湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

12/14 Nくんと話しつつ/神戸の見守り相談員の話を聞きたい 他

2015-12-15 05:53:32 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/14 記
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峯本さんの著書「地震災害と高齢者福祉」の第5章「阪神淡路大震災後の高齢者見守りの展開(神戸市の例)」の読みなおし(聞きなおし)を読み直す。大きなところでは、玉子と鶏のような話が見える。どこも同じだ。被災単身高齢者を中心とした災害公営住宅入居者の見守りと、まさに「地域包括ケア」を長期にわたってサポートできる人員を確保する方策を考えている。しかし、LSA(ライフサポートアドバイザー)のような役割の効果のことなど、事例を是非、峯本さんにきいてみたい。「災害」とアクセントをつけた職種か「福祉一般」とすべきか、待機することのむずかしさがある。

「わーくNo.60」を市役所とサポセン関係団体に配布。被災高齢者地域サポートに若手が入り込む余地があるか。そこに社会活動(ボランティア)が入る可能性にふれた。

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as頚動脈エコー検査、問題なし。ホッとするが、食事後の眠気の原因は、45年間の昼夜逆転生活(夜間傾聴)による自律神経失調と解するべきなのか。話は振り出しに戻った。

橋本で対面指導。時間終了後、某仮設宛にお歳暮で日本酒を2本送った。皆さんの正月用。

夜間傾聴:塾長の奥さん
     ひとり

(校正1回目済み)

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12/13 市役所コミュニティホールのプロジェクタに合うPCがない

2015-12-14 06:14:31 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/13 記
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12/21懇話会準備で、またつまずいている。使えるPCがHDMI出力なので、市役所のVGA入力プロジェクタと合わないことや、ソフトがOpenOfficeのプロジェクタソフトなので、アプリの互換性にちょっと問題があるのだ。

VGA端子のあるPCが無く、やむなくHDMI>VGAの変換機を買った。ところが私のVGA入力モニターには、両端が欠けるものの動作したが、市役所のプロジェクタは受けつけないのだ。以前サポセンにある同型プロジェクタで試したところ、VGA>VGAなら大丈夫だった。あとの1台はデスクトップなので、PPが入ったPCが調達できないのだ。

母がいじっているiPadを貸せと言ったがPPは、入っていないし怖い顔して、占領するなと言ってかしてくれ。しかし変換機が動かないのは、参った。

いま私のiPhone6s にPPデータをプレゼンできるアプリが入っている。Lightning VGAアダプタのケーブルを買うことにした。メール添付でPPデータを送ってもらえば、苦肉の策だがiPhoneでPCの代わりになるだろう。月曜日、アダプタを買いにいく。

峯本さんには、PCなしと謝罪のメールを入れた。iPhoneとて、うまく作動するか、やってみないとわからないからだ。後手後手でもうしわけありません。

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峯本さんの著書「地震災害と高齢者福祉」の第5章「阪神淡路大震災後の高齢者見守りの展開(神戸市の例)」の読みなおしをしている。今回の懇話会の中心になる話題の部分だ。地域活動に医療・生活のカテゴリの活動を膨らませたいのだ。

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明日は朝から頚動脈エコー検査がある。父はここから血栓が跳んで半身不随になった。こわいから、調べておくのだ。

「わーくNo.60」郵送分投函済み。

明日から、12/21を再CM巡回する。17日まで議会だから、忘れる可能性があるから、ダメ押し。(笑)

夜間傾聴:開店休業

(校正1回目済み)

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12/12 成人後見制度講演会に参加し/東日本大震災と精神障がいの記事があり

2015-12-13 06:12:06 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/12 記
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茅ヶ崎市の成年後見制度講演会に、遅刻・早退参加してきた。障がい者に特化した話ではないが、講演終了後、私の経験した特殊な例、身寄りのない自閉症スペクトラムを抱える引きこもり青年の父親との死別という場に司法書士さんを仲介したことがあった。後見人をつけなければ無理な事例だった。その後のことが気になったのだった。

今回参加したのは、私自身のこともあるが、前回司法書士さん探しに困った経験があったので、特に相模原市の関係者の話を聞いておこうとしたのだった。後半に相談会があるので、その場でとの話になってしまうが、相談者が多そうな状態なので、遠慮して帰ってきたのだった。リーガル・サポートに改めて連絡をとるつもりでいる。

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峯本先生からメールが届いており、冷や汗。会場使用のPCを準備するのに時間がかかっていた。釈明さんざん、すみませんでした。(ブログをご覧になっているとのこと、これまた恥かしく…。)

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平塚の看護学校の教官の方と話をした。12/21の懇話会のことだ。医療圏域が違うのでと紋切り型が出ていたが、なんとか四つに組んでくれた。押し出されるのが落ちというつもりで話し、持ち帰ると言って下さった。後は、祈るばかりなり、勝手なときの神頼みとは違う。彼の背中に頭を下げたということなり。

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今回の「わーくNo.60」は、個人読者を先に撒いた。障がい者の方は、災害を契機に地域住民サポートとの連携を拓く傾向が強いために、地域自身がリアルではない。本号が漠とした地域ケアの話になって、捨てられはしまいかと、冷や冷やしながら配布を始めている。平塚の教官氏にも渡した。民生委員の方にもわたすつもりでいる。

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<気になる記事から>

●「<震災>精神科病院 3日間闇に孤立」(河北新報・宮城)
●「<震災>精神科、災害医療の盲点」(河北新報・宮城)

やはり…である。

 

夜間傾聴:ふたり

(校正1回目済み)

 

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12/11 異常気象の一日/金曜災害ミニカフェは「衰退する地域コミュニティ」 他

2015-12-12 05:23:39 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/11 記
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「わーく No.60」の記事から・

---- ここから ----

「わーくNo.60」p.2

///個人医療情報 QRカードの検討 No.019 ///

☆☆マイナンバー・カードを生活総合カードにするのは危険/機能分割し、災害対策『お薬手帳QRコード版』を作ろう!(2)☆☆

*今回は、「わーく」のメンバーN君とのオンライン対談でお届けします。と)は飛田です。


と)大災害があったとき、医療現場は大混乱を起こす。命の危機に時間がない重症者と、手足の骨折等、時間がとれる負傷者が病院に同時集中したりする為、トリアージという症状区分けをしているが、人数が多いから大変。入院しても、どのような持病があるか治療薬は何かもわからない。意識の無いひとや、自己表現が困難な高齢者や、乳幼児は、病歴を語ってはくれない。

N)でもそれは、お医者さんの仕事では。

と)静岡では、「市民トリアージ」という市民協力が試みられているし、今、始まろうとしている「マイナンバー・カード」では余剰機能で、病歴や治療薬を記録する機能もつけられるという。

N)カード落としたら大変じゃないの。

と)芋づる式にデータは探れない仕組みになっているけれど、もともと市民の課税管理のためのカードだから、なにもかにもプライベート情報を積め込むのは、別に市民が作ってくれという中で出来たものでもないから、持ち歩かず、結局箪笥カードになるんじゃないかな。

N)「と」が言っていたけど、「戸籍謄本見せないと買い物できないとしたら、戸籍謄本持ち歩くか」という話、あれ履歴かくの?引きこもっていたこと、見えたら絶対にいやだよね。

と)あれは例えだけど、「悪いことしていなければ、何隠すんだ」という発想、最悪だと思う。僕は病歴や治療薬などは、被災時に必要だから「おくすり手帳QRコード版」で、別に作ればいいと思っている、希望制でね。救急治療時というより、応急処置から入院になる場面で有効。複合化するなら、「今、どの避難所にいるか(生存証明)」をカード読み取り避難所管理者がまとめて送れるし、QRコードなら携帯で読み取れ、手入力しなくてもカルテの表計算ソフトにそのまま送れる。ただあくまでも、「おくすり手帳の電子拡張版カード」の範囲でとめるべきだ。

N)個人情報、全部1枚でというのはやめるべきだということだね。

と)そう。「マイ・ナンバー」始まるけど、定着まゆつば、
  危ないよ。だから「お薬手帳QRカード」希望制で
  別に作っていけばいいんだよ。ただ、医療機関の
  協力がいるから、行政協力で市立病院から、テス
  ト実現したいんだけどね。時期最悪かな。(続)

------ ここまで -----

異常気象。朝まで豪雨、降り続き、晴れた午後、暖かい南風が入って、12月というのに20数度まで気温があがった。

「わーく」は5円コピーで印刷している。ところが行きつけのところが、機器故障。金曜災害ミニカフェが終わってから夜に印刷することに。5円玉を無理に入れたらしい。

夕食が面倒なので、相模線の帰り、茅ヶ崎駅周辺で母と外食し、先に帰らせる。私はサポセンへ。

ーーーーーーーーーーー

金曜災害ミニ・カフェは、

<衰退する地域コミュニティと災害現場の柔軟性>
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●クローズアップ現代「町内会が消える?どうする地域のつながり」<<< 昔の隣組の時代ではない、新しい地域連携の必要性。

●あの日 わたしは「宮城県石巻市 斎藤一夫さん」
<<< 石巻市職員。生活物資調達と配達担当の斎藤さんの経験

被災者孤立を避けるための基礎議論。家庭事情の多様化と衰退する地域コミュニティ。要援護者をケア・サポートするのは、行政サービスだけなのか。行政職員も被災している。地域インクルージョンは絵に描いた餅なのだろうか。そして「消える障がい者家族」。疎開以外の道はないのか。

--------
★新聞記事から★

<被災者の孤立を防ぐ、地域コミュニティつくり>

●「仮設のつながり新天地でも 職員派遣し交流会」(宮城 2015年11月20日 金曜日 河北新報)

●「<災害公営住宅>新たな地域社会へ町内会設立」(宮城 2015年12月07日 月曜日 河北新報)

上記、注目。


夜間傾聴:**子(安定している)
     ひとり

(校正1回目済み)

 

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12/10 被災当事者になったとき、青少年の仕事とは?他。

2015-12-11 05:19:27 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/10 記
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「わーくNo.60」の仕上げをしています。「お薬手帳QRコード版」と「マイナンバー・カード」の(2)を書き直している。

とりあえず仕上がった部分を載せる。巻頭記事だ。

----- ここから ------

***12/21(月)の12月懇話会に参加し、発災時の青少年の仕事を探ってきます(避難後の要援護者との出会い)***


●引きこもりや、社会参加や就労に困難のある若年者の支援を当事者活動「わーく」編集部は、東日本大震災の被災地ボラ参加を通して、「必要とされる体験」をすることで、小さな試みであったが、自分の居場所・社会参加の手ごたえを掴んできた。

●ところが湘南の防災の場で考えると、従来のボランティアの行ってきた「がれき撤去」「芸能企画実現と元気付け」という外からの一時的支援と異なる「被災当事者の立場」と「家族の被災」という局面に立たされる。ここでは、自主活動が問われる。誰とどういう活動をしたらいいのか、避難所から仮設へ、仮設から災害公営住宅へと長いスパンで、なすべきことを考えていかなくてはならなくなる。この地元ステージの変化に寄り添う活動を探るためにも懇話会の医療・福祉支援活動論議が、手がかりを与えてくれると思う。予定は上記。

----- ここまで ------

訪問看護ステーションあと2ヶ所となった。しかし、いずれも私の訪問を如何わしいと受け取ったことは、やむなしなのかなと若干自嘲気味。ともあれ話を聞いてもらったし、今後よろしくと挨拶してきた。

今夜から朝にかけて、激しい雨だという。庭師が残した枝葉のゴミの70リットル大袋4つと家庭ごみ同2つ、それに新聞紙の定期回収2つが重なり、これから雨の中、騒ぎとなる。昔の骨折側の足が問題。

私がお世話になった方が、地域包括支援センターの職員をしている。先日、12/21のチラシをもっていったのだが、他の職員のいるところで、ざっくばらんな話を始めるわけにもいかず、ビジネス式に話して、先方がくすくす笑うということがあった。その方と、訪問看護ステーションで出会い、散々からかわれた。おかげでここだけは、如何わし爺さんの眼差しは生まれずに済んだ、感謝すべきなんだろうが、定年爺ぃが、何やっているんだろう。


夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

 

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12/09 障がい者自身の災害ボランティアと地域コミュニティの話

2015-12-10 05:46:29 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/09 記
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東日本大震災の際、避難所に鍼灸師さん有志が出向いていた。そのうちのひとりとメール交換することが出来た。その方は、30代の若い方なので、阪神・淡路大震災の活動は無理な話なのだが、視覚障がい者の方がボランティアされていたことを珍しく思い、その話題をぶつけたところ、当人は晴眼者だが障がいを持つ同僚ひとりと組んで仙台に出かけたのだという。経験談が聞けたら、紹介する。なお東日本大震災のときは、障がい者もボランティアに参加していた。その例を下記にあげておこう。

(例)
●「障害者派遣プロジェクト(東北関東大震災障害者救援本部)」全国自立生活センター

-------

とにかく、海老名で対面学習だけ終わらせてきた。腹回りが太ったと指摘された。定年退職後、出かける日が減っている。ここ数日、教材屋の下請け仕事をしているが、部屋に閉じこもって作業の日々になっている。これを続ければ、腹回りも太くなる。

障がい者の場合、発災時の安全避難時、周辺の健常者の協力が必要となるが、その場面を除くと、避難所協働生活すらままならず、この場面ですら、厳しいものがある。災害前、地域といっても頼りにならず、むしろ同じ障がいのある方とその家族の連携や、障がい者関連施設・特別支援校のネットワーキングが課題となっていた。しかし、被災後、自宅に封じ込められたり、医療支援・生存見守りを求めなくてはならないような場面や、長期の生活支援などでは、隣人・地域の協力を必要とするし、大災害時は大量の傷病者の影に埋め込まれ後回しにされてしまうこともおきるがゆえに、地域協力を考えて行くことは、必要になる。インクルージョン社会の観点などは、無力を感じさせられる。ここをつなぐ活動は、篤志家の触媒活動がどうしても必要になる。

この障害者のネットワークと地域コミュニティの連携をデザインしておくことが必要だ。もう少し、この辺をつめておきたい。


夜間傾聴:ふたり(ひとりは周期が来ており、慎重に。)

(校正2回目済み)

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12/08 今年は冬期講習も無く…/拡大読書機をやっと使いこなして 他

2015-12-09 05:59:39 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/08 記
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久々に教材屋の下請けをしている。契約社員の打診をしていたのだが、社長の息子が経営陣に入ってくるので、「高齢者は、いらない」派の鼻息が荒いのだそうだ。同族会社というほどではないが、中古人材は使い捨てのようだ。まあ、様子見。

「わーく」誌面にインタビューを載せられないか探っているが、いわゆる講師経験のある方は、無償というわけにはいかない。とすると年2回のピッチが限界かなと。当座は「お薬手帳『QRカード版』」、の被災対策・機能分散カード実現関連の話題を詰めたいのだ、マイ・ナンバーの時代だからこそ、だ。

庭師が今年最期の手入れを終えて、母の早起きも一段落ついたが、昨日の母の友人の半身不随話のショックも重なり、今朝は母が定時に起きなかった。今日はリハ友達とリハ職員1名で食事会を「忘年会」と称して企画、母は参加を楽しみにしていた。それを忘れているので、若干お疲れの感はあるが、母を追い出した。

鬼の居ぬ間の…とばかり、拡大読書機のスキャナ&読み上げ機能を使って、峯本佳世子さんの著作と、「JUNTOSVol.78(2014 JUN)~地域生活支援誌 特集:東日本大震災宮城県が試みる「生活支援員」の支援と地域包括ケア~」を読み取った。

一段落して、訪問看護ステーション2ヶ所回りつつ、夕方の買い物を済ませてきた。予定時間より1時間早く母が帰ってきていた。げっそりした顔をしているので、ともあれ休ませた。「駅についたら電話せよ」という約束は、すっかり忘れられていた。

会席料理の店の立地がかなり高低差のある場所で、坂道を歩いた模様。「これは来るな」と思っていたら、寝る間際、「足がつる」と、のたうちまわり、用意しておいた芍薬甘草湯で、応急対策し眠らせた。間欠性跛行が出てきているので、脊柱間狭窄症ではないかと疑っている。高齢者が寝込めば、蟻地獄の巣穴のように、斜面をころげ落ちてしまう。要警戒なのである。寿命が縮まるのだ。

今年からは冬期講習がなくなる。隠居だからだ。携帯を覘くと、緊急時の**子の世話をしてくれる住職の&&さんからメールをいただいていた。**子が落ち着いて、作業所通いを再開しているという。感謝の返信を出した。

災害時の寝たきり高齢者宅の避難率が、数値で出ている資料はないかと捜している。明日は海老名だ。

夜間傾聴:ふたり

(校正2回目済み)

 

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12/07 脳血栓ということ/平穏という価値のこと

2015-12-08 06:17:57 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/07 記
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母の友人が市内の高齢者住宅にいた。1週間前、睡眠中、突然血栓が跳んで昏睡状態となり、発見が速かったので、半身不随状態で生還した。ところが退院となったものの規約により、医療ケアのある特養ホームに移転しなければならなくなり、せわしない話だが、今日、転居した。

先方は、独身の息子さんひとりが、通所見守りをしてきたのだが、介護事情が全く分からない不安を私の母にぶつけてきた。私の母とて、片肌脱げる歳ではなく、「お前、いけ」と、嫌な予感通り私が駆り出された。橋本の対面学習は、彼の通院帰りに海老名で行うことになっていたが、彼からも時間を遅くして欲しい旨の電話が来ており、日延べすることになった。

介護タクシーに便乗して、某施設までついていった。私の知り合いの多い施設で、職員が私が出てきたので、びっくりしていた。私の親戚ではないが、懇意にしてもらっている方と説明し、私がなにをしたというわけではないが、無事、この方は入所できた。

彼はその足で、最寄り駅から新幹線・新大阪まで出張で、私はその施設職員さんに、12/21の峯本さんの懇談会の件を無理矢理聞いてもらっていた。

しかし、一瞬のうちに血栓はひとを変えてしまう。口は半分閉じかけのまま、意味のある言葉を発することができなくなってしまったことに、当人がじれていることが伝わってくる。声さえ押し殺しているが、残酷なものだ。

帰りに市社協とサポセンに立ち寄り、ビッグイシュー誌配達と、金曜災害ミニカフェ12月分ポスター掲示依頼を済ませた。

サポチガの忘年会の欠席連絡を済ませた。鶴嶺高校ボラ塾の事故といい、2月のワイワイ祭りの参加の場無しのこと、相談無応答で無理せず参加取りやめ表明など私は空転続きで、忘年会の場でとても楽しめる状態ではないので、遠慮させてもらった。これらは方針以前の問題だったが、接点がなくなれば別れて進み協働の機会を待つ、これは原則だ。

ケンタッキー・フライド・チキンで母の今夜の夕食メニューをごまかしたが、健康で食事をしている母をしげしげとながめてしまった。あとどれだけの時間、こういう時間を共有していられるのだろう。

金曜災害ミニ・カフェは、今回、生前の黒田裕子さんが登場するカットが入った番組を流す。災害復興住宅入居後の医療・生活サポート十数年をたどるからだ。また、石巻市の当時の行政課長の話もたどりなおした。今週の金曜は、壊れて行く、都市の地域コミュニティの様子を論じる。

夜間傾聴:ふたり

(校正2回目済み)

 

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12/06 峯本佳世子氏の著作を読みつつ

2015-12-07 06:20:59 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/06 記
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峯本佳世子氏の書籍「地震災害と高齢者福祉」の注釈に紹介されている文献のなかで、復興住宅の地域コミュニティ関連の資料を追っている。NHKの「明日へ 大槌町2」が阪神淡路大震災の教訓をコミュニティ支援の形で取り込む話が出てくるが、そのいずれもが企画としてのコミュニティ作りの話であって、生活共同体に降りて行く志向がありながら、都市型のスタンスとモノカルチャー集落のしばりを意識していない語りが気になり、いわゆる「原住民と流れ者」と揶揄された地域差が、その企画の背景効果が取り上げられているような文献が散見されたので、探っている。

私は既存の地域コミュニティを活かす方向で発想することはしないが、新規のコミュニティが生まれ,引き継がれていくためには、「単身高齢者の孤立化防止」という目的が代謝しながら引き継がれていく方策が生み出されていかないかぎり、長期対策のキー・パーソン(篤志家)の加齢高齢化の結び目の緩みと同時に自治活動が空洞化してしまうことで風化、結果として無策では続かないということは、明らかだ。支援活動が長期間サポートできるようになる地域の支えとは何なんだろう。

物事は、状況の中で考えると、他者の手助けの必要性の形で、コミュニティが浮かんでくる。何が欲しい?それを内包するコミュニティとは?そのへんのキーワード捜しを続けている。

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銀ダラの粕漬け・実山椒・きのこ汁・ブロッコリの和風サラダが夕食。うーん、母は食べない。22時頃、ざるそばがいいと言い出した。悩み…。

夜間傾聴:開店休業

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12/05 師走らしさを味わう一日/上野千鶴子「ケアのカリスマたち」他

2015-12-06 05:22:16 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/05 記
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私が選ぶお歳暮のセンスに、母から毎年文句を聞かされるので、母を外食を餌に連れ出そうとしたがだめだった。我が家の生業の相手と、母の付き合いの方々に品物を選んでおき、現物確認の上、発送するのが恒例の手間仕事だった。やむなく母の遠隔操作のもと、某デパートに出向いて、発注し来年のカレンダーを買って帰るというのが、ここ数年のパターンになっている。私個人の分は、毎年同じものをオンライン・ショッピングですでに送ってあった。定年退職後、この量もほとんど無くなった。虚礼と嘯きつつ、それはそれで隙間風が吹いてくる。

いつもなら冬期講習の準備の喧騒の中にいたが、今年からは静かだ。JR相模原の塾は、忘年会の話が出こそすれ、個人指導中心なので、冬期講習は名ばかり。遠方通いの私は冬だというのに、つるみたくないが、蚊帳の外だ。彼らは寒川神社詣が好きだが、今回は川崎大師だそうで、近所だからと奇襲される可能性もなくなった。

今年は、個人で路上生活者巡回を行う。毎年、携帯カイロを数回分ずつ茅ヶ崎・藤沢分撒き、横浜・寿町の炊き出しを覘きにいく。昔、東北人から「煎餅汁」を教えてもらい、改良版煎餅汁を目玉に就労カフェをデザインしたことがあったが、対話チャンネルが硬直化していることで、企画の入口にすら入れず吹き飛んだことがあった。その苦い経験ではあるが、炊き出し雑炊におこげ煎餅を大きく割って入れる方法を関係者に教えてあるが、虚しい思いをするのだろうなと思いつつ、年越しの寿町を昼間、見てくる。夜はまた「孤立食させる気か」が出るので、母が紅白を見つつ、私は片目を閉じて読書をしているという年越しとなる。社会活動に手間を厭うまい。呪文のように唱えて、今年も暮れる。

母のiPadのカスタマイズをした。どうしてビギナーは、スイッチをべったりとタッチするのだろう。異常操作をなかなか直せないまま、基本操作を教えて今回は終わった。

上野千鶴子の「ケアのカリスマたち」を借りた。

夜間傾聴:開店休業

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12/04 茅ヶ崎駅周辺で/12月金曜災害ミニカフェ予定 他

2015-12-05 06:18:28 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/04 記
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ビッグイシュー誌の駅周辺読者に配布。市社協に立ち寄って12/21懇話会の話をする。おそらく不参加。しかし、関心無くは無い。勿論,来てくれれば大歓迎。

サポセンで知り合った四肢障がいの**さん、イトーヨーカ堂の前で偶然出会う。風が冷たいので上階のファミレスで話す。ここは、風邪で喉をやられている私のように、声がくぐもっている時でも、客が少なく、まわりが静かだから話ができて、なかなかよい。

懇話会の話をしたが、**さんは乗り気ではない。東日本大震災から5年も経っているというが、どうも言葉面ではなぞれない本心がある気がして、気仙沼の自閉症の息子さんと寝たきりの親御さんの避難話をしたが、逃げられなければ無駄だと彼はいう。

こつりと本音の「あたりがあったように感じ、問いかけると前はマンションの2Fに住んでいたが、3.11があって、平屋の民家に移住したが、車椅子に対して大家の理解がなく、床が痛むので、専用の改装をした物件を捜してくれと立ち退きを迫られているという。隣人とは、その程度だから、自力脱出も考えたが、結局は運だという。やはり…と思った。地域には何の幻想も持っていない。でも被災自衛だけでは無理だろうと問いかけ。被災時地元援助で救助という名簿には載せたという。

この辺が障がい者被災の難しさだと思う。平常時とて親しいご近所さんは遠い1所帯だけという。家族は勤めにでているから避難期待できないとの話。

2月はじめにミニ懇談をやるからと声をかけ、100円ショップの買い物をお互いにして別れた。失敗した、電話番号を聞き忘れたのだ。比較的茅ヶ崎駅前で出会うことがあるから、まあいいかと思いつつ。

うっかり口座を空にして滞納になった国保を支払いに市役所出張所にたちよると、路上生活者支援でおにぎり配達している**さんがいた。つかまえて話そうとしたがエレベータで逃げられてしまった。嫌われているなあ、まいったなと思いつつ、まだ八分が活きているのかと呆れもした。政治屋さんはだから嫌だ。

暗くなってきたので、橋本の対面指導を忘れていないかとスケジュール表をあけてみる。相模大野校を退職してから、表もだいぶ空いてきた。元事務長と組む話も立ち消えだから、一度、頓挫している連載をまず書き上げて、来年度の被災障がい者取材活動を、金儲けにはならないが準備するかと、オンラインひとり旅ターゲットをあれこれ考え始めた。

12月金曜災害ミニ・カフェが決まった。

12/11<衰退する地域コミュニティと対策の柔軟性から>
   ●クローズアップ現代「町内会が消える?どうする地域のつながり」
   ●あの日 わたしは「宮城県石巻市・斉藤一夫さん」

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12/18<被災地医療・福祉支援の長期的展望>
   ●ろーかる熱視線・震災20年 支えあってきたけれど」
   ●NHKスペシャルシリーズ阪神淡路大震災20年 都市直下型地震20年目の警告」


夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

 

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12/03 懇話会参加者宛メールを出して…

2015-12-04 05:35:27 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/03 記
--------------

この間の懇話会参加者の方々にメールをだしました。以下はその文面です。

----- ここから ------

関連団体・関係者 各位
災害弱者援護・経験交流懇話会

前略、3.11の大震災の災害弱者援護の必要性は、考えてみれば、この課題は、東北の被災地のことだけではなく、災害に遭う確率の高い私たち共通の課題でもありました。

高齢者の場合は、高齢化社会の到来と重なって、比較的、地域の課題として取り上げられて議論され始めていますが、障がい者の場合は、地域とは別の自衛の課題として摸索されているというのが実情です。しかし、両者とも、その困難のあり方が、被災時の身の危険と、とりあえずの安全避難が困難という現状を考えることに終始して、避難生活や復興住宅の医療・生活課題にまで議論されていない。被災したときは運に任せるような状態にあります。

過去に起きた災害に取り組んだ当事者家族やケア関係者の経験から知恵を引き継ぐ議論を積み上げ、いかに地域協力を引き出すかを考えて行く必要性を感じて、年3~4回、被災地の救護現場の風を湘南に持ち込むことを続けて、今回8回目になりました。講演会ではなく「懇談会」、高齢者・障がい者それぞれの関連のゲストを交互に招き懇談します。

今回は都市型災害・阪神淡路大震災20年の高齢者医療・生活のケア施策と活動の取り組みのエッセンスのような部分をざっと語っていただき、懇談を行います。高齢者の課題は、発災時は身体障がい者の課題と重なり、家族喪失・認知症の課題は、精神障がいの課題と重なります。阪神淡路大震災のときは、従来の地縁・血縁地域コミュニティの力というより、災害相互扶助コミュニティの発現に支えられたところが大きいというところで、結果的独立自衛の障がい者の経験とも接しています。

今回は茅ヶ崎の民生児童委員協議会の配布協力をいただき、全委員さんにチラシを届けることができました。今回は西宮在住の峯本佳世子さんというNPO代表・地域政策研究者の方を招きました。(詳細は添付PDFファイルをご覧下さい。)ぜひ、参加をご検討下さい。

なお、2月初め頃、昼間のミニ懇話会として「NHKハートネットTV・誰もが助かるために3部作」の感想懇談、来年度4月に、神戸の関連行政担当者、または宮城県の被災知的障がい者作業場関連のゲストとの懇談を進めています。これは後日連絡させてもらいます。

添付ファイルをご覧下さい。

チラシ文面略

----- ここまで ------

風邪をうつされ、今日は家にこもっている。

「つながりづくりの隘路」終章を読んで、従来から語らえている「地域コミュニティ」や「絆」というものが果たして時代に即した万能薬であるのかという「コミュニティの質」を問う論であったことを勝手に解釈した。(実際はもっと個別分析的である。)東日本大震災のとき、漁業を中心とした生活共同体の結束を「絆」と読んでいたが、多様な賃金労働者が寄せ集まった都市型災害の地域で、「地域コミュニティ」と呼ぶものは、新興住宅地住民のそれではなく、古くからの在住者のそれを当てはめたもので、新興住宅地住民にとっては、「災害コミュニティ」の非永続コミュニティ以上のコミュニティは、リアリティがない。祭りやイベントでさえ、安上がりな家族の便乗娯楽以上の関わりは迷惑でしかない。だからむしろ必要に応じた機能限定コミュニティ」の方がすっきりするという。各地区コミュニティセンターの利用状況分析から、その困難を描いて見せた。しかし、水路は見えない。そこで止まっている。

厄介な課題であるのは分かる。しかし底が抜けてしまった。残念。

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夜間傾聴:臨時休業(喉風邪)

(校正1回目済み)

 

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12/2 今回はメモです

2015-12-03 04:35:48 | 地震津波災害ボランティア

2015/12/03 記
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昨日の辻堂の人身事故の影響で、訪問し残していた包括支援センター1ヶ所と、訪問看護ステーション1ヶ所、高齢者施設1あ所、市立病院を回った。これで一応、最低限のところは配布し終えたことになる。

橋本の学習指導を終えて、巡回してきたのだが、ここは古い友人が職員をしているので、いつもじっくり話を聴いてくれる。ただ、この間の障がい者支援活動そのものではない災害時要支援者支援活動に的を絞ったために、疎遠になる障がい者支援活動の矛盾のことを友人と話したかった。しかし他の職員も同席している関係上、脱線するわけにもいかず、「なぜ阪神淡路大震災の経験を取り上げるのか」から話してきた。

昨日から、効率の悪い巡回をしているが、以前ならば移動時、本を読めたが、いくら頑張っても、小さな文字が見えなくなっていることを、分かっていることではあるが、再確認するはめとなった。視野の状態は、たもたれているというのに、極端にみえにくくなっている。

例えば、テーブルの上にスプーンがあったとしよう。意識していないとき、突然表れたスプーンを手で払い落としてしまうことが頻繁に起きる。2つの目の情報は脳内で統合されて1つの映像となる。この統合の際、片側にかけている画像は、あたかも補正され自然な見え方に感じさせられる。網膜色素変性症は、網膜の視細胞は次第に死んでいくので、その部分にスプーンが映っていても見えない。その不安定な画像が統合補正されてしまうのだ。

自転車が突然あらわれたり、財布を紛失したりするのだ。こういう補正が読書時の行とびや、ピント補正に時間がかかって読み出しが出来ないものだ。失明という死刑執行のような嫌な時間がながれていく。

明日からメールや、電話のボイスお知らせを始める。

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夜間傾聴:開店休業

(校正1回目済み)

 

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11/30 慈恵医大眼科受診と/**子の"穢れ"思考を越えるために

2015-12-01 05:03:40 | 地震津波災害ボランティア

2015/11/30 記
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**子に電話。間違えて父親の携帯にかけていた。これがかえってよかったように思う。今日、**子は、馴染みのPSWさんを仲介に、内科医の説明を受け、納得したようだという。問題は当事者である母親を落ち着かせることだという。時間がかかるが、大丈夫。今、**子は作業所に行っているとのこと。

中華料理のお店にお邪魔し、お礼を言ってきた。**子は疲れていたらしく、店の奥でぐっすり眠ってしまったという。事情がわかっているので、心配しないでいいと言ってくださった。住職さんといい、このおかみさんといい、この地域のひとのつながりの濃さを改めて感じた。

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慈恵医大病院に行くには、新橋から歩くのが一番近そうだ。しかし我が家から2時間かかるのは閉口する。母に定時の昼食を提供すると間に合わない。

意外なことに7月の方が状態が悪く、視野は変化していなかった。しかし、視野中央部の視細胞層が昨年と比較して薄くなっており、それが邪魔をしていることがはっきりしてきた。徐々に視力に頼らない読み書きと生活力を身につけていかなくてはと思う。

携帯を外来でいじっていると検査士が声をかけてきた。順番がやってきたからだったが、眼鏡を額に上げ、10数cm間で携帯を目に近づけて利用する。ゲームをやったら指が鼻にぶつかり、眼鏡が跳んでしまう。画面は視野の周囲で読んでいる。だからレスポンシビリィティが高まった文字入力では、入力と確認の画面距離が違うので誤入力が多くなり、感度を下げたい位だ。部首入力にすぐに移行してしまうのも、使い勝手が悪くなっている。弱視でもあり、入力時の画面は非常に見にくい。

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「震災復興学」を入手。峯本氏の懇談前に読んでおきたい。付け焼刃。

東京は地下鉄移動が多い。エレベータ・エスカレータを使っても、途中で階段昇降を余儀なくされる。そのため、立ち通しで一日を過ごすと、帰宅後、昔、骨折したした方の足をかかえてのたうちまわることに。途中、喫茶などで休めばいいのだが。

今日は一日、東京で用事を済ませて終わり。2時間ほど仮眠を取り、夜間傾聴待機に入った。

「つながりづくりの隘路」終章を拡大読書機のスキャンで取り込んでいる。

夜間傾聴:ひとり

(校正1回目済み)

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