湘南オンラインフレネ日誌

フリースクール湘南オンラインフレネ学習的就労支援活動・災害ボランティアの実践を書き溜めていきます。

9/17 意見交換会の結果の吟味をしている

2017-09-18 04:45:40 | 地震津波災害ボランティア

2017/09/17 記
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茅ケ崎市との意見交換会の提案の中で、私は若者研修の対話構造や、個人が防災ボランティアを自ら始める契機の重要さを語り、発濃厚なか災時、自分の役割を感じ行動するということは、自分のはまるジグソーパズルの穴が見えるようなものだと説明した。

社会参加の連携の仕方がイメージできることなのだが、それは従来の支援活動の中の「体験・交流」の活動の中に、重なる部分がある。局面として提供して動機は、自発的な発見による場合と、対話構造の中で「問われて、答える」という形で発見する場合がある。若者の防災研修は、「君はどう考える?」というところまで踏み込みたいと思っている。

今、私は障がい者雇用のドキュメントを見ていて、迷い・投機し、そして不採用という繰り返しの中で、居場所を見つける試行錯誤自身がじりじりと熟練していくのを見ていた。結果に打たれつつ自発性がどう育っていくのかということについて見ている。

常総市の中学生による避難所運営の助力訓練をみていて、大人の補助労働力に中学生をあてていることに限界が見えてしまうことを、考えてきた。

つまり自発性を育成する活動(研修)は、少数指導となり、指導内容がしっくりとはまる分野と、知識を介しその分野を支えている大人への共感につなげていく厄介な分野がある。結局はひととの出会いなのだ。その分野の性格の違いが、さて研修実行委を提案したときに、支援団体が積極的になれるかどうかという問題が出てきている。まずは当たれといういうことだが、予想通り行政は、先頭に立ち、公の場を提供できないという応答をとった。提案の概括を伝えるという獲得目標は達したものの、行政の場の応答がない今、賢い方法はないか、それを考えている。

障がい者雇用の番組を見つつ考えていたのは、現在求められている職種があり、そこにいかにはまるかという雇用訓練が、精神障碍者には息苦しいだろう。この世界の自発性はどのように育つのかといういう問いと同時に、大災害という異常事態の中につながるあり方が、見え隠れしているように思えて、別の登山口から登り始めている。


嵐がなんとか止んで、蒸し暑くなってきた。

夜間傾聴:ひとり(不安強い子が、そうそうに引き上げた、変。)

校正1回目済み)

.s. こういう気圧変化が強い時、私はこめかみの痛みと、足首の痛みに悩まされる。すでに、こむら返りが起きている。ポンコツだなあと思いつつ専用携帯が鳴るのを待っている。終了まで、あと1時間。

衆議院選が始まる。これで、議員の関心は選挙以外無くなる。全く…。

コメント
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