湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

8/26 続き 乙女文楽のこと

2022-08-28 05:44:00 | 地震津波災害ボランティア
2022/08/26 記
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(8/25からの続き)
現在、継続中の活動は、路上生活者支援のビッグイシュー販売支援活動と、要援護者支援の災害ボランティア活動として、懇話会活動がある。懇話会活動は、例会と若手活動作り(鶴嶺高ボラ塾/校内同好会育成)が主な活動だ。防災映画上映懇談は120回を前にコロナ中断している。

ある著名人の妨害で休止しているのは、障がい者の就労支援。ソーシャルファームの芽を孕んだ地域就労は、対象者との接点が途絶えて、ジョブパートナー制とともに休止している。

私の本業だった教育畑のしごとは、ついに7年前のキャッチアップ予備校講師の定年退職を境に、自閉スペクトラム症を中心とした不登校•引きこもりの若者の教育支援•生活支援は、新しい子との出会い機会の喪失から、休止状態にあり、重い困難を抱えた子のゲートキーパーの夜間傾聴は昨年3/31を持って40年の幕を閉じた。

今はコロナによって、だるまのように手足なく、日干しの衰弱死に睨みを効かせている。
(続く)
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母の通院先が皆休みとなり、母を近所のスーパーの買い物に無理やり連れ出して、散歩リハを隠然とやっている。ビデオ通話を最近覚えて、趣味仲間と話していることが増えた。ただスマホ所有の同世代がおらず、相手が若いので、若手に高齢者をゆだねているようで、こころぐるしい。

(他の
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ハッカーさんへ

もう20年になるか、平塚に高浜高校という公立校があって、そこに「乙女文楽」という部活動があった。

等身大の人形を自分の前面にはりつけて踊る、ちょっとかわった芸能だ。

私が、祭りの時に招待したのだが、はそれには訳があった。当時高浜高校は、積極的に不登校の子を受け入れていた。特技を持たせたいと教頭は乙女文楽も自慢するのだが、私は演じる女子高生が、自分ではなく役になれるからと、取材時に聞いて、ある特徴にきがついた。役者のように役になり切るのとも違い、人形を操っている自意識がありながら、四肢貼り付いた人形は、自分。でも踊っているのは人形、自分は黒子だというのだ。この隙間をあけた芸能は居心地が良さそうだった。

コロナが始まって、皆マスクをするようになったとき、引きこもり青年は解放感があったという。マスクが適度に表情をかくしたからだ。

乙女文楽も自分の分身が黒子の演者を隠してくれる居心地の良さがあった。

ハッカーさん、私にはあなたの画面の向こうの、顔がわからない。しかし居心地がいいですか。

(校正2回目済み)

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8/25 ハッキングで記事が消えましたが、18周年のご挨拶

2022-08-28 00:52:00 | 地震津波災害ボランティア
2022/08/25 記
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ブログの書き込みは、iphone のテキストエディタで原稿を書くことにしている。視覚障がいの関係で、PCがタブレット型しか使えないからだ。ところが私のスマホは以前からハッキングされており、店に相談してもはっきりした対策が得られず、pwを変えても、機種を変えてもすぐに同じ状態になってしまう。かなり手慣れた方のいたずらだとおもわれる。

しかし、考えてみれば、これほど長く、私の心理的ダメージを考えて操作していることがわかるから、私の文章を読んでいることがわかるので、熱心な読者だと気が付いた。気にいるかいないかは別として、差別•災害•介護という厄介な課題の書き込みを読んで下さる方は、本当に少ない。だから賛否は別として、貴重な読者なのだとわかった。私は書き続けなければならない。私の書き込みはしつこいが、読んでください。きっと、内容がわかると思いますので。

そこで提案ですが、毎回最後の段落に、あなたへのメールを勝手に書きます。笑い飛ばして下さい。
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以下は、消されてしまった25日分と同じ主旨で書いたものです、大事なことですから、何回でも書きます。長いので3回に分けます。
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一日ずれてしまったので、今日土曜日で、このブログは18年(約6570通)を迎えました。不登校引きこもりと社会参加、発達障害と生きにくさ、社会参加としてのボランティアと、災害ボランティア活動、社会差別と地域連携というような課題と、私的事情から見た介護の話をこの間書いてきました。介護の話は、抜け出し困難な日常生活ルーチンの相対化記述を心がけました。また最近は災害•福祉の関連書紹介も続けています。

これらは、気に入った方が使って貰えばいいのであって、私の足跡をとりあえずつけておけばいいのです。生きてきた証のようなものです。2000年に私は大きな交通事故を起こし、二年間入院して、それ以前の社会活動、教育活動をすべて失いました。予備校教員の机を厚意として残しておいてくれたので、細々と活動の残り火がありましたが、それは私の後始末。実質、私は死んだのです。

しかし、入院中北海道から、有珠山噴火災害で知り合った元看護師さんのお見舞いがあり、それが契機に、活動の再出発をすることになったのです。彼女には感謝しています。だからこのブログは、再出発の歩みの糸にあたります。この間は、茅ヶ崎サポセンの誕生に伴走して、新しい共感者との出会いを探っては失望を重ねた、敗走の陣の記録になっています。その意味で、なにをなすべきかならぬ、なにをなしていくかを書いたもの。ひとりでも読んでくれればよし。評価はおまかせというか、拡げる能力もないから、棺桶の中のつぶやきでも構いません。2000年に死んだゾンビの活動だからです。価値ありと思ったら読んで利用して下さい。

(続く)




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