下に 瓦千枚 金千枚」
この歌は、中道子山城にまつわる軍用金埋蔵の暗号の歌である。
この歌はまたはっきり「八重が谷」と場所を指摘した歌にもなって伝わり、昔から幾人もの人によって宝探しがなされ、それは最近まで及んでいる。
しかし、まだ発見されていない。
「八重が谷」がどの谷のことか、それさえ分からない。
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