2010/11/28 記
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相模大野の本校にレポートの説明に立ち寄り、大和経由で横浜に出る。来年度の外勤契約に影を感じる。年齢制限のない仕事だが、本来、平凡な進学校なので、余芸の発想が根強い。年総括議論をこちらから申し入れた。
27日午後から県青少年センター主催の「発達障害のある若者への支援~就労に向けて」があった。隣の県立図書館で書籍更新を済ませた後、センター別館のシンポに参加。
図書館の方で、2点調査。
1点目はオンデマンド版書籍の購入状況の質問。利用者の希望に沿って購入しているとか。
2点目は図書館海援隊プロジェクトの進捗状況の質問。古い公開資料をくれた。これは持っている。文科省の資料だ。継続は確認。
シンポジウムは定員120名を大幅に超える140名の盛況ぶり。年配の親御さんの出席が多い。この課題が不況下の就職難をもろに反映しているのを感じる。茅ヶ崎の+*さんを発見。主催者によると部屋の定員を超えているので、別室でビデオ中継をして参加してもらっているとのこと。予備校授業並みだ。
梅永雄二氏の講演。話が面白いのは、事例の裏づけを持っているリアルさと意外さがからまっているからだ。最近の著作は実務者として助かっている。
後半にシンポ。鈴木晶子氏(よこはま若者サポートステーション)、白水祟真子氏(YーMAC)、田仲篤氏(かながわA)に梅永氏がコーディネーターとしてからむ形。自己紹介で大半の時間が過ぎたのはいつものことだが、話の中身にそれぞれの支援活動の進展を感じる。特にK2インターナショナル&Y-MACは元気がいい。詳細は紙メディア版「わーく」冬号(第3号)に書く。発達障がい者と引きこもり者の就労の質の差異を織り込んで書く。
以前、梅永氏の指導を受けていた歯科技工士Tさんを講師に招待したとき、仲介をお願いしたことがあった。Tさんはその後も就労支援活動に頑張っておられるが、梅永先生とは講演を拝聴していたが、オンライン上ではなく、直接ご挨拶するのは初めてだった。顔と経過がつながっただろうか。
来年度、梅永氏の講演を湘南で実現できないかと考えている。その際は起業した関係者の方との対談形式が面白そうだ。しかし金が無い。どこが主催し、どう費用を捻出するかだ。
しかしこの講演会は、引きこもり支援関連の活動の発展のなかに、発達障がいの支援活動の視点が不可欠という認識が定着してきた証拠のような集まりだった。5年ほど前までは、私が軽度発達障がい系の就労支援活動と引きこもり者支援活動との接点に地域就労活動を提案していた。このとき、引きこもり者支援の関係者からは、福祉的就労は別世界と断じられて難儀していた。私の提案の茅ヶ崎市との協働の話が頓挫したのを境に、療育&拠点活動の傾向の強い県引きこもりネットワークの活動と距離を置いていたが、その間に横浜市発達障害者支援センターの関水実氏の講演会を契機に理解が進んだ。喜ばしいことに違いは無いのだが、いつも関係が切れた後、私の提唱していたことが後を追いかけてくる事態に虚しさも感じている。
梅永氏の仕事は発達障がい者の就労について、職場の人間観関係を含んだ環境改善を必須のものとして明示しているところに、特色がある。ジョブコーチをつけた場合も、最大数ヶ月でフェイド・アウトしてしまう。ティーチの手法の導入をも含んで、継続的な支援を誰がどう行っていくかの模索が引き継がれる課題として見えてくるところが従来の適合型の就労支援とは違っている。
だから成功事例を梅永氏の講演と組み合わせることが、その辺を際立たせる意味で大きな意味を持っている。湘南講演を実現したいと願い、ご挨拶がてら、願望を聞いていただいた。この件は年明け、改めてお願いにいく予定。
白水氏にはK2の仕事ということで、1月懇談会相談にお邪魔することをご挨拶させていただいた。
引きこもり関連の会は、親御さんの出席が多いが、当事者の参加が非常に少ない。社会的挫折からの出発となるために、なかなか自助活動に膨らみにくい領域ではあるが、潜在力のある方たちでもあり、就労を含む社会参画的な活動に膨らませていく方向がなかなか生まれない。親御さんの治療的な関わりと社会への押し出しの構造が、当事者を傍らに固定する欠陥を持っていることにどれほどの方が気づいているか、社会人としての旅立ちの神話と重ねて発想している過ちに陥らずに済んでいるか、いつもネットワークの設定が、学校モデルの香りがしていることは、相変わらずだが、私は梅永氏の話がそこからはみでているのを感じ取って、次の構想の芽を抱えつつ会場を出た。
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29日、朝から地元茅ヶ崎の職場見学会がある。昼間の巡回分が出来なくなると思うので、土日に詰めて歩けるところは、回ってしまうことにしていた。相手は人間だから、先方の調子や都合がある。結局土曜日は中央林間君に大和まで出てきてもらって、夕食後、学習指導。2週間後に高卒資格認定試験の結果通知が来る。合格だったら何かくれというので、入試合格までお預けだと返事した。罠だった。合格したらくれるんだと、メモされてしまった。
帰りに藤沢の市民活動センターに、湘南あすなろ会の便り交換と、30日の懇談会の参加希望者チェックに立ち寄るつもりでいたが、またしても閉館時間。東秀で中華丼のご飯を半分残して具だけを食べ、ひとつを母に持ち帰った。母は夕食を食べずにいた。しかし母の孤食を避けるには、昼か夜いずれかは、一緒に作って食べてやろうと思っている。1日は母が北里東病院に行く日である。立て続けに午前中の用事がはいり、夜型人間としてはだいぶしんどい。電車の中で船頭をやっているのは、はやらない。
夜間傾聴:相模大野3君(仮名)
橋本2君(仮名)
(校正1回目済み)
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相模大野の本校にレポートの説明に立ち寄り、大和経由で横浜に出る。来年度の外勤契約に影を感じる。年齢制限のない仕事だが、本来、平凡な進学校なので、余芸の発想が根強い。年総括議論をこちらから申し入れた。
27日午後から県青少年センター主催の「発達障害のある若者への支援~就労に向けて」があった。隣の県立図書館で書籍更新を済ませた後、センター別館のシンポに参加。
図書館の方で、2点調査。
1点目はオンデマンド版書籍の購入状況の質問。利用者の希望に沿って購入しているとか。
2点目は図書館海援隊プロジェクトの進捗状況の質問。古い公開資料をくれた。これは持っている。文科省の資料だ。継続は確認。
シンポジウムは定員120名を大幅に超える140名の盛況ぶり。年配の親御さんの出席が多い。この課題が不況下の就職難をもろに反映しているのを感じる。茅ヶ崎の+*さんを発見。主催者によると部屋の定員を超えているので、別室でビデオ中継をして参加してもらっているとのこと。予備校授業並みだ。
梅永雄二氏の講演。話が面白いのは、事例の裏づけを持っているリアルさと意外さがからまっているからだ。最近の著作は実務者として助かっている。
後半にシンポ。鈴木晶子氏(よこはま若者サポートステーション)、白水祟真子氏(YーMAC)、田仲篤氏(かながわA)に梅永氏がコーディネーターとしてからむ形。自己紹介で大半の時間が過ぎたのはいつものことだが、話の中身にそれぞれの支援活動の進展を感じる。特にK2インターナショナル&Y-MACは元気がいい。詳細は紙メディア版「わーく」冬号(第3号)に書く。発達障がい者と引きこもり者の就労の質の差異を織り込んで書く。
以前、梅永氏の指導を受けていた歯科技工士Tさんを講師に招待したとき、仲介をお願いしたことがあった。Tさんはその後も就労支援活動に頑張っておられるが、梅永先生とは講演を拝聴していたが、オンライン上ではなく、直接ご挨拶するのは初めてだった。顔と経過がつながっただろうか。
来年度、梅永氏の講演を湘南で実現できないかと考えている。その際は起業した関係者の方との対談形式が面白そうだ。しかし金が無い。どこが主催し、どう費用を捻出するかだ。
しかしこの講演会は、引きこもり支援関連の活動の発展のなかに、発達障がいの支援活動の視点が不可欠という認識が定着してきた証拠のような集まりだった。5年ほど前までは、私が軽度発達障がい系の就労支援活動と引きこもり者支援活動との接点に地域就労活動を提案していた。このとき、引きこもり者支援の関係者からは、福祉的就労は別世界と断じられて難儀していた。私の提案の茅ヶ崎市との協働の話が頓挫したのを境に、療育&拠点活動の傾向の強い県引きこもりネットワークの活動と距離を置いていたが、その間に横浜市発達障害者支援センターの関水実氏の講演会を契機に理解が進んだ。喜ばしいことに違いは無いのだが、いつも関係が切れた後、私の提唱していたことが後を追いかけてくる事態に虚しさも感じている。
梅永氏の仕事は発達障がい者の就労について、職場の人間観関係を含んだ環境改善を必須のものとして明示しているところに、特色がある。ジョブコーチをつけた場合も、最大数ヶ月でフェイド・アウトしてしまう。ティーチの手法の導入をも含んで、継続的な支援を誰がどう行っていくかの模索が引き継がれる課題として見えてくるところが従来の適合型の就労支援とは違っている。
だから成功事例を梅永氏の講演と組み合わせることが、その辺を際立たせる意味で大きな意味を持っている。湘南講演を実現したいと願い、ご挨拶がてら、願望を聞いていただいた。この件は年明け、改めてお願いにいく予定。
白水氏にはK2の仕事ということで、1月懇談会相談にお邪魔することをご挨拶させていただいた。
引きこもり関連の会は、親御さんの出席が多いが、当事者の参加が非常に少ない。社会的挫折からの出発となるために、なかなか自助活動に膨らみにくい領域ではあるが、潜在力のある方たちでもあり、就労を含む社会参画的な活動に膨らませていく方向がなかなか生まれない。親御さんの治療的な関わりと社会への押し出しの構造が、当事者を傍らに固定する欠陥を持っていることにどれほどの方が気づいているか、社会人としての旅立ちの神話と重ねて発想している過ちに陥らずに済んでいるか、いつもネットワークの設定が、学校モデルの香りがしていることは、相変わらずだが、私は梅永氏の話がそこからはみでているのを感じ取って、次の構想の芽を抱えつつ会場を出た。
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29日、朝から地元茅ヶ崎の職場見学会がある。昼間の巡回分が出来なくなると思うので、土日に詰めて歩けるところは、回ってしまうことにしていた。相手は人間だから、先方の調子や都合がある。結局土曜日は中央林間君に大和まで出てきてもらって、夕食後、学習指導。2週間後に高卒資格認定試験の結果通知が来る。合格だったら何かくれというので、入試合格までお預けだと返事した。罠だった。合格したらくれるんだと、メモされてしまった。
帰りに藤沢の市民活動センターに、湘南あすなろ会の便り交換と、30日の懇談会の参加希望者チェックに立ち寄るつもりでいたが、またしても閉館時間。東秀で中華丼のご飯を半分残して具だけを食べ、ひとつを母に持ち帰った。母は夕食を食べずにいた。しかし母の孤食を避けるには、昼か夜いずれかは、一緒に作って食べてやろうと思っている。1日は母が北里東病院に行く日である。立て続けに午前中の用事がはいり、夜型人間としてはだいぶしんどい。電車の中で船頭をやっているのは、はやらない。
夜間傾聴:相模大野3君(仮名)
橋本2君(仮名)
(校正1回目済み)