日々のことを徒然に

地域や仲間とのふれあいの中で何かを発信出来るよう学びます

錦明館 1

2018年05月21日 | しっちょる岩国

 錦帯橋近くの臥龍橋通りに、江戸時代に代々医師を務めた中村家が所蔵している古美術を展示するギャラリー「錦明館」がオープンした。中村家の先祖は中村春続。春続は天正9(1581)年、秀吉の第二次鳥取城攻撃で吉川経家らと鳥取城に籠り抗戦したが、兵糧攻めにあい経家の切腹で開城した。その際、経家と同じ陣所で自刃した。
 
 春続の子は吉川家の家臣となった。妻と弟はその後岩国に移り、吉川広家の岩国入城の際、錦帯橋近くの大明小路に屋敷を与えられた。場所は現在の半月庵の向かい側で、今の郷土料理店や古美術店なども含む広い屋敷だった、とと錦明館長の説明を受けた。

 毛利元就の書状を始め吉川家にまつわる多くの書き物が掛け軸として並ぶ。そんな中に秀吉の怒りにふれ自刀した千利休の書もある。焼き物も多数あり、岩国に作陶技術を伝えたといわれる初代吉向治兵衛が焼いたといわれる菓子器など数十点が並ぶ。中村家の所蔵のお宝は約千点あるそうで、順次入れ替を予定していると聞いた。

 こうした展示品はガラス越しに鑑賞するのが一般的だが、ここではガラスなし、作品に顔を近づけて鑑賞できる。許可を得て何点かの陶器には手を触れて見た。家臣ならではの貴重な貯蔵品と言われるが、美術館のような装いでないので気軽に立ち寄れそうな館内、散歩の楽しみが一つ増えた。
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短歌同人誌

2018年05月20日 | 回想

 短歌で活躍中の知人から、季刊の同人誌をもらい始めて数年になる。誌代を問うが「いらない」という返事に甘え受け取っている。代わりと言っては失礼だが何人かの知人の作品もあり全頁に目を通している。短歌だけでなくエッセイや、論評など豊かな内容で感心する。今春号を読みながら、50年以上前に所属した短歌の同人誌を取り出してみた。

 「短歌同人『駱駝』に入会してまもなく、全く予期しない父の死という試練、新しい生活が芽生えた結婚、待ち受けた子どもの死産、その痛い思い出を忘れさせて余る元気な長男の誕生と、今日まで二年余の間に、余りにも幸不幸の両極を経験した。この短い期間の経験を合同歌集へ納め、これからの礎にしたい」。

 これは、20代前半、誘われ短歌会へ入会してまもなく会の結成5周年記念歌集掲載作品への思いを述べた一文。発行は父の急逝から2年半過ぎたころで、落ち着きを取り戻していた。掲載の第1首目は「父の死を病臥の母に伝えるが長男吾の初めのつとめ」で、全28首。掲載は自選、掲載歌数同一で編集され、入会から日の浅い私には過ぎる配慮だった。

 人事異動にとり数年で退会した。この間、月10首の投稿を頑張ったが月刊同人誌に満載は無かった。3交替勤務で毎月の例会参加は出来なかったが充実していた。その頃に一緒した今80代半ばの知人は詠み続けている。退会したのちに発行された「岩国文学百年史」(昭和45年 市立岩国図書館発行)の中に私の1首が載っていて驚いた。「わが妻となる人定まりて墓標清めつつまず父へ報せる」お粗末でした。
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熱中、なかった

2018年05月19日 | 回想

 「新御三家の一人西城秀樹さんが亡くなった」という速報を見たとき、悪いが残る二人は浮かばなかった。新御三家は1970年代のトップ男性アイドルと紹介され理解した。歌の世界で御三家(元祖)と言えば1960年代で、橋 幸夫、舟木一夫、西郷輝彦の名前は今でも思い浮かぶ。しかし、潮来、高校3年生を知っている程度のこと。

 有名な人が亡くなると、最近は古い映像でその人の様々な姿を思い出させる。それが芸能関係者となるとTV各局のその度合はエスカレートする。対象が若いと保存されている映像も豊富で、誕生の時から甦らせて見せる。ファンは夢中になった回想、深く心を傾けたことなど声を詰まらせ涙しながら語る。パターンは似ているが心酔、熱中したことを語る。

 最近、思うようになったのは、そうした映し出される映像を見ていると、これまでの自分の人生で大きく欠落した部分がることに気づく。歌でもスポーツでも賭けごとでもなんでもいい、あのように「熱中」したものがあっただろうか。歌も運動も苦手で避けた、酒は40くらいまで付き合い程度、賭け事は初めから忌避していた。仕事は熱中したと自負できるが、それ以外は何を楽しみにやって来たのだろう。

 若くして課長ならぬ家長になり一家を支えることに懸命な家庭環境は一つの原因でもある。それを越えられなかった自分の才知と度量が不足していた。負け惜しみでなく反省であるが、今、そのことが日々の中で格別の支障を来してはいないが、寂しく思うことはある。目の前で見た、自転車運転しながらスマホ熱中の女性、相手が止まって事故にならず。熱中も度が過ぎればケガのもと。
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ひと雨きそう

2018年05月18日 | 自然 季節

 出ない方がいいし、出ても来ない方がいいのは気象に関する警報や注意報。昼前に知人とちょっと立ち話。むしむしする暑さに愚痴をこぼしながら「夕方にはひと雨くるで」と言いながら別れた。予報ならぬ予想通り夕方4時ころから降り始めた。雷は注意報通り鳴り始め、大雨注意報が出た。穏やかに通り過ぎてくれればいいが。

 注意報は災害が発生する恐れのある場合に気象庁が発する。強風・大雨・波浪・浸水・洪水・大雪などなど多くの注意報や警報がある。最近の予報の正確さからこれらを甘く見て聞き流さないことが重要になっている。温暖化なのか最近の異常気象にそう思う。そのため万一の対策を決めておくことが必要と思うが、十分ではない。

 気象庁の新しいスーパーコンピューターの運用で、6月5日から従来の約10倍の速度で気象計算のプログラムを処理することになった。計算速度は1秒間に1京8千兆回というが素人には何のことやら。とにかく、そのお陰で詳細な雨の予測が現行6時間から15時間先まで可能になるそうだ。これからやって来る梅雨の豪雨や台風などで威力を発揮し防災の迅速な対応が期待できる。

 60数年以上も前のことになる。ラジオの気象情報、祖父はここ山口県東部なのに広島県西部の予報がよく当たると言っていた。その西部の予報を参考に、雲の流れをみながら、登校する私らに「今日は傘を持っていけ」と教えていた。確率は記憶にないが、農家の人は自己観測の天気予報で畑仕事に出かけたと聞いた。時代がかわり、細やかな予報の世代になった。スパコンの効果で災害減少を願っている。
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情報源

2018年05月17日 | 町かど

 今は日進月歩どころか秒単位で情報の伝達手段が進化している。そこからは良い点も悪い点も起きているが、その進歩に追従できない寂しさをかみしめながら、ガラケイで十分間に合っていると意地を張っている。

 そんな悲哀を感じない情報源の一つに散髪屋がある。そこにはあらゆる職種や趣味を持つ人がやって来る。散髪中の人も順番待ちの人も飾らずに話したり聞いたり、その中身、大きく言えば日本の縮図が、散髪台わずか2台、夫婦共同作業の狭い店内に展開される。先日はモリとかケかの蕎麦ならぬ、元総理秘書官の証言について怒りの声だった。あるコメンテーターの「証言を聞いてすっきりしない人のいることが不思議」の声には「馬鹿か」の落印が押された。

 或る時、男は散髪屋で女は美容院、この区別はどう違うのかと鋏を動かす店主に問いかけたのは人品卑しからざる人。鋏の動きを止めて反してくれた。その説明はおおよそこうだ。理容、つまり散髪は頭の髪を刈ったりカットしたり、髭剃りなどで容姿を「整える」、美容院は化粧や髪結いにパーマなど容姿を「美しくする」の違いだという。男が美容院に行っても髭剃りはしてもらえないこと知った。

 待ちの客のいないときには店主と二人の会話になる。地域のこまごました情報を驚くほど聞く。仕事がら出歩くことはないことから、客情報がネタだろう。それはだれもが喜ぶ笑う、時には困っている人のこと、道路工事がどうなったなど茶の間の話題が多い。そんな中、決して聞かされないのは人を悪くいう言葉、客商売なれば気遣いも多かろう。
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静と動

2018年05月16日 | 生活・ニュース

 知人からの案内状で二つの展覧会場を訪れた。「チャレンジ エンジョイ パステル展」、人物、動物、生物、風景など30数点が目線の高さで並んでいる。作品は何れも対象を忠実に描かれていて、作品に親近感をもって見ることができる。その多くが淡い柔らかタッチで描かれている。手書きのコメントが創作への思いを伝えてくれる。

 もう一つは、絵の静と対峙する祭りの写真展で「日本の祭り(関東)」。埼玉県の川越祭り、同じく秩父市の秩父夜祭、東京都府中市大國魂神社くらやみ祭り、東京の湯島天神祭りなど、60枚余の写真から祭りの迫力と力強い腹にこたえるような響きが伝わる感じがする。中でも、くらやみ祭りは、神聖な御霊が神輿に乗り移動するという、決してひと目に触れてはならない祭りの写真は、同じ神輿でも神を感じさせる。祭り日本をじっくり味わえる。

 絵といえば、大学の地下食堂に飾られていた著名画家の作品が破棄されたと話題になった。千万円台と言われる作品がなぜそうなったのか不思議に感じる。価値ある作品と思えば、あるいは見えれば破棄されなかった、あるいはその表示をしておけばそうならなかったと素人は思う。芸術作品は鑑賞眼を持たないと良否や真贋の見分けは出来ない。

 街の小さな展示場で開かれる展示会、見て「いいなあ」と思ったり感じたりする作品には親しみがもて、何となく穏やかな気持ちにさせられる。最近はこうした身近な展示会で楽しんでいる。この中からいつか大作が生まれるかも、そう思って見ていると楽しさが増す。掛け持ち巡りだったが爽やかな日だった。
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登場です

2018年05月15日 | 生活・ニュース
 
 子どものころは祖父母に連れられて、社会に出てから父の没後は墓参りを欠かさない。今も1年には10数回は掃除を兼ねて参る。そこを取得したのは私が生まれる前のことでいきさつは知らない。無縁墓も多くなったが100基くらいはあったと思う。道路改修で市水も設けられ墓地としてはいい。

 しかし、いいことばかりではない。雑木が茂り、最近は竹林が拡がり木の葉に竹のささが降り注ぐ。それはわが家だけでなくどの墓も同じで、こまめに参られる。こんな環境だから蚊を始め色んな昆虫や虫などの出現は珍しくない。孫が小さいころには蚊取りスプレー缶持参だった。今年も蚊はすでに登場しているが、誰からも恐れられる虫第1号を撮った。

 U字型の側溝に積もった竹のささを手で掴みのぞいたところ、その中に潜んでいた10㌢はありそうなムカデが姿を現した。驚いたのだろうU字管内の内壁に沿って上り下りを繰り返すが逃げ出せない。すると管の底を右往左往する。棕櫚箒を差し出すとすぐに移って来た。家の庭ならそのままには出来ないがここは墓地、見逃すことにした。

 5月というのに各地で夏日や真夏日が観測され、冷たい物が何倍も売れているという。時期的には早い出現のように思うが、最近言われる地球温暖化の影響ではなかろうか。SFの見すぎか、もしもムカデが異常発育し巨大化したら、それに立ち向かうにはかなりの勇気が、そんなことを思っている間に草むらに消えた。どの墓石もほっとしたのでは、そう思いながら持参の冷たい茶を飲む。
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新緑に囲まれて

2018年05月14日 | 陶芸

 陶芸教室の会場は海抜500㍍にある県の施設で通称ふれあいパーク、会員はふれパクと略称で呼ぶ。職員の話しだと、今朝、施設は雲海の上にあったという。そういえば、夜明け前、自宅から眺める城山も濃い霧にすっぽり覆われていた。城山の麓を錦川が流れている。その水面の水蒸気に冷たい空気が流れ込み霧になる。錦帯橋と霧は墨絵には絶好の風景と思う。

 そんな雲上の教室周囲も日が高くなるにつれ、予報通りの青空が顔を見せ始め、眼下の瀬戸内海の島影も見え始めた。教室の周囲は新緑たけなわ、目の保養には言うこと無しの光景が広がる。小鳥の声も聞こえ初夏らしい生気はつらつの自然を窓外にしながら粘土と戦う。

 今日のテーマは「自由制作」と板書してある。ひと息ついて作るものを決める。制作とは「美術作品を作ること(広辞苑)」、別の辞書では「芸術作品などを作ること」と、作品は世間の評価に耐ええる物を作るよう求めている。世界で一つしかない作品は毎回作っているが、世の厳しい評価は受けていない。催しで我らがブースに作品を並べ販売する。その売上高が世間評価のバロメーターだろう。更に努力がいる売り上げのようだ。

 昼食をはさんで約4時間、年金や病院、孫にスーパーの話なども粘土に練り込みながら形を作る。傍からの評価や手助けも形に生かし自由制作を終える。気楽な創作風景に思えるが結構神経や手先を使い、終わると心地よい疲れを感じる。帰りの車中の居眠が気持ちいい。
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穹崇橋

2018年05月13日 | しっちょる岩国

 岩国検定実行委員会の立ち上げから8年余が過ぎた。合併で広域化した岩国「長く住んでいても『ほおっ』と驚くことがたくさんある。郷土を見直す機会になれば」と隔年で3回の検定試験を実施した。多くの関心ある方々から継続の声をいただいたが、当初の意気込みが達成され今は休会している。その後も様々なところで声掛けなどもあり、手元にある会で作成した検定テキストはかなりくたびれて来た。

 検定準備では、出生地なのに「ほおっ」と驚くことが多く恥じた回数は数えきれなかった。そんな一つに周東町に1200年前に建てられた鮎原剣神社があることを知った(テキスト38頁)。武道の神様として親しまれているこの神社の参道入り口に石造りの太鼓橋が架かっている。空に向かって弓を張っているようなアーチ状で「穹崇(きゅうそう)橋」と呼ばれる。

 小さな小川に架かる巾1間半ほどの石橋が、最近、市有形文化財(建造物)に指定された。硬い花崗岩を精密に加工してアーチ状にしておりその高い技術力が用いられたとし、関係する資料とともに指定という。この鮎原剣神社社叢(しゃそう)も天然記念物として1978年に市指定文化財とされている。社叢は神社を囲む自然林で鎮守の森とも呼ばれる。

 新たな文化財指定は7年ぶりと報道された。もしや、ご当地検定で取り上げたことがきっかけになったのではないだろうか、そんな推量をしながらテキストを閉じ、こうして書けるのも検定に携わったからと喜ぶ。まだ現地を見ていない、橋と森を眺めにぜひハンドルを切ってみよう。
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読めなかった字

2018年05月12日 | 生活・ニュース

 国会答弁風に書けば「回数は記憶しておりません」と言えるほど通った道でのこと。交差点で信号待ちになった、この回数も同じく記憶していないが支線なので待ち時間は長い。ふと横を見ると橋名のプレートが目に入った。今まであることに気づかなかった。そこに刻まれた4文字のうち2番目の「蜑」が初めて目にする字で読めない。そこは「天地(あまち)」と呼ぶ地域なのでもしや「しもあまちばし」かと思い帰宅した。

 ワードのIMEパッドで調べると「タン、ダン、あま」3つの読み方が載っている。もしや「あま」との思いつきは当たっていた。電子辞書の広辞苑では「あま【海人・蜑】。海で貝や魚をとり、藻塩などを焼くことを業とする者」。その他1種類には同意で載っているがそのほかの6種類には蜑の字そのものが載っていない。古い文字なのだろう。

 現役のころには開いたかもしれない本棚の古い辞書、新明和国語辞典第四版には「あま【蜑】漁業をする人。漁師」とあった。私立図書館発行の「郷土岩国のあゆみ 知名のおこり」に、1310年ころ成立した「夫木和歌抄(ふぼくわかしょう)」に天地が詠まれているとある。それから300年後、岩国は吉川藩となって干拓により広大な地が出現した。天地はその昔、隣の藤生地区とならび漁業が栄えていた、そんな空想を抱かせる。

 パソコンと電子辞書を使えばわずかな時間で漢字の読みも変換も出来る。それが失敗のもとで意味の取り違えや誤変換で失敗をする。先日も、読みは同じでも意味違いをそっと報せてもらえた。マスターした英単の頁を食ったという知人がいた。それは無理だが、文字も言葉も確認して確定する、改めて感じさせてくれた橋名板だった。
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