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樹樹日記

じゅじゅにっき。樹木と野鳥に関する面白い話をご紹介します。

ティッシュペーパーの花

2007年07月27日 | 木と宗教
宵山や山鉾の巡行は終りましたが、祇園祭はまだ続いています。7月1日の吉符入(きっぷいり)りに始まり、明日の神輿洗いで終了です。
祇園祭は八坂神社のお祭りですが、この神社では「お花」と言えばムクゲを意味します。祭りとムクゲの開花時期が重なっているからでしょうが、祇園祭の間、神前に供えるのはもちろん、生花や茶花にはすべてムクゲの花を使うことが習わしになっているそうです。
それだけでなく、ムクゲを「祇園守り」と呼んで神聖視しています。そうした由来からでしょう、ムクゲの栽培品種には「祇園」の名がついたものがいくつかあります。

      

ムクゲは咲いた花が1日で散って、すぐに次の花が咲き、その繰り返しでけっこう長く咲いています。その落花の様子を「使ったティッシュペーパーを散らかしたようだ」と表現した作家がいました。美しい表現とは言えませんが、ムクゲの花は少ししぼんで落花するので、確かにそんなふうに見えますね。 
ムクゲは中国原産が定説になっていて、去年もご紹介しましたが、お隣の韓国では国花に選定され、国歌にも歌われています。

      
          (なるほど、ティシュペーパーみたいです)
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蕎麦と御柱

2007年06月26日 | 木と宗教
土曜日から月曜日までの3日間、友人3人で信州に鳥見ツアーに行ってきました。最初に訪れたのは諏訪。目的は鳥ではなく、蕎麦と諏訪大社。以前から、この神社の御柱(おんばしら)祭のことが知りたくて、機会があれば行きたいと思っていました。
みなさんも、大きな丸太に大勢の氏子が乗ったまま山を駆け落ちるという勇壮なシーンをテレビでご覧になったことがあると思います。6年に一度、寅と申の年にしか行われない祭で、前回は平成16年(申)だったので、次回は平成22年(寅)まで行われません。

          
       (秋宮の一の御柱。白い木肌はモミならでは。)

あの大きな柱はモミです。御柱祭の公式サイトによると、3年前に使う木を決めて、1年前にオノとノコギリだけで伐採するそうです。切り出される木は全部で16本、大きさは、長さ約20m、直径約1m、重さ10トン。それぞれの山から運び出されて、本宮、前宮、春宮、秋宮の四つの宮の四隅に建てられます。
私たちがテレビでよく見るのは「木落とし」と呼ばれるシーンですが、その後の「川越し」もクライマックスだそうです。

          
    (御柱の模型。木に開けた小さい穴に太い縄を通して引くようです)

なぜモミなのか? なぜ四隅に建てるのか? 確かな由来は分かっていません。ご神木ならモミではなく、マツとかスギでしょう。社殿の建築が起源ならヒノキのはずです。
民俗学者の柳田国男をはじめ多くの専門家がそれぞれの説を唱えていますが、定説にはなっていません。いずれにしても、樹木崇拝から生れた神事であることは間違いないです。
諏訪大社の近くのお店でいただいたお蕎麦は、やっぱりおいしかった。3人で行く鳥見ツアーは10年以上になります。以前は鳥ばかり追いかけていましたが、最近は樹や野草を見たり、グルメに走ったり、少し余裕が出てきました。
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平和のシンボル

2007年06月01日 | 木と宗教
恥ずかしながら、高校生の頃に放浪の旅をしたことがあります。
京都府北部の田舎からあてもなく列車を乗り継いで、岡山県の牛窓という町で1週間ほど過ごしました。海の向こうには『二十四の瞳』とオリーブで有名な小豆島が見え、その町にもたくさんのオリーブが植えてありました。
お世話になった簡易宿泊所には、オリーブの樹ばかり描いている老画家がいました。私も当時は油絵を描いていたのでいろいろ話をしたと思いますが、苗字しか覚えていません。さきほどネットで調べたら、佐竹徳という芸術院会員の画家で、すでに亡くなっていましたが、牛窓町に美術館が建つようです。

      
      (白い小さな花がいっぱい咲いていました)

そのオリーブが、大阪証券取引所ビルの横に10本植えてあります。先日、撮影に行ったらちょうど花が咲いていました。オリーブの実は時々見かけますし、オリーブオイルは日本の台所でも普及していますが、花をご覧になる機会はあまりないでしょう。
オリーブと言えば、タバコのPeaceのパッケージにその枝をくわえた鳩が描かれています。先日、タバコをやめて以来久しぶりに自動販売機を覗いたら、セブンスターやハイライトのパッケージデザインはリニューアルされているのに、ピースは相変わらず鳩とオリーブなんですね。

      
       (都会のビルの谷間で葉を揺らすオリーブ)

オリーブをくわえた鳩は『旧約聖書』に出てくる「ノアの箱舟」に由来します。洪水がどれくらい引いたかを確かめるために鳩を放したところ、2回目にオリーブの枝をくわえて帰ってきたので、ノアは洪水が収まったことを理解した…。この神話から、オリーブをくわえた鳩が平和のシンボルになったようです。鳩そのものではなく、あくまでもオリーブをくわえた鳩が「平和」を意味するとか。ちなみに、オリーブの花言葉は「平和」。
この樹はたまに一般の庭にも植えられていて、それを見るたびに多感だった頃の放浪の旅を思い出します。
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鳥が居る木

2007年05月28日 | 木と宗教
写真は、全国のお稲荷さんの総元締め・伏見稲荷の千本鳥居。たまにCMやドラマに登場するので、ご存知かも知れません。赤い鳥居のトンネルが山の上まで続いていて、総延長では2kmくらいあります。
鳥居は普通ヒノキで作られますが、伏見稲荷の鳥居はスギを使うそうです。お稲荷さんと杉は深い因縁があるからです。

      

平安時代、貴族が紀州の熊野詣でに出かける前、ここで道中の安全を祈って杉の枝を身に付けるという信仰が生まれました。それが、いつしか「しるしの杉」と言われるようになり、さらに稲荷山の杉を持ち帰り、庭に植えて根付けば願いが叶うという信仰に変りました。
「如月や 今日初午のしるしとて 稲荷の杉はもとつ葉もなし(初午に参詣した人々が小枝を持って帰るので稲荷山の杉はすっかり葉がなくなってしまった)」という歌が残っているほどです。
現在も2月の「初午大祭」には、多くの参拝客が商売繁盛や家内安全を祈りながら杉の枝を飾った「しるしの杉」を持ち帰ります。スギが伏見稲荷の神木になったので、鳥居にもスギを使うようになったようです。
ちなみに、参拝道には茶店が何軒かあるのですが、お勧めメニューはもちろん「きつねうどん」と「稲荷寿司」。

      
        (稲荷山の中腹には大杉を祀った社もあります)

さて、ツリー&バードウォッチャーとしてはこの「鳥居」という文字にひっかかります。なぜ「鳥が居る」のだろう? 調べてみて一応納得できるのは以下のような由来でした。
天照大御神(あまてらすおおみかみ)が岩戸にお隠れになった時、長鳴鳥(ながなきどり)を横木に止まらせて鳴かせたところ大神が出てこられた。その止まり木が鳥居の起源だそうです。
でも、「長鳴鳥」ってどんな鳥なんだろう? 
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十字架の木

2007年05月01日 | 木と宗教
あちこちでハナミズキの花が咲いています。この樹は日本が贈ったサクラの返礼としてアメリカから贈られたもので、日本には自生しません。
アメリカハナミズキとかアメリカヤマボウシとも呼ばれます。悲惨な銃乱射事件が起きたバージニア州の花であり、アトランタ市の花でもあります。最近は日本でも一般家庭の庭や街路樹にたくさん植えられています。

      
   (本当の花は真ん中の緑の部分、白い部分は総苞片=そうほうへん)

この木に関して、「キリストが処刑された十字架はハナミズキの木で作られた。花の四方が窪んで赤くなっているのは釘と血の痕」という話があります。でも、これは全くの作り話で、ハナミズキは中近東には自生しません。
では、実際には十字架はどんな木で作られたのか? この疑問は昔からあったようで、いろんな説が語られています。その一つは、縦の木はレバノンスギ、横の木はイトスギ、立て札にはオリーブが使われたという説。

      
       (開花前は総苞片は上でつながって花を守っています)

これは多分、聖書に出てくる神話に由来します。アダムが死ぬ間際に息子をエデンの園に送り、天使に「生命の木」の樹液を分けてくれるように頼んだ。天使は樹液の代わりに小さな木の枝を与え、その枝が成長してレバノンスギ、イトスギ、オリーブの3種の樹が生まれた。その後、キリストが処刑される際に3種類の木で十字架と立て札を作ったというのです。
この話も聖書に合わせて後から創作した話のようですが、3種類とも中近東に分布するので、ありえない話ではないですね。以前、仏教の三聖木をご紹介しましたが、キリスト教にも三つの聖木があるようです。
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花の木、香の木

2007年03月28日 | 木と宗教
写真はシキミの花です。枝や葉はよくご覧になるでしょうが、花はあまり目にする機会がないと思います。
でも、昔は花の方が重要だったようで、別名は「ハナノキ」。京都市の北部に花折街道という道がありますが、ここはシキミ、つまりハナノキの産地だったのでこの名前があるそうです。

      
    (今頃が開花時期。葉を揉むと線香の匂いがしますが花は無臭。)

普通、シキミは仏教、サカキは神道ですが、不思議なことに京都の愛宕神社ではサカキではなくシキミが神木になっています。この神社は防火の神様として信仰が厚く、京都の料理屋さんなど火を扱う商売の方々がたくさん参拝します。
神社から授かったシキミを神棚に供え、毎日火を起こすたびに1枚ずつ葉を燃やし、強い香りを放って邪気を追い払うことで火災を防ぐのだそうです。
葉に強い香りがあるので、もう一つの別名は「コウノキ(香の木)」。葉は線香の原料で、揉むだけで線香の匂いがします。また、墓地にシキミを植えるのは、墓を荒らすオオカミをその強い匂いで追い払うためだったとも言われています。
しかも、実は有毒です。そのことから、江戸時代の博物学者・貝原益軒は「悪しき実」→「シキミ」に転訛したのだと言っています。私は信じていませんが・・・。
シキミの学名のreligiosumは「宗教上の」という意味。名づけたのはシーボルトですから、日本で仏教によく使われることを知って命名したのでしょう。
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ヒリヒリ

2007年02月02日 | 木と宗教
明日は節分。わが家では豆は食べますが、「掃除が大変」という理由で撒きません。
豆撒きもそうですが、イワシの頭をヒイラギの枝に刺して玄関に飾るという風習もだんだん廃れてきました。この風習はもともと年末のものらしく、平安時代の『土佐日記』には12月29日の記録として、「都では家の門に注連縄を下げ、それにボラの頭やヒイラギをつける」と書いてあるそうです。いつごろ節分に切り替わったのか知りませんが、ボラの頭がイワシの頭になったのは江戸時代になってからのようです。「イワシの頭も信心から」という言葉もこの頃に生れたのでしょう。
欧米ではセイヨウヒイラギの葉をつけたクリスマスリースをドアに飾るようですが、洋の東西を問わず葉のトゲトゲに魔除けの効果があると信じられていたのは興味深いです。

      
        (下鴨神社にある比良木神社のヒイラギ)

ヒイラギは漢字では「柊」と書きますが、これは国字(日本で作った漢字)。私は冬に白い花が咲くので木ヘンに冬なのだろうと思っていましたが、違いました。
昔は冬のしもやけでヒリヒリすることを「ひいらぐ」と言い、「疼」の字(この漢字は中国オリジナル・日本語では「うずく」)を当てていました。葉のトゲトゲが肌に当たるとヒリヒリするので、この木を「ヒイラギ」と名づけ、「疼木」と表記したようです。それが、いつの間にか病ダレから木ヘンに変ったのです。病ダレの木は誰も庭に植えないでしょうから、多分、植木屋さんが柊という漢字を作ったのでしょう。
去年、下鴨神社に行ったとき、比良木神社という社があって、その横にヒイラギの古木があるのを見つけました。案内板によると、「社の周辺に木を植えると何でも柊になるという伝説がある」そうです。京都にはまた、有名な老舗の旅館「柊家」があります。
さて、最近忙しくなってきましたので、来週から毎日ではなく、隔日のペースで記事をアップすることにしました。木のおもしろい話はまだまだたくさんありますので、これまで通りご愛読ください。
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お~恐っ!

2007年01月24日 | 木と宗教
以前、清水の舞台をご紹介しましたが、その撮影に訪れた際、境内にある地主(じしゅ)神社に恐ろしい樹があるのを見つけました。
この神社は恋愛成就の神様として、地元京都はもちろん全国の若い女性にも人気のスポットです。私が訪れたときも、若いカップルに「すいませ~ん、写真撮ってください」とデジカメを渡されました。
その地主神社の片隅、華やかな絵馬が飾ってあるコーナーの裏に、朽ちかけた古いスギが立っています。幹には小さな鳥居が縛りつけてあります。

           

案内板によると、このスギは「祈り杉」とも「呪い杉」とも言われ、昔女性の間で流行した「丑の刻まいり」に使われたそうです。白装束に白化粧、頭にローソクを巻きつけて、午前2時(丑の刻)に人知れずこのご神木にワラ人形をクギで打ち付けて呪いの願をかけたそうです。
その五寸クギの跡が今も残っているのです。下の写真の中央部にある2つの穴のがそうです。他にもいくつかクギの跡が残っていました。お~怖っ!

      

昔は「祈り」も「呪い」も叶える神様として信仰されていましたが、現在は「祈り」の方だけを残して恋愛成就の神様ということにしているのでしょう。お参りするたくさんの若い女性は、クギの跡など見向きもせず絵馬を掛けていました。
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二ノ瀬の火祭り

2006年11月14日 | 木と宗教
日曜日の夜、友人の紹介で「二ノ瀬の火祭り」に参加してきました。京都には有名な「鞍馬の火祭り」がありますが、二ノ瀬は鞍馬の隣の集落。聞けば、鞍馬から京都市街までの地域にはあちこちに「火祭り」が残っていて、もう一人の友人が育った岩倉地区でも催されるとか。
7時前に現地に着くと、すでに広場の中央に大きな木が何本も燃えています。京都市の北部なので寒いと思って厚着して出かけましたが、火の勢いで暑いくらい。しばらくすると松明(タイマツ)を渡され、地元の人々と一緒に神社まで歩きました。暗闇の中を太鼓の音と共に50~60本の松明が練り歩く光景は、まさに幻想的。

      

松明はアカマツを細く割ったものをツヅラフジのツルで縛ったもので、思ったよりも長く、1.3mくらいありました。
「松の明かり」と書くように、タイマツには昔からマツが使われてきました。地元の人の話では、昔はアカマツの根を掘り起こして材料にしたそうで、油がたっぷり含まれているので、燃え方もゆったりしていて長持ちしたということです。
そう言えば、戦争中はマツの根から採った松根油(しょうこんゆ)をガソリンの代用にしたという話を聞いたことがあります。

      
      (私が持った松明。ズッシリと重い。)

松明を縛るツヅラフジは、樹に巻きついたものは硬くて使えないので、地面を這っているものを使うとか。私はツル性の木本は敬遠しているので全く知識がありませんが、改めて図鑑を見ると、ツヅラフジ科の植物でツルを籠などに使うほか、根や木部を煎じて利尿剤や神経痛の薬にしたと書いてあります。
神社では厳かに神事が行われ、拝殿では巫女さんの神楽が舞われました。地元のみなさんに混じって、私もお祓いをしていただきました。

      

二ノ瀬の駅にはイロハモミジの大木があって、ところどころ赤く色づいていました。叡山電鉄にはモミジのトンネルがあり、この時期はライトアップされて電車が通る時は車内の照明も消されるのですが、紅葉が遅い今年はまだその効果が出ていませんでした。
火祭りにかけて、「燃えるような紅葉でした」と締めくくるつもりでしたが、残念(笑)。

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鬼子母神とザクロ

2006年11月07日 | 木と宗教
10月22日、奈良のツリーウォッチングの会に参加した帰り、東大寺に寄って、以前bulbulさんに教えていただいた二月堂のザクロを見てきました。

      

お水取りで知られる二月堂の下に、鬼子母神を祀った小さなお堂があり、その前にザクロが15本くらい植えてあります。東京では台東区入谷(いりや)の鬼子母神が有名で、「おそれいりやの鬼子母神」というダジャレの決まり文句があるくらいです。

      

鬼子母神は子供と安産の守り神で、その像は懐に子供を抱き、手にザクロの実を持っています。その由来は、仏典に記された以下の話にあります。
鬼子母神は自らが500人もの子を持つ母親でありながら、他人の子を捕らえて食べてしまうため、お釈迦様が彼女の最愛の末っ子を隠して、子を失う母親の苦しみを悟らせました。そして、「子供が食べたくなったら、代わりにザクロの実を食べるように」と諭しました。それ以降、鬼子母神は仏教に帰依して子供と安産の守り神になったという話です。

      

9月13日の記事でも紹介しましたが、ザクロにはたくさんの赤い実が成ることから、中国では子宝のシンボルになっています。トルコにも、結婚式で新郎がザクロを地面に投げつけると、こぼれ出た実の粒だけ子どもが授かるという言い伝えがあるそうです。
二月堂のザクロは、私が訪れたときはまだ開いていませんでしたが、今頃はたくさんの赤い粒が顔を覗かせているでしょう。
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